57 揺れる6つの影
夕日が地平の先に沈み、少しだけ熱の引いた空気が夜の到来を静かに告げる。
何気無く朱から紫へとグラデーションを彩る空に目を向けた。
周りに人工的な灯りが存在しない最果ての辺境でしか見られない星々の歓迎に俺は暫し言葉を失ってしまう。
そんな神秘的とも言える光景に多少の申し訳の無さを抱きながら、俺はセシルが捨てたいびつな火の魔石を両手に持ち互いをぶつけ合わせた。
ギャリッと齧るような音を響かせて火花を飛び散らせる魔石。
それを井桁に組んだ薪に投げ込むと中央から炎が立ち上った。
今夜のキャンプに選ばれた傘のような樹形の大樹の下、各々が思い思いの場所で寛いでいる。
まあ俺の隣には定位置と言わんばかりにクーリエが居る訳だが。
ふと街道から分岐した小路に目を向けた。
その小路の坂を下った先こそ第6ハイテホーテ河食洞、明日の探索現場だ。
「普通に探索できそうなんだよな?」
「はい。中までは確認していませんが脅威になり得る気配は感じませんでした」
確かに心の奥底に不安はある。
だがここはスカーレットと共に洞窟の下見に行ったクーリエの言葉を信じて明日に備えた方が気が楽でもある。
「明日何も無きゃいいけどな……」
「ええ」
控えめに相槌を打つ隣人の熱を感じながら俺は夜空に向かってふぅと息を吐き出した。
「のう、サムよ」
焚火の向こうから声が届いた。
声の主に目を向けるとチョイチョイと手招きする仕草。
俺とクーリエはスッとその場に立ち上がり焚火の側に身を移した。
話し合いの気配を感じたのだろう、焚火を囲んで俺、マズルカさん、スカーレット、セシル、ルシオン、クーリエと時計回りに腰を下ろしている。
隊員の2人はマズルカさんの指示に従い、少し離れた位置で周囲の警備に当たっているようだ。
「先ずはクーリエよ、守護結界を頼めるかのう」
「畏まりました。範囲はどのように致しましょうか?」
「この木を覆う位でよいじゃろ。手間も掛ける必要は無いのじゃ」
「承知しました」
隣に座っていたクーリエは静かに立ち上がると大樹の枝先まで離れて何やら小難しそうな詠唱を始めた。
術式が発動し、両手から浮かび上がる青白い光。
2つの光は剣のように真っ直ぐ一直線に伸び、地面に向けられた。
惹き込まれるように見つめているとふわりと彼女の身体が宙に浮いた。
刹那、漆黒の翼を広げその場に浮いていた身体は大樹を軸に円を描くように音も無く動き出す。
見ると彼女が地面に刻む2本の線の間には謎の紋様が浮かび上がっている。
事前に結界魔法を唱えていたからその術式が描かれているのだろう。
多分。
彼女は滑るように大樹をぐるりと1周して2本の光の起点と終点が結ばれた。
同時にその翼を大きく羽ばたかせて夜空に溶け込むように天高く舞い上がっていく。
ただでさえ黒い恰好しているのに夜空に飛び立つから見失ってしまった……。
そう思った矢先、大樹の真上から地面に向かって放射状の青白い光が放たれた。
それと同じタイミングで地面に現れる光の線。
線を目で追いかけると円の内側に六芒星が形成されているのがはっきりと判った。
二重の円に術式紋様に六芒星。
瞬く間に描き上げられた魔法陣は完成と時を重ねてひと際強い光を放ち地面に固定された。
「まさか……、こんな短時間でこれを……」
「なぁに、こんな単結界ならば当然であるわ」
マズルカさんの驚きを隠せない声に作成した当人でもないのにニヤリと笑いながら偉そうに応じるちびっこ魔王様。
何て間にクーリエがくるくると螺旋を描きながらスタイリッシュに滑空してきた。
一直線に落ちてくる我が家の下僕とは大違いだ。
「ご苦労であったな」
上司の労いの言葉にぺこりと一礼で彼女は応じる。
「ホレ、そこの見張りの者よ、この結界内の安全は妾が保証する故今晩は存分に身体を休めるがよい。のうマズルカよ、お主もそう思うじゃろう?」
「……あ、うん。そうだね……」
マズルカさんはクーリエが描き上げた魔法陣に目を奪われながらスカーレットに半ば放心気味の返答を返すと、警備中の隊員に向かって休むようにジェスチャーを入れた。
隊員の2人はそれに応じ、俺達の輪に交わることなくマズルカさんの直ぐ後ろで装備品を外しその身を臨戦態勢から解除した。
国王親衛隊長という立場上、魔術に触れる機会も多いに違いない。
そんな彼がここまで呆気にとられるのは言うまでも無くクーリエの能力に対しての感嘆なのだろう。
いや、もしかしたら畏怖に近い感情も込められているのかもしれない。
どうにも魔法に疎い俺でさえもマズルカさんの動揺を通じて、今起きている状況の凄さを感じられた気がする。
あー、俺も少しくらい魔法使えたらなぁ。
使えなくてもせめて誰かが唱えた魔法の良し悪しが判るようにはなりたいものだ。
「ところで明日の探索じゃが……」
パチパチと音を立てていた焚火の炎が一瞬静かになったタイミングでスカーレットは本題に差し掛かった。
その音頭に応じるように皆が一斉に彼女に目を向ける。
約2名はカッチカチのハードチーズを齧りながらであるが。
「妾の見立てが正しければ良からぬ意味で何も起こらぬ」
「何よ良からぬ意味って」
良からぬ意味って何だよ……。
誰もが感じたであろう疑問にいちばんに食い付いたのはセシルだった。
「あの洞窟から生命の息吹が微塵にも感じられなかったのじゃ」
普通の冒険者がそれを口にしたら他の者には洞窟は魔物が居らず安全であると解釈されるだろう。
だが残念なことに言い放ったのは魔王兼生命を司る神であるスカーレット。
『普通』の対極を成す最たる存在だ。
もう嫌な予感しかしねーわ。
「河川ひとつ取っても様々な生命が関与しておる。苔を刮ぐ川虫、川虫を食う川魚、川魚を狙う鳥や獣。川とは単に水が流れているで片付くものではない。食物連鎖を通じ魂が循環する輪廻転生の場なのじゃ」
「でも生き物がいる感じじゃなかったんだろ? てことは近くに神が居て魂を抜いたってことか?」
「いや、これは神の仕業ではないわ。神は手厚く祀られる事を望む。故に知恵を持たぬ生命にいちいち干渉なんぞ及ぼさんのじゃ」
「そうか……」
となると……何だ?
考えてはみたもののスカーレット自身、次の言葉を選んでいるように見える。
あいつが明白な答えを弾き出せないんだ、そんなの俺に分かる訳が無い。
「余程強固な結界が張ってあるのか洞窟の奥を千里眼で覗いても靄がかかったように先が見通せぬ。マズルカよ、あの中はどうなっておるのじゃ?」
「第6ハイテホーテ河食洞は少し進むとカーネリア王国領になるからそこから先は進入禁止になっているんだ。奥まで行けば良い魔石が拾えるかもしれないけど普通に行ける範囲だとこんな屑魔石しか落ちていないみたいだね。セイレーンから苦情が入ったからこうして君達に調査を依頼しているけど、水源地まで行ったって話を聞いたことが無いから詳しいことは分かっていないんだ……」
マズルカさんは誰かさんが捨てた魔石を拾い上げて屑魔石と言い放った。
えっと、俺が言った訳じゃないのにこっちを睨みつけてくる輩が居るんですが……。
「やはり一度行ける所まで行くしか無さそうじゃな。時にマズルカよ、第6ハイテホーテ河食洞からカーネリア王国領に足を踏み入れたらどうなるのじゃ?」
「部外者が王国聖域区に足を踏み入れたら死刑ってのは割と有名な話だよね。サム君も聞いたことあるだろ?」
マズルカさんの発言に俺は首を縦に振る。
「ただ、その聖域の範囲ってのが僕にも分からないんだ。あと君達は冒険者の証を貰いに行く最中なんだよね? それなら聖域以前に王国領にも入れないから無理はしない方がいいと思うよ。ペナルティの内容によっては二度と手に入らなくなるかもしれないからね」
マズルカさんの意見がごもっとも過ぎて俺は頷くことしかできなかった。
それにしても属国とはいえ国王親衛隊長でさえもカーネリアの聖域区について詳しく知ることができないのか……。
スカーレットには悪いがリスクも考慮して今回は進入禁止エリアに入るのは止めてもらおう。
「じゃあ明日の探索はサンチャーフォ領域内だけで終わらせるとするか。スカーレット、悪いけどそれでいいか?」
「妾は構わんのじゃ。下手に踏み入ってマズルカの立場まで悪くさせる訳にはいかんからのう」
スカーレットの承諾を聞いてマズルカさんの顔色が和らいだ。
ということはマズルカさんもどこか話の流れでスカーレットがカーネリア王国領に入るのを止めたかったんだな。
「さて、堅い話は仕舞いじゃ。妾は明日に備えて一杯やるとするかのう」
「明日に備えるならさっさと寝ろよ……」
スカーレットは俺のツッコミをフルシカトして馬車からエールの入った木樽を抱えてきた。
相変わらず貫禄に欠ける魔王様である。
「サムよ、お主は飲まんのであるか?」
「今日は止めとくわ」
「そうであるか、つれないのう」
ゲボゲボと頭のおかしいペースでエールを呷るスカーレットを眺めていると隣にセシルがやってきた。
「ねえ、アンタさっきあたしが集めた魔石で火を点けたでしょ」
「さあ……」
「さあじゃないわよ! 勝手に人のもの使ったんだから払うもの払いなさいよ!」
払わないと殴るわよと言わんばかりの圧が飛んできたので俺は渋々マジックポーションを差し出した。
光の速さで掠め取られるポーションちゃん。
「まっ、今日の所はこれで勘弁してあげるわ」
奪うもん奪って悪党は俺から離れた。
何だろ、あんな屑魔石を無理矢理買わされた感じがして普通に渡すより悔しいんだけど……。
まあ寝れば気分も晴れるだろう……。
俺はモヤモヤした気持ちを燻らせたまま大樹の根元で横になった。




