浴室と背中流し、そして積もる話
適当に館の中を見て回り、脱衣室にやって来た。
ここで服を脱いでガラス張りの引き戸の向こうの浴室に入るワケだ。
ここの浴室は人が十数人入るくらいに広く、一人で使うには何だかもったいない気がするが、こんなに広い浴室を使う機会はあまりないので、ありがたく使わせてもらおう。
最後にこんなに広い浴室で湯を浴びたのはいつ以来の事だったか、記憶を探りながら私は浴室への扉に手をかけた。
朝のガラス戸は冷たい温度を指に伝えてくる。
仕掛けに凝るモヂワクォメにしては珍しく、ここは何故か仕掛けなどはなく、手動である。
戸を開くとガラガラと音が鳴った。
一歩踏み入れると、湯船から上がる湯気が浴室内に舞い、暖かい。
さて、シャワーを浴びるか、と思ったところで私は湯船の中に誰かの気配を感じた。
湯は入浴剤を使っているのか白く濁っており、見通せないがその中に何かの気配は確かにあった。
この館に誰かが忍び込む事はかなり難しいので、誰かと考えればすぐにわかる、私がシャワーを浴びると言った張本人であるモヂワクォメだろう。
モヂワクォメは親切な奴ではあるがいたずら好きな所もあり、度々こうして私に仕掛けてくるのだ。
さて、湯の中に潜んでシャワーの音に紛れて近づき驚かそうという魂胆だろうが、こちらはそれに気づいている、どうしてやろうか、逆に驚かしてやろうか?……いや、やめておこう、朝からそんな事、疲れるだけだ。
「お前も朝風呂か?」
なのでそう声をかける。
すると、浴槽の乳白色の湯の中から予想通りモヂワクォメが顔を出した。
「ぷはぁ、気づかれるとは、さすがガゼルだね」
悪びれもせずに、むしろ楽しそうに浴槽から上がり私の元へ来る。
そして私より頭二つくらい小さいモヂワクォメは私を見上げて、
「では、お背中流し、するね?」
と首をかしげながら笑う。
そもそもシャワーを浴びるだけなので、背中を流される必要など全くないのだが、特典というならしてもらってもいいだろう。
抵抗、または断る程の事ではないし、流してもらおう。
「ついでにボクの背中、流してね?」
「……何故だ?」
・
どちらにしろ断る理由もないのでモヂワクォメの背中を流す事となった。
私より体が一回りは細く、小さいのでまるで子供の背を流している気になる。
子供というには彼は長く生きているのでおかしいがな。
「はぁ~こうやってガゼルがボクの所に遊びに来るのっていつぶりだったかな? ウェジョウデォニの大爆発以来か? それともモィクェモスォ平原遠泳の後だっけ?」
「どのくらいだったかな? う~む、ホジョイボォ帰りに少し寄って行ったよな?」
「あ~あの時か、ん? でもあれの後にも何回か来てるよねぇ、う~ん」
「お互いに歳をとるものではないな、まあ、こうやって会えるってだけでいいではないか」
「それもそうだね、えへへへ」
モヂワクォメも私と同じくかつて世界探索者として世界達を飛び回っていた。
今は自分の生まれた世界に居を構えているが、昔は私と共に事件に巻き込まれたりもした仲だ。
こうしてたまに来ると、あの時の話から、ここ最近起こった事から話が尽きない。
シャワーを浴びるだけのつもりが話が弾み、いつのの間にか二人共に湯船につかっていた。
「いやあ、あの時も死ぬかと思ったよ、んっ? 誰か来たみたいだね」
その話の途中、モヂワクォメが天井を見上げながらそう言ったので、私も天井を見上げる。
モヂワクォメが作った疑似的に空を映し出す天井に、小さくアラートが出て、確かに誰かが来ている事を告げていた。
「ガゼルさあああああん!! どこですか!? どこですか!? どこですかああああああ!?」
というか騒がしい足音と声が聞こえてきた。
どうやら私達はあまりに長い間話し込んでいたようだ。
「すまんな、朝から騒がしくって」
「いやいや、元気な事はいい事さ、ははは!」
騒がしい音が近づいてきてやがて、浴室のドアが勢いよく開いた。
「ガゼルさん!! やっと見つけた、探したんですよ、朝、部屋に行ったらどこにもいなくて! ……って入浴中でしたか、ご、ごめんなさい、失礼しました」
そして、入って来たココココ子が勢いよくまくし立てたかと思うと、赤面してゆっくりドアを閉めた。