訪問者とノック、そしてしょうがなく
おそらく初希の友人の小波はノブをひねるが、もちろんひねられるだけで、ドアが開く事は無い。鍵は閉めてあるから。
私は息をひそめて、存在が気づかれないように手に持ったままのカップをテーブルに置き、どうするかを検討する。
初希の友人なのだから悪い人間だとか、危害を加えようとしているワケではない事はわかるが、声の感じからして、また、家主である初希の制止を無視して入ってきたという事も加味して、厄介で面倒な事が起こる予感がした。
だが、このままというワケにもいかない。
コーヒーを入れた後、道具を片付けていない、と言ってもインスタントコーヒーの安い物なのでビンとスプーンだけだが、湯を沸かしたやかんの方を見れば一発で人がいた事はわかる。
世界の狭間に行ってやり過ごす事は出来るが、それだと初希の家に知らない誰かがいたと思われかねない。
それは初希に迷惑がかかる。
「寝てるわけによね? さっきまでこっちにいたみたいだし」
目ざとい、初希の友人、海撃隊の人間だろう。
無声詠唱、いや、魔力でバレるか、なら別の手段だ。
畳に手のひらをつける。
この部屋の中に限っては私の領域だ。
様々な細工を施し、万が一に備えている。
例えばドアの向こうにいる人間の分析などは容易に可能にできる。
ドアノブを通じて向こうにいる人間の情報を読み取る。
身長体重、持っている力、記憶までも手に取るように読み取り、私はここまでの経緯を把握した。
小波、フルネーム 退下 小波、初希と同い年で学生時代からの友達で同僚。
今回は久しぶりに休日が重なったため、一緒に少し遠出していたが、何げない会話の中で初希が同棲している年下の彼氏がいる事を知り(この世界では初希より年下の身分で通っている)、しかも自分はその事を全く知らなかったため、一目見てやろうと思いやってきたようだ。
海撃隊の中では初希の方が優秀だが、男を見る目は小波の方があるらしく、初希が悪い男に引っ掛かっていた場合は何とかしてやろうと息巻いているのが思念を通じてわかった。
ちなみに初希の話を聞いての評価は、無職で、絵を描いて日銭を稼ぐ、初希のひも、最悪。
今もまずは一言か増してやろうとドアの向こうで息巻いているようだ。
「ちょっと待ってよ小波ちゃん、ガゼルは忙しいんだから」
「いやいやただの絵かきでしょ? 今時、海撃隊より忙しいなんてことはないよ」
「それは! ……そうだけど」
小波の言葉に初希は言いよどむ。
私がこの世界の外を飛び回って、様々な世界を旅したり、救ったりしている事は他の人間には秘密にするように二人で決めたのだ、それにそんな事を言ってもおそらく信じられないであろう。
このままだんまりというワケにはいよいよいけない。
私は立ち上がり、ノックとドアノブを回す音が奏でるやかましさを味わいながらドアのカギを開けた。




