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毒舌家庭教師だけど、恋愛だけは完全に大赤字です―守銭奴、天使(仮)に貢ぐ―  作者: カナタ


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最終話:お帰り、先生(第一部・完)






退院後、久しぶりにリビングに現れた箱山は、以前の無機質で禁欲的な黒や紺の装いとは似ても似つかない、淡いパステルピンクのシャツを纏っていた。




「……あれ? 先生、退院おめでとう!


っていうかアレ?


先生ってそんな薄いピンク色したシャツなんて趣味だっけ?


しかもその胸元のフリル!!


……どう見ても地下アイドルのグッズよね?」




箱山はシャツの袖口を異様な手つきで撫で回し、虚ろな目を見開く。




「……はっ! 違う、これは……僕の意志ではない! Amazonのレコメンド機能が! 僕の購買履歴と、カノンさんへの愛を深層学習しすぎて、勝手にこの手が!! 勝手に……ポチッと!!」




箱山はシャツの襟を掴んで引き裂こうとするが、指先は震えるだけで、むしろ愛おしそうにフリルを整えてしまう。




「怖い! 先生、今すごく怖いよ! 『手』が勝手に動くって、それもう重度のルリイズム末期じゃない? てか、シャツの背中に『ルリルリ神』って刺繍されてる……」




葵が青ざめる。




「黙れ……!これは洗脳ではない、論理的な帰結だ。カノンさんが『ピンクが似合う男は誠実だ』と……その発言を統計的に分析した結果、僕の所有するシャツの9割がパステルカラーに染まるのが最適解だと弾き出されただけだ……!!」




箱山はそう言いながら、鞄から取り出した参考書の間に、大量のルリルリのチェキを「しおり」のように挟み込んでいる。




「あの、参考書の間に挟まってるの何? ……先生、数学教えてる時にそのチェキを凝視しながら『この光の加減がカノンさんの笑顔を想起させる』とか言い出さないよね?」




「……葵ちゃん。その懸念は、論理的に正当だ。だからこそ、今後は全ての数式をルリルリのダンスの振付に変換して指導する。


……さあ、因数分解を踊り狂う準備はいいか? 成功報酬はカノンさんのチェキ一枚だ。……あ、もちろん君の小遣い全額と引き換えだがね」




(……もうダメだ、この人。


完全に論理という名の皮を被った『ピンク色の破滅』と化してる)




葵は溜息を吐きながら、箱山の狂気を冷めた目で見つめる。




箱山の左手首には、


ルリルリのグッズとおぼしき安っぽいリストバンドが巻かれ、


そのシャツの胸ポケットには、カノンへの次なる献金先である「アイドルのライブ先行チケット」の予約画面が開かれたスマホが突き刺さっている。




「……さあ、始めるぞ。


今の君の理解力では、僕の『推し』への熱意に追いつくのに、最低でも3時間はかかるな」




箱山は、まるで聖職者が経典を扱うような手つきで、汚れた数学プリントを広げた。


そのピンクのシャツが、夕日を浴びて不気味なほど鮮やかにリビングを汚染していた。










ピンク色の悪夢から数週間。






リビングに現れた箱山は、以前の無機質で、冷徹で、そして清潔なモノトーンのコーディネートに戻っていた。フリルも、リストバンドも、ルリルリの刺繍も、すべてが消え失せている。




かつての、あの「冷酷で論理的で、そして少しだけ鼻につく」家庭教師がそこにいた。




「……あ。先生、戻った」




葵は参考書から顔を上げ、彼の姿をじっと見つめた。その表情には、皮肉も軽蔑もなく、ただ「やっと帰ってきた」という安堵が滲んでいた。




「……何を見ているんだ。


君のそのスカスカな脳みそで、僕の服装の微細な変化を分析する暇があるなら、少しは因数分解の解法でも反芻しておけ。


……全く、余計なノイズに脳を汚染されかけていたせいで、指導計画が大幅に狂ってしまった。取り戻すぞ、葵ちゃん」




箱山はいつも通りの冷徹な口調で、淡々と授業を再開する。その姿は以前と変わらず、少しだけ神経質で、傲慢で、そして何より「正常」だった。


葵はふう、と深く息を吐き、口角を少しだけ上げた。




「はいはい、分かったわよ。


……お帰り、先生」




箱山の狂気という名の「見世物」が終わったことに、誰よりも安堵していたのは他でもない葵だった。彼女は、この息苦しくも日常的な、殺伐とした時間が何よりも心地よかったのだ。




しかし、箱山が去り際にカバンから零れ落ちたチェキの端切れを、葵はわざと見て見ぬふりをして踏みつけた。




(……ま、壊れてないならいいか)




葵は内心でそう呟き、またいつものように、箱山の理屈っぽい解説を聞きながら、鉛筆を走らせ始めた。リビングにはまた、平和で退屈な日常が戻ってきた。








第一部完




この度は家庭教師コメディをお読みいただきありがとうございます!


※一応、本編はこれで第一部完結ということで一旦お開きですが、明日からは番外編等をお送りいたします。今日までお付き合いくださった慈悲深き皆様方に幸多からんことを願い続けております。


※思いついたら、第二部も、書くかもしれませんしまるでノータッチかもしれません。。悪しからず。

生温かい眼差しで見守っていただけますと幸いです。


さて、それは置いておいて、

明日も12時10分に次話を更新します。

もし少しでも気に入っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!


なお、夜は20時10分に毎日更新している別作品で『告解者』という完全シリアスなサイコサスペンスも書いておりますので、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです★

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