5話:お母様との、極めて重要な情報の適正化
「あらあら、いつも先生スミマセンねぇ。不出来な娘の勉強を見ていただいて」
慈愛に満ちた表情で2人を見据えている葵の母こと香坂翠。
その笑顔は、葵の自尊心を切り刻むナイフのように滑らかだ。
「……お母さん、帰ってきて早々『不出来』はないでしょ! 私は精一杯やってるんだってば!」
葵が声を尖らせる。
「あら、本当のことでしょう? 先生には本当に感謝しておりますわ。
私、数学なんてさっぱりで。
それにしたって葵ったらあんなに可愛らしいお顔に産んであげたっていうのにその中身は空っぽで、本当にどうしたものかと……」
翠が微笑む。
眼鏡のフレームを押し上げ、箱山は冷徹な微笑を浮かべた。
「……はは。お母様、ご安心ください。
ここまで教え甲斐のある生徒も、そうはいませんよ。ある種の『進化の袋小路』を体現したような、類稀なる希少生物としての価値があります。これはもはや才能です。
……ですがご安心を。
このどうしようもない有様から、社会生活で必要とされる最低限の数値まで、僕が責任を持って鍛え直して差し上げますので」
「まぁ!先生ってば頼もしいわ!
この子、主人にも甘やかされてワガママ全開で育っちゃって。
多少ビシバシとスパルタで、骨身に染みるように教育していただけると助かりますわ♡
……あ、そうそう先生。
先日、葵とカノンちゃんがランチに行った時の写真があるんですの。
先生、カノンちゃんのこと気にかけてらしたわよね?見ます?」
翠がスマホを差し出す。
箱山が、獲物を見つけた獣のような眼光で眼鏡をかけ直す。
「ほう。……それは実に興味深いですね。」
見つめること5秒間。
その指先は、歓喜で打ち震えていた。
「これはっ!!
極めて学術的、いや、個人の尊厳に関わる極めて重要かつ至高のサンプルになり得ますからね」
箱山はスマホに食いつき、
画面の右端に写る葵を一瞥すらせず、
左側のカノンだけを射抜くように凝視した。
「……お母様。この画面右側に写る『ノイズ』は、僕の網膜を焼き切る有害物質です。
直ちにトリミングして頂きたい。
……そうですね、この左側、カノンさんの部分のみを高解像度で抽出し、僕の端末へ転送願えますか?今すぐです」
「お母さん!!デジタルタトゥーの元素材を、そのイカれた銀縁眼鏡に献上しないでよ!!あと今、私のこと堂々とノイズ呼ばわりしたわよね!?」
葵が叫ぶ。
「葵ちゃん、しっ!!
静かになさい。
今、お母様と僕との間で、人類の遺産とも呼べる極めて重要な情報の『適正化』を行っているんだ。
……その口を速やかに閉じておくことを推奨するよ」
箱山は翠に向き直り、計算高い商人のような笑みを浮かべる。
「お母様。
この極めて価値ある情報提供の対価として、今月の家庭教師代から5%の特別値引きを適用させて頂きます。……なお、今後も彼女の私生活における『副次的データ』の共有は、いつでも歓迎しておりますので。
ぜひ、継続的なご報告を」
この度は家庭教師コメディを
お読みいただきありがとうございます!明日も12時10分に次話を更新します。
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なお、夜は20時10分に毎日更新している別作品で『告解者』という完全シリアスなサイコサスペンスも書いておりますので、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです★




