54 居酒屋雑談ミーティング
キィィィィ―――
居酒屋の扉を開け、さっと室内に目を通した。
外装が安っぽくなかったから此処に決めたが案の定、中も小綺麗な造りになっている。
よかった、見知らぬ土地とはいえハズレは引きたくないからな。
俺は当たりと言い切る自信は無いがハズレではないだろうと確信して店の中に足を踏み入れた。
すぐ後ろに4人が付いてくる。
「いらっしゃい。おや、見ない顔だね。……アンタ達冒険者かい?」
店主だろうか、ガヤガヤと賑わう店内の奥から恰幅のいい男が身体を揺らしながら寄ってきた。
「ああ。恰好を見れば分かるだろ?」
怪訝そうな視線をぶつけてくる男に俺は少しぶっきらぼうに返した。
この男の気難しそうな顔色、今何を考えているか手に取るように分かる。
この男が先陣切って入ってきたってことは財力で女4人を引き連れている?
何か嫌な予感がする。
このちんちくりんは絶対にヒューマンじゃないよな。
何か嫌な予感がする。
種族違いの有翼が2人居る。
妙に嫌な予感がする。
一見普通そうに見える娘だがその四点結界は何なんだ!?
猛烈に嫌な予感がする。
嗚呼あの目、幾つか当てはまってるに違いない。
俺だってエルバード亭にこんなのが来たら警戒しまくる自信がある。
いや、寧ろ警戒しない方がおかしい。
それが真っ当な商売人の思考だ。
悪いが今日の所はお引き取り願おう。
今にも彼の口がそう発しそうなタイミングで俺は道具袋に手を突っ込んだ。
「すまない、ちょっと訳ありなパーティーだけど怪しい者じゃないんだ」
俺はSSランクを示すパーティー登録証、それと国王御璽の押された羊皮紙を取り出した。
手際よく三つ折りの羊皮紙を開く。
刹那、店主は大きく目を開いて俺の顔を見るように首を持ち上げた。
「もっ、申し訳ありません。とんだご無礼を……」
「いえ、こちらこそ身分を示さず失礼致しました」
店主は姿勢を正して頭を下げると同時に俺も頭を下げた。
こんなヘンテコなパーティーは外見でおおよその判断を下されることが多々ある。
だからこそ威勢を張る必要の無いところでは極力穏便に済ませたいし、その為なら頭も下げるし謝辞も述べる。
この先もずっと。
「それで冒険者の方、本日はどのようなご用件で?」
「ああいや、普通に食事に来ただけなんだけど」
「左様でございましたか……」
俺は動揺の余韻が残る店主の後方に広がる大部屋に目を向けた。
うーん、別に何処でもいいか。
「主よ、個室はあるかのう」
「ええ、2階は全室個室になっております。ただ室料が発生しますが」
「構わぬ、そこを頼むのじゃ」
「承知しました。では案内の者が参りますので少々お待ち下さい」
大部屋に空いているテーブルが無いか見渡している間にスカーレットが話を進めていた。
まあ席なんて何処でもいいから勝手に決めてくれて逆に助かるわ。
「おーい」
店主は店の奥の方に手を振ると若いウエイターがスタスタとやってきた。
「いらっしゃいませ」
「すまない、こちらのお客さんを個室に案内してやってくれ」
「畏まりました。お客様こちらへ」
ウエイターは軽く頭を下げるとゆっくりと階段へと向かっていく。
俺達は静かに彼に続くと窓から大通りが見下ろせる部屋へと案内された。
「お飲み物は如何いたしましょうか?」
「じゃあエールを1つ」
「妾もそれでいいのじゃ」
「お酒? それなら甘くて飲みやすいのがいいわ」
「私も―」
俺の注文を皮切りに各々望みのドリンクをウエイターに頼んだ。
ん?
クーリエがだんまりじゃないか。
「クーリエはもう決まったか?」
「はい。ですが異国の地ですので……」
「異国情緒ってやつか? 分かる分かる、旅先の酒がこれまた美味いんだよな。あ、彼女は赤ワインでお願いします」
「えっ!? あ、あう……」
クーリエの事だ、見知らぬ土地で全員同時に酌み交わすのは賢明ではないと感じたのだろう。
用心深いのは有り難いが気持ちだけ受け取って無理矢理飲ませることにした。
「別に酔い潰れるまで飲めって訳じゃないし1杯くらい付き合えよ」
「承知しました」
彼女から返ってきた言葉は少々堅苦しいものだったがその表情は幾分か和らいでいるようだった。
それでいい。
全員酔っぱらって問題が起きたとしてもそれはリーダーである俺の責任だ。
「おいルシオン、何かあったら全部オマエの責任だからな」
「ええーーっ!? そんなのいきなりだよぉ……」
と思ったが気が抜けてヘラヘラしてる堕天使がいたからきっちり圧力を掛けておいた。
…
ムシャムシャガツガツ。
セシルは肉塊に、ルシオンはパンケーキに無心で齧り付いている。
カフェでもないのに何で当たり前のようにパンケーキが出てくるんだよ……。
まあいい、取り敢えずこいつらは放っといてと。
「なあスカーレット、わざわざ個室を選んだってことは何か話しておきたいことがあるんじゃないのか?」
「ウ、ウム、そうであったわ」
こいつはこいつで隙あらば酔い潰れるから真っ先に本題に入ることにした。
ていうか既にジョッキ3杯流し込んで顔が上気している。
速攻で目的忘れやがってこのアル中魔王め……。
「コバルクからファサーラまで3日程マズルカと様々な議論を交わしたのじゃがな、妾の見立てであるが奴は国王親衛隊長に相応しい人格者なのは間違い無かろう。それとダークエルフ紛争についても国家レベルで相当な調査が行われておるようじゃな」
実際に馬車に揺られた3日間、マズルカとスカーレットは大半の時間を会話に割いていた。
その中でダークエルフ紛争についても討論したのだろう。
これから向かう洞窟も100年周期で瘴気濃度が上がるらしいからそれに関連する話し合いをするのは当然のことだ。
「あの者は信頼に値する。となれば今回の件、セイレーンからの申し立てが発端と言っておったがサムよ、お主もセイレーンのことくらい存じておるであろうな?」
「そりゃまあ一応はな。でもお前が何を不安視してるのかまでは予測できないのよ」
セイレーンが沿岸でヒエラルキーの頂点に立っているのは冒険者にとっては当たり前に知られた話だ。
とはいえサンチャーフォ自体特殊なお国柄だし、セイレーンとの接点も少なくないと考えれば水質面での報告が上がることも普通に有り得るのだろう。
「セイレーンはお主が思うより遥かに屈強じゃ。集団行動に長け、魔法にも精通しておる。水際では飛行手段を持たねば容易く足元を掬われる故、奴等の縄張りに無防備に足を踏み入れることは自殺行為とされておるのじゃ」
「うーん、イシャンテではそういう話はあまり聞かないんだよな。ユスアも砂浜が広がっているだけだからセイレーンは棲み付いていないみたいだし」
「それは環境の差じゃよ。本来ならばセイレーンが国家に意見するなぞ到底考えられぬわ。じゃがマズルカと会話を重ねる程に奴の言葉の信憑性が増してだな……」
「ってことはマズルカさんは嘘を言っていないってお前が判断したってことだろ? それって何か問題なのか?」
スカーレットはチーズの欠片を口に含んでグイッとエールで流し込んだ。
いや、お前それ4杯目……。
「サンチャーフォはセイレーンと上手く共生しておるようじゃ。が! セイレーンであるぞ!? あの者が上申するということはそれ即ち……」
「……即ち?」
「……洞窟の先に神に匹敵する力を持った何者かが潜む可能性を示唆しておる」
「神に匹敵する力!? それって……」
俺は無言でルシオンを指さした。
だがどこぞの堕天使は能天気にパンケーキをパクつきながらのーみそお花畑モードに突入している。
「ウ、ウム、あやつも妾と同じく神の力を持つ者であるが……」
イカン、真面目な話なのに例に挙げる対象を間違えたようだ。
アイツには後で説教せねばならん。
「何かにーさんがすんごい睨んでくるよぉ……」
「アンタがパンケーキ独り占めするからじゃないの? ホント、卑しいわねえ」
「そんなのしーちゃんにだけは言われたくないよぉ……」
同じテーブルを囲んでいるのに何故ここまで話が噛み合わないのか不思議で仕方無いが、向こうも話を噛み合わせる気配が無いので再び放っておくことにした。
視線をスカーレットに戻す。
「断言はできぬ。じゃがわざわざ高ランクパーティーに依頼する理由に足りる何かがあるのは間違い無さそうじゃな」
「マジかよ……」
「カッカッカ、そう心配するでない。マズルカも100年周期と言っておったであろう? であるが100年前にこの洞窟で事件が起きたという報告は来ておらん。ならばそこまで不安視する必要も無いのではないかのう」
スカーレットは5杯目のジョッキをテーブルに置くと俺の左肩をペチペチと叩いてきた。
まあこの状況下でこれだけ酒を楽しめるんだ、実際に大した不安を感じていないのだろう。
その後もスカーレットはグイグイと飲み続け、気の向くままに夢の世界へ旅立ってしまった。
…
「ありがとうございましたー」
会計を済ませて店の扉を開く。
そより。
異国の生暖かい風が頬を撫でる。
「ったく、何処でもお構いなしに酔い潰れやがって」
俺はスカーレットを背負いながら悪態をひとつ。
「あっ、あの、スカーレット様でしたら私が責任をもって……」
「いいから気にするなって。こんなちっこいの俺でも楽勝だからよ」
心配そうにこちらを伺う隣人を制して俺は迎賓館へと歩みを進めた。
「それよりお前等、居酒屋でよかったの? あのまま迎賓館に居ればスゲエ物が食えたかもしれないのに」
何も言ってこなかったが豪華な食事にありつける機会を失った訳だし多少の不満はあるだろう。
そう感じて俺は前方の2人に声を掛けた。
「やあよ。あんなにずっと後ろで見張られたら何も食べられないじゃないのよ」
「あはっ、しーちゃんお行儀悪いもんねぇ」
「アンタに言われるとすんごい腹立つんだけど! それにあたし割と何食べても美味しいし……」
「あーん、しーちゃんはバカ舌さんなんだよぉ」
「アンタはひと言余計なのよ!!」
前を歩く2人の罵り合いが始まる。
仲が良いのやら悪いのやら……。
「お前にゃ貴族の食卓よりもこれくらいがちょうどいいんだろ?」
俺は苦笑いを浮かべながらセシルにマジックポーションを放り投げる。
「そうね。悪くないわ」
宙を舞うポーションはセシルにキャッチされると瞬きする間に飲み干されていた。
「そう言えばスカーレットがこれから向かう洞窟が超ヤバいって言ってたけどちゃんと聞いてたか?」
「知らないわよ。まっ、どうとでもなるでしょ」
こいつ会話に混ざって来ないと思ったらマジで話聞いてなかったのかよ……。
「この楽観主義のクソダークエルフめ……」
「アンタとまおーが心配性過ぎるのよ。ねっ、ルシオン」
「そうかなぁ……。しーちゃんはもっと後先考えて生きた方がいいと思うんだけど……」
「うっさいわねえ。誰よりも明日の事なんか考えてなさそうな顔してるくせにさあ」
「今日のしーちゃん何か酷いよぉ……」
スカーレット以外乾杯の1杯しか飲まなかったけどそれでも多少は気分が高揚したのだろうか、どことなくセシルとルシオンが饒舌になってるような……。
もう1人増えると途端に俺に矛先が向くからな、連れ帰るのが面倒だけど背中のこいつが酔い潰れているのは不幸中の幸いだわ。
明日の事なんて考えても仕方が無い。
確かにそうだ。
俺達はナイトバザールの賑わいを横目に眺めながらゆっくりと帰路についた。




