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(十八)私も



領都騒乱

危険エリア70%超

      

         ――城下エリア(水晶搬送隊)





 風吾と播磨が隊を離れ通路の奥へ消えてから、どれくらい過ぎただろう。

 約束の五百数えまであと半分か、あるいはもうすぐ終わる頃合いか。

 水音が割り振られた方面を警戒しつつ、実は自覚する以上に何度も通路の奥をチラ見していると、




「――刻限です、ボルドゥ卿」




 デナウと名乗った俗物軍団の隊長が、感情のこもらぬ声音で沈黙を破った。その表情に感情の機微を一切のぞかせず、軍人らしく告げるべきを告げるにとどめる。

 受けてカストリックの顔がわずかに前の方へ――ひとり前方ににらみを利かせる月ノ丞の背へと向けられてから、


「――わかった」


 短くはっきり“異存なし”と受け入れる。

 それを薄情とは思わない。

 この“水晶運び”が城前避難者らの命運を握ると思えば、いつ戻るかも知れぬふたりをこれ以上待つ理由はなく、水音もその立場であれば同じ判断を下すだろうから。

 なのにその薄眉は異論あるかのようにわずかにしかめられる。それへ、




「ふたりも承知の上での行動よ――」



 

 ふいに聞こえた声の方へ水音が視線を移すと、荷馬車向こうの老婆剣士と目が合った。


 何――?

 何を当たり前のことを。


 自分がどんな表情をみせているか自覚のない水音は、ふいと視線を切って警戒の任に戻る。

 そんなすげない態度をとられても老婆剣士がそれ以上を言ってくることはなく、ただ、水音の胸内にいらぬ一石を投じるのみ。

 まったくいらぬさざ波を立ててくれたものだが、それが落ち着くのを待つことなく、御者台でデナウが立ち上がる。


「よし、遅れを取り戻すぞっ」


 後方にも聞こえるように声を張り上げ、




「全体、駆け足ぃ――」



 

 前進、と腕を力強く振り下ろす。

 その号令を待っていたかのように荷馬車が勢いよく進みはじめ、脇を固める水音も遅れず走り出す。

 その時にはふたりの仲間のことを頭からきっちり締め出し、まっすぐ前を見て。


「――」


 風吾がそうであるように、水音にとっては与えられた務めをまっとうすることが何より大事になる。

 そう。



 隊士として(・・・・・)務め上げることが――



 あらためて水音が気持ちを引き締めたところで、荷馬車よりもさらに前の方から、

 



「鞘無っ――」




 決して高くないがよく通る声が届く。

 月ノ丞だ。

 水音が察した時には老婆剣士が齢を感じさせぬ軽やかさで前にすべり出て、そのまま肩を並べ前衛の一翼を担う。

 なるほど。

 これは前衛の突破力を高めて進行速度を上げるのが狙い。月ノ丞なりにデナウの意を汲んだというわけだ。

 ならば二枚より三枚。

 意図を察した水音も足早に追いすがり、


「――隊長。及ばずながら私も」

「無用だ」


 意気込みをみせる申し出を、まさか冷然に返されてしまう。


「ですが――」

おぬし向きでない(・・・・・・・・)


 何をもって?

 瞬間的に沸き上がった反発を水音はぐっと呑み込んで、ただ、老婆剣士へ一瞥するにとどめる。


「では、何かありましたら――」 


 表向きは不満などないかのような澄まし顔で水音が引き下がろうとすると、思わぬ追い打ちが告げられる。


「左右に人を置かせるな。荷車の後ろがいい」

「はい」

「それと、おぬしもだ(・・・・・)

「――はい」


 思わず一拍返事が遅れたのは仕方あるまい。

 言い渡されたのは、まさかの後方配置で、言うなれば安全地帯。

 しかし水音からすれば、前衛に立つのを許してもらえぬばかりか、剣を振るう機会さえ奪われたに等しい指示。

 月ノ丞に悪気はなくとも、彼女からすれば歯がゆさしかない。


 けれどそれが命令。望まれた役目である。


 水音は黙ってうなずき、まずはデナウに伝言を告げたあと、次に併走している者に声を掛け、共に荷馬車の後ろへと回り込む。そんな彼女の心情を知らぬ彼らは、


「すこしラクになれるなっ……」


 馬車の後ろについてすぐ、あきらかに表情をゆるめる俗物軍団の隊員に「ああ」と即座に同意する別の隊員。


「けど油断はするな」

「当然だっ」

「逆にあんたは(・・・・)張り詰めすぎだ」

「――」


 思いもよらぬ声かけに、自分に言ったかと水音が横目で見れば、


「今のうちにもっと力を抜いておけ」

「――最後にひと山くる前に、な」


 それが自分への気遣いと察して水音は戸惑う。

 聞かされていた外道軍とは思えぬ言動に、あからさまな疑心が顔に出てしまったのか、何かを察したらしい隊員らが苦み走った顔になる。


「いけ好かねえのは俗物軍団オレらも同じだが、協力しあう以上は、な」

「ああ。助言くらいはしてやるさ」


 くたばってもらっても困るしよ、と。

 確かに今だけは協力関係を結んでおり、あくまで“利用しあう関係”にすぎない。

 なのに言葉ではそうと匂わせながら、ふたりの声音や表情からは悪辣外道の匂いを一切感じない。

 ありがちな、若輩に対する“見下し”や女であることへの野卑な劣情も。

 あくまで兵としての目で水音を捉えている。

 とはいえ、今の水音にとっては、せっかくの気遣いも「ぬるい」としか感じず、ただ余計なお世話でしかない。


「……」


 あえて返事もせずに水音は視線を前の方に戻す。

 その先に捉えるは、異境の剣士らでも極度に消耗するバケモノとの戦いを、誰よりも数多く先頭きってこなしてみせるふたりの猛者。


 片や棍、片や剣と異なる得物を振るいながら、すぐそばにいてもかち合うことなく、だからと遠慮し合っているわけでもなく、むしろ互いの強みを発揮してバケモノを速やかに排除する姿。


 それは“連携”という作為を越えた“調和”の為せる業。

 あのクセの強すぎるふたりが、こんな芸当もできることに水音は驚かされ、そして痛感させられる。



(私には、無理だ――――)



 力量は、ある。

 劣っていないと、自負もする。



(けれど、足りない(・・・・)――)



 刃を合わせた回数が。

 共に何かを為した体験が。

 そうしてのみ築かれる、互いへの信頼が。


 言葉を交わすことを避け、誰かの後ろに控え、存在感薄く隊の中に埋もれていた水音には、そのようなものなど築けるはずもない。

 だからわかる。 



(きっと合わせられない)

(そうしたのは私。私は――“剣士”でさえあればよかったから)



 居場所も、仲間も必要としなかった。

 望まなかった。

 別にひとりでもよかったのだ。

 これまでは(・・・・・)





 でもは――――。





 焦がれるように水音はふたりを見る。

 肩を並べあうふたりを。

 隊士が躍動するその場を。

 そこ(・・)に立てぬもどかしさに水音は唇をきゅっと引き結んだ。




 ◇◇◇




 口惜しいが、確かに水音のチカラなど必要なく、月ノ丞と鞘無の二枚看板による突破力は申し分なかった。

 加えて先の戦いで数を減らせた影響もあるのか、進路上に位置するバケモノは少数となり、いてもふたりが蹴散らし細切れにして、進行の勢いを増していく。

 このまま待機分の遅れを取り戻す勢いで快進撃を続けていると。



「あれか――?!」

「見えたぞ、避難地だ」



 御者台のふたりが目的地に近づいたことを知らせてくる。すぐに。


「前方に屍鬼およそ50弱。その向こうに簡易バリケード!!」


 加えて、


「白肌3体――それとバリケード瓦解寸前・・・・!!!」


 付け加えられた情報で輸送隊に緊張が走る。

 遅れたせいか、というよりも。


 間に合うか――?


 何よりもまず誰もがそう案じたのに対し、




「支援する――」




 カストリックが軽やかに荷車を引く馬の背へ飛び移り、勢いそのまま右前方の地へ降りたちながら、カラダを回転させるように鋭いステップを刻む。


 なにをする気――?


 見逃すまいと素早く位置を変える水音。


「ぅお?!」

「な――」


 急に割り込まれた俗物軍団の隊員らがのけぞるのも構わず、荷馬車からぐいと身を乗り出す彼女は知らない。

 それは洞穴門の最終決戦にて初撃を飾った、カストリック渾身の戦術スキル。




 『風月陣』――――方ノ刃




 今また、空気を切り裂く鋭い斬撃音と共に風精の巨大な刃が屍鬼の群れに襲い掛かる!

 いかなる抵抗も許さず屍鬼らの腰元で胴を真っ二つにして――風の大刃は三分の一を残して消え去った。おそらくバリケードを壊さぬように加減したからだろうが、それで十分。


「損壊した箇所につけるぞっ」


 後ろ向きになったデナウが大声で告げ、両手をVの字に羽のように並べてみせる。


「二台でカバー! 左はオレら、右はオマエらだ」


 身振り手振りで作戦を伝えようとするが、うまくいくのか水音には疑念しかない。とはいえやってみるだけだ。なにしろハンドサインで伝達している間に、バケモノがたむろしていた区域が目前にまで迫っていたからだ。


「乗った方がいい!」


 荷車の上にいる連中が手を差し伸べてくる。

 

「私はいい――」


 断りながら水音は軽々と跳躍して跳び乗る。

 一瞬驚いたそいつはすぐに仲間の助けにはいる。

 乗ったと思えばすぐ、


「振り落とされるな!」


 デナウの警告。

 次いでガタン!と激しく馬車が揺れたのは、斬り伏せられた屍鬼を車輪が乗り越えたからだ。


「んお?!」

「「――っ」」


 乗ったばかりのひとりが落ちそうになり、別の隊員がそいつの腕を、水音が服の裾をつかむ。

 何とか引き戻すうちも、ガタゴトと大きい振動が立て続けに馬車を揺すり、誰もが必死に荷を縛り付ける縄や馬車の木枠にしがみつく。

 もうここまでくると、さすがに前衛のみで処理しきれる物量ではないようだ。続けて、



「降りる準――」

 ガタンッ!!



 デナウの命令が途切れたのは、これまでにないほどに大きく荷馬車が跳ね上げられたため。





「「「「「――――っ」」」」」





 為す術なく皆が宙に放り出される中、水音だけは

自ら跳んで己の身を見事に制御しきっていた。

 それでも駆けていた慣性のチカラに囚われ、それに逆らうことなく身を委ねて二回転し、



 ひぅん――――



 刃を振るいながら着地して一体を屠る。そんな華麗なる体捌きをみせた水音に対し、

 

「ぐぅっ」


 地べたに顔面を叩きつけながら転がったのは、先ほど最初に助言をくれた隊員だ。

 それでも大事に至らず素早く膝立ちになってみせたのはさすであったが、さすがに顔を抑えて立ち上がれずにいる。そいつに屍鬼が手を伸ばし、


 ひん――


 その腕を水音は剣で斬り飛ばし、返す刀で首を裂いた。


「すまん」

「……」


 別に俗物軍団など勝手に死ぬならそれまでと思っていたはずが、思わず手が出てしまっていた。


 助言を受けたから?

 あるいは、人らしい気遣いをみせられてか。


 水音にも何と答えてよいか分からず、無言を決め込む。その若干の気まずさを振り払うような声が上がる。



「立て直す、一度目標地点に集まれ――!!」



 デナウの声だ。

 しかしなぜ、同じ馬車であったはずの彼の声が、遠ざかって聞こえる?

 眉をひそめる水音より先に「マズい」と声を強張らせるのは、助けた隊員。

 遅れて水音も気付く。

 自分らの投げ出された位置が、まだ柵より離れていることを。


「――っ」


 素早く左右へ視線を走らせるが、顔面強打の者以外に味方の姿はない。

 目にしても地べたに這ったまま、明らかに事切れている者だけだ。

 そしてまわりには、まだ多くのバケモノが。

 いや、それらを乱暴に押し退け、あるいは咬み千切って迫る白い影を二体捉える。

 その醸し出す雰囲気がこれまでのヤツとちがう。

 明らかな別格。

 そうと察した水音の決断は早かった。

  

「先に行って」

「いや、おまえが先だ」

「!」


 思わぬ返しに水音が振り返ると、隊員は痛む右半顔を抑えながら、


「なんだその顔は」

「……」

「ちっ。小娘より先に逃げれるか――」


 苛立たしげに隊員が吐き捨てて。


「“団”がどうだろーと、『デナウ隊(オレら)』はこうなんだよ。もういいから、行けっ」


 脅しつけるように急かす隊員へ「同じ」と水音はつぶやき返す。


「あ?」

「弱いヤツを守る――それが諏訪の侍。私だってそうだから」

「ばっ――」


 なぜか慌てた隊員を置き去りにして、水音は前に踏み込んでバケモノに斬りかかった。

 あえて身をさらすことでバケモノたちの注意を引き付け、隊員の逃げる時間を生み出そうと。



「オレが弱いだと――?!」



 後ろでわめく声を意識から切り離し、水音は斬り込んだ位置で足を止め、三方から襲いくるバケモノを迎え討つ。

 そのすぐ後ろには、早くも白い影の脅威が。

 近づいたことではっきりと感じる。

 やはりこれまでの理性を失って襲い掛かるだけの連中とは明らかにちがう。

 研ぎ澄まされたその殺意は、まるで歴戦の武人を思わせる。

 そんなバケモノを二体も加えて。

 やれるか――?



「――愚問。諏訪ならば(・・・・・)



 その最精鋭たる『抜刀隊』ならば。

 そう自負するからこそ――たとえ隊長に認められなくとも、やれるのだと。

 否。

 むしろ認めてもらうために、水音はそうたらんと己に言い聞かせる。



「――私も、その隊士のひとり」






     それが証を見よ――――と。




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