オーク・ウォーⅤ
残りはこの2体のみ。だけど、これが一番の難敵ときた。
どうしてこう、上手くいかないのだろうか。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ヴァレンシアが攻撃を仕掛けたのか、ブラッディオークの雄叫びが横から耳に突き刺さる。
それに呼応するかのように、私達の目の前にいるブラッディオークも怒号を散らす。
正直に言って、怖い。やっぱりどう見ても今までのオークとは色々と桁が違う。
「全体、前へ!左右の隊はそのまま前進し、挟撃する!」
副長が隊列の指揮をし、その通りに全員が動く。
私は中央の前列に位置してブラッディオークをまじまじと見つめる羽目になっていた。
魔法を使えない私が後列にいても、どうしようもないからだ。まあ、ここにいても近寄れないから一緒か。
今、この場にいる『パマギヤシラ』は48人、独りでブラッディオークと対峙しているヴァレンシアを除けば47人。
副長の指揮のもと、46人の隊列がもう1体のブラッディオークを取り囲む形になる。
「各後列、攻撃魔法の詠唱開始!前列、詠唱を終えるまで後列に奴を近づけるな!」
副長が力強い声で指示を出す。
その指示のもと、中央と左右の後列に配置した人間が詠唱を開始した。
自分を含む前列の人間は目の前のそびえる巨体の動きを注視するが、肝心の対象はその場で仁王立ちした状態から動く気配がない。
好都合ではあるが、想定外の状況に部隊にも困惑の表情が出る。
「喰らえ!」
自身も魔法を練っていた副長が詠唱を終え、目標に向けて攻撃魔法を放った。
放たれた炎の塊が真っ直ぐに飛翔し、オークに直撃する。
それを皮切りに、詠唱を終えた者が次々と魔法を放ち、その全てがオークの顔、胴体、腕、脚、あらゆる部位で炸裂した。
「くそ…、やはり魔法耐性持ちか」
副長が状況を確認し、吐き捨てるように言った。
土煙が晴れると、そこには先程までと同じく仁王立ちしている赤黒い肌のオークが変わらずにいた。
目立ったダメージもなく、右手に握りしめられた無骨で巨大な剣は、近くにある松明の明かりを受けて微かに鈍く輝いている。
元の色が分からないほどに、乾いた血のようなものがその剣全体にベッタリと付着していた。
あれに、何人もの人間の血も混じっているのだろうか。
ふと、オークが唸り声を止めていることに気付く。そのとき、オークの肩が上下に震え出した。
その醜悪な顔にある大きな鼻から、呻き声のようなものが漏れている。
…笑ってる?
直後、オークが一歩踏み出したかと思うと、一瞬で左翼の隊列に接近した。
その巨体に似つかわしくない速さとタイミングに、誰もが反応に遅れる。
目にも止まらぬスピードで駈けるオークに接近を許した隊員達に、鉄塊のような剣が振り回された。
それでもここにいるのは精鋭揃いだ。
辛うじて、その凶刃の餌食になる者はおらず、皆がそれぞれ攻撃を避けることに成功する。
しかし、隊列は乱された。左翼が崩れ、何人かはそれぞれ単独でブラッディオークのそばに放り出されてしまった。
それを待っていたかのように、オークがそのうちの1人に狙いを定めて再度剣を振りかぶる。
狙われていた者はこれ以上避けられないと判断したのか、手にしていた盾をどっしりと構えて正面から受け止める姿勢だ。
その大きな盾にオークの剣が接触し、一瞬の火花と激しい金属音が散った。
その瞬間、オークの剣の衝撃を受けきれず、攻撃を受けた者が盾ごと吹き飛ばされる。
盾を持つものは重装備のタンクだ。装備だけで数十キロはある人間が軽々と飛ばされ、そのまま右翼の隊列に突っ込んだ。
その重量と勢いに、巻き添えを喰らった者たちも体勢を大きく崩し、その場に倒れ込んでしまう。
最初に攻撃を受けた者は意識こそあるが、盾を構えていた左腕は本来存在しない関節があるかのようにひしゃげてしまい、呻き声を上げながらのたうち回っていた。
あれではこれ以上戦線に参加できないだろう。
オークは当然それに満足することなく、別の者に攻撃対象を移して暴れ回る。
厄介な魔力耐性と驚異的な俊敏さ、強靭な膂力を兼ね備えた魔物に対応し切れず、隊列はもう維持できていない。
魔法は通用せず、弓矢が通るとも思えない。
そうなると、真夜中のダンスよろしくあの化け物に近づき、仲良く接近戦を繰り広げるしかないわけ…?
「負傷者を下げて、総員、近接戦闘準備―――」
「ブアアアアアアアアアアアアア!!!!」
副長の命令を遮るように、ブラッディオークの慟哭が再び響き、集落の周囲の森まで震わせる。
復讐に燃える雄叫びか、獲物を狩れる狂喜か、いずれにせよこちらにとっては脅威と恐怖に変わりない。
荒れ狂った叫びを喚いている瞬間を隙と判断した者達が駆け出し、それぞれ剣撃を放った。
オークはそれらに対応してみせたが、脚と背中に走った鋭い剣筋は防ぐことが出来なかった。
そこから血が流れるが、分厚い脂肪と硬い筋肉に阻まれたためか、致命的な傷を負わせることは出来なかったらしい。
オークはすぐさま振り返り、背後にいた隊員に狙いを定めて力任せに剣を振るう。
攻撃直後の体勢のため、十分な回避動作が取れなかったのか、剣を盾代わりに防御を試みるが、その攻撃を止めることは出来ず、また一人戦線を離脱することとなる。
流れるような動きでオークは別の者に視線を向け、そのまま縦に剣を振り下ろした。
攻撃を受けた隊員は肩からその剣を受け、鎧ごと呆気なく両断される。
その切断面からびしゃりと大量の何かが地面に落ち、非対称な2つの大きな肉塊と成り果てた。
この任務において初となる死者が発生した。




