オーク・ウォーⅣ
怒り狂うオーク達の視線が、目の前まで迫るヴァレンシアに集中する。
彼女から一番近い位置となった4体のオークが、咆哮とともに飛びかかった。
対するヴァレンシアは、動じることなく詠唱を唱えながら剣を構える。
迫り来るオークの1体が棍棒を叩きつけるために大きく振りかぶった腕を斬りつけ、悲鳴をあげる前にその喉元に剣先を突き刺した。
喉を穿った精密かつ強力な突きは頸椎ごと貫通し、オークを一瞬で絶命させる。
ヴァレンシアがそのまま水平に剣を振るい、側面から接近する別のオークの胴体に剣筋を走らせた。
深々と切り裂かれた腹部から溢れそうになる臓物を必死に押さえようとするオークだったが、続いて首筋を剣で撫でられ、臓物と血液を撒き散らしながら倒れ込んだ。
それと同時に、喉を裂かれて文字通り首の皮一枚で繋がっていたオークも、頭部をぶらぶらと揺らしながら、血と臓物に塗れた地面にその巨体を突っ伏した。
3体目のオークの近接攻撃範囲に入る直前に、詠唱を終えたヴァレンシアが手を翳し、魔法で練った炎槍でオークの胸を貫く。
爆発こそしなかったが、貫かれたオークの胸にはぽっかりと穴が穿たれ、そこから肉の焼けた臭いが煙とともに漂っていた。
ヴァレンシアの近くでは残り1体となったオークは、魔法を放った直後の彼女の隙をつかんと棍棒を振りかぶる。
だけど、もう私の距離だ。
恐怖と怒りで半狂乱になった状態で、棍棒をヴァレンシアに叩き込もうとするオーク。そのすぐ背後に位置し、渾身の力でオークの背中を斬りつけた。
短い悲鳴をあげるオークがこちらを振り向くと同時に、その側頭部に横から鉄槌を叩き込んだ。
グシャリと嫌な音を立て、オークが醜悪な顔を更に歪ませながら崩れ落ちる。
呻きながら転げまわるオークの頭に更に鉄槌を振り下ろし、聞くに堪えないオークの呻き声を終わらせた。
スイカ割りのように綺麗に爆ぜた訳ではないが、鉄槌で殴打した部分は完全に陥没し、眼球と脳の一部らしきものが零れている。
「ありがとうアリスちゃん、流石だね」
「貴女ほどではありませんよ、ヴァレンシア中尉」
鉄槌を握っていた手に強い痺れを感じながら、ヴァレンシアに応える。
僅か一瞬で3体のオークを屠ったヴァレンシアの強さは、未だに底が知れない。
今では勇者と呼ばれるクレアは、このヴァレンシアよりも強いのだろうか。こうして彼女の戦いを目にしていると、本当に想像がつかない。
『パマギヤシラ』部隊内の一部で、ヴァレンシアも『英雄』としての力を持っているのでは、と噂されているのも納得だ。
他のオーク達が流れ込むと考え、すぐさま構え直す。
しかし、辺りのオークがこちらに足を踏み出したかと思うと、すぐに立ち止まってキョロキョロと周りを見渡し始めた。
その直後、このオークの集落を囲む森から、続々と『パマギヤシラ』の他の班が突入してくる。
「少し乗り遅れたか、行くぞお前達!こいつらを根絶やしにするぞ!」
合流する各班長がそれぞれの班員を鼓舞しながら、オークとの戦闘を開始していった。
こちらを囲もうとしていたオーク達が、部隊に包囲される形となる。
「何とか皆集まったね、作戦通りだ。じゃあ改めて―――」
ヴァレンシアが剣を掲げ、凛々しい声を上げた。
「―――総員、ここに『パマギヤシラ』の力を見せつけろ!この化け物共に、我らの恐怖を教えてやれ!!」
それに呼応し、全員が士気高々にオークを倒していく。
肉を斬る生々しい音を響かせながら、オークが次々とその身を沈め、数を減らしていった。
30体ほどいたオークも、今や数体しか残っていない。
事あるごとにオーク共が上げていた雄叫びも少なくなっていき、心無しか弱々しく聞こえる。
だが、こちら側も無傷ではない。
死者こそまだ出ていないが、程度に差はあれど負傷者が何人か出始めた。
それでも、このままいけば任務を完遂できる―――
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
私が慢心を持ったのが悪かったのか、その直後、今までのオークが発していた叫びとは比較にならない程強烈な慟哭がこの集落全体を覆う。
「な、なんだ今のは…」
『パマギヤシラ』の精鋭達にも動揺が走り、動きが止まる。
そしてその慟哭が止まると同時に、派手な破壊音が響いた。
その音の発生元である方向を見やると、この集落の中央に位置していた、特に大きかった木造建築物の壁が殆ど吹き飛んでいる。
その中から、2体のオークがゆっくりと姿を見せた。
他のオークよりも一際巨大なその身体は3メートルを優に超えており、そばにあった松明の明かりに照らされたその皮膚は赤黒く、はち切れそうな筋肉を脈打ちながら包み込んでいる。
「馬鹿な、なんでこんな所で…!」
班員の一人が上擦るような声で呟いた。
あれは、明らかに普通のオークではない。
巨大な身体、異常に肥大化した筋肉、何よりはっきりとした違いはその体表の色だ。
その辺に死体として転がっているオークは体格や豚のような顔つきに微妙な差異はあるが、どれも体色はくすんだ濃緑だったが、集落の中央でまさに飛び出そうとしている2体のオークは固まりかけた血液のような色を呈している。
「ブラッディオークだ…」
近くにいた同じ班員の1人が囁くように言った。
本当にいるんだ、そんなオークが。
ていうかあれ凄く強そう。本当に、なんでこんな所でダンジョンボスみたいな奴が2体も…。
「狼狽えるな、残りの雑魚を殲滅次第、横陣を組んであの赤豚を1体牽制しろ!」
ヴァレンシアが力強く命令し、真っ直ぐ集落の中央に向かって駆け出す。
「1体は私が相手する。私が加勢するまで、抑え込め!」
ヴァレンシアの声で自分達の任務を思い出した『パマギヤシラ』達は、精鋭としてすぐに仕事を再開する。
いくつかの班が、手近にいたオーク達を斬り伏せ、魔法を駆使して手早く片付ける。
残っていた4体のオークは、呆気なく他のオークの後を追うこととなった。
その瞬間だった。
その光景を眺めていた2体のブラッディオークは、目の前で仲間のオークが殺された瞬間、獣のように唸り声を上げ、仲間を殺した人間に向かって一目散に突進していった。
その巨体の重量を感じさせないほど俊敏な動きで、瞬く間に距離を詰める。
「伏せろ!」
ヴァレンシアが走りながらそう叫ぶと同時に、ブラッディオークに向けて手を翳し、炎槍を射出した。
4つの炎槍のうち、2つは1体のブラッディオークの胴体に、1つはもう1体の肩に炸裂し、残る1つは後ろの建築物の大半を吹き飛ばす。
オークが既に壁を破壊していたこともあり、納屋のような建物はその原型も留めないほどに崩れ落ちた。
しかし、肝心のブラッディオークの身体にはあまり効果が表れていないように見える。
あの強靭な皮膚に魔力耐性も備わっているのだろうか。
2体の赤い怪物は更に激昂したが、それでも一瞬動きを止めることには成功した。
その隙に1体のブラッディオークに対し隊列を組み、戦闘態勢を築く。残る1体の前には、ヴァレンシアが独りで立ちはだかる。




