55 突撃! 隣のお着き菓子
ゆさゆさ。
身体が揺れる。
地震か?
いや違う、揺らされている?
「ホレ、呑気に寝ておるでない。さっさと起きんか」
瞼を開くと俺を容赦無く揺さぶり起こす大悪党の顔がそこにあった。
満面の笑みがこの上なくウザい。
「カッカッカ、今日も清々しい朝よのう」
大悪党は声を張り上げながらクソ親切にカーテンを開けてくれやがる。
何が清々しい朝だ、まだ外だって薄っすら明るいだけ。
世論は満場一致でまだ朝ではないと判定するに違いない。
「昨日も酔い潰れたんだろ? おとなしく朝メシまで寝てろよ」
俺はスカーレットが声のする方向に振り向くことなく毛布を首まで引っ張り上げた。
泥酔したんだから素直に二日酔いで苦しんでいやがれ。
そんな事より言わずもがなの高級ベッド、寝心地の質が段違いだぜ。
「ほう、お主、リンフィーネとの別れ際に妾の方を妙に気にしておったようじゃがあれは何だったのかのう」
ハッ!!
突然の言葉は頭頂から足先まで電流が走るように俺の全身を一瞬にして微睡から引き剝がした。
「そうだ、リンフィーネがお前に伝えてくれって……」
俺は勢いよく上半身を起こし、窓際に立つスカーレットに顔を向けて話し掛けた。
「やはりであるか。その先は言われずとも想像がつくが、あやつは何か具体的な策は申しておったであるか?」
「いや、特には。ただお前にはバンシーの予言も覆す力があるとだけ……」
「ほほう、それはまた高く買われたものよ」
腕組みしながら壁にもたれ掛かっていた魔王はテーブルに向かって歩き出し、籠の中にある焼き菓子をパクパクと食べだした。
「命を奪うのは簡単じゃ。しかしながら護るのは存外難しい。特にこの様な長丁場の旅となるとその差は最早計り知れぬ」
「それってお前がそうやって理解していても?」
「答えが見えておるならこんな話はせぬわ。時にその件に関して昨日と、コバルクの宿で話し合った中で敢えて2度同じことを伝えたのじゃが何か分かるであるか?」
「神の力ってやつだよな……」
「そうじゃ。これだけ口酸っぱく言えば流石に記憶に残るよのう」
この世界で圧倒的な力を持つ魔王がこれだけ警戒するんだ、それはもう神の力以外に考えられない。
「地上では諸説あれど端的に言えば神のみに許される、魂を自在に操る能力の総称じゃ。今一度頭に刻んでおくがよい」
ぞくり……。
当の本人は焼き菓子をパクつきながら話しているけど内容が内容なだけにどうしても背中の辺りがぞわぞわしてしまう。
これこそが絶対的な力の差ってやつなんだろう。
「でもさ、お前にしてもルシオンにしても洞窟の奥に潜む何かにしても結局は神の力なんだろ? だったら俺なんかに話したところで何ひとつ変わらないんじゃないかって考えちゃうんだよな」
「謙遜するでない、お主は妾が認めた男じゃ。もっとこう、いや、自信に満ち溢れても鬱陶しいが……、ルシオンよりはまともな判断を下せる自覚はあるであろう?」
「お前、今心なしかライン下げたよな……」
「堕天使を顎でこき使える者は恐らく地上でお主だけじゃ。仮にそれを世界に知らしめればお主は地上世界の頂点に立てる道を拓けるかもしれぬのであるぞ?」
「別に興味ねえし。ていうか話逸らすなよ」
こいつは一体、何が言いたいのだろう。
そりゃリンフィーネの話を気にして来てくれたのは有り難いけど……。
「それにしてもクーリエもとんでもない奴を好いたものよのう。力に溺れず、善にも悪にも傾かず、これが如何に至難であるか。いいか? お主はこの先も変わることなく己の信じる道を進むのじゃ」
「えっと……、よく分からないけど魔王様の有難いお言葉ってやつ?」
「カッカッカ、そんな大層なものではないわ。リンフィーネの件は妾も留意しておくがお主も注視を怠るでないぞ」
「お、おう、頼むわ……」
カチャリ。
扉が閉まる。
突然の来訪者は言いたい事を言いたいままに言いまくって良い気分で去っていった。
よく分からないけどまあいいや。
俺はカーテンが開いたままの窓からまだ日が昇りきらない空を眺め、再びベッドに潜り込んだ。
……
…
バターン!!
「あっ、無いっ!!」
「えーーっ!? にーさん絶対こういうのに手を付けないんだけどなぁ……」
「何だよ、朝っぱらからうるせえなあ」
高級寝具の心地よさに包まれていたら煩いのが2匹入り込んできた。
今度は何なんだよ……。
「ねえサム、テーブルの上にあったお菓子どうしたのよ」
「そんなもんとっくにスカーレットが食っちまったよ」
「んもーっ! 王様のくせに卑しいわね! あっ、まさかクーリエの部屋も!?」
直後、風のように消え去ったセシルの喚き声が聞こえた。
俺の部屋が荒らされたんだからクーリエの部屋もやられてるに決まってるだろ……。
さてと、俺もそろそろ起きるかな。
支度を済ませてロビーに向かうと既に4人が集まっていた。
「おはよう」
「サム様おはようございます」
クーリエがてこてこと寄ってくる。
「ちょっと聞いてよサム! まおーってばクーリエのお菓子も1人で食べちゃったのよ!」
「クックック、のろまな乞食は貰いが少ないのじゃ」
「アンタに乞食呼ばわりされたくないわよ!」
「勝手に人のもの食べちゃう泥棒さんに言われたくないよぉ」
いやー、朝からテンション高いなぁ。
正直関わり合いになりたくないので3歩下がって眺めていたらミレットさんが朝食の準備が整ったことを伝えにやってきた。
彼女の案内に従い大広間へと通されると俺は昨夜と同じ席に腰を下ろした。
おや?
パンとバターとスープ。
それにゆで卵と数種類の果物。
昨日のフルコースとは打って変わってテーブルの上は至ってシンプルに配置されている。
それに何より後ろに侍女が立っていない。
俺は思わずミレットさんに目を向けると彼女は察したようににこりと微笑んだ。
「朝と昼は軽く済ませて夜は盛大に振る舞う。というのが古くから受け継がれるサンチャーフォの食事風景となっております。ですがお飲み物でしたら紅茶とコーヒーとフレッシュジュースで宜しければこちらで用意致しますので申し付け下さい」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
「あたしジュース欲しいです!」
「妾も同じものを寄越すのじゃ」
「じゃあ私もー」
最早何も言うまい……。
俺は静かにバスケットに積まれた焼きたてのパンに手を伸ばした。
外はさっくり、中はもっちり、軽い食事とはいえ中身に一切の抜かりは無い。
よくよく見ればパンにバターにスープ、どれひとつとっても素材からして素晴らしい。
おかげで満足のいく朝食と相成った。
「おはよう。おや、みんな早いんだね」
「マズルカさんおはようございます」
「おおマズルカよ、朝からご苦労であるな」
クーリエとコーヒーを嗜んでいると勝手口からマズルカさんが顔を出した。
国王親衛隊長という立場上、迎賓館に立ち寄る機会も多いのだろう。
間取りを知った上で裏からひょっこり顔を出すところが如何にも彼らしい。
「あー、これ僕好きなんだよねえ」
親衛隊長は挨拶に上がるついでにテーブルのフルーツを摘んで口に運んだ。
「マズルカ様、品の無い行動は慎んで下さい」
「いやあごめんごめん、余りに美味しそうだったからついつい」
彼はミレットさんの苦言に笑いながら謝る。
きっと普段からこんな遣り取りが行われているんだろうな。
マナーに反する行為だけど不思議とその場の空気が和まされているようだった。
「マズルカよ、出発の準備は整っておるかの?」
「ええ、出発前の最終打ち合わせが済んだらすぐ出られますよ」
「ウム、頼りにしておるぞ」
スカーレットの言葉に応じた際に垣間見せた軍人としての顔。
そしてマズルカさんの返事を受けた際の魔王としての顔。
『洞窟の奥に得体の知れない何かが潜んでいる』
調査という体での依頼だったのだが、2人の表情は俺にそう意識させるのに十分な力があった。
セイレーンすらも悲鳴を上げる瘴気。
地下河川の奥にあるカーネリア王国領。
ダークエルフ紛争と周期を重ねる水質汚染。
これらから導き出される真実は……。
まあこの結果はいずれ判ることだ。
焦っても何も変わらない。
俺はコーヒーをくいっと飲み干し、気持ちを落ち着かせようとゆっくりと息を吐いた。
…
さて、朝食を済ませ、出発を待つばかり。
俺はマズルカさんが部下と打ち合わせを行っている姿をぼんやりと目で追っていた。
言うまでもなく俺の隣にはクーリエが、やはりぼんやりと外の景色を眺めている。
「エルバード様」
呼び声の方へ身体を向けるとミレットさんが大きなバスケットを抱えながらやってきた。
「お忙しいところ呼び止めてしまい申し訳ございません」
「あ、いえ、もう準備は整ってますんで……」
ところでその巨大なバスケットは何ですか?
と聞こうかと思ったが彼女から切り出してくるだろうと想定して俺は会話のターンを彼女に譲った。
「そうでございましたか。マズルカ様の手筈が整い次第出発になられると思われますので暫しの間お待ち下さいませ。それとこちら、寝室に置かせて頂きましたお菓子を別に用意しましたので道中お召し上がり下さい」
「わざわざすいません。有り難く頂きます」
ミレットさんが両手で抱えていたピクニックバスケットを受け取ると甘く香ばしい香りが鼻先を掠めた。
優しい甘さを包み込む焼き菓子の上品で心地よい香り。
あー、これはあいつらが揉める訳だわ。
何か納得。
ミレットさんは俺に菓子を託すと速やかに建屋に戻っていった。
それと入れ替わるようにマズルカさんがやってくる。
「いやあ、遅くなって申し訳ない。僕達はもう何時でも出られるよ」
「こちらも準備は整っているのであいつら呼んできますね」
俺はバスケットをクーリエに預けて大広間に向かった。
そこにはジュースをちびちび飲みながらダラダラしているみっともない姿が。
こう言うのも何だがこいつらを差し置いて俺の所に菓子を持ってきたミレットさんの識別眼は大したもの……。
いや、そんなこと無いか……。
こんなのに渡したら最後、この場でお菓子パーティーが始まるのは誰の目にも明らかだ。
「おい、準備できたみたいだから行くぞ」
俺の声に反応した3人はグラスに注がれたジュースをぐいっと流し込むとスッと立ち上がった。
よかった、一応動こうという意思はあるようだ。
ていうかお前ら泊めさせてもらってるんだから最初からそういう姿勢で居ろよな……。
「マズルカさんお待たせしました」
「ねえクーリエ、アンタ何持ってんのよ」
セシルがいの一番にバスケットに興味を示した。
恐ろしい嗅覚だ。
「ミレットさんが移動中に食べてくれってさっきお前らが散々揉めたお菓子を用意してくれたんだ」
「えっ、そうなの!?」
「ああ、お礼言いたきゃ行ってこい」
俺が迎賓館に視線を向けると同じタイミングでミレットさんを筆頭に侍女が表に出てきた。
「ミレットさんお菓子ありがとうございます」
「お主の気遣い、まこと恩に着るのじゃ」
「お菓子頂きまーす」
口々に発せられる謝辞に深々と頭を下げて応じる侍女長。
彼女に次いで他の侍女も静かに頭を下げる。
流れる動作の中に品格を滲ませながら。
「じゃあ僕達は出るから。悪いけど片付け宜しく頼むね」
「畏まりました。マズルカ様もお気を付けて」
こうして俺達は侍女の方々に見送られながら迎賓館を出発した。
向かうは第6ハイテホーテ河食洞。
そこで待ち受けるものとは一体……。
馬車は東西を走る街道から逸れて北を目指す。
一抹の不安と甘い焼き菓子の匂いを抱えながら。




