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毒舌家庭教師だけど、恋愛だけは完全に大赤字です―守銭奴、天使(仮)に貢ぐ―  作者: カナタ


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8話:貢ぐために走る犬、そして退場す



「うへぇ……。死ぬ。これ、人間が解く量じゃないでしょ」




「どうしたんだい?6月というのに30度に迫ろうとする暑さの中で、君の知性と品性がついに飽和して溶け出したのかい? まあ、君の脳内は常に室温以下の極低温だろうけれど」




「先生てば、皮肉を吐き出さないと呼吸もできない設計なのね? もう、見てよこれ! 期末の範囲、 暗記地獄じゃない!!今から絶望しかないんだけど!」




箱山はプリントを眼前に翳し、冷めた溜息をつく。




「数学を構造的な理解も放棄して、ただの暗記だけで殴りかかろうと? 惨めにも返り討ちに遭い、赤点という名の血だまりに沈む未来が、僕の網膜には鮮明に投影されているよ。


……自明の理だね」




「キーッ!何よいつもいつも上から目線で!私が暗記に頼るしかないのは、先生の教え方が壊滅的だからじゃないのよ! この教えベタ!」




「……ほう。聞き捨てならないね?


まずは君の答案分析をしようかと思ったが、先日の3点というスコアは、もはや分析以前の『汚染』だ。参考資料としての価値も皆無。


……君は数理的構文の解釈が、致命的なまでに欠落している。だからケアレスミスという名の生存戦略で、今日まで1000回連続で敗北し続けているんだ」




「ぐぬぅ……! 中身はサッパリ分からないけど、とにかく私のことバカにしてるってことだけは理解できたわよ!」




「理解が早くて何よりだ。


君の偏差値という名の墓標が、今日もまた深く掘り進められたわけだね。


全く、僕が君のために割いている時間というリソースに対し、君という『成果物』が未だに0を更新し続けている。


……君、もしかしてブラックホールの類かな? 知識を吸い込むだけで、光一つ放てないなんて」




嘲笑が口元に浮かぶ。




その時、葵のスマホが鋭く鳴いた。




ピコン。




「あ、カノンちゃんだ。」




箱山が即座に反応する。




「『そこに箱山くんいる? 悪いんだけど、カノンのバイト先のアイス、ノルマ分買ってきて。全種類コンプでお願いね♡って伝えておいて』だってさ。


……あはは、先生、家畜扱いじゃない」




箱山はスマホを見た瞬間、先ほどまでの「教育的冷徹さ」を、


まるで使い古した雑巾のように投げ捨てた。




「悪い。葵ちゃん。


……急用が入った。今日は体調が芳しくないから、このまま早退させてもらう。


君のその無能な脳みそで、せめて参考書の目次でも眺めていろ」




箱山は椅子を蹴るように立ち上がり、一目散に玄関へ向かう。その足取りは、先ほどの「教えベタな家庭教師」のそれではなく、




ただの「貢ぐために走る犬」の姿だった。





「……先生、恋愛偏差値というより、人としての尊厳が底辺よね。……ああいうのを、世間では『滑稽』って言うのよ」




葵は残されたプリントを適当に丸め、箱山が去ったドアに向けて投げつけた。静まり返るリビングに、冷蔵庫の唸る音だけが響いている。




後日談




(……数日後、リビングにて)




「あら、そういえば葵。例の箱山先生、急に連絡が途絶えたと思ったら、急性虫垂炎で入院されたんですってよ」




翠は優雅にティーカップを置き、どこか楽しげに告げる。




「えっ、先生が? ……あのアイス?」




「そうらしいわ。カノンちゃんに頼まれたアイスを、ノルマ分すべてコンプリートする過程で相当数召し上がったようで


……まあ、因果関係は不明だけど、あまりにも間の抜けたお話でお母さん笑っちゃったわよ。先生、お腹を押さえながら『カノンさんのノルマ……』と呟いていたそうよ」




葵は思わず噴き出し、そして呆れ果てた溜息をついた。




「……最高のオチね。自分の時給を削って、カノンちゃんのノルマを達成して、最後に盲腸で退場とか。先生、本当にお疲れ様だわ。……で、カノンちゃんはお見舞いに行ったの?」




「あら、まさか。カノンちゃんは今、また別のアルバイト先で忙しいみたいよ。


先生、お見舞いの品として何が届いたのかしらね」




葵は苦笑しながら、箱山の「知的な仮面」が剥がれ落ちた滑稽な姿を思い浮かべる。




「間違いなく、お見舞い品はカノンちゃんの『推しのチェキ券』の立て替え分の領収書か何かよ。




……本当に救いようがないわね。次、先生が戻ってきたら、まずは『生存おめでとう』と『金銭感覚の再構築』について、徹底的に議論してやらないとね」




リビングの窓から差し込む初夏の光が、箱山の空席を明るく照らしていた。





そこには、彼が置いていった「血まみれの数学プリント」だけが、冷たく取り残されている。

この度は家庭教師コメディをお読みいただきありがとうございます!明日も12時10分に次話を更新します。

もし少しでも気に入っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!


なお、夜は20時10分に毎日更新している別作品で『告解者』という完全シリアスなサイコサスペンスも書いておりますので、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです★

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