仮初の生き方Ⅱ
ヴァレンシアがそのまま進み、建物の入り口をくぐった直後、左右に剣を振るった。更に魔法を発して何かに追撃している。
そして数秒も経たないうちに、何事もなかったかのように再び建物の中を進んでいった。
すぐに後を追い、入り口をくぐって左右に視線を向けると、入り口の脇に1体ずつオークの死体が転がっている。これは先程まで戦っていたものと同様、醜悪に成長し切った個体だ。
どちらも、トドメにヴァレンシアの得意とする魔法の炎槍で焼かれたのか、身体の殆どが焼け焦げていた。
子供達を守ろうとしていたのだろうか。
奥で固まっているオークの子供達は、目の前で無惨に殺される大人達を見て一層怯えが増している。
ヴァレンシアと私が近づく度に身体をビクリと震わせ、こちらから目を離そうとしない。
そして一番近くに座り込んでいるオークの子供まであと1歩という距離まで近づくと、1体の子供が力の無い声で鳴き始めた。
まるで小鳥の囀りのような声。1体が鳴き始めると、それに呼応して他のオークも同じような声を上げる。
何を言っているのかは当然理解できない。中には涙を流しながら何かを訴えかけようとしてくる。
こちらに対する敵意や憎悪は感じられない。それよりも圧倒的な恐怖が勝っているのだろう。
「可愛いものでしょ?これがああなるんだから不思議だよね」
そう言って、ヴァレンシアが今しがた殺したばかりのオークに死体に剣先を向ける。
そのちょっとした動作をしただけでも、オークの子供達は哀れなほどに怯えてみせる。
「これがオークの子供なんですね……」
「こうして直接見る機会はあまり無いけどね。前に任務でオークの集落に行ったときはいなかったけど、ここみたいに中途半端に小さい規模だとこういう子供も出てくるんだよ」
オークの子供達は相変わらずピイピイと鳴き、抵抗する意志がないことを示そうとしているのかその場で皆が両手を掲げようとしている。
この怯えようでは、こちらの気を逸らして奇襲しようと考えているとも思えない。
「これも、殺すんですよね……」
「今はこいつらもこうだけど、オークは驚異的な速さで成長する。そして今日は目の前で仲間、もしかしたら親を殺された。これからどうなるかはもう分かるよね」
ヴァレンシアが握っていた剣を肩に乗せた。相変わらずオークの子供はこちらの挙動一つで大袈裟とも思えるほど怯える。
「こいつらは絶対人間を殺すよ、アリスちゃん。普通のオークだって人間を襲うけど、強い憎悪を持ったオークは自ら人間の里を狙って襲撃するようになる。だから、人類のためにも、ここで禍根は絶たないとね。
……今回はアリスちゃんも疲れてるだろうから、私がやるね」
そう言うとヴァレンシアはオーク達に向き直り、剣を真上に掲げる。
それを見たオークの子供達は、何かを訴えようとか弱い声で鳴き続けるか、何かに祈るように目を瞑り静かに震えるだけだった。
ヴァレンシアが剣を振り下ろし、そのままオークの子供達が密集している中を掻き分けていく。
1歩進む度に剣を振り回し、その度に血飛沫が舞った。
それでも、オークの子供は抵抗しようとしない。
悲鳴を上げるが、決して攻撃しようとはしない。
このまま抵抗しなければ、助けてもらえるかもしれないとまだ考えているのかもしれない。
だが、ヴァレンシアの手は決して止まらない。舞いのように剣を振って小動物のようなオークの子供達の喉元を裂き、刺し、時には魔法で練り上げた炎槍で頭部を破壊し、次々と命を奪っていく。
戦闘とはとても呼べない、絵に描いたような虐殺。
そうしてすぐに、全てのオークが瞬く間に駆逐された。
「さて、これで依頼は終わり。それじゃあ、依頼をこなした証拠としてオークの右耳を切り取ってから、ギルドに戻ろうか」
剣やローブの血を振り払いながら、いつもと変わらない調子でヴァレンシアが笑う。
彼女の周辺はもはや血溜まりで全て覆われており、まるで真っ赤な湖の上に立っているようだ。
それを見て私は拳を握りしめて―――――
「はー、やっと終わったね。お疲れ様、アリスちゃん!」
「こちらこそありがとうございました、ヴァレンシア」
ギルドに戻り、受付嬢に依頼をこなしたことを報告し終えて、宿で入浴を終えてから食事を摂っていた。
ギルドに戻ってから、受付嬢にオークを20体とその子供10体ほどを2人で殲滅したことを伝えると、ヴァレンシアが予想していたとおり半信半疑だった。
その直後に、オークの右耳が詰まった皮袋をカウンターに放り投げると、今度こそこちらにランク相応の力があることを確信したのか、受付嬢も安堵に近い笑みで謝罪を口にした。
結果として認められたうえに追加報酬も想像以上の額を頂いたのだから、不満はない。
「それにしても、今回の依頼は私達が受けられて良かったよ。情報収集の面でも色々有益なことはあったし、普通の冒険者だと、ああいうオークの子供は殺せずにわざと見逃すこともあり得るからさ」
「情が湧くからですか?」
「それもよくあることだし、オークの子供より大人の方が金になるからね。そして、そのまま成長したオークは人間の村や里を襲うようになる。魔物が表立って出てくるようになって久しいから、それを理解しているやつも今はそんなにいないんだよ」
この世界も、それほど単純なものではないらしい。
ゲームのように切り取られた1シーンを操作しているわけではなく、歴史がある。
やり直しは効かず、その場でとった選択肢で周りの、仲間の、人類の、世界の状況が変わり得る。
楽しくもあるが、なんだか面倒くさいな……。
「だから、今日みたいなことがあったら、次はアリスちゃんお願いね。……情に流されたら駄目だよ」
ヴァレンシアがおどけた口調で笑いながら言うが、目はしっかりこちらを見据えている。
私を気にかけてくれている。人類のために可愛らしい魔物の子供を殺せるかを案じている。
「……はい、善処します」
そのヴァレンシアの言葉に、私は曖昧な返事しか出来なかった。
私に小動物をいたぶる趣味はないし、犬や猫を殺せと命令されても応じる気はない。
むしろ、そんな命令を出す奴を殺す方が遥かにマシだ。
そして今日、ヴァレンシアが無抵抗なオークの子供達を殺し尽くしている光景を見たとき、私は拳を握り締め―――
―――ヴァレンシアを羨ましく思った。
いずれ害悪となる魔物を、無抵抗な状態で遠慮なく一方的に殺戮できる状況なんて、そうそうない。
奴らだって、私やヴァレンシアの仲間を殺している。その報復を、堂々と出来ることに何を躊躇うだろうか。
そう、奴らは犬や猫ではない。
ヴァレンシアは無表情で淡々とこなしていた。だけど私は、同じように出来る自信がない。
だからヴァレンシアにはっきりとした返事は出来なかった。
ヴァレンシアではなく私がやっていたら、私は壊れたように笑いながら虐殺していたかもしれない。
そんな私はやはり、どこか歪んでいるのだろうか。歪んでしまったのだろうか。
まあ、人類のためになるのだからいいか。
ヴァレンシアに悟られないように、勝手に引き攣る口端を隠しながら、一仕事終えた後の食事を続ける。




