(十二)己が侍を求めて
風吾の行動は、やや私情に走りすぎた。
いかな諏訪でも身勝手な振る舞いは許されるものでなく、そうと承知でなお、抑えきれない熱が彼を突き動かす。
それは乱世であればどこにでもある、少年時代の体験からくるものであった――。
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「おとぅ、おかぁっ――」
風吾が五つになる頃、村が襲われ父母を失った。
領の外れにある村だから狙われやすい土地柄であり、当然のように手慣れたお武家様はすぐに仕返して、村人たちの溜飲を下げてくれた。だけでなく。
「皆に辛い思いをさせた――」
戦利品の一部を村の復興に充ててくれ、
「わっぱ。おまえは寺に身を寄せて励め。村に尽くすかぎり、儂が見守ってやる」
風吾のように行き場を失った子らの世話まで焼いてくれたのだ。
ただ、いくら目をかけてもらっても、村が戦に巻き込まれることがなくなるわけでなく、そうなれば秋の収穫よりも戦がはじまることに期待が寄せられるようになる。
「あんた、頼んだよっ」
「おう、帰ったら白米を食わせてやる!」
「今度こそっ、今度こそっ……」
戦前の異様な昂奮に包まれる感覚が風吾の胸をどきどきさせる。それもいいが、戦後に何が振る舞われるかと待つときの期待感もたまらない。
「聞け! 此度は大勝だ。牛を二頭くれてやるっ」
「「「おお!!!!」」」
意気揚々と戦から戻ってきて戦果を分け与えてくれるお武家様は良き豪氏であり、風吾のような子らにとっても憧れの的になる。
「いたっ! 兄ぃ、やりすぎだよ……」
「これっくらいガマンしろっ、戦でてがらぁ、たてんだろ?!」
いずれ自分たちもと、戦に出ることを願い、木の棒や竹槍を懸命に振るうのだ。
「兄ぃ、まずくなったら助けてくれよ?」
「まかせろ。ダメなら仇もオレがとってやる。敵をたくさんぶっ殺して、ぶんどったモンでみんなにウマいもんを、たらふく喰わしてやる!!」
そんな希望に満ちた輝きは戦場にない。
子供にしては肝が据わっていると、あくまで雑役に連れて行かれた戦場で風吾は現実を知る。
一度目は泥沼の負け戦の中で襲われ、初の殺しを経験し、それでヘンな期待をされて四度も実戦に放り込まれるハメになった。
問題は、風吾にそちらの才能があったことであり、何度経験しても馴れないことであった。
そうして数年。
久しぶりの大勝ちで近くの村まで攻め入ったときに、風吾は戦の生々しい裏の側を目にすることになる。
「ぅぁああああああっ」
「だまれ、コラッ。――おい佐治、早くしろ。おまえまだ知らねえから、先にヤラせてやる」
娘に馬乗りになっている五助さんが荒い息を吐き目を血走らせて、別人のようにしか見えず。
「おほー、やっぱ隠してやがったぞ!」
「た、頼む。その種籾だけは……」
「うるせえ、しつこいんだよっ」
足にしがみつく老人を手加減なしで殴りつける与吉さんも人が変わったように言動が荒く、鬼のような面相に化けていた。
ああ、そうだ。
みんな、なんで怖ろしい面を付けているんだ?
大人がまき散らす剥き出しの欲望をはじめて目の当たりにして、風吾の足は震えが止まらない。
あんなに優しくて朗らかな人たちが、悪いモノに取り憑かれたように悪鬼になってしまった。
これはなにかの間違いだ。
だれか、だれかみんなをっ……
膝が折れそうになるのを必死でこらえ、風吾は救いを求めてうろつく先で。
「……あ、おさむらい様っ」
悪夢のような惨状にあって、乱れず芯のとおった凜々しい立ち姿に、風吾はこれ以上ない安堵を覚える。
あの方ならばと、よろつきながら向かえば。
「なぜ、このような仕打ちを――?!」
「先に仕掛けたのはそちらのあるじ。今後のためにも見せしめは必要だ」
縛り付けた老人にお武家様が静かに告げ、近くで地べたに座り込む若い夫婦へ向き直る。
「どうぞ、お情けをっ」
「ぅぅあああん!!」
汗まみれで訴える老人。
母の腕で泣く幼子。その母子をかばうように抱きつく夫の絵図。
ここでも悪夢が続いていることに恐怖し、風吾がたまらず足を止めたところで。
「お情けをっ――」
「無論――」
これこそが慈悲だというのか、平坦な声音で応じたお武家様の刀が一閃して、風吾の記憶はそこから断ち切られた。
そんな体験をした風吾が、侍にひろわれたのは皮肉と言うしかない。
「……ぅ、ぁ……痛っ」
「動くな。その足ではしばらく何もできん」
見馴れぬ小屋に見知らぬ男。
布団をめくり激痛が走る足を確かめると、両の足首より先に布が巻かれ、すねや腿は切り傷だらけになっていた。
顔も腕もだ。
「小僧、どこの村だ……?」
「……」
「『尼井』近くでひろったが、あそこの出自ではあるまい。おまえを見たことがないからな」
『尼井』と聞いた風吾の肩がかすかに震える。
村を襲った側だから、ではなく。
あそこでの体験が――。
「~~~~っ」
風吾は知らず布団を強くにぎりしめていた。
それをどう捉えたのか、男は無言で立ち上がる。
「云っておくが、タダ飯は食わさん。相応に役立ってもらうぞ」
無骨な気質であり、物言いは、ただの農民とは異なるように感じられる。
風吾がその正体を知るのは、そのまま居ついて三月が経つ頃だ。
切っ掛けは朝晩に決まって男が出かけること。
あとをつけた先で素振りする姿に、男が刀を所持し、巧みに扱えるだけの人物であると知った。
「おさむらい、だったのか……?」
「元だ。……キライか?」
風吾はそんな表情をしていたらしい。
「おさむらいは“凄い”と思ってた」
「正しいな」
「何が?」
思わず語気が強くなるのを風吾は自覚する。
沸き上がるのは、戦利品がどういうものか。
そして情け容赦なく夫婦を切り捨てた侍の姿。
泣く幼子は……昔の自分でもあった。
「弱いものを痛めつけて、弱いものから奪う。さむらいなんて、ただのクソ野郎じゃないかっ。どこが凄いってんだっ」
「そこまで誰かに憎まれても押し通せる――そういう“武力”を持ち得ているトコが。たかが百姓には無理な話だ、“凄い”だろう。無論、善悪に関係なく、それだけを見ればの話だが」
「……っ」
言葉に詰まる風吾に、男は真顔でつぶやく。
「聡い小僧だ。今のが理解できるのか」
「知るかよっ」
それに分かりたくもない。
「あんたも、山ん中で刀なんか振り回して、何のつもりだ?! 落ち武者か? どっかの村でも襲って食いつないでんのかっ」
そうじゃないのはこれまでの暮らしで分かっている。
百姓のように汗を流し、糧を得て、暮らすだけの日々。
そこには侍の“さの字”も出てこない。
――朝晩の素振りをのぞけば。
「……これでも『一刀流』の目録を得てる」
「?」
「“強い”ってコトだ」
そうして刀を上段にぴたりと抑える姿は美しく、土まみれの百姓が、なるほど侍に見えてくる。
「少なくとも、オレは自分をそう評していたし、まわりもそう認めていた。その傲慢さが、許嫁を質にして三両総取りという同輩の挑戦を受けさせた」
愚かな話だと男は自嘲する。
「そうしてオレはすべてを失った。道場の跡目も許嫁も。師も認めぬ賭けなぞ無効だと、必死に説き伏せるよいの気持ちも考えず、オレは剣士としての意地のみで、道場から去った――」
そこで垢まみれの表情にはじめてヒビが入る。
風吾にその機微はつかめない。
なんとなく苦しげに見えるだけだ。なんとなく。
「この山に棲みついて三年。一度は思い直し、道場をのぞきに戻ったが、もう子宝に恵まれ、幸せに微笑むふたりがいた。実に愚かな話だろう――?」
「……うん、バカだね」
風吾の素直な返事に男は小さく苦笑して。
「先ほどおまえは、侍を“凄い”と評してたが、オレのようにメンツを重んじる侍もいれば、同輩のように、何としても愛する者を手に入れようとする侍もいる。そして道場を守ることを一番とした師のような侍も。別に何が凄くなくても、この三人が侍であることは間違いない。そうだとすれば小僧――」
侍とはなんだ――?
「……」
「本当に“凄い”のが侍か。それが“強さ”でいいなら、コレを見よ――」
そうして男は、剣を振り下ろした。
いや正しくは、振り下ろされていた男の姿に気付いただけだ。
それと共に発したであろう指笛の音も耳にした。
――――ざざざざざざざっ
位置関係は刀身が竹に届くかどうかのところ。
むしろ離れているように思えたのだが。
大きく育っていた竹がすっぱりと断たれていた。
自生したままの竹はしなやかで容易く斬れるものではないのに。
「どうだ?」
「……」
唖然とする風吾に、
「強くても、愚か者は愚か者。愚かな侍だ」
もはや恥じらず悔いず、ただ己を戒めて。
「オレが剣を振るのは、あのとき驕った己を、よいの気持ちを顧みなかった己を、今もって素直に祝えぬ見苦しい己を斬るためだ」
「自分を……」
風吾には訳が分からなかった。
見えていないのに凄みだけ感じる太刀筋に、男が剣士としてどれほどの高みにいるのか思わずにいられないからだ。
これを見せれば、道場主だって――
いや、すべては後の祭りか。
男もそれは分かっているのだろう。
「そうだ。日々、今ある己を斬る。――今になってようやく我を抑えられるようになった」
最後、寂しげにつぶやいた声音が風吾の記憶に残る。そうして男がこれほど話し込んだのは、そのときだけとなり、余計にあとから思い起こさせるようになった。
侍にもいろんな侍がいる。
強ければ侍というわけでもない。
なら、侍とはなんだ――?
いつまでも風吾の中で繰り返される問い。
やがて風吾は男の素振りを見学するようになる。
見よう見まねで木の棒を振り回すようになるが、男は決して剣を教示することはなかった。
必然、山暮らしで伸びやかに振るわれる剣は、野性の二字で呼ぶべき風吾だけの形を為す。
そうして十四の歳。
「佐野助さん。オレは、アレが侍だなんて絶対に認めない。だからオレが、そうだと思う侍を目指すよ――」
まだはっきりとした理想はない。
だからこそ風吾は旅立つ。
世の侍とは相容れぬ“己が侍”を目指して――。
こうして風吾は『諏訪の侍』に出会いました。
彼にとって、良き出会いでありますように……




