オーク・ウォーⅠ
「さて、サトゥルーガ君、華々しい任務をご所望だったな。
ようやく少しは君の希望に添えそうだ」
休暇明けに基地に顔を出し、シュトームに報告書を提出したとき、そう告げられた。
どうやら新しい任務が決まったらしい。
どことなくシュトームが嬉しそうなのが不気味だ。
「…ありがとうございます。内容を確認させて頂いても?」
「ああ、指令書はもう出来ている。オレカヴァ大尉、彼女に渡してくれ」
指示を受けたシュトームの副官、イリーナ・オレカヴァ大尉が指令書を寄越す。
シュトーム同様、この副官も普段は無愛想な印象が強いが、何の脈絡もなくたまに干し肉をくれる。
今も無表情でこちらを見つめてくるが、悪い人ではない。
指令書を受け取り、早速その中身を確認する。
「魔物の殲滅…ですか」
字面だけ見れば華々しく感じられるが、この種の任務は今までも何度か経験がある。
そのどれもが、勇者達が通る予定の経路上にいる糞雑魚モンスターを、勇者の邪魔にならないように適当に殺し尽くす退屈なものだった。
ある程度力と知性がある魔物は、勇者一行が来ればその力の差を感じ、放置していても自ら消えてくれる。そのため、私達が相手にするのは野良犬と大差ないような雑魚ばかりだ。
最初は自分の力を活かせる、スリルある任務だと喜んでいたが、数を重ねて力がついていくにつれ、単純な流れ作業になっていった。
「ああ、だが今までの『草刈り』とは話が違う。
今回は特定の魔物、オーク狩りだ」
「オークですか」
ありがちですね、という言葉を飲み込む。今でもたまにファンタジーな世界だと思うときがたまにあるが、それはあくまで違う世界を知っている私だけが感じるものであって、他の人間からすれば理解できないだろう。
それに、ファンタジーではよくあるオークだが、この世界で実際にオークと遭遇したことはまだない。
緑色の肌、豚のような顔、性欲と食欲がそのまま二足歩行する醜悪な怪物、そんなイメージしかない。だが、軍の座学でもオークについてはそんな感じの講義を受けた気がするから間違ってはいないはずだ。
「軍や騎士団でもなく、我々がやる理由は何でしょうか?」
「実は、勇者リードナについていたもう一人の勇者クレアが独り立ちすることになったそうだ。
その勇者クレアが今後の準備のため単身で王都に戻るらしい。彼女の行程距離的に考えると、その途中、とある小さな街に立ち寄ることが予想される」
クレア…、良かった、頑張ってるんだ。
「ここからが本題だが、その街の近くに、最近オークの集落が形成されつつあることが判明した。勇者であれば、仮にオークの襲撃を受けても遅れを取ることはないだろう。
しかし、勇者とはいえ今は独りだ。街の人間には少なからず被害が及ぶ可能性がある。
それは、新たに独り立ちした勇者の輝かしい門出には少し相応しくない」
つまり、我らが王国の新たな勇者の冒険譚が、街の住民に被害を出してしまいました、から始まるとクレアの風評、魔物と戦う者たちの士気がダダ下がりになるので、先に勇者の『見えざる手』である我々が先にオークを殲滅しましょう、という話だ。
その勇者達は、『パマギヤシラ』の存在すら知らない。
クレアはもちろん、街の住民達も、我々の活躍も知らずに呑気に勇者の歓迎会を行うことだろう。
でもまあ、クレアのためだと思えば、多少はやる気も出る。
いつかクレアと行動を共にすることがあれば、私の活躍をたっぷり語って感謝してもらうとしよう。
「今回は、小隊規模で任務にあたる。貴官もその一員として力の限りを尽くしてくれ。
では、準備ができたらすぐ出発してくれ」
「は?」
オークの集落近くに設けられた『パマギヤシラ』の臨時基地で各自集合、現地で隊を編成。
迅速さと隠密さのためらしいが、いくらなんでもこんなデタラメなやり方があるか。
夕陽が沈み暗くなった平地を、舌打ちしながら馬に乗って全速力で駈けていく。
勇者クレアが街に着くとされていくのが2日後、私がオークの集落そばに設定された集合地点に到着するのが明日の夜明け前、任務開始は明日の夕刻から。
つまりは明日の夜のうちにオーク共を皆殺しにしなければならないというわけだ。
流石に少し緊張してくる。
それに、この部隊の人間は個性的な者が多く、できればあまり絡みたくない。
特に小隊規模の任務では、きっと彼女が小隊長を務めるのだろう。
あの人は苦手なんだよなぁ…。
そんなことを考えていると、乗っていた馬が急に止まり、身体が宙に浮いて振り落とされそうになる。
単に大きな鳥が目の前を横切っただけだった。
「ああああ!このアホ馬ああああ!」
馬鞍にしがみつき、ぶら下がった状態でアホ馬を罵倒しつつその足を蹴りつける。
半日かけてようやく臨時基地に到着すると早速、小隊の副長が顔を見せた。
「来たか、サトゥルーガ。レイシアからの行程、ご苦労だった。
まだ全員は来ていない。小隊総員が揃い次第、ブリーフィングを行うからそれまでは身体を休めるといい」
「お気遣いありがとうございます」
副長の言葉に甘え、女性用の宿営所に向かう。
パマギヤシラに限らず、この世界の軍は魔法も主戦力ということもあって、女性も多い。
そのため、基地の施設や宿営所において男女が区別されているのが殆どだ。
それは有難いことだ。
「おお、アリス!待ってたよ!」
宿営所に入った途端、長髪の女性が飛びついてきた。
男性にも引けをとらない高身長に、長く引き締まった手足に絡められ身動きが出来ない。
特に自己主張の強い胸が鬱陶しい。
「お、お久しぶりです、ヴァレンシア中尉…。苦しいので、離れて、頂けますか。離し…離れろ!」
「おお、怖い怖い」
ヴァレンシアの身体を強引に引き剥がしたが、まだ頭を撫でようとしてくる。
ヴァレンシアは、元々王都の精鋭である騎士団に所属していたが、その戦闘能力を見込んだイラスの引き抜きを経て、2年前から『パマギヤシラ』に務めている。
そんな彼女に気に入られたせいか、顔を合わせる度にこうして玩具にされる。
どこかスニエに似ている気がする。
「いやー、またアリスと一緒になれるのは嬉しいよ。今夜が楽しみだねー」
「楽しみ…ですか?」
オークはそれなりに脅威で、並の兵士や冒険者では単独での撃破は難しいほどだ。
ましてや集落を形成し始めているということは、そこらのはぐれオークよりは力がある個体もいるはずだ。
そんな集団を殲滅しなければならないというのに、この女は何を言っているのだろうか。
戦闘狂もここまで来ると、仲間でも不安になる。
「今回の任務は小隊を班単位まで分けるんだけどね、アリスは私の班にしたから、一緒に頑張ろうか」
ニタリと不気味な笑みを張り付けた顔で、頭を撫で回してくる。
絶対に武器の代わりに私を振り回して遊ぶつもりだ。
「うっ、腹痛が…」
「ええー、じゃあ良くなるまでお姉さんがその可愛らしいポンポンを撫でてあげるよー」
両腕でわざとらしく腹を押さえると、ヴァレンシアがその隙間を縫って服を捲ろうとしてくる。
「ああああ、もう大丈夫です!結構です!」
「遠慮するなよー、任せな!」
意味不明な自信の籠った言葉を投げながら、そばにあるベッドに引きずり込もうとしてきた。
このまま抱き枕にするつもりらしい。
必死の抵抗も空しく、招集がかかるまで同じベッドで休むこととなった。
当然、疲れが取れるはずもない。
絶対にいつかやり返してやる。




