表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒舌家庭教師だけど、恋愛だけは完全に大赤字です―守銭奴、天使(仮)に貢ぐ―  作者: カナタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

【番外編2】絶望の雨音、無慈悲なるタイムライン



窓を叩く雨音は激しさを増し、空は重苦しい鉛色の(とばり)を下ろしている。




世界が輪郭を失い、雨という名のフィルターがすべてを塗りつぶしていく中、箱山はベランダの淵で虚空を見つめていた。




その横顔には、世俗のすべてを諦念したような、研ぎ澄まされた悲哀が宿っている。




「…………すべて、終わった。」




絞り出すようなその声。




まるで壮大な叙事詩の終幕のような響きだ。


そこに現れた葵は、箱山のただならぬ空気に足を止める。




「先生……? こんな豪雨の中で、何してるのよ。そんなところで立ち尽くして」




箱山はゆっくりと振り向いた。


眼鏡は濡れ、その瞳には深い絶望の淵が広がっている。




「やぁ、葵ちゃんか。


……今の僕を笑ってくれ。人間が、いかに無力で、いかに滑稽な存在であるか。


……神は残酷だ」




「どうしたのよ、いつもと様子が全然違うじゃない!


いつもの高慢で、不遜で、私をゴミのように扱う態度はどこにいったのよ!!


そんな、悲劇の主人公みたいな顔


……箱山先生らしくないよ!!」




葵は箱山の肩を揺さぶる。




その指先には、彼が放つ冷え切った絶望が伝わってくる。




「……落ちたんだ」




「え……?」




「ルリルリ限定サマーナイトディナーショーの抽選。倍率40倍のチケット。


……落選した」




雨音が雷鳴と共に激しく響く。




箱山の瞳から、わずかに残っていた「人間としての理知的な光」が消え、深い泥沼のような執着だけが浮かび上がる。




「カノンさんと共にルリルリの歌声を聴き、同じテーブルでフルコースを嗜むという、僕の人生において唯一無二の最適解が……!


指先ひとつで『落選』という二文字に無慈悲に粉砕されたんだ……!!」




箱山の口から漏れたのは、壮絶なまでの「私欲」だった。




「……は?」




葵は数秒間、完全に硬直した。




肩を揺さぶっていた力を抜き、溜息とともに、冷え切った眼差しを箱山へ向ける。




「……くっだらね。帰るわ」




「待ってくれ、葵ちゃん! この悲劇の意味を、この喪失の深淵を——!」




「心配して損した。馬鹿みたい。……あんた、それだけのことで世界が終わったみたいな顔してたわけ? 今度、この精神的な苦痛の慰謝料として、高級ステーキでも奢りなさいよ。それか、その頭の神経、一度脳神経外科で精密検査してもらえば?」




葵は背を向け、冷たい雨の中へと歩き出す。




箱山は雨に打たれながら、


なおも当選結果の表示されたスマホ画面を雨から守るように抱きしめ、




泥のようにうずくまった。




【追記:地獄のデザート】




雨が止み、空が嘘のように晴れ渡った翌日のこと。




箱山は、昨日までの「悲劇の主人公」の面影など微塵も感じさせない、ただの「憔悴しきった敗北者」としてリビングの椅子に深く沈んでいた。


そこに、無神経な通知音が響く。カノンのSNSアカウントが更新されたのだ。




「……ッ!?カノンさんの……ストーリー……?」




画面には、煌びやかなディナーショー会場のテーブルが映し出されている。




そこには、極上のワイングラスを傾ける雪野カノンと、その隣でプロテインのシェイカーをまるでシャンパングラスのように扱う一条の姿。




「ルリルリ最高〜♡


一条くん、誘ってくれてありがと! このチケット、倍率40倍だったけど奇跡的に当たったのよね!」




「いやあ、これも日頃のタンパク質摂取のおかげかな。筋肉は運を呼び寄せるのさ!」




二人は仲良く、ルリルリのサイン入りプレートを突き合わせて笑っている。




箱山の手からスマホが滑り落ち、彼は近くにあった自分のハンカチを、もはや野生動物のようにギリギリと音を立てて噛み締めた。




「……あ、あ……あぁぁぁ……ッ!!なぜだ。


なぜ僕の、僕の計算された投資と、僕の溢れんばかりの情熱が、あの筋肉ダルマと、この金食い虫の二人には無効化されるんだ……!!」




ハンカチの繊維が千切れ、箱山の口元から悲痛な嗚咽が漏れる。




リビングの隅で、葵は冷めた目でスマホを見つめる。




「先生。口から繊維が出てるよ。あと、そのハンカチ噛みすぎてボロボロなんだけど」




「葵ちゃん。


この世には『神の采配』などというものは存在しない。あるのはただ、筋肉という名の暴君と、美貌という名の詐欺師による


……『確率論的な悪意』だけだッ!!」




「……うん、まあ、とりあえずそのボロボロのハンカチで鼻でも拭きなよ。


あと、今度会った時に一条くんが『ディナーショーのステーキはタンパク質の吸収率が最高だった』って言っても、絶対に物理攻撃を仕掛けちゃダメだよ?


先生のその細い腕じゃ、秒で返り討ちに遭うから」




箱山はハンカチを噛んだまま、白目を剥いて力なく椅子に崩れ落ちた。




彼の心の中で、長年積み上げてきた「論理的思考」の柱が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。




「……ステーキ……吸収率……。


くっ、僕には……僕には、ルリルリの残したパンくず一つすら……届かないのか……ッ!!」




(……本当に、見ていて飽きないくらい滑稽だわ。先生、ご愁傷さま)




葵はそんな先生の惨めな姿を、


まるで最高級の娯楽を見るような目で見下ろしながら、次の因数分解の問題へと鉛筆を走らせた。





平和で、残酷で、退屈な日常が、今日も淡々と続いていく。

この度は家庭教師コメディをお読みいただきありがとうございます!明日も12時10分に次話を更新します。

もし少しでも気に入っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!


なお、夜は20時10分に毎日更新している別作品で『告解者』という完全シリアスなサイコサスペンスも書いておりますので、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです★

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ