始まる冒険譚、あるいは犬死Ⅲ
かくして始まった冒険の旅。しかし、その輝かしい冒険に、始まって数時間で飽きてきた。
レイシア・カレイユを出発し、街から少し離れたら周囲はただただ広大な草原、あとはいくら進んでも景色が変わらないのだ。
綺麗ではあるが新鮮味はない。それが数時間も続けば飽きるのも当然だろう。
「ヴァレンシア中尉、飽きてきたのですが」
「もう今後は階級をつけないでいいよ。その方がこれから先都合がいいしね」
「分かりました。ヴァレンシア、もう飽きてきました。緑が目に痛いです」
馬に揺られ、ペースを考えてゆっくりとした移動ではあるが、鞍に座り続けて尻も熱を持ち始め、苦痛でしかない。
「私もだよ、気が合うね。そもそもこんな明るい時間から堂々と移動すること自体最近はあまりなかったから、なんだか落ち着かない」
「人類のために頑張っているのに、日陰者になった気分です」
身に着けている紅い防具を隠すようにローブを羽織っているため、尚更そんな気がしてくる。
「ホント理不尽な世界だよねー、私とか超可哀想」
「子供なのにこんな任務に従事させられた、もっと可哀想な幼女がいるのを忘れてませんか」
お互いに冗談や愚痴を言い合いながら、和やかな旅路を進んでいく。
そんな順調な旅も、幻想だと思い知らされたのが2度目の野営のときだった。
このまま何事もなく次の目的地に着けたらいいな、などと考えたのが悪かったのだろうか。
この世界の神様は、よほどスパルタなようだ。絶対に許さない。
「アリスちゃん、そっちの3体頼んだよ!」
「了解です!」
野営場の中央にある篝火が、狼と猪を混ぜた獣のような魔物数体の影を浮かび上がらせ、同じ野営地に居合わせていた商人の恐怖に引き攣った顔を照らし出している。
商人の護衛役として武器を手にした者も2人いるが、どちらも戦い慣れていないのか魔物との睨み合いから動けずにいる。
野営場に入り、先客だった商人達を横目に野営の準備をし、軽く食事を摂って休もうとした矢先だった。
ヴァレンシアが動きを止め、何かを感じ取った。その直後に魔物が群れが現れ、こうして戦う羽目となった。
護衛と睨めっこしている魔物に横から接近し、魔物がこちらに顔を向けた瞬間に鉄槌を叩き込み、間髪入れずに剣で首筋を斬りつけた。
篝火で橙色に照り付けられた地面に魔物の血が飛び散る。
この場にいる魔物は全部で7体、3体はこちらにおり、残る4体は篝火を挟む反対側でヴァレンシアが相手をしている。
初めて目にする魔物ではあるが、今まで『掃除』してきた獣のようなものと大きさや動きは大差ない。
残る2体も作業のように手早く片付け、鉄槌と剣に付着した魔物の血を拭いながら自分のテントの方に向く。
ヴァレンシアも既に魔物を一掃し、こちらに歩き出していた。
「ああ、ありがとう、本当に助かった!」
安堵の表情を見せながら、先ほどまで怯えていた商人が走り寄り、礼を述べる。
それに対し、ヴァレンシアが愛想笑いで応える。
「いえ、お気になさらず。こちらに被害が出なくて良かったです」
「この辺りも最近は魔物が出ると聞いていたが、まさか公共の野営場にまで姿を見せるようになるとは……。街に戻ったらギルドか軍に相談しなければ。まずは、君達に是非何かお礼をさせてくれ!」
早口で捲くし立ててくる商人だったが、魔物を殺してこういう風に感謝されるのも新鮮で、悪い気はしない。
こういうことばかりなら、この仕事にもやりがいを感じるんだけどなぁ。
「では、護衛の方にお願いしたいのですが、この魔物共を少し離れたところに捨ててきてもらえないでしょうか。死骸とはいえ、そばで寝るのも気持ち悪いですから」
ヴァレンシアがそう伝えると、商人は快諾し、護衛の者にそのまま命じた。
護衛の2人も、助けられた恩と無力だった負い目を感じていたためか、喜んで作業に入る。
「それにしても先程のは見事な手際だった。失礼かもしれないが、そちらの子も、まだ幼く見えるが私の護衛より断然強そうだ」
「あはは、ありがとうございます。私はヴァレンシア、こっちの子はサトゥルーガです」
「おお、こちらも自己紹介が遅れた。私はリーパ、馬車にある荷物を見て分かるかもしれんが、この近くの街で商人をしている。君達は?」
「私とサトゥルーガは、旅のようなもので、まずはこの先にある『アート・ラヤ』という街に用がありまして」
目的地である街の名前を出すと、商人は一層興奮して目を輝かせる。
どうやらこの商人は、その『アート・ラヤ』に住んでいるらしく、そこそこ大きな規模の商会を営んでいるらしい。
商人から、街まで護衛をしてくれるのなら、街に入る際に徴収される通行税を免除させ、宿泊先も紹介する、との提案があった。
ヴァレンシアがこちらに向き、了承しようとお互いに頷き合う。
やはりこの世界も、悪いことばかりではないようだ。
こっちの世界に生まれてから今まで碌なことがなかったが、ようやく上向きにいきそうだ。
商人と、明朝に街へ向け出発することで話もまとまり、まずは休むことにする。
「そういえば、魔物を殺して初めて人から感謝された気がします」
テントの中で横になり、ぽつりと呟いた。
「『パマギヤシラ』に来てからは、私もなかったかな。まあ表立って活動することもないし、堂々と自慢できないようなこともしてるしね。あの程度の魔物を殺して、ここまでお礼されることもないと思うけどさ」
ヴァレンシアが皮肉混じりに答える。確かに、草刈りのように魔物を殺し、たまに人も殺してます、などと言いまわるわけにはいかないし、伝える相手もいない。
それを、先程のようにあれだけ感謝されると、慣れていないせいか気恥ずかしくもなってくる。
「……この世界もまだ捨てたものじゃないですね」
「可哀想に、もうこんなに擦れたことを言っちゃうなんて……」
小馬鹿にしてきたヴァレンシアを小突いてやってから、翌日に備えて眠ることにする。




