56 真実告げれば角が立つ
馬車はファサーラとサフテンソニアを結ぶ街道を外れ、進路を北へと向けた。
道の整備が進んでいないのだろうか、心なしか馬車の揺れが大きくなった気がする。
コバルクからファサーラまでの間、あれほどまでに見掛けた冒険者も影を潜め最早貸し切り状態だ。
「人、見掛けなくなりましたね」
「うん、この道は中央洞窟に繋がっていないから誰も使わないんだよ」
「中央洞窟って……、確かハイテホーテ大空洞のベースキャンプに繋がってる洞窟でしたっけ?」
「そう、それそれ。カーネリア冒険ガイドにも載っているだけあってあそこは大陸中から人が来るんだ。代わりに中央洞窟とラミナケア洞窟以外は閑散としてるんだけどね。あはは……」
俺は御者台に居たマズルカさんに話し掛けると地元の事情が込められた返事が返って来た。
俺達に人気の無い洞窟の探索を依頼している背徳感があるのだろうか、彼の口からどことなく乾いた笑いが漏れ出している。
「お蔭でこの街道沿いには町も村も無いし……、国からの依頼なのに宿のひとつも手配できなくて本当に申し訳ない!」
マズルカさんはその如何にも頑丈そうな躯体をこちらに向けて深々と頭を下げた。
「あっ、いえ、野宿なんて冒険者の基本なんで気にしないで下さいよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
そうか、マズルカさんの背徳感は過疎った洞窟に入らせることじゃなくて俺達に野宿を強要していることだったのか。
確かに昨日あれだけ豪華な場所を案内してくれたんだ、客人にこのような対応を取らせること自体、彼にとって極めて不本意なんだと察するものがある。
咄嗟に体裁を繕うようなことを言ってしまったがそれ以上もそれ以下も思い付かなかったからまあ良しとしよう。
「ではキャビンで休んでいますので魔物が出たら直ぐに呼んで下さい」
「有難う。その時は応戦頼みます」
俺はキャビンに戻り、ぽんやりとこちらを見つめるクーリエの隣に腰を下ろした。
開け放たれた乗降口から外を望む。
雲ひとつ無い晴天。
地平の先まで広がる草原は白と黄色の小花が咲き乱れ、時折吹く緩やかな風は萌黄色の絨毯を波のように靡かせている。
「なあ、お前らずっとそれ食べてて飽きないの?」
乗降口から足を投げ出して座っている堕天使とダークエルフ。
その2人の間にはミレットさんから貰った大きなバスケット。
「そうね……、手が止まるまで手が出ちゃう感じかしら」
セシルが俺の言葉に何となく反応して菓子を見つめながら寝言を発する。
嗚呼、手と口とは動いているのに思考が微塵にも働いてない発言に物悲しさを感じずにはいられない。
「おいスカーレット、セシルの魂が抜けてるぞ」
「知らんわ。そんなもの放っておくのじゃ」
屋根上で大の字になって寝ているチビッコに話し掛けると何とも辛辣な回答が返ってきた。
酷い奴だ、とても生命を司る神とは思えぬトンデモ発言である。
「ねえサム」
「おっ? 生き返ったか?」
「喉渇いた」
「そりゃそんだけ食えば喉も渇くわな……」
俺はぼそりと呟きながらマジックポーションをピュッと放った。
「ふぅ……」
セシルはポーションを一気に飲み干し、大きく息を吐いて再びバスケットに手を突っ込む。
果てしなく続く草原を眺めて感傷に浸っている、と見せ掛けて単に惰性で焼菓子を食べ続けるセシル。
でもってそんな残念な姿をやはり惰性で眺める俺とクーリエ。
「平和だな」
「はい」
クーリエは俺の右手を両手でふにふにしながら短く返事を返す。
「この様子だと魔物も出なさそうだな」
「はい。先程広範囲に威嚇しておきましたので」
「そっか……、じゃあ出ねえな」
マズルカさんには魔物が出たら任せて下さいと言ったものの遭遇確率がほぼゼロになってしまった。
とはいえ出ないに越したことはないしまあいっか。
………
……
…
まるで悠久の時を過ごしているかのような3日間を経て馬車は無事第6ハイテホーテ河食洞付近へ到達した。
草の背丈が低くなり、高地で目にする薄紫の花が辺り一面に咲き誇っている。
何だろ……、ファサーラに着いた時もこんなまったりした気分だったような……。
だが3日前とは状況が違う。
もう太陽が随分と西に傾いているから今日はここで野宿して明朝、河食洞へアタックだ。
気を引き締めなければ。
「なあルシオン、暇なら薪になりそうな枝でも集めに行くか?」
「はーい」
スカーレットはクーリエとマズルカさん、それとマズルカさんが率いる隊員を連れて河食洞の下見に、残った者はキャンプの設営に当たっている。
つまるところ俺とアレとコレの3人ってことだ。
それにしても任務を目前に控えているせいか何処か気持ちが落ち着かない。
「何か明日のこと考えると緊張するよな」
「えーっ、緊張なんてしないよぉ。あっ、しーちゃんだ。しーちゃーん、やること無いなら一緒に薪拾いに行こーよー」
ルシオンはセシルに向かって手をブンブンと振るとそれに気付いたセシルが小走りでこちらにやってきた。
両手いっぱいに魔石を抱えながら。
「見てよサム。そこら中に魔石が落ちてんだけどこれって高く売れるのかしら?」
「無理」
「はあ!? 真面目に査定しなさいよね! アンタんち有名な道具屋なんでしょ!?」
「するまでもねえよ! こんなの一山いくらのランクだろが!」
ったく、何処に消えたのかと思ったらこんなモン掻き集めてたのかよ……。
「あーっ、そうやって安く買い叩いて善良な市民からぼったくるんでしょ!」
「ちげーよ!! これを見ろっての!」
余りにも人聞きの悪い言い掛かりがカッ飛んできたので咄嗟に俺はまん丸な魔石を道具袋から取り出した。
でもってセシルに有無を言わせず刮目させる。
「何か丸くて綺麗ね。これも魔石なの?」
「おうよ。これは光の魔石な。ちょっとレアなやつ。あと丸くて表面が滑らかな程、魔力が均等に放出されるからその分価値が上がるんだわ」
「確かに高そうな魔石ね……」
自分が抱えている魔石と明らかに質が違うと感じたようでセシルの声の張りが小さくなる。
取り敢えず人並みの価値観は持っているようで俺は嬉しい。
「これなら金貨1枚で買い取るから気合い入れて探してこい。ホレ」
「そんなの何処にも落ちてなかったわよ……」
彼女から漏れる諦めとも取れる声。
流石に金貨に匹敵する代物がそこらに落ちていないと察したようだ。
ふわり。
不意に吹き抜ける一陣の風。
同時に努力が徒労に終わったと知り小さく項垂れるセシルの栗毛が舞い上がる。
彼女は顔を上げ、風に導かれるように広大な草原にそっと目を向けた。
「綺麗ね」
「ふえーん、しーちゃんが壊れちゃったよぉ……」
「お前、拾うのは魔石だけにしとけよな……」
「拾い食いなんかしないわよ!! ホント、アンタ達あたしのこと何だと思ってんのよ!」
「のーみそ胃袋女」
「にーさんすごーい! 私そんなすぐに思い浮かばないよぉ」
「感心してんじゃないわよ! 大体サムが普段からあたしの事そういう目で見てるからに決まってるでしょ!!」
事実をスピーディ且つ的確に述べただけなのに目の前のダークエルフは半ギレである。
この野郎、少しは自分を客観的に分析してみやがれっての。
と言ってしまうとガチギレ待ったなしの未来が見えたので黙っておいた。
…
「おかえり。下見、割と早く済んだのな」
「ウム、ただいまなのじゃ。今日は明日探索できそうか軽く見てきただけなのじゃ」
程なくしてマズルカさんの背中に寄生した魔王が帰ってきた。
何事も無かったようで一安心だ。
「ねえまおーってば聞いてよー」
「騒がしいのう、いきなり何なのじゃ」
キャビンで焼菓子を貪り食っていたセシルがスカーレットの目の前に駆け寄ってきた。
何を言うのか大方の予想がつくので遠巻きに眺める俺とルシオン。
「まおーはあたしのことどう思う?」
「どうと言われても質問の意図が判らんではないか」
「あたしの見た感じでいいから」
「……雑食性ダークエルフかのう」
「ちょっと、その雑食性って何なのよ」
「食いしん坊ダークエルフと迷ったんじゃがのう」
「アンタもいい加減にしないと怒るわよ!」
いや、もう十分怒ってるっての。
言うと変な拷問魔法飛んでくるから言わないけど。
「ちょっと聞いてよクーリエ! アンタの旦那とアンタの上司があたしを虐めるのよ!」
「あわわわわ……」
クーリエはセシルに腕を掴まれてガクガクと身体を前後に揺さぶられている。
お前こそクーリエ虐めんなよ。
「サムよ、我等が居らぬ間に何があったのじゃ?」
とばっちりを受けたスカーレットがこそこそと俺の隣にやってきた。
「知りたいなら話すけど聞くだけ時間の無駄になると思うぞ?」
「……知る必要は無さそうじゃな」
クーリエすまない。
セシルのお守りをクーリエに押し付けて俺は薪を集めにその場を離れた。




