満身創痍とムチ、そして初希
「てえりゃあっ! モォケノィアゾウェピォ! じぇえりゃあ!!」
掛け声とともに粘液がはじけて飛び散る。
ココココ子の呪文により、起きた竜巻が一つにまとめられた粘液を殲滅した。
長い戦闘が終わり、二人ともに地面にへたり込むのを見て、私は詠唱を一つ唱えた後に二人の元に降りた。
「あっ! ガゼルさん! どこに行ってたんですか! 大変だったんですよ!」
肩で息をしながらココココ子が私を指さし声を上げる。
その後ろでエヂィペンは地面に顔面をつけ、死んだように寝転がっていた。
この位で疲れていては他の世界どころかこの世界ですらやっていけなさそうなのだが。
飛べないエヂィペンがかなり荷物となっていたのでしょうがないか。
「あの程度で大変なんて言っていて今までよく生きてこれたな」
「見てたんですか!? ならたすけてくださいよぉ!」
「あまり甘えるな、これが教育だ、ほら、愛のムチとかいうだろう?」
「うう、たとえ愛だとしても痛すぎます……」
ココココ子が少し落ち込んだので心が痛むが、それでもこの位はやらないといけないな。
「というかアアルの課題もこれくらいではないのか?」
アアルには厳しくやってくれと言っておいたのだが、どんな風に教えているのかは聞いていないので正直この位は大丈夫だと思っていたのだが。
「アアルちゃんも厳しいですけど……さすがに七日寝ずに戦わせる事なんてないですよっ!」
ココココ子が怒り叫ぶ、何をそんなに怒る所があるのか。
そして、何を言っているのか。
「今の実力だと今日中に終わらないし後もう三日は寝ずにだぞ」
「えっ? 何を言って……」
ぴいぃりゃあああああああああああああああああああああっっっ!!!
甲高い鳴き声が響いてくる、来たか。
見上げれば空の向こうからやってくる巨大な影。
先程降りる前に詠唱で呼び出しておいた今回の仕上げ。
外の世界がこれだけ厳しいと知ればエヂィペンも課題をこなそうと思うだろうな。
さらにココココ子も世界の危険さを再確認するだろう。
「それじゃあ、頑張れ」
「こっ、この鬼畜うううううううううう!」
叫ぶココココ子。
双頭の怪鳥が長い首をこちらに向けながら飛んでくるのを尻目に私はその場から転移した。
倒れているエヂィペンにはきついだろうから回復の詠唱をしながら。
飴とムチでいう所の飴というところだな。
・
静かな部屋にピアノ音が響く。
月明かりが窓から差し込む暗い部屋で、黒髪が少し揺れた。
「ガゼル、帰ってこないなぁ」
ふと指を止めて窓から外の月を見上げ、ため息を吐くのはガゼルの恋人、初希である。
ガゼルからの知らせを受けて早数日、何の音沙汰もない彼の事を思い、寂しさで胸を満たしていた。
「どこにいるんだろう……何してるんだろう……」
初希にとってガゼルは恋人でありながら、謎の多い人である。
この世界で会って数年共に暮らしてきたが、未だにその素性の多くを知らない。
それでも今まで暮らしてきたが、たまに家を空けるガゼルが何をやっているのか、一人の時間はいつもそれを考えている。
帰って来たガゼルに直接聞いても、ごまかすか、はぐらかされるかしてしまい、本当の事を言っていない事を初希は感じ取っていた。
「あっ、もうこんな時間、仕事にいかなくちゃ」
この夜もその事を考えていて、あっという間に時計の針は回っていく。
だが、そんな静かな部屋にノックの音が響く。
音の出どころは玄関から、誰かが来たようだ。
こんな夜中に来客が来ることを初希は聞いていない。
ガゼルからも誰かが来るという事は聞いていない。
とりあえず玄関に行き、ドアについている細い覗き窓から外を見るとそこには黒いパーカーにミニスカートを履き、チェック柄のアイマスクをつけた人物が立っていた。
フードをかぶった頭をゆらゆら揺らしながら、初希がドアの向こうにいるのがわかっているかのようにドアについたポストに何かを突っ込み、去っていった。
「何だろ?」
怪しさを感じながらも初希はポストの中に入れられた何かに手を伸ばした。