勇者の存在価値Ⅳ
街を上から舐め回すように、そして自分の存在を誇示するかのように飛行するそれは、徐々にではあるが、旋回したまま下降している。
目を凝らせば、城壁の上部に領兵や軍の兵士が慌ただしく集まり、配備している砲の準備を急いでいるのが分かる。
長距離用の弓を携えた弓兵も整列し戦闘準備に入っているが、あの距離では砲ですらドラゴンにはまだ届かないだろう。
「街に戻ります。総員急げ!」
呆然と立ち尽くす領兵達にそう命じ、すぐさま救援に入る。
「勇者様、こちらの馬を―――」
領兵の1人が気を利かせて馬を引いてきたが、その瞬間だった。
優雅に旋回していたドラゴンだったが、未だに続く甲高い鐘の音が耳障りだったのか、急降下し始めた。
そのまま自由落下に身を任せ、街の中でも一際高い塔に直線の軌道で向かっていく。
文字通りの警鐘を鳴らしていた者がそれに気付き、鐘のある塔から退避を始めたため鐘の音は途切れたが、それでもドラゴンは翼を閉じたまま速度を増していく。
鐘の音が止んで数秒もしない内に、ドラゴンが塔に真上から衝突し、盛大な破壊音と周囲の建造物の破片を撒き散らした。
ここからでもはっきりと分かるほど大きな砂埃が巻き上がるが、それが突然飛散し、ドラゴンが翼を広げ、再び上昇する。
あれは確かに幻想種ではない。文献や各地に残る伝承にある幻想種の竜に関する情報と比べれば、今街を襲っている竜種が身体の大きさも力も、幻想種のそれと比べてかなり劣っているのは明らかだ。
しかし、それはあくまで比較の話であり、あのドラゴンでも一介の街にとっては災害ともいえる脅威に足り得る。
そして知能はそれなりにあるようだ。今ならドラゴンの魔力がはっきりと感じられるが、警鐘が鳴るまでは全く感知できなかった。
街にいるであろう魔導士達も、それは同様だったはずだ。そうでなければもっと早くに戦力を固めることができた。
あのドラゴンは魔力を抑え、街の城壁にいる見張りの人間がいなくなる一瞬のタイミングを狙っていたのだろう。
「馬は必要ありません、私だけでも先に向かいます」
それだけ言い、領兵が言い返すよりも前に地を蹴り、自らの足で街を目指して走り出す。
何を言っているんだ、と言いかけた領兵も、先行して街に向かっていた領兵の馬達をも私が追い越していく様を見て、呆気に取られる。
そしてすぐに自らの職責を思い出し、馬に跨り街に向かっていった。
その機敏に対応する様子を尻目に見て、この街の兵士達も、少なくともそれなりの訓練と経験の積み重ねがあると分かる。
だが、あの竜を討伐するには及ばない。
城壁に備え付けられた砲も、空を活動範囲とする魔物に対応するべく配備されているはずだが、街への侵入を防ぐことを前提にしたものだ。
街の中はもちろん、上空に陣取られては、たとえ射程距離に入っても容易には砲を撃つことが出来ない。
砲弾が威力を発揮するのは、魔物だけではないのだから。
街に近づくにつれ、視界に入る城壁の面積も増えていき、やがて上空にいるドラゴンも城壁の影に入る距離まで来たが足は止めない。
城門を潜る時間も惜しい。
城壁の奥から聞こえる住民達の悲鳴が、逼迫した状況を嫌でも伝えてくる。
城壁から30メートル程手前で、剣を抜きながら地面をより強烈に蹴りつけた。
城壁を超える高さまで跳躍し、そのまま城壁の上部に着地してみせる。
そこには、砲口で必死にドラゴンを追いかける軍所属の兵士や、効果を発揮できていない矢を気休め程度に放つ領兵が動き回っていた。
攻撃魔法を扱う魔導士も何人かいるが、魔法がドラゴンの意識を誘うことを恐れてか、まともに行動できずにいる。
「ゆ、勇者様!?この高さをどうやって―――」
既にその場にいた兵士達の驚愕を無視し、改めて街の惨状とドラゴンの様子を観察する。
少し見下ろせば、住民達が互いを押し合いながら安全地帯を求めて走り回り、『混乱』を体現している。
街としての規模が大きい故に、領兵が避難の誘導を試みているが統制は殆ど取れていない。
ある者は街有数の巨大さを誇る宿などの建物へ、ある者は街の外を目指して城門へ、またある者は主のご加護を求めてか教会へ。
先程まで鐘を響かせていた塔とその周辺の建物、綺麗に整備されていた石畳は見る影もなく、瓦礫だけでなく、その場にいたであろう人間の身体の一部や血までも飛び散っていた。
たった一度、ドラゴンが街に降りただけでこの有り様だ。
それら混乱の様子を優雅に眺めるように、ドラゴンは街の真上で未だに高い位置で旋回を続けている。
そのまま消えるつもりはなさそうだ。
目的は分からないが、ドラゴンの攻撃は必ず次がある。
そして次の攻撃は、最初のそれとは比べ物にならない被害を出すのは間違いない。
非常用の地下壕などに身を隠した者達はまだいいが、それ以外の混乱した住民達はいくつかの地点で建物に籠っている。
この街を襲う目的は未だ判然としないが、街を襲う以上、次は必ず人間の密集地を狙ってくるはずだ。
……勇者として、これ以上魔物の好きにさせるほどの間抜けになるつもりはない。
あのトカゲ紛いは、今ここで必ず殺す。
空を舞い続ける魔物に半ば理不尽な苛立ちを込めた視線を向け、どう刈り取るべきか思案する。




