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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
53/54

53 馬車は国境を越えて

 ガラガラガラガラ―――


 俺達を乗せた馬車はサンチャーフォ王国領ファサーラを目指して南西へと進む。


 人、馬、車輪。

 絶え間なく踏み固められてきた街道は今日も数多の旅人を迎え入れる。

 その先は歓喜か、それとも絶望か。



「サムー、喉乾いたー」

「知らんわ! ずっと甘い物ばっかり食ってるからだろ」


 キャビンの乗降口から足を投げ出して菓子に没頭するダークエルフがふざけた注文が飛ばしてきたので軽く嫌味を付け加えながら渋々マジックポーションを投げつけた。

 水代わりに飲むなと言いたい気持ちをグッと抑えながら。


「お? 1匹足りないやん」

「すーちゃんなら屋根の上でお昼寝してるよー」


 俺の言葉に反応するはセシルの横でこれまた足を投げ出してドーナツを貪る我が家の下僕。

 こいつはこいつでよくもまあ飲み物無しで食べ続けられるなと感心させられる。

 きっとあのアホ毛で空気中の水分でも吸収しているに違いない。

 知らんけど。


「あれ? にーさんドーナツ欲しいの?」

「いや、お前が憐れ過ぎてガン見しただけだ」

「何か酷いよぉ……」


 ったく、本当のことを言っただけなのに被害者ヅラしてきやがったぞ。

 まあいいや、ほっとくとしようそうしよう。


 それにしても平和だ。

 平和過ぎて護衛の騎兵に申し訳無い気持ちになってくる。


 俺はガラ空きの乗降口から外の景色に目を遣った。

 随分と海岸線から離れたのか、潮の香りはもう届いて来ない。

 ただただ広がる一面の青空に一面の草原。

 

 アクシデントが発生するような雰囲気は全く見当たらない。

 当然魔物が出る気配も無い。


「暇だな」

「はい」


 俺の横には肩を並べるようにしてクーリエが座っている。

 何気なく言葉足らずな声を掛けたが話が弾むような返事は返ってこなかった。

 それでも変わらず隣に居てくれる、それが些細な幸せってもんよ。


 暇なのか平和なのか混同しそうになる中、俺は甘ったるい匂いに包まれながらぼんやりと空を眺めていた。



 ………


 ……


 …



 まるで悠久の時を過ごしているかのような3日間を経て馬車は無事国境線付近へと辿り着いた。


「ほら魔王様、遠くに薄っすら見えるだろ? あれがファサーラ。サンチャーフォ王国の東の玄関口さ」

「ほほう、あれこそがお主の生まれ育った地であるな。力強い大地の鼓動を感じるのじゃ」


 マズルカはカーテンを開いて目的地が近いことを示した。


 移動の最中はスカーレットの話し相手を務め、宿でも酒盛りに駆り出された結果、短期間であるにも関わらず友情に近い信頼関係が芽生えていたようだ。

 まあスカーレット自体、歴史や政治の話にもしっかり食い付いてくるから国王親衛隊長の視点からしても良い話し相手になったんだと思う。


 それはさておき俺はキャビンから半身を乗り出して前方を望んだ。

 視界の先には想定よりも遥かに大きな街並みが広がっている。

 あれがファサーラか……。


「町の手前に流れているのがリペイコとサンチャーフォの国境線を兼ねたファサーラ川。あそこの橋を越えたらそこはもうサンチャーフォ王国領だね」


 マズルカにとっては数日振りの慣れ親しんだ土地であるからだろうか、心なしか言葉が弾んでいるように感じられる。


 それにしても初めて訪れる町を目前に控え否応にも心が躍ってしまう。

 イセリア程ではないけどあれだけ大きな町だ、今まで見たことも無いようなアイテムがあるに違いない。

 任務があるからあまり散策に時間を割けないけど空気だけでも感じておきたいものだ。


 俺は妙に落ち着かず、そわそわと前方の景色を眺めていた。

 歩いて向かうのではなく馬車に乗せられているせいかもどかしい気持ちになってくる。


 徐々に近付くファサーラの街並み。

 いつしか馬車は川に架かる橋の手元まで到達していた。


「この橋はリペイコとサンチャーフォの全住民、あとギルドに所属していれば必ずギルド登録証が発行されるからそれがあれば無料で通れるんだよ」


 マズルカはスカーレットに解説を挟みながら橋のたもとの詰所で警備にあたる衛兵に手を振った。

 彼の仕草に背筋の伸ばし敬礼で応じる衛兵。

 やはり自国領においては国王親衛隊長の貫禄が物を言う。

 入国審査待ちの列をよそに馬車は悠々と橋を渡り始めた。


「サンチャーフォ王国へようこそ。何も無い所だけど温かな気候に負けないくらい人の気持ちも温かくて僕はこの国で産まれたことを誇りに思うんだ」


 橋を渡り終えたタイミングでマズルカは俺達に歓迎の言葉を放った。


 この国が本当に好きなんだな。

 飾り気の無い語り口。

 それでも溢れんばかりの情熱はひしひしと感じられた。


 コトコトコトコト―――


 車輪が奏でる音が変わった。

 川を越えた所から敷かれた石畳は馬車を誘導するかのようにファサーラの東門へと繋がっている。


 もうすぐ夕暮れという時間帯、人混みに溢れたファサーラの大通りを馬車はゆっくりと通過していく。

 町を貫く大通り沿いに連なる商店。

 何を売っているのかは分からないが雰囲気はアゼルネアに近い気がする。


 ただ道往く人々が一斉にこっちを向いてくる。

 どうやらこのクソデカ馬車が人目を惹くのは何処も同じようだ。


「何だか凱旋帰国みたいになっちゃったねぇ……」

「カッカッカ、歓迎として捉えておくのじゃ」


 マズルカはばつが悪そうに苦笑いを浮かべているがスカーレットは全く気にしていないっぽい。

 こんなんでも一応王様だもんな……。

 俺もじろじろ見られるのは好きではないのでキャビンの中から外の様子を窺うに留めておいた。


 …


 馬車は賑わいを見せるメインストリートを突き進むと程なくして閑静な居住区へと場面を変えた。

 ちょうど日没と重なったのだろう、道路脇に並ぶガス灯に火が灯されていく。


「見えてきました。今日はあの建屋で休んで下さい」


 マズルカが指さす先には周りの建物より遥かに立派な2階建ての一軒家が。

 広々とした庭がこれまた更なる高級感を醸し出している。


「此処は王室が管理している迎賓館です。到着に合わせて侍女も手配しておりますので雑用はその者に任せて下さい」

「ウム、かたじけないのう」

「マズルカさん、ありがとうございます」

「あっはっは、そんなに畏まらないで下さいよ。それでは明朝迎えに上がりますので」


 馬車が迎賓館の前に停まった。

 キャビンから降りる俺達を深々と頭を下げて出迎える5人の侍女。

 礼の作法ひとつ取っても品格の高さが窺える。


「じゃあ僕達は行くから。後は頼んだよ」

「マズルカ様、お任せを」


 馬車は俺達を降ろすと暗がりに溶け込むように消えていった。


「すみません、エルバード様御一行とお見受けいたしますが」

「あ、はい」

「侍女長を務めますミレットと申します。施設を開放される際に呼ばれる程度でして至らぬ点もあるかと存じますが宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします」


 馬車が姿を消すと同時に中央に立つミレットと名乗る女性が侍女を代表して挨拶してきた。

 至らぬ点もあるとか言っているが物腰から侍女としての矜持が感じられる。

 この芯のある佇まい、ミシェルの奴にも見せてやりたくなるわ。

 

 ミレットさんに案内されて屋内に入ると真っ先にシャンデリアが目に入った。

 この吹き抜けの天井から吊り下げられたシャンデリアは何処で売ってるんだろ。

 いいなこれ、ウチの宿にも置きたいくらいだ。


「ホレ、そんな所で突っ立っておらんとさっさと先に進むのじゃ」

「お、おう、すまない……」


 いや、シャンデリアだけじゃない。

 全ての調度品が落ち着いたデザインの中に高級感を潜ませている。

 これが本物の迎賓館ってやつか……。


 俺達は2階の客室に1人1部屋ずつ案内された後、大広間で食事を振る舞われた。

 やはりと言うか、最高級の食材がふんだんに使われた文句の付け所が無いメニューだ。


 何本も置かれたナイフとフォーク。

 グラスもゴブレットの他に赤ワインと白ワインとシャンパン用が置かれている。

 何か俺みたいな奴が国賓級の接待を受けてもいいものかと感じてしまう。


 チラリとセシルの方に目を向けると彼女の視線と重なった。

 間違いない、あれは救助を求める目だ。

 俺は咄嗟に目を逸らした。


 ルシオンは……、イカン、キョロキョロして完全に挙動不審者のできあがりだ。

 見ていて痛々しい。


 スカーレットは流石に魔王だけあってこういう場にも慣れているのだろうか、微動だにせず静かに食事の提供を待っているようだ。

 とはいえこいつも目が半分死んでやがる。


 クーリエは見た感じ普段と変わりは無い?

 いや、翼が縮こまって動きがどこかぎこちないぞ。


 はあ、やれやれ……。


「ミレットさんすいません」

「はい、何で御座いましょう」

「この後、少し外を回りたいので食事は簡潔で構いません。それとお酒も結構ですので」

「そうでございますか。マズルカ様には丁重にもてなすようにとのことですがエルバード様がそう仰るのでしたら私共はそれに従う他ございません」

「突然で申し訳ありません。ご厚意だけ受け取らせて貰いますね」


 ミレットさんが融通の利く人でよかった。

 俺達は早々に晩餐を切り上げ、ロビーに集まった。


「商店街は表の道を東に進むと見えてまいります。路地に入りますと場合によってはよからぬ者に関わる危険もありますのでくれぐれもお気を付け下さい」

「分かりました。それでは行ってきます」


 迎賓館正面、ミレットさんは軽く頭を下げて俺達を見送っている。

 つくづく礼儀正しい方だと実感する。


 俺達は彼女のお辞儀を背に商店街へと歩き出した。



「おっまえら分かりやす過ぎなんだよ!」

「はぁ!? アンタだってつまんなそうな顔してたじゃない!」

「そうなのじゃ! 自分ばかり棚に上げおって、お主がいちばん顔に出ていたのじゃ!」

「あははー、にーさんこういうの苦手だもんねー」

「オマエにだけは言われたくねえわ!!」


 暫く無言で歩き、迎賓館が完全に見えなくなった所で俺は口火を切った。

 なのに何故か矛先が俺に向く。

 そうか、そんなに俺もつまらなそうな顔してたのか……。

 確かにああいうのは全面的にカチルに任せてたけど……。


「クーリエはああいうの大丈夫なのか?」


 前の連中はすぐに言い返してきやがるので隣で歩調を合わせるクーリエに話し掛けた。


「得意という訳ではありませんが……」


 曖昧な返答が返ってきたがその表情は明らかに先程とは違う。

 思いっきり人見知りするタイプだもんな……。

 ゆらゆらと揺れる翼が彼女の心境を如実に表しているようだった。


 …


 少し歩くと先の方が明るくなってきた。

 ナイトバザールの灯りだ。

 そのままずんずん進むと通りは商売人と通行客で埋め尽くされていった。


 馬車からチラチラと見えていたどちらかといえば胡散臭い寄りの露店の数々。

 こういうのは決して買うものではない。

 あくまで見て楽しむもの。

 こんな所で不必要に金を落とす奴はアホである。


「サムー! ほらほらあそこ! あれ、空飛ぶ箒じゃない!?」


 セシルはいきなり声を上げた。

 と思ったら勢いよく地べたに絨毯を敷いただけの薄汚い露店に吸い寄せられていった。

 嗚呼、まさかパーティーの中にアホが潜んでいたとは……。


「いらっしゃい。これはこれは可愛いお嬢ちゃんだことで。おや、もしかしてこれが気になるのかい?」


 頭にターバンを巻いて顎髭を伸ばした細身の店主は宙に浮いた箒を指さした。


「こいつは魔力を流し込むと浮き上がる造りなんだけどひとつだけ条件があってね、太陽が出ている時間じゃないと発動しないんだ。でもひとたび発動すればこうして昼も夜も関係無く魔力が尽きるまで浮いていられるのさ。本当ならカーネリアの由緒ある道具屋でざっと金貨300枚は下らない代物なんだけど今だけ即決出血大サービス! まさかの金貨1枚ポッキリで夢に見た空飛ぶ箒がお嬢ちゃんの物だ!」


 シュバッ!!


 セシルは音すらも置き去りにする勢いで身体を回転させて俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。


 道往く人が思わず振り返りそうになる。

 そんな端正な顔立ちが発する、一切の穢れを感じさせぬ純真無垢の瞳。

 間違い無い。

 あれは騙される奴の目だ。

 黙ってりゃ普通にモテそうなビジュアルが痛々しさを加速させる。


 ったく、厄介事に自ら飛び込むなよ……。

 俺は分かりやすく道具袋から金貨を1枚取り出し、キラキラと目を輝かせるセシルをスルーして露店に近寄った。


「やあやあいらっしゃい。お兄さん、若いのにお目が高いねえ」


 代金はこの男が支払ってくれるのだろう。

 金貨へ向けられた店主の視線が彼の心境を見事なまでに映し出している。


 ガシッ!!


 金貨に意識が注がれた店主の隙を狙い、俺は宙に浮かんだ箒を掴み上げてパッと横に放り投げた。


 カランカラン―――


 乾いた音を立てて地に横たわる空飛ぶ箒。


「ん? どうした? 動かないじゃないか」


 俺はしゃがみこんで、箒が浮いていた場所を見つめながら呟いた。

 そこには魔力が籠められた浮遊石がひとつ。


「あ、あはははは……、そんな訳無いじゃないか……。よく見てごらんよ」


 店主は支えを失った箒を掴んで真上に放り投げた。


 へっ!?

 適切な判断を置き去りにして視覚が思わず箒を追ってしまう。

 だが浮遊石の支えを失ったただの箒が宙に留まる筈も無く再び地面に転がった。


「あっ、消えやがった……」


 箒の軌道に目を取られている間に店主は売上金と共に姿をくらましていた。

 一瞬遅れて状況を把握したセシルと目が合う。


「ちょっと! 早く追いなさいよ!」

「やめとけ、あんなの捕まえても面倒なだけだぞ」


 騙されたと分かった途端に怒りを露わにするセシル。

 勝手に突っ込んで勝手に騙されてご立腹とは忙しない奴だ。


「まあ落ち着け。見えない所に浮遊石を仕込んで箒や絨毯を売るのは昔からよくある手口なんだわ」


 俺はまだ魔力を帯びている浮遊石に箒きびを被せて売り場を再現した。


「茣蓙1枚敷いただけの露店なんて基本偽物ばかりだからな、いずれはそういうのも判るようになるさ。それよりあそこの居酒屋でいいか?」


 俺はセシルの肩をポンと叩くと瀟洒な佇まいの居酒屋を指さした。


「あっ、あたしは何処でもいいわよ……」

「よし、決まりだな」


 気持ちが落ち着いてきたのだろうか、あからさまに落ち着いたトーンで彼女は返事を返す。


「ほらほらー、しーちゃん行くよー」

「あーもう、分かったから離れなさいよ!」


 ルシオンがセシルの後ろから抱きしめるようにグイグイ前に押している。

 こいつ、こういう空気を和ますのだけは上手いんだよな。

 他に取り柄無いけど。


 俺はナイトバザールの熱気を掻き分けて居酒屋の前に立った。

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