オーク・ウォーⅢ
さらに森の中心に近づくにつれ、オークによって伐採されたもの以上に木々の密度が高くなっていた。
この辺りの木々は防壁代わりとして、オークもあえて手をつけていないのだろう。
なるほど、これは確かに小隊や分隊での行動も難しい。
今では班として連携をとることすらままならない。
オークも姿を見せる回数が頻繁になっていき、木の陰から奇襲紛いの攻撃を仕掛けてくるようになっていた。
それに対して何とか対応しているが、徐々に密度を増す木々とオークの狡猾さに圧され、こちらも手こずり始める。
オークの雄叫びと肉を切り裂く音が響く中に、ヴァレンシアの笑い声も混じる。
「見てよアリスちゃん!あいつ生意気にも服着てるんだけど!」
ヴァレンシアが剣先で示す先には、巨大な肉切り包丁のような剣を片手に、汚れたぼろ布を上半身全体に巻き付けている。
他のオークより体格も一回り大きく、明らかに上位種だ。
「そんな事報告しなくて結構です!」
ヴァレンシアが示す上位種のオークが、こちらに向かって突進してくる。
ヴァレンシアの方に行けよ、と舌打ちしながら、片手に50センチメートル程度の鉄槌を構えてこちらも迎撃態勢に入った。
目の前に迫ったオークが肉切り包丁を振りかぶってくるが、その際に止まった脚に鉄槌を横から思い切り叩きつける。
「オオオオオオオオォォォォ!!」
肉が潰れ、骨が砕く音が鉄槌を通じて感触として伝わってくる
オークの聞くに堪えない悲鳴が空気を震わせた。
そのまま素早く背後に回り込み、倒れかかるオークの延髄をショートソードで斬りつけ、絶命させる。
「おお、やるじゃないアリスちゃん。その戦い方も面白いね」
左手に鉄槌を、右手にショートソードを構える自分の姿を見てヴァレンシアが微笑んだ。
正規の軍や騎士団からは邪道だ、と誹りを受けるだろうが、個々の力が重要視される現状では自分に合っている。力は魔法で補えても、体格差はどうしようもない。
それに他の魔法はどうせ使えないから、両手が塞がっていたところで問題もない。
「…あなたには敵いませんよ、ヴァレンシア中尉」
「ふふ、ありがとう」
こちらが振り返ると、ヴァレンシアの足元には別の上位種のオーク2体の死体を転がっていた。
この人も大概化け物だ。
「この上位種のオークはランクで言えば3が精々かな。大した数じゃないだけまだ良かった」
ヴァレンシアが口にしたランクは、魔物の脅威度を示す指標だ。元々は冒険者ギルドが独自に使い出したものだが、今では軍でも便宜上、良く使用している。最下位が1、そこから数字が上がるにつれ脅威度も上がり、ランク6や7にもなれば、並の軍隊や冒険者が束になったところで太刀打ちできないレベルだ。
「アリスちゃんも他の班員も、まだ誰も死んでないね。良いことだ。油断しないように、このまま進もうか」
オークの返り血を拭いながら、周囲を警戒しつつ集落を目指す。
「おー、いたいた。人間様の真似事なんかしやがって」
足を止めたヴァレンシアが吐き捨てるように言った。彼女の視線の先は、殆どの木が伐採され拓けた地となっていた。そこには、何かを喚きながら慌ただしく動き回るオーク達がいた。数は30体近く、その辺りには粗雑な造りの小屋のようなものがいくつか並び、荒く耕された畑もある。
櫓のような台には見張りまで立っている。
本当に人間のような集落を形成しているらしい。
オーク側はまだこちらには気づいていないが、襲撃を受けていることは把握しているらしく、それぞれが棍棒や粗末な剣を手にして警戒していた。
「他の班と合流しますか?」
「そうしたいところではあるけどねアリスちゃん、今回は時間が限られてる。まずは私達だけで突入する。他の班もすぐにこっちに来て、そのまま加勢してくれるでしょう」
こちらの問いにそう答えたヴァレンシアは、一番近い位置にいる、見張り台に立つオークに手を翳す。
「光をもって剣と為し、炎をもって鉄槌と為す。穿て」
ヴァレンシアが詠唱し、掌に魔力が集中する。急速に熱を帯びた魔力は、暗い森の中で眩い光を持ち始めた。
ヴァレンシアの詠唱は軍で教育されるものとは違い、自分流に改良している。そのため使用する魔法の効果も変則的だ。
今、ヴァレンシアが練っている魔法も、本来は魔力で形作られた矢のような魔法を飛ばすものだ。しかし、目の前の魔法は明らかにそれ以上の効果が付加されている。
高度な魔法技術・知識を有している者だからこそ可能な芸当だ。
本当に勉強になる…。
完成された魔力の矢がヴァレンシアの掌から離れ、一瞬で見張り台のオークに向かっていく。
光に気づいたオークはこちらを向いた瞬間にその頭を貫かれ、直後に盛大な爆炎が炸裂した。
辺りのオークが、燃え盛る仲間の死体に一斉に振り向き、上半身の殆どを失った死体が崩れ落ちるまで見守った後、すぐに魔法を放った怨敵を捉える。
その対象は言うまでもなく、木の陰に潜んでいたヴァレンシアと我々だ。
「…ヴァレンシア中尉、全員こっち見てるんですが。」
「そうだね、私悪い事何もしてないのにこんなに睨まれても困るんだけど。まあ、もう少し穏便な魔法を使えば良かったかなあ、とは思い始めてるけどさあ」
ヴァレンシアがわざとらしく怯える仕草をとる。
…こいつ!
あれだけ派手にやれば、こうなるのは当然だ。
「ちょ、ちょっと、アリスちゃんまでそんな怖い目で睨まないでよ…。あ、ほら、そろそろアイツらが来そう!あいつらを皆殺しにするために頑張ろう!」
ヴァレンシアが泣きそうな顔でそう言い終えた直後、襲撃者を殺せとばかりにオーク達が揃って叫び出す。
こいつらは毎回叫ばないと行動できないのだろうか。
「さて、ここからが本番」
ヴァレンシアが低いトーンで呟く。
その口調や表情に、つい先ほどまであった冗談やからかいの色は消え失せている。
「各員、戦闘態勢。ここに『パマギヤシラ』の力を翳し、デュランスカヤ王国の威光を示せ!奴らを殲滅しろ!」
ヴァレンシアが先陣を切ってオークの群れに飛び込んだ。




