ささやかなひと時
ヴァレンシアとともに基地を出て、市場で食料や水、酒などをひとしきり買った後、ヴァレンシアの家に向かった。
隙を見て逃げ出そうと考えていたが、ヴァレンシアが購入した大量の荷物を身体に括りつけられ、逃走は諦めざるを得なくなった。
もう後は決闘でも挑むしかないのか。
「さあ、食事にしよう。久しぶりに面倒な任務をこなした後だし、アリスちゃんが大活躍したお祝いも兼ねて、奮発してあげたよ」
湯浴みを終え出てくると、ダイニングのテーブルにはヴァレンシアが用意した豪勢な料理が、食欲をそそる香りをたてて並んでいた。
結局、私はヴァレンシアの家に泊まることにした。半ば誘拐ではあるが。
来るのは初めてだが、中々に綺麗な家で居心地が良い。
そして目の前に並ぶこの食事、これだけ素敵なものを食べるのはいつぶりだろうか。
「す、凄い……」
「アハハ、喜んでもらえたようで何より。料理をするのも好きだけど、こうして他人に振る舞うのは初めてだから少し緊張するね」
そう言って笑うヴァレンシアが、果実酒を注いでこちらに寄越す。
安物の果実酒は酸味が強過ぎて飲めたものではないが、これは上等なものらしい。
そしてヴァレンシアに進められるがまま、用意された料理をありがたく頂くこととした。
ここ最近は固くなったパンや塩辛い干し肉を水で飲み込む、作業のような食生活が続いていたため、上質な材料から作られた上質な料理に、思う存分舌鼓を打つ。
まさかここで、フォークやナイフを使う食事が出来るとは思わなかった。
あぁ、これこそ幸福だ……。
「アリスちゃんのそんな幸せそうな顔見たの初めてだよ。一体普段何食べてたの?」
ヴァレンシアに答えようにも、口いっぱいに肉料理を頬張ったばかりでまともに喋れなかった。
「ふふ、まあ、まずは食べようか。落ち着いたらゆっくりしよう」
そう言って、ヴァレンシアも料理を口にし始める。
食事中、殆どの時間をヴァレンシアに見られていた気がしたが、いつものような下卑た表情ではなかったので良しとする。小動物を見るような目だったのは気に食わないが。
「はあ、美味しかったです。本当にありがとうございます、ヴァレンシア中尉」
「アリスちゃんもそんな顔するんだね、私まで幸せになってきたよ。あと、今は休暇中なんだから中尉はやめてよ。呼び捨てでいいから」
「そうですか……。では改めて、ありがとうございます、ヴァレンシア」
こちらの台詞にヴァレンシアが満足そうに頷く。
この人もロリコン気質がなければ、良い上司なんだけどなぁ。
いや、本当にロリコンというわけではなく、単に私に熱心な可能性が高い気もするけど。
「またそのうち振る舞ってあげるよ。たまにはアリスちゃんのしかめっ面以外も拝みたいしね」
「そのしかめっ面になる理由にあなたは心当たりありませんか」
「いや全く」
一切悪びれることなく言ってのけるヴァレンシアに、得意のしかめっ面を見せつけるが、それに対してヴァレンシアお得意の悪戯っぽい笑みを披露されてしまう。
「ところで、聞きたいことがあるんですが」
酒がそれなりに進んでひとしきり歓談してから、ヴァレンシアに気になっていたことを質問することにした。
「お、何でも聞いてよー」
一応は子供であるため、成長を気にして酒を少し抑えている私と違い、酔いが回ってかなり気分が良くなっているヴァレンシア。
「今日、オレカヴァ大尉とヴァレンシアが言っていた『魔王』についてなんですが、訓練所の座学以外では殆ど情報を聞いたことがないので、私としては未だにその存在に実感を持てません」
「ああ、なるほど。確かにそうだよね。といっても、そもそも情報が少ないんだよね。こういうときにあんまり真面目な話はしたくないんだけど―――」
手元にある果実酒を飲み干し、それをまた自分で注ぎながらヴァレンシアが続ける。
「―――今の『魔王』については、本当に情報がなくて、多分まだ誰も見たことがないんじゃないかな。その根城を特定、調査している段階だし」
「魔王は実在しているかも分からないということですか?」
「いや、実在はしている。この辺りの魔物はともかく、別の地域にいる魔物の中には高い知能と力を持つものもいるんだけど、そいつらの言動から、現在は魔王と呼べる存在がいるのは確からしいよ」
言動……?人語を理解して駆使する魔物までいるの?
まずそれが驚きなんですけど。
ヴァレンシアの話を要約するとこうだ。
魔王そのものを確認した情報はないが、周辺の状況からその存在は明らかだということ。
あらゆる魔物と比較しても桁外れの力を持っており、並の兵士や冒険者などでは太刀打ちできない。
この世界の歴史において、過去に魔王が確認されたのは3体、魔王を倒してしばらくすれば、間隔はまちまちだが、また別の魔王が現れてきたという。
巨大な神獣のようなものや、人型のものなど様々で、共通点は強大な力を持っているということぐらい。
直接確認された先代の魔王がいたのは30年ほど前、当時の勇者と英雄が辛くも勝利し、魔王を倒した。そこからは平和を享受していたが、2、3年前から魔物の動きが再び活発化し、魔物がまた跳梁跋扈するようになった。
なるほど、オークが人里近くに集落を形成しようとしていた異常事態も、魔王の存在を示唆するという話か。
「前回の魔王を倒した勇者はどうしてるんですか?」
「私も噂でしか聞いてないけど、当時勇者は世界に4人いたらしいんだけど、2人は魔王戦の前に死亡、1人は魔王戦で戦死、1人は魔王との戦い後に消息不明なんだってさ」
何それ怖い。
魔王との戦いの時はともかく、その前で死んだ2人は一体何があったの。
ていうか勇者ってそんなにいるものなの?私の想像していたファンタジーとはやはり乖離している。
聞けば聞くほど興味は尽きない。
他にも聞きたいことは山ほどあるが、それは追々にしよう。
流石に私も疲労が現れてきた。
「ところで、オレカヴァ大尉が言っていた、今後私とヴァレンシア2人で任務を行うという話ですが、どうなるんでしょう」
そこでヴァレンシアがまた不気味な笑顔を覗かせる。
今の質問で何でそんな顔が浮かぶの?
「あー、あれね。楽しみだねー!アハハハハハハ!」
「やっぱり帰ります。ありがとうございました」
「待って待って、冗談だって!」
席を立とうとした瞬間に懇願してくるヴァレンシアは新鮮で面白かったが、さっきの食事の恩もあるので、帰るのはやめることにした。
「まあ、私も直接は聞いてないけど予想はつくよ。むしろ、これから私達が従事するであろう任務が『パマギヤシラ』の本懐だろうね。どうせ休み明けにはシュトーム少佐かイリーナから説明があるさ」
「とはいえ気になりますよ。単独やチームでの任務は経験ありますが、2人、それもヴァレンシアのような階級の人とやる任務なんて初めてです」
「簡単にいえば、情報収集をメインにあちこちを回って、王国や勇者達にとって都合が悪くならないように行く先々で色々するお仕事かな。これだけだと退屈そうに聞こえるかもしれないけど、冒険者みたいで結構面白いと思うよ」
ヴァレンシアが、残っていた果実酒を飲み干すと楽しそうに笑い声をあげる。
「そうですか、何だか大変そうですね」
「アリスちゃんも認められたってことだよ。誰にでも任せられるようなものじゃないからね。色々経験できるし、給金も今よりずっと良くなるみたい」
どうやら悪い話ではないらしい。そっか、私もいよいよ幸せな人生に近づいているのかもしれない。人殺しをして良くなる人生というのも考えものだけど、全ては人類のためらしいからこの世界の神様とやらも許してくれるでしょう。
「ふふ、私にもようやく日の目が……」
「言い忘れてたけど、多分私達がこれから就くだろう任務は『パマギヤシラ』の中でも殉職率が一番高いんだってさ」
「え、ちょ、何それ―――」
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか!ほら、寝る準備して」
ヴァレンシアが卓上の片づけを慌ただしく始める。
こちらを脅して、わざとそれ以上話を聞かないようにして反応を楽しむつもりだ。
「今聞き捨てならないことを―――」
「酔ってるせいか記憶にないなー!きっと疲労もあるから、もう寝ないと!」
「いや、それどころじゃ―――」
食いつく私の身体を強引に抱えると、ヴァレンシアはそのままベッドに連れ込まれた。
その間もずっとヴァレンシアに問い質そうとしたが、終いには自分の両耳を塞ぐヴァレンシアが答えてくれることはなかった。




