オーク・ウォーⅦ
「……」
荒い呼吸で肩を揺らしながら、私はブラッディオークの死体を見つめていた。
その死体から溢れ出る血は、地面に染み込み切れずに未だに血溜まりを広げ続けている。
一方で、周りの隊員はオークの死体とこちらを交互に見て、引き攣った表情を浮かべていた。
先程までの激戦が嘘のように静まり返り、自分達の呼吸音だけが、住民を失ったみすぼらしい集落に響く。
静寂、そう静かだ。ヴァレンシアは……?
「やっと終わったみたいだね」
ヴァレンシアがやや離れた場所から歩を進めてこちらに向かってくる。
その後ろには八つ裂きにされたもう1体のブラッディオークが息絶えていた。
ヴァレンシア自身も血に塗れているが、彼女自身に負傷はなく、全てオークの返り血のようだ。
あの怪物相手に一人で戦い、無傷であっさり片付けるなんて、この人も化け物だ。
「たまに状況を見てたけど、殆どアリスちゃんのお陰だね。あんな戦いを見せられたら、私も怖くなっちゃったよ」
うへへ、と両腕を抱えて震えてみせ、わざとらしく怯え始めるヴァレンシア。
一人でいつの間にかブラッディオークを一方的に殺した人に言われたくない。
「さて、これで任務も終わり。撤収するよ、負傷者とブラッディオークの死体も待機してる支援班に回収させよう。ブラッディオークの死体は色々と使えそうだし」
「ヴァレンシア中尉、仲間の…遺体はどうしましょうか」
副長が言いにくそうにヴァレンシアに伺う。
「……軍属がばれるような装備はしてないけど、ここに残しておく意味もないし、可能なら連れてこうか」
支援班の到着を待ち、総員で撤収の準備を始める。
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あの街かな……。
勇者リードナ達のもとを離れてから王都を目指し、退屈な旅が続いた。
王都まではまだ距離がある。
リードナから、途中にある街で休むよう言われていたが、ここのことだろうか。
自分が歩いている街道の先にある門には、何やら人だかりが見える。
一人がこちらを見つけると、波紋のように歓声が広がっていく。
「お待ちしておりました、勇者クレア様。私はこの辺りの領主を任されている者です」
領主が私の名前を口にする。リードナがお節介を焼いたのだろうか。
しかし、領主の顔に浮かぶ笑みには陰りもある。よく見れば、周りにいる出迎えの住民も安堵と不安が入り混じった表情だ。
面倒なことを言われそうな気がする……。
「長旅のところ、大変心苦しいのですが……実は先ほどから、街の外から魔物の叫び声のようなものが断続的に聞こえるとの報告がありまして。この街からそれなりに離れている森に魔物が住み着いたのでは、と住民達にも不安が広がり、領兵に確認に行かせているのですが……」
ほら来た。
要は勇者なんだから、お前も行って役目を果たしてこいということだ。
「分かりました、私が見てくるのでどうかご安心を」
自分の感情が表に出てないことを祈りながら、全力で愛想笑いを作る。
一方の領主と住民達はその言葉に明るくなり、活気づく。
「おお、お疲れのところ本当に申し訳ない。どうかお願い致します」
「お気になさらず、魔物を狩るのが勇者の仕事ですから」
最後に皮肉を吐きながら、身体強化の魔法を発動し、森を目指して全力で駆ける。
しばらく進んでいると、森の手前で固まっている領兵達を見つけた。
領兵の一人がこちらに気付く。
「おお、あなたは勇者クレア殿!あなたに来て頂けたなら、我々も恐れるものは何もありますまい」
私もすっかり有名になってしまったらしい。
会ったこともない人間にこうも名前を呼ばれるなんて、手配書でも回っているのだろうか。
「それで、何かあった?」
「いえ、この森から魔物の咆哮が聞こえるのは確かなのですが、大きな爆発音や、硬い物を砕く破壊音のようなものが鳴ったのを最後に、何も聞こえなくなりまして……」
爆発に破壊音?
森の中に意識を向けると、微かに魔力の跡が感じられる。
とても面倒臭そう、このまま王都に向かっちゃおうかな。
とはいえ、魔物を前にして逃げるわけにもいかない。
さっさと確認してくるか。
「私が確認してくるから、あなた達はここで待機していて」
「しかし、流石にお独りで行かせるわけには―――」
「じゃあ、お留守番よろしく」
段々と返答も面倒になってきたため、領兵の置いてさっさと森に入っていった。
この鬱蒼とした森の中を大人数で進むメリットもないし、独りの方が早く済みそうだ。
森の中心に進むと、集落のような粗末な建物群が目に入る。
ここに来るまでに見たオークの死体はそういうことか。
でも『死体』になってるのはどういうこと?
集落では、派手に壊れた櫓や小屋のようなものがあり、ここで戦闘があったのは明らかだ。
これだけの規模の集落であれば数十体はオークがいたはず。
この様子ではオークは全滅しているだろうが、そこらの冒険者が短時間でここまで出来るわけもない。
軍隊?でもそれなら、あの街の領主にも知らせがあったはず。
とある場所では、特に夥しい量の血が残っていた。
何かを引きずったような跡もあり、血もまだ乾いていない。
つい先刻までここにオーク以外の何物かがそれなりの人数でいたはずだが、もはやもぬけの殻。
この手際の良さはやはり軍隊だ。しかし、あの街の住民や領主は知らない。
……特務部隊?
「アリス?」
誰もいないオークの墓場で、特務部隊への異動を命じられていた親友の名前が、自然と口から出る。
あなたがやったの、アリス?
答える者は誰もおらず、やがて、踵を返して来た道を引き返す。
あなたも頑張ってるのね、アリス。私も、もう少し頑張ってみるよ。
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「いやあ、今回の任務も大したことないと高を括ってたけど、まさかブラッディオークが2体もいるとは思わなかったよ。他の連中もあんなに手こずるのは予想外だったけど、アリスちゃんが独りで倒しちゃったね!」
レイシア・カレイユに向け、私とヴァレンシアは馬で駆けていた。
ブラッディオークの死体や負傷者を連れていくために、急ごしらえの荷車を用意し、それを引く馬が足りなくなったので、私のアホ馬を拠出してやった。
お陰で、こうして1頭の馬にヴァレンシアと相乗りすることになってしまった。ヴァレンシアの前で馬にまたがり、先程からたまに抱きつかれたり頭を撫でられたりと、いいように扱われている。
「独りで倒したのは貴女ですよ、ヴァレンシア中尉。私は仲間がいなければどうなっていたか……」
「またまたー、あんな膂力を見せつけておいて何を謙遜してるんだか。今度私と2人で魔物狩りに行こうよ。ブラッディオークの死体からは、良い素材が取れそうだからそれで防具を新調してさ。私とアリスが倒したんだから、それくらいの権利はあるよ」
「……まずは休みたいです」
あの戦いが終わってから今になって、身体中が痛み出していた。それに久しぶりに頭痛もする。
ふと、ヴァレンシアが小さな声で呟くように、
「ねえ、アリスちゃん。今回の任務の目的は何だった?」
いつもの軽い口調はない。
しかし、質問の意図も図りかねる。
「新たな勇者であるクレアの評判が下がらないよう、露払いをすることでは?」
「そう、その通りだよ。けどね、仮に私達がこの任務をやらなくても、勇者様の評判が下がるかなんて分からないよね。
それどころか、その勇者が全部解決していたかもしれない」
ヴァレンシアの声が、ほんの僅かだが震えているような気がした。
「つまりはさ、そんな『有り得るかもしれない』程度の不安を排除するためだけに私達は戦って、仲間は5人も死んだ。
別に勇者を恨んでるわけじゃないけど、人類を守るためにいる勇者のために意味もなく人が死ぬ、なんて、少し不思議だよね」
私達が戦ってるなんで誰も知らない内にさ、とヴァレンシアは力無く笑った。
彼女にも思うところがあるようだが、慰めを求めているわけでもないはずだ。
「らしくないですね、中尉。何なら今夜は一緒に寝てあげましょうか?」
いつもの仕返しとばかりに、意地悪く笑ってみせる。
しかし反応はなかった。
真面目に慰めるべきだったか考えていると、急に後ろから首に腕を回され肩を掴まれる。
つまり逃げられない。
「ね、ねえ、今一緒に寝るって言ったね?言ったよね。
アリスちゃんから言ったんだから、約束は守ってもらうから!」
先程までの口調が嘘のようにヴァレンシアは興奮して、息も荒く捲し立ててくる。
そこで自分の浅はかさを後悔して噛みしめる。
今のヴァレンシアに、冗談ですとは言えない。
「ちょ、寝るといっても本当に寝るだけですよ。へ、変なことしたらぶっ殺しますよ!」
虚勢を張るが、ヴァレンシアはニマニマと笑ったまま、大丈夫、と空返事しかしなくなった。
絶対大丈夫じゃない。
クレア、いつかまた会ったら、あなたのためにどんな目にあったか愚痴を聞いてもらうからね。
ヴァレンシアの腕の中で震えながら、日の出を拝みつつレイシア・カレイユを目指す。
その道中では、先程のヴァレンシアの言葉が頭の中で反芻されていた。
私達のやったことに、果たして意味はあったのだろうか?




