28 イントクするモノ
退出した室内で《雇い主》と執事が会話をしているその頃。
人気のない屋敷内を音を立てる事無く、宛がわれた部屋へと向かう。
首の裏に感じる、チリチリと焦げ付くような感覚はこの数週間で慣れたように思いながら、現状のままやり過ごす。屋敷の一階にある一室の前で足を止め、ノックをする事無く、そのドアを開け身を室内へと滑り込ませる。
そして、大きく息をついた。
変化を悟られるワケにも行かず、既に意識して室内に複数の結界に偽装をかけてある。ここ最近の成長と言えば、幾つかの結界の扱いと偽装系の術の扱いに慣れてきた事だろう。
「つっかれたー 流石に表情筋動き難いタイプだけど、長時間はきっついわ」
両手で顔面をムニムニとマッサージしながら、室内に備え付けられたベットに勢よく腰をかける。
一応、雇い主の就寝時間まではお仕着せのままでいる為、着替えは行わずに襟元だけは軽く緩めてくつろぐ。
思考は、先ほど目にした光景に限定されており、現状が明らかに急転を迎えている事を悟る。
「それにしても、何でお姫さん囚われてんの?しっかりしろよ!護衛!」
「ふむ、瘴気にまみれた植物を使って分断でもされたのかもしれぬ」
「もしかしたら、皇女は囮なのかもしれません」
絶叫ともツッコミともつかない言葉に、ファルと黒玲はミニマムな姿でベット上に姿を現し、其々の見解を述べる。
「事故にしても、故意にしてもこっちの予定は巻きですね。理解シマスタ」
おーまいごっど、と呟きながらまたもベットに上半身を伏せる。
その様子は見慣れたのか、フタリは気にする様子もなく黒玲がどこからか出したアルレとクッキーを口にしている。
「手を出したのは、あの女のようだけどな」
「あれほどの忌石を身に着けながら、今までの暴走が大人しかったのですわ」
のんびりとした様子で、アルレを飲みながら横で井戸端会議の様に話は進んでいく。
慰めも気遣いも特に返ってこなかった為、空しくなり上体を起こしクッキーに手を伸ばし、会話へと加わる。
「うぅー…今回は始末すると見せかけて生かす手は使えなさそう」
「無理だろうな、あの女は自身の手で始末せねば満足しまい」
「でしょうねぇ、やたら現皇に連なる者達を憎んでいますからね」
ファルの言葉に、あーうん、そういうタイプですよねーと返しつつ、アルレを飲み。続く黒玲の言葉には乾いた声でデスヨネーとしか呟けなかった。
「せっかく、せっかく…穏便(?)に忌石と根っことか触手をどうにかしようと思ったのにぃぃいっ」
がっくりと肩を落とす仕草をすれば、ファルは慰めるように小さな手で左の二の腕を軽く複数叩き、黒玲は空いたカップにアルレを注いでくれた。
「いや、まぁ、いつかは彼らが乗り込んでくるとは思ったよ?元側室だし、関係はあるだろうなぁと思ってたよ!そもそも、関係なかったら狙われてないよねっ!それに、明らかに雇い主は国の為とかそういうんじゃなく、自分の目的の為に動いてるしね」
極めつけにお姫さん浚ってきちゃうとかさぁ、もう死亡フラグびんびんに立ってるじゃない等とブツブツ言いながら、新たに注がれたアルレを飲み干す。
一頻り、落ち込んだ後カップに注いでいた視線を上げ、よしと呟く。
「あの人の口ぶりでは、明日には状況が動くでしょうし その時にどうするか考えよう!そうしよう!」
やっては悪手につながるだろうコトを言いながら、ゆっくりとした動作で就寝の準備を始める。
アルレイシアは護衛として雇われてはいるものの、体裁的には侍女としてこの屋敷に所属している。実際の所は、この屋敷の者として雇われているわけではなく屋敷の主との個人契約なのだけれども。
基本的に、この屋敷の侍女の仕事といわれているは敷地内建物の掃除、洗濯から始まり食品の買い物、お客への受付や給仕などになるのだが。
アルレイシアはちょっと…いや、かなり特殊な立ち位置の為、実際の侍女としての仕事は然程無い。つか、全くと言って全力肯定できるぐらいに無い。
ので、食事などは出来たら呼びに来てもらえるようになっているし、風呂などに関してはお湯などは洗い場に用意されている。
では、何の仕事をしているかと言われれば雇い主の起床に合わせて付き従い簡単な給仕や雑事をこなすが、大体メインは指示された人物の殺害である。といっても、浚って来ることはしないし、相手の所へ出向くこともない。秘密裏に浚ってくるのはまた別の人のお仕事なので、屋敷につれて来られた人を雇い主の前で無残に惨たらしく彼女の満足するカタチで息の根を止めるのが仕事となっている。
今となっては、息の根を止めた人数は片手では足りない。
一月でこのペース尋常じゃないよっ
雇用内容は護衛だった筈なんだけどなー?おっかしーなぁ?
実際の所は、使い勝手が魔術師方面で特化している王の力で感触や匂いまでもがリアルな幻像を見ていただいている。残った死体の始末は別の人がやっている様だけれども、その残骸も幻像である。
自分がスプラッタ耐性と補正持ってて良かったと、この時ほど切に思った事は無かったね!
この幻像も複製と同じく、オリジナルである。まだまだ、未熟な為か微妙に使い勝手がよろしくない。
指定した対象に感触も匂いもリアルに伝えるのだが、使っている術者にも同じ様に伝わるのである。実際に殺してないとは言え、切り裂いた傷口から飛び散る血液や焼かれ炭化した腕や脚、抉り出される目や悶絶する人間の呻きなどは実際に起こったかの様に知覚出来てしまうのである。
この術を最初に使った時には、人知れず嘔吐を繰り返していたし、今でも気を抜けばえずきかけて黒玲に心配をかけてしまうこともままある。
使い手の事はさて置き。
実際の浚われ人達は無事なのだから、元いた場所に帰すのが良い。だがしかし、元いた場所に返したとして何かの際にこの屋敷の関係者に知られてしまえば、元の木阿弥である。そして、疑惑の目はアルレイシアにも向くだろう。
流石に目的を達成せずに、再度ご臨終する気はない為、とある神様の領域に匿って貰っている。最初は他国の≪アイオン≫の傍にでも放置しようとしていたのだが、雇い主が子飼いの諜報に長けた者を雇っていた場合も改めて考え直し神域への隔離もとい匿いとなった。ただ、神様が直々に関与すれば「何故、神が…」となるだろうと思い、場所だけ間借りしているのが現状である。こっそりお力もお借りしているが、この世界の人には感知できないようになっているらしい。
森の中から出られないけど、ちゃんと衣食住は保障されてるからね!
目的が達成できた暁には、ちゃんと元の居場所へと返還させて頂きますからっ!
なまっちょろいお子様精神の人間に人は殺せませんっ!
就寝の準備も終え、ひとしきりファルと黒玲に癒され戯れながら、夕食に呼ばれるまでの間そんな事を思いながら過ごしたのであった。
問題は全て後回しにして。