オーク・ウォーⅡ
粗末な狭い仮設の司令所に、戦意を滾らせる大人が60人ほど、ヴァレンシアの前で整列している。
最前列真ん中にちょこんと立っている、場違いでとても可愛らしい子供が私だ。
「これで全員集まった?じゃあ、ブリーフィング始めようか」
ヴァレンシアがどこか力の抜けた口調で言う。
しかし、それを咎める者は一人としていない。
ヴァレンシアが小隊長であり、この場で最も階級が高いからだけではない。
誰もが彼女の力を目の当たりにし、認めているからだ。
当の本人はそれを知ってか知らずか、おどけてみせながら説明を始めた。
「今回の任務は夜明けまでにオークを殲滅すること。情報によれば、ここのオークの集落はまだ不完全なものみたいだけど、少なくとも50匹はいるらしいから、1匹も漏らさないこと。もしも、はぐれオークを出しちゃったらここの近くの街の住民に被害が出て、我らが勇者様の風評が悪くなっちゃうかもしれないからね」
勇者も一人の人間なのに、それに対する責任の重みは異常だ。
やっぱり、勇者も大変なのかな。
「この任務においては御覧のとおり48人の小隊規模であたるんだけど、実際にはこれを分隊にして移動、作戦開始時には班まで分けてオーク狩りを行いまーす。小隊以外の者は、作戦開始後にこの臨時基地の撤収と、皆の馬を管理しておくように。作戦終了次第、すぐにここを去るからね。
班分けはもう済んでるから、自分の持ち場も含めて各自確認しておくこと。班編成が完了したら移動を開始、私の班が最初にオークと接触するから、それからは各々で適当に暴れて任務を果たすように」
雑なブリーフィングが終了後、各人に配られた小さな木版を確認し、所属する班に合流する。
宿営所で聞かされたとおり、自分はヴァレンシアの班だった。
「…よろしくお願い致します、ヴァレンシア中尉」
「アリスは訓練所を出てそのままこの部隊に配属されたから、きっとオークを相手にするの初めてでしょ?私がちゃんと守ってあげるよ。それに、アリスの戦い方は見ていて飽きないしね」
一応は、ヴァレンシアも心配してくれているらしい。
たとえ動機の半分以上が、不純なものだったとしても…。
終わったら一緒に湯浴みしようと笑顔でのたまうヴァレンシアの言葉を聞き流し、装備の確認作業に入る。
無視しないでー、と猫撫で声のヴァレンシアに飛びつかれ、装備一式をぶちまけてしまった。
もちろんヴァレンシアによる故意犯だ。
絶対に許さん。
臨時基地を分隊ごとに進み、1キロ四方程度に広がる森に入る。
この森の中央付近に、オークがせっせとお家を造っているらしい。
森に到着してからは分隊から4人1組の班に分かれ、各班ごとに指定されたポイントを目指す。
作戦は単純、計12班で円状に配置、そのまま中心部に向かっていき、オークを狩っていく。
包囲とまではいかないが、オークの数もさほど多くはないため、時間制限もあり、かつ殲滅が目的の今回の任務では一番確実で効率的だ。
森を進むにつれ、大きく削り取られたり、伐採された木々が増えてきた。
オークが資材として使うためで、奴らの縄張りもすぐそばだとヴァレンシアが教えてくれる。
「そろそろかな、戦闘準備」
ヴァレンシアが腰に提げている鞘から剣を抜いた。
木々の間から僅かに漏れる月明りを受けて、その刃体が艶めかしく輝く。
自分も剣を手にとり、魔法の詠唱を開始した。
「我が肉体、我が血潮に祝福の力を、我は祝福の御業を体現せし者、災厄を払い、揺るがざる魔を殲滅せん」
身体強化魔法の詠唱を口にした瞬間、体内の魔力が血肉に力を与える。
それに伴い、気分も高揚する。体内における魔力の奔流が、好戦的な興奮を掻き立てた。
最近は特に意識しなくても、定められた詠唱を口にするだけで魔法を発動させることができるようになったが、やはり他の魔法はからっきしだ。
それでも、唯一使えるこの魔法は自分に合っているのか、身体強化魔法に関してだけで言えば、『パマギヤシラ』の中でもトップクラスの力を発揮させることが出来る。
まあ、だからといって戦いでヴァレンシアに勝てるとは思えないけど。
他の者も同様に、それぞれ強化魔法を発動させる。
ヴァレンシアも既に身体強化を終えて、手首だけで剣をくるくると回し、鼻歌を歌いながら獲物の到着を待ち構えていた。
「…ん、来たかな」
ヴァレンシアが鼻歌を止めると、森の中心部方向からたっぷり重量感のある足音が近づいてくる。
獣ではない、しかし人間にしてはあまりに力任せに地を踏みつける音。
少しして、音の主が木々の間から姿を見せた。
2メートル近い身長に、岩のような脂肪と筋肉をつけた巨体、豚のような顔が月の光で浮かび、しっかりと指のある右手には棍棒のような太い木の棒が握られている。
それはオークだった。
荒い息をしたオークの濁った黒い目がこちらを捉える。
わあ、まさに典型的なオークだ。
そんな呑気なことを考えていると、
「アアアアアオオオオオオオオオオオ」
オークが涎を撒き散らしながら猛獣のような雄叫びを上げた。
空気が震え、それを視覚化するように木々が小刻みに揺れて、まるで森が恐怖しているように錯覚する。
「うるさっ」
初めて見る化け物に強い嫌悪感と幾分かの恐怖を感じていると、ヴァレンシアはしかめ面で不快そうに呟いた。
そして、剣を振り回していた手をぴたりと止め、足をゆっくり踏み出したかと思うと、一瞬でオークの足元まで距離を詰める。
不気味な顔を驚愕で歪めるオークだったが、それはすぐに苦痛の歪みへと変わった。
「アアアアアアアアアアアアアア」
ヴァレンシアがオークの足首を斬りつけていた。
すぐそばで魔物の悲痛な叫び声を浴びた彼女の表情に、はっきりとした苛立ちが浮かぶ。
「うるさいってば」
半円を描くようにして、ヴァレンシアは剣を持った腕を大きく振り回し、オークの喉笛を容易く掻き切った。振り回した腕をそのまま自分の前で構えると、前のめりに倒れそうになるオークの胸に、深々と剣を突き立てる。
口元からゴボゴボと嫌な音と真っ赤な泡を吹いて絶命するオークを蹴り飛ばし、剣から引き剥がした。
僅か一呼吸の間で、あのおぞましい叫びをあげていたオークをただの死体にしてしまったのだ。
それをやってのけた本人は、剣についた血を死体に擦り付けて落とそうと試みている。
「何でこいつらはすぐ叫ぶかなぁ…。ま、あれが他の班への良い合図になったか」
金色の長髪を揺らしながら、こちらを振り向くヴァレンシア。
「さあ、今ので他のオークもやってくる。勇者様のため、近くの街の住民のため、この調子でどんどん駆除しようか」
ヴァレンシアの言うように、急に森の空気がざわめき出し、オークの叫び声のようなものが複数、森の中心から広がった。次からは、オークも最初から戦闘態勢で来ることだろう。
こうして、長く激しい夜が始まる。




