始まる冒険譚、あるいは犬死Ⅱ
そして旅立ちのとき、私とヴァレンシアは再びシュトームの執務室に来ていた。
旅立ちといっても盛大な見送りはなく、部屋にいるのは私達を除けばシュトームとオレカヴァだけ。
盛大な見送り式が執り行われることはなさそうだが、その代わり、餞別は期待できそうだ。
目の前のテーブルの上には、新品の装備が並んでいた。
その大半は防具だ。特に目を引くのは、鮮やかな真紅の胸当て。
防具はそれぞれ2組ずつあり、サイズが大きいものと小さいものに分けられている。
「さて、いよいよこの日が来た。これから貴官らが従事する任務こそ、我々『パマギヤシラ』の本懐といえるものだ。特にサトゥルーガ官、貴官がこの部隊に配置されて1年程だが、この任務が貴官に命じられるほどの能力があると評価されていることを誇りに思ってほしい」
「過分な評価を頂き、恐縮です」
上の空でシュトームに返答したが、半ば上の空だ。
このささやかな式典が終われば、私は街から放り出されて、ペドフィリア疑惑のある者と2人で旅をすることになるのだ。
不安で発狂しそうになるのも無理ないだろう。こうして逃走せずに基地に出頭したことだけでも褒賞が欲しいくらいだ。
「その装備は、我々のせめてもの気持ちだ。防具は、貴官らが仕留めたブラッディオークから作成された特製のものだ。その辺りの鍛冶ギルドで売られている装備よりは役に立つはずだ」
ということは、これらの防具は私やヴァレンシアが殺したオークから素材を採取したもので構成されたということか。
そう考えると、急に生臭いものに感じられる。
死体の一部を身に着けて行動しないといけないのか……。
ゲームなどでは強力な魔物を倒し、その素材を使用してより強力な装備を得ることは至極当然の報酬だったが、こうして実際にそれを実現されると、生理的嫌悪感が強い。
夢でブラッディオークに追いかけ回されそうだ。
「はっ、有難く頂戴致します」
ヴァレンシアがわざと仰々しく返事する。この人は相変わらずだ。
一体どんなことがあればこの人は動揺したり、本気を出すのだろうか。
「ブラッディオークの素材は加工が難しいんだけど、良い出来だ。自分で買うとなればかなり高価な代物だよ。こういうのは特務部隊の特権だね、アリスちゃん!」
「そうなんですか」
これを着けるのはやはり抵抗があるが、堅牢な防御能力だけでなく、耐魔力性能を有しているのは確かに魅力的かもしれない。
「武器に関しては、普段から貴官らが愛用しているものを使用した方がいいだろう。これ以上押し付けて、荷物を増やしてしまうのも考えものだからな。他にも役立ちそうなものはその皮袋にまとめてある。今後も可能な限り支援しよう。何か必要なものが出来たら、その都度伝達を出してくれ」
なんだか勇者の旅立ちのようにも感じられるが、これから行うことになる任務は、それほど華やかなものではない。
自らの存在を可能な限り隠匿し情報収集しながら、勇者のため王国のためという大義名分のもと様々な仕事をやらされる。
ヴァレンシアによれば、今まで以上に『汚い仕事』もやらされることもあるという。
今まで以上のウェットワークとは一体どんなことなのか、想像できない。人殺しより酷いことってなんだろう。
そんなことをぼんやりとしたまま考えられる自分もおかしくなってきたのかもしれない。
この任務―――しかも長期間―――が終わる頃には、私は発狂して廃人になっているのでは。
それならまだ良い方で、そもそも任務を完遂する前に魔物あたりに惨殺される方が可能性としては高い。
いずれにしろ、碌なヴィジョンが見えない。任務の完遂を言い渡されるのはいつになるのだろうか。まさか、人類が魔王に勝つまで……?
不安しか出てこない。清潔さを維持するために丹念に手入れされているであろう執務室のカーペットに、胃の内容物をぶちまけてしまいそうだ。
いや、いっそそうしてやろうか。
段々と邪悪な思考に染まり始めたところで、ヴァレンシアが建設的な質問をシュトームとオレカヴァに投げかけた。
「それで、私達はまず何をすればいいの?」
「ああ、それもこれからオレカヴァ大尉が説明する。まずはそのテーブルにある装備を着けてくれ。地図を広げられない」
「はいはい。アリスちゃん、先に防具着けようか」
装備を着け、地図を眺めながらオレカヴァから現時点で判明している魔物や街の情勢の説明を受け、次に向かうべき場所を示された。
このレイシア・カレイユから北東に位置する都市だ。その後の具体的な指示は、その都市にいる別の『パマギヤシラ』の者から伝達されるとのことだった。
その後も様々な説明や質疑応答が何度か繰り返され、いよいよ出発することになる。
たった2人の女性、しかも片方はまだ幼い子供が、魔物が跋扈する外の世界に解き放たれるのだ。
「さあ出発だ、アリスちゃん。長い任務になるから気楽にやっていこう。ひとつに失敗しても別の指示が来るだけだから、無理しない程度に頑張ろう」
「はい、よろしくお願いします、ヴァレンシア中尉」
「今後はずっとヴァレンシアで良いよ。軍人であることを知られない方が色々やりやすいだろうからね。じゃあ、行こうか」
そして、レイシア・カレイユの城門をくぐり、街道に踏み出す。
ああ、どうかこれからの旅が、私の幸せに繋がる良きものとなりますように……!
儚く抽象的な願いかもしれないが、別に今すぐ大金持ちにしてくれと言っているわけではない。
せめて、この世界も捨てたものではないと思わせてくれるような小さなことでも良い。
勇者様と国のために頑張ってる私に、もう少し何かご褒美が欲しい。
心の中で誰にともなく嘆願と愚痴をこぼしながら、目的地を目指す。




