勇者の存在価値Ⅴ
こうして近くで上空のドラゴンを直視すれば、改めてその大きさを認識させられる。
10メートルは優に超える巨体、それを覆う暗い灰色の皮膚は光沢を持ち、かなりの硬度があることが窺える。
そしてあの動きと位置取りは、やはり厄介だ。
巨体の割に飛行速度は高く、砲弾を当てるのも一苦労だろう。
一番距離が短くなるであろう真上通過時を狙っても、外せばその砲弾はそのまま街中に落下する。
弓で攻撃しようにも、通常の矢であの皮膚に傷をつけられるのかも怪しい。
そう、通常の矢では無理だ……。
「その弓と矢筒をこちらに」
隣で息を吞んで立ち尽くしていた兵士に、手にしている装備を要求する。
「し、しかし、何度かこちらも当てているのですが、とてもダメージを与えるには至りません!」
「分かっています。いいからそれをこちらに」
手にしていた剣を納め、兵士が困惑したまま差し出す弓と数本の矢を奪い、未だに悠々と空を飛ぶ巨大なトカゲもどきに狙いを定めて矢を引いた。
限界までしならせた弓と弦から、悲鳴のように鳴り始める軋みの音。
同時に、魔力を発現させて矢尻に流し込み、術式を練り上げる。
その魔力に感づいたドラゴンがこちらを向き凝視してくる。
無視できる規模ではないことを悟ったのか、間をあけずに真っ直ぐ急降下を始めた。
狙いは私だ。
同じく城壁の上にいた兵士達は一斉に狼狽え出す。
だが、標的の方からこちらに近付いてくるのならばそれはそれで都合が良い。
まだ……、まだ……、まだ……、……今。
「喰らえ」
唸るようにそれだけ呟き、矢を放った。
瞬く間にドラゴンの左肩へ飛翔する矢がその分厚い皮膚に突き刺さった直後、矢尻に組み込んだ術式が発動し、強烈な爆裂魔法が展開される。
盛大な爆発音を掻き消すようにドラゴンが咆哮を上げるが、その威勢の良さとは裏腹に、城門の近くに墜落していき、そのまま無様に地面へと衝突した。
用済みとなった弓を放り投げ、追撃のため自分も城門から飛び降りる。
やっぱりドラゴンともなれば、耐久性はその辺の魔物とは比べ物にならないか。
石畳を踏み砕きながら着地すると、目の前には既に起き上がりつつあるドラゴン。
こうして間近でみると、やはり大きい。恐らく竜種の中でも上位種というわけではないだろうが、その光沢から尋常ではない頑強さが窺える皮膚に殺意と敵意を剥き出しにした目からは威厳すら感じられるだろう。
だが、それももう間もなく失せる。
ここで殺す。
炸裂した魔法により、ドラゴンの左肩から左翼中央にかけて大きな裂傷が生じており、ぼとぼととどす黒い血を垂れ流している。
翼を動かすことは出来ても、この状態ではしばらく飛べないはずだ。
これで好き勝手に空を舞うこともできなければ、逃げることもできない。
このドラゴンが多少脚力に自信があっても、余裕で追いつける。
「ほら、さっきまでの優雅な飛行はどうした?」
剣を抜きながら、ゆっくりとドラゴンに向かって歩みを進める。
完全に体勢を立て直したドラゴンは、こちらをはっきりと睨みつけて咆哮する。
装備していた籠手、胴当て、剣にまでその振動が伝わり、耳を劈く。
それなりの手傷を負ってもまだ戦意があるのは竜種の獰猛さなのか、思ったよりも知性が無いのか。
渾身の咆哮を無視しながら平然と接近するこちらにいよいよ脅威と焦燥を感じたのか、ドラゴンは巨大な前脚を薙ぎ払うように繰り出した。
それに対し左腕を上げて防ぎ、受け止めてやる。
力がかかる右足で石畳を踏み抜いてしまうが、完全に動きを止めさせることに成功した。
ドラゴンが脚を引き戻す前に、膂力と魔力を込めた剣を大きく振り下ろし、斬撃を与える。
完全に切断することはできなかったが、少なくとも骨までは切り裂いてやったはずだ。
予想外に強力な反撃を受けたドラゴンは咆哮とも悲鳴とも取れるような唸り声を上げて後ずさりする。
これ以上時間をかけても仕方がない。
ドラゴンが逃走を図る前に、呪文を詠唱しながらその胸元まで接近し、正面から横一文字に首筋を斬りつける。
血飛沫を浴びる前にすぐに後ろに跳躍して少し距離を取り、致命傷を受けたことにようやく気付いたドラゴンの顔面に、魔力で形成した光球を叩きつけた。
勇者にのみ扱えるとされる白光魔法だ。
激しい炸裂音とともに巻き起こった砂塵が辺りを覆い姿が見えなくなるが、重量のあるドラゴンの身体が地面に倒れ込む音を確認する。
そして砂塵が収まると、その場には首から上を消滅させた巨大な亡骸と化したドラゴンが転がっていた。




