オーク・ウォーⅥ
その凄惨な光景が部隊に動揺を起こす。
それは僅かな乱れだったが、隊列はもはや体を為していない。
オークは動きを止めることなく再び振り返ると、倒れ込んでいた者に向かっていき、巨大な足に全体重をかけて頭を踏み砕いた。
踏み抜かれた者の頭部は原型を留めず、磨り潰した果実のような物を撒き散らしている。
すぐそばで負傷者を介抱していた者にも容赦なく刃を振り、反応が遅れた隊員は胴体を横に切り裂かれ絶命した。
目の前で繰り広げられているこの悲惨な状況は何なのか。
現実離れした光景に頭の回転が鈍り、理解が遅れる。
いつもより少しやりがいのある任務を、皆で一緒にこなす単純なものだったはずだ。
それも無事に終わりを迎えようとしたとき、予期せぬ敵が現れ、状況が一変した。
相手はたかが2体。その2体に、精鋭の特務部隊が蹂躙されかけている。
ヴァレンシアが1体を引き受け、残りの総員で1体を相手にしている。
精鋭が大人数でかかってこの様だ。魔導兵科の者を中心に隊を構成したことが裏目に出た。魔法に耐性をもつブラッディオークにこんなところで遭遇するとは誰も予想できなかった。
当然、隊員は身体能力強化の魔法で対応するも、オークの膂力には追い付けない。
……こんな所で躓くことになるの?
たかがオーク相手に、何故こうも苦戦しなきゃいけない。
まだ私はこの世界で何も為していない……。
自分の前で相変わらず暴れているオークに対し、恐怖ではなく理不尽な怒りを覚え始める。
別にこのオークが悪いわけではないかもしれない。オークからすれば、森の中で集落を造ろうとしていたら人間が攻めてきたというだけ。
今の状況から言えば、このブラッディオークは侵略者に対し、同胞の無念を抱えて戦い抜いているのだ。
だから何だ。
私は任務でここまで来て、このクソッタレなオークが私の邪魔をしている。それどころか殺そうとしている。
醜悪な魔物風情が、私の幸福を奪おうとしている。どんな理由があろうと許せるはずがない。
思考が纏まりつかなくなる。あまりに理不尽な憤りだと、頭の片隅では自覚している。
しかし、それでも止まらない。どす黒い感情がとめどなく溢れてくる。
同時に、身体強化のために身体中を巡っている魔力の奔流が強力になっていく。
感情に引っ張られているのか、無意識に魔力を自分で操っているのか分からないが、この赤いオークを殺せるなら何でもいい。
こんな奴にやられている場合ではない。
他の者が出来ないなら、私が殺してやる。
こちらの魔力を感じ取ったのか、オークが動きを止めて視線を向けてきた。
襲い掛かるわけでもなく、警戒の色さえ窺える。
魔物風情が、何見てんのよ……。
「オークの分際で!!」
気付けば駆け出していた。踏み出した地面が、深く抉れている。
他の隊員が呆気にとられる中、その合間を縫ってオークに接近する。
「オオオオオオ」
オークが迫り来る虫を振り払おうと、剣を振りかぶった。
間に合う―――
意外にも頭の中は冷静だ。ノイズが走るように高揚する感情は止まらないが、俯瞰して状況を考えられる。
振りかぶった腕がこちらに迫る瞬間、その腕の肩に向かって飛びながら斬りつけた。
刃はブラッディオークの皮膚と肉を切り裂き、やや遅れて血飛沫が舞う。
「アアアアアアアアアア!!」
更に一拍置いてオークが悲鳴を上げる。
だが、浅い。まだ足りない。斬りかかる前にもう少し踏み込むべきだったか。
足りないなら、続けるだけ。
求めるのは魔物の汚い血ではなく、その命なのだから。
岩のような背中を更に斬り、そのまま素早く横に回り込んで膝に鉄槌を叩き込む。
オークは悲鳴を上げ続け、たまらず片膝をついた。
息の根を止めようと懐に飛び込むが、雑に振るわれたオークの反撃の剣を、後ろに跳躍してそれを避ける。
身体強化魔法の効果が、明らかに向上しているのを実感する。
今なら何でも出来そう。
ああ、これなら避ける必要もなかったかな。
「か、彼女に続け!幼子を死なせる程の無能にまで堕ちるなよ!」
副長が隊の戦意を煽り、奮起させる。
優勢を奪ったと確信した隊は、副長の指示により再び洗練された動きで隊列を組み、攻撃を仕掛けていった。
オークも立ち上がるが体勢を完全には立て直せずにいる。
だが、やはり『パマギヤシラ』も致命傷を与えられずにいた。
次第に、オークの攻撃に力が戻り、こちらにもまた負傷者が出始める。
これでは埒が明かない。
「私が殺します」
オークが他の隊員に気を取られている隙を狙い、再び接近を図った。
普通の剣撃では奴を殺すのは厳しいらしい。ならば、もっと良い方法がある。
オークの側面から脇腹に目掛けて、剣を突き込んだ。
滑らかに刺さっていく切先が心臓に向かう途中、骨に当たって勢いが止まる。
「死ね!」
オークが暴れるよりも早く鉄槌を振りかぶり、剣の柄頭を叩きつける。
打ち込まれた釘のように剣は進み、骨を砕いて奥深くまで突き刺さった。
心臓は外したのか、まだオークの息はある。
けれど、もう終わりだ。
わざと乱暴に剣を引き抜き、苦痛に身を捩るオークの首に剣で渾身の突きを入れる。
今度はあっさりと貫通するが、詰めは大事だ。
オークの首を貫く刃体を手前に引きながら大きく振り、その喉元を内側から切り裂いてやった。
大きく裂けた喉元と口から大量に血を撒き散らしながら、その巨体を地に沈める。
しばらくは不気味に痙攣していたが、やがてそれも止まり、遂に動かなくなった。




