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勇者ではなく、英雄ですらなく  作者: マンディ
勇者として醜く理不尽な世界へ
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勇者の存在価値Ⅱ




久しく得られていなかった快眠を享受しかけていたところに、ドアを数回殴りつけるような音で心地よい微睡みから意識を引き摺り出された。


外は既に明るくなっているようなので眠りに入ってから数時間が経過したところだろうが、2日以上徹夜で歩き通しだった自分にはとても十分な休息時間ではない。


あまりに不愉快なノックなので徹底的に無視してやろうとしたが、数秒の間も置かずに再び部屋に響き渡るノック音。


今すぐ爆裂魔法でもドアに向けてぶち込みたいという欲求をなんとか堪えながら、名残惜しいベッドから離れてノックの主の顔を拝むことにした。

爆裂魔法を放つのは我慢してやったが、くだらない用件なら魔法より原始的な攻撃を顔面に喰らわせることも吝かではないので、拳は握り締めて出迎えてやる。


乱暴にドアを開くと、驚きのため表情を固めた男が立ち尽くしていた。

その顔を一目見て少しだけ気が晴れたので、話は聞いてやることにする。


無言で数秒睨みつけていると、気品ある衣装に身を包んだ男はようやく口を開き、微かに震えた声でまずは謝罪を口にする。

その恰好から、宿の従業員や軍の人間ではないだろう。

厄介事を持ち込むつもりに違いない。


「き、気分を害してしまったようで申し訳ありません。私はこの街の領主であるフォルド様に仕える者です。実はフォルド様から勇者様に至急のお願いがあり、お伝えに参りました」


それを聞いて、溜息が漏れる。

嫌な予感はやはり的中した。そもそも外しようがない状況ではあったが。


勇者であることが露見するのにはもう少し時間がかかると踏んでいたのだが、少し見通しが甘かったようだ。

恐らく門にいた衛兵が報告し、そこから宿の部屋まで一気に特定されたのだろう。


「つまり、この街の領主様の元へ伺え、と」

「は、はい、勇者様には恐れ多いのですが、これからフォルド様の屋敷にご足労いただきたく存じます。宿泊用の部屋も備えておりますので、是非そちらもご利用ください」

「分かりました、準備しますので下で待っていてください。ただ、宿は間に合っているので屋敷の部屋までは必要ありません」


厄介事を押し付けられるであろうに、その上拘束されるなど堪ったものではない。


「ありがとうございます。まずは、フォルド様にお会いしていただければ幸いです。

宿の表に迎えの馬車を用意しておりますので、そこでお待ちしております」


そう言うとフォルドとやらの従者は一礼して下がっていく。


それを見届けてから叩きつけるようにしてドアを閉め、ベッドに飛び込んで本日2回目の溜息を吐き出した。


このまま二度寝してやろうかと一瞬考えたが、従者の口振りから察するに魔物絡みに違いない。

冒険者ギルドか軍でも対処可能なものかもしれないが、自分が『勇者』である以上は断れない。

勇者として頼られたときは勇者として応じなければならない、リードナにも散々言い聞かされたことだ。


それを無視すればどうなるのかは聞いていないが、実際に勇者として旅を始めてそれなりに時間が経った今なら容易に想像がつく。


「私は勇者……」


呪詛のようにぼそりと呟き、渋々起き上がって装備を整え始める。


さあて、今日は良いことはあるかな。

そんな淡い期待を抱いて、外で待っているらしい従者の元へ向かう。





宿を出て30分後には、芸術的な装飾が施された重量感のあるテーブルを挟んで、この街の領主であるフォルドの無駄話を聞かされていた。

挨拶から始まり、勇者を間近でみた興奮を抑えきれない様子で自身の経歴やこの街の歴史をベラベラと捲くし立てている。


こちらが露骨に険しい表情を出してしまっていたのか、領主の横に控えていた従者は落ち着かない様子でそわそわし始めていた。


睡眠を妨害され、急ぎの要件だと聞かされて来てみれば全く興味のない話を一方的にされて気分が高揚する者などいないだろう。


目の前のテーブルを蹴っ飛ばしそうになる前に、従者に一瞥をやると、察した従者が、弁に熱が入っている領主を諭すように言う。


「フォルド様、事態は急を要します故、そろそろ勇者様に例の懸念をお伝えするべきかと」

「ああ、そうだな。呼び立てておいてすまなかったクレア殿。実は、勇者殿に依頼したいことが……」


フォルドの顔と口調に陰りが出る。先程までの滑らかな語り口は、現実逃避に近いものだったのかもしれない。


「ある程度はそちらの従者殿から伺っていますが、良ければ改めてご説明願えますか」

「一言でいえば魔物退治なのだが、我々の手には余るようでね。普通の魔物であれば、勇者殿に頼るまでもなく、ギルドや領兵で対処させるつもりだったが、それだけでは戦力が足りないのだ」


ここまでは、馬車の中で従者から聞いている。問題はその魔物だ。


「問題は数の差ではないということですか?」

「そうだ、相手は『竜種』だ。今までこの辺りで確認された例などなかった。ワイバーン程度なら我々だけでもどうにかなったのだろうが、集めた目撃情報からしてかなりの大きさと力を持っているようだ。竜種の中でも『幻想種』ではないのが幸いだが、そのドラゴンがここ最近になって、この街の近くに姿を見せるようになり、既に商人や冒険者が何人か犠牲になっている」


ドラゴンか……。

勇者である私自身、竜種と対峙したことはまだないが、フォルドが言うように並の人間では簡単に討伐できるものでもないはずだ。


「最後にこの街で目撃情報があったのは4日ほど前だが、またいつ出てくるかも分からない。そこに勇者であるクレア殿がこの街を訪れたことはまさに主のお導きだ。どうか、討伐をお願いできないだろうか」


こんな地域で変わった魔物が出るものだと不思議に思うが、勇者である以上断ることも出来ない。

本日3度目の溜息はどうにか我慢して、領主の依頼を受けてやることにする。


「分かりました、引き受けます」


魔王とやらを殺すまでこんな日々が続くのかと思うと、目眩がする。


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