4話:渋沢栄一が踊る様
「ねぇねぇ、先生聞いてよ〜!
今日ね、一条くんと廊下でバッタリ喋っちゃったのー!キャー!
もぅ顔が良すぎて直視できなかったんだけど!!」
葵は頬を紅潮させ、机の上で身悶えしながら箱山の方を向く。
箱山は眉一つ動かさず、シャーペンで参考書に無機質な線を引き続けている。
「……葵ちゃん。その無駄なお喋りをしている間にも、君の脳内からは貴重な知識が蒸発し、かわりに『一条くん』という名の低解像度なノイズが蓄積されているわけだね」
箱山はゆっくりと顔を上げ、
冷え切った瞳で葵を射抜く。
「時計の針は残酷だよ。
君が恋にうつつを抜かしているその数秒間も、君の偏差値が底辺に定着するためのコストとして消費されている。
さて、その一条くんとやらが、君の将来の生活水準を保障してくれる契約書でも持っているのかな?
持っていないなら、その昂揚感はゴミと同義だ。
僕に話す暇があるなら、その脳のメモリを英単語一つ覚えるために割いてくれないかな。
……それとも何だい、僕の時給を『君の恋バナを聞くためのチャット料』だとでも勘違いしているのかい?」
「何よ?ちょっとくらい愛想よく聞いてくれたっていいでしょ!家庭教師だってある種サービス業でしょう!!
大体『チャット料』って何なのよ!
先生には、この胸の高鳴りとか、乙女の繊細な感情というものが欠片も理解できないのね!」
葵が食ってかかる。
「理解する必要がないからだよ。
そんなノイズに僕の脳の領域を割くくらいなら、君のそのスカスカな歴史の年号を一つでも刻む方が、投資対効果としてよほど健全だし自明だ。
……だが、しかし、わかった、葵ちゃん。サービス業という言葉には一理あるだろう。
君がそこまで言うなら、以後僕はこの会話をすべて『渋沢栄一が踊る様』として脳内変換することにするよ。
一言喋るごとに君の価値が万札に変わると思えば、多少は我慢のしがいもある」
「――っ!何よその言い草!
金金金、いつもいつもお金のことばかり!
そんなだから、私の従姉妹のカノンちゃんにも、中身のないATMだと思われて振られるのよ!!」
箱山の表情から、氷のような笑みが消えた。
彼は書見台のペンを強く握り込み、指先が白く変色する。
「……葵ちゃん。その名前を、君のその薄っぺらな口で軽々しく呼ぶな」
箱山の瞳に、抑えきれない濁った熱が宿る。
「君に何がわかる?!
僕が彼女の笑顔を見るために、どれほどの時間と、どれほどの金額を!!!
……累計でいくら貢いだと思っている。
君のような単細胞生物には到底一生理解できない、極めて緻密で、情熱的で、そして完全に無価値な投資だったんだ……!!!」
荒い呼吸を整え、箱山は眼鏡を中指でクイと上げる。
「……取り乱した。悪い。
……話を戻そう。次のページの因数分解、開始一分で解き終わらなければ、今日の延長料金は君の小遣い全額だ。異論は認めない」
葵は最後に一言飲み込んだ。
(………この男、完全に損切り失敗している……)
※3話までの前書き書いてた人は役目を終え、山へ帰りました。
この度は家庭教師コメディを
お読みいただきありがとうございます!明日も12時10分に次話を更新します。
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なお、夜は20時10分に毎日更新している別作品で『告解者』という完全シリアスなサイコサスペンスも書いておりますので、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです★




