勇者の存在価値Ⅵ
ドラゴンの骸が露わになった瞬間、戦いを見守っていた兵士達が歓声を上げた。
建物などに避難していた民衆もそれを聞き、脅威が去ったことを理解して歓声に混ざる。
剣を収め、自分も勝利の余韻に浸ろうとする……が、何も感じなかった。
達成感が無いわけではない。何せ、まさに襲われていた街を救ったのだ。
犠牲こそあったが、文字通り自分の手で魔物から人々を救い、初めて勇者らしいことを成し遂げた気がする。
こんなものか……。
それが正直な想いだ。
偉業に対する誇りとも犠牲に対する悲観とも呼べない、落胆に近い。
別に戦闘狂であるつもりはないが、力を振るえないのが自分に負の感情を与えることになるとは思ってもいなかった。
虚無感、というよりは、自分が本当に生きているのか、生に対する実感が薄くなっていく気がする。
勇者リードナが言っていた、『仲間は早く作った方がいい』という忠告の意味が初めて分かってきた。
このまま独りでいると、人間としての心が死にそうだ。そんな不安が押し寄せてくる。
まあ今でも仲間を作る気はないけど、検討くらいはした方がいいのかもしれない。
そう、例えばアリスとか。
しかし、勇者としての悩みを勇者以外の者が理解できるのだろうか。
アリスに、『私が強すぎて何もかもつまらなくなってしまう』などと言ったら、彼女がどう返すか想像できてしまう。
『最高の嫌味をありがとう』と、吐き捨てるに違いない。
その状況が頭に浮かび笑えてくる。
そうだ、私はまだ笑えるから大丈夫だ。
いつか私がもう少し勇者らしいことをして、勇者にふさわしい者なのだと自分でも思えたときには、アリスに会って仲間に勧誘してやろう。
お互いに嫌味と皮肉を言い合いながら、世界を救う。
それはそれで素敵なことではないか。新たな冒険譚も、さぞユーモア溢れるものとなるに違いない。
「はあ……」
ひとつ溜息をついて、踵を返す。
そんな冒険譚が作られるようになるまでの道のりは果てしなく遠い。
民衆からの歓声には軽く手を上げて反応してやりながら、依頼達成の報告をするため、領主の元へ向かう。
領主からの礼と勧誘の嵐を何とかあしらい、宿の自室に戻る。
報酬は報酬としてありがたく頂戴したが、勧誘はやはり面倒だ。
勧誘とは、端的に言えば『この街の住民にならないか』という話だ。
王宮から、この国の領主を含む権力者に対し、勇者を自身の支配下に引き入れる行為は自粛するよう通達されている。
具体的には、領主が勇者に対し、自ら管理する街の市民権等を与え永住させようとした場合が該当する。
しかしこれは、勇者側が望んだ場合は別だ。
だから殆どの場合、今回のように、自分が治めている街がいかに素晴らしいか、どのような歴史があるか、勇者が住むとこの街の住民がいかに喜ぶか、永住すると言えばどのような待遇が得られるかなどを延々と聞かされる羽目になる。
ひたすらアピールし、こちらが『住みたい』と言うのを待つのだ。
直接勧誘してくるわけではないので、こちらも話を止めさせにくい。
なので、興味の無い話を永遠とも思える長い時間聞かされる苦行に耐えなければならないのだ。
いっそ有力者は勇者と接触禁止、というお触れでも出ないだろうか。
だが、これから先は更に王都から離れる方角を進む予定なので、この苦行も今後は減るはずだ。
王都から離れていけば、自分から名乗らなければ勇者であると一目で分かる者もかなり限られてくるからだ。
さて、まずは明日だけど。
できれば明日も丸1日休んでからこの街を出たかったが、恐らくそんな優雅な休みは過ごせそうにない。
明日起きたら、すぐに出発しよう……。
また領主や住民に囲まれるのは御免だ。
何より、討伐したとはいえ、この街にも少なからず被害が出ており、その爪痕は街に大きく刻まれている。
その復旧作業も行われる中で、勇者が宿に引きこもっていたり観光する訳にもいかない。
次にまともな休息が取れるのがいつになるのかは分からないが、あまり期待せずに進もう。
魔王の動きは未だ見られないそうだが、早いうちに『目的の物』も手に入れたい。
「はあ、お休みなさい」
溜息をついて、誰に伝えるでもなくそう口にし、ベッドに潜り込む。
またしばらく感触を味わえないであろうシーツを軽く撫でまわし、目を瞑った。
お休みを言い合う仲間が自分に出来たときのことを想像しながら。
そして、その仲間にアリスが浮かんだことに微笑みながら、今日も勇者は眠りにつく。




