ギルド職員は酔って候の巻
スワルティアに呼ばれローランドは窮屈そうに椅子に座った。
体はデカいが堂々としてない、周りに気を遣う歩み、それはどうしても何か不格好に見えてしまう。
そして座るときも縮こまり、背中を丸める。
「背筋のばして、背の高い人は腰を痛めやすいから、何かとってほしいものある?」
そういいながら、上着の襟が立っているのを直すアンジェリカ、ローランドとしては結構こうやって世話を焼いてくれるのがとてもうれしい。
「あ、いや……大丈夫」
「空の樽かかなにかを椅子代わりに使わせてもらったほうがいいかしら……」
「いやいや、これがいいんじゃないのー」
「腰痛めたら、アンジェリカに治してもらいな、ひひひひ」
なんだかんだでちょっとうれしそうなローランドをスワルティアとカルダミネはニヤニヤししてからかう。
「は、はぁ」
「痛めないに越したことはないでしょ」
アンジェリカもローランドの思いに気づいていないわけではない、初見の評価は妙に巨大だったので何か得体の知れない人物という認識だったが、すぐに気は小さいが善良な人物であるとわかったし、今は結構かわいい人だと思っている、何より好意を寄せてくれているみたいだから意識してしまうところもある。
しかし、もしこれが勘違いだったとしたら、いい年して三人目の妹と同じくらいから一つ下の男性に好意を向けられていると思い込んで浮かれているとか、目も当てられないほど見苦しい状況、だからアンジェリカから踏み出すことはない。
「あーシオール君もいたんだ」酔っ払ったスワルティアは言う「アンジェリカのパーティの問題児」
わざとらしさはあるが明るく振る舞うつもりでちょっと軽口をたたいただけだが、アンジェリカのパーティという一言にシオールはあからさまに不機嫌な顔になった。
「リーダーはシオール君だし、最近あんまりトラブルを起こしてないでしょ」
「君ってリーダーらしいこと何やってるわけ? 面倒なことは全部アンジェリカがやってるじゃない」
「パーティを牽引しているのは彼、私は昔から誰かの掲げた目標に従ってきたほうだし、それに雑務は別にリーダーの仕事じゃないでしょ」
シオールは舌打ちした。
アンジェリカとしてはシオールを立てているつもりなのだが、アキレアはあからさまに自分を認めていないし、ローランドもアンジェリカの方針にいつも賛同する、アンジェリカが間に入ると自分の意見が満足に通らない、そんな状況でパーティを牽引していると言われても、白々しいだけだ。
「まー君の強さは過小評価されてるところはあるよね」
リーダーとしては論外だけどと思いつつ口にはしない、酔っぱらいなりに、状況を察して多少フォローする意思は残っているらしい。
少し細身だし背丈もあまり高くもない、だが立ち姿は堂々としていて実に剣客然としているし、一つのパーティを壊滅に追い込んだ魔物を孤剣にて討ち果たすジャイアントキリングも成し遂げている。
しかし問題を起こしがちで、どんなに馬鹿にされようとも馬鹿にされた分だけ馬鹿にするような幼稚な若者ということもあり、勘違いしているガキがアンジェリカに手綱を握られておとなしくなったと周囲に思われていて、強さ以外の部分の評価が軒並み最悪なので過小評価されている節がある。
「シオール君は戦闘者として優れた素質があるわ、駆け引きが上手いのよ」
「い、今は素手でも強いし……」
すぐに慢心する欠点はあるけど……と二人は思う。
初期は「剣を使えたら俺が勝っていた」と喚いていたが、今は喧嘩のやり方を覚えて徒手空拳でも戦える。それでも勘違いイキリ野郎という当初の評価は払拭できていないし、アキレアはシオールを愚物と軽蔑している、ただ二人はアキレアが思っている程馬鹿ではないと思っている……異常なプライドの高さゆえに自分の興味のないことは不要と見做し軽んじる悪癖があるだけで。
「でもさぁ今時暴力だけでのし上がれる思ってるのは冒険者だけだぞー」
「ああごめんね、スワルティアいま酔っ払っちゃってるから……」
カルダミネはスワルティアに代わって謝罪する。
「だって事実だしー」
「おまえらが俺たちをナメてるだけだろ」
えっなんでそういう発想になるの? とこの場にいた全員が思った。
「残念ーギルドの方針じゃなくて世界の風潮でーっす……まぁギルドはクソって気持ちはわかるよ……こないだも、拾得物を横領したのがクビになったし」
「えー……」
「うーわ」
けっこうあることらしく、今回はやけにダンジョン由来のアクセサリーを大量に持っていることで発覚した、言い訳として「貢いでくる冒険者がいる」だったがすぐに調べが入り横領が昭感あった。
確かに女性職員に貢冒険者は結構いるが、勘違いされて刃傷沙汰になっても困るので断るのが鉄則だし、その横領した職員もよく「底辺に勘違いされるの怖い」と言ってた。
「ソイツは弁護不可能なクズだけど、ギルド職員もさ、大抵の場合あんたらの無礼者っぷりにウンザリしてんの、みんながカルダミネやアンジェリカみたいだったらギルド職員のクズムーブも減ると思う、わかる?」
「あ、はい……申し訳ない」
目が据わっているスワルティアにローランドは困惑して目をそらす。
アンジェリカとカルダミネは、そうかな……と思っているが口にはしない。
「どれだけ強かろうと、どれだけ有能だろうと、与太者しぐさで接してくる冒険者は迷惑なの」
「ちょっと酔っぱらいすぎだって」
「酔っ払ってるのは認める……でもね」
カルダミネが水を差し出すと、スワルティア一気に飲んだ。
「この問題とそれは関係ない! あたしらもさ、冒険者の福利厚生とかもっとしっかりやるべきだと思ってんの! 衣食足りて礼節を知るっていうし」
「急にどうした」
「ちょっと話が飛んでるって……」
シオールも福利厚生だとか、そういったものに興味はない。
「でもさぁ、年金や保険を導入したいって言ったら真っ先に反対するのが底辺与太者、強い奴が偉いって価値観だから、老いぼれや怪我したザコの為になんで俺たちが金を出さなきゃならん! ってね、社会福祉も理解できないから底辺で与太者なのよ、いつまでたっても!」
「す、すみません……」何故かローランドが謝罪する。
「病気や怪我で困るのはおまえらじゃん! おまえらだって歳をとるんだよ!」
「お、おっしゃる通りです」
「怪我はヒーラーいるし」と言いかけたシオールの口をローランドが慌ててふさぐ。
ヒーラーがパーティにいるから自分が負傷し剣を振るえない状況など考えないし、年老いて衰える未来も考えない、要するに想像力が欠如しているのだろう。
「元気が良いときは負け犬にかける情けははないって反対してた輩が、体が衰えてきたらギルドは俺らを使い捨てにしてるとか被害者ぶるし!」
シオールも歳をとって衰え切り捨てられた冒険者の存在自体は知っているが、自分がそうなる実感がわかないし、若い頃というのはそういうものかもしれない。彼の場合、そんなの自己責任だと思っているし、自分はそうならないと何故か思っているが、そのことを言おうものなら、そこの女達が訳の分からないことを言い出しそうで面倒だったが……何か言ってやりたい気持ちが頭をもたげてくる。
「大体いまだに腕っ節で成り上がれるみたいな認識がそもそもズレてるのよ、そんな奴に未来なんてあるはずがない」
「はっ、たかがギルド職員が何かをなせるのか?」
「だからギルドでも冒険者皆保険と年金積立をやりりたいって言ってるじゃん、別にあんたらのためというより、こっちの精神衛生上の問題だけど」
「はーん、それで? たかがギルド職員が貴族にでもなれるのか?」
「お、おい……」
ローランドの手を振り払いふくれっ面のシオールの言葉に一同は首を傾げた。
「ちょっとなんでそんな話になるのかわからない」そう言いつつ、スワルティアは意地悪な笑みを浮かべる。
「あー君は冒険者らしく一発逆転、成りあがることを夢見てるからほかの人間もみんな成り上がりを夢見てるって思いこんでるわけ」
「夢? 達成すべき目標を定めているだけだが」
「達成する目標って例えば何?」
「功績を上げ叙爵することだな」
「どういう功績を上げたら叙爵できるの?」とは訊かない程度の情けは皆持っている、そんなの分かるはずがないし、多かれ少なかれ冒険者の目的は基本ふわふわしたものなのだ。そのほとんどは一発当てて成り上がるであるし、どう一発当てるかなんてわからない。アンジェリカは成り上がり願望すら希薄だったものだから、なおさら何か目標があったわけではなく、なんとなくこのままな流されるまま生きるのは面白くないな、という若さゆえの勢いで冒険者になり今に至っている。
アンジェリカが寛大なのも、結局のところ自分も人にどうこう言えるほど立派な生き方はしていないという認識故である。
「……正直だねぇ、他の貴族の子息なら、縛られず自由に生きたいからとか、探究心がどうのこうのだとか、まぁ~見え透いた嘘つくもんなんだけど」
シオールは何が言いたいかわからないといった顔で見ている。
何者にもなれない暴力的な次男坊以下を体よく放逐する手段として冒険者に仕立てるという現実がある、そんな現実はとてもダサいので自由や探究心という言い訳をするのが一般的な貴族出身の冒険者であるのだが、シオールは基本的に他人に無関心なのだ。
「だいたい、貴族の子息ならさ、官吏とか軍人とか、権力に近い職業についたほうが成り上がれるんじゃないの?」
抜き身すぎる……と、ローランドは思った。
「スワルティア……飲み過ぎ」
「うっさいわねぇ……あんたたちさーいっつもちょっとしか飲まないよね」
「あんまりお酒は得意じゃないし」
「私も」
カルダミネも若い子に意地悪してやるなよと、思っている。
「……軍人で出世したところで知れている、ギルドに飼われて満足している酔っ払いの平民にはわからんだろうが」
「ふぅーん」スワルティアは小馬鹿にした笑みを向ける「で、成り上がって何したいの? 政治に一枚噛んで富と権力でも得たいわけ? ん?」
実のところ成り上がって馬鹿にしてきた奴らを見返してやる以上の目的がないのだが、シオールはそんな本音を口にしたら嗤われそうだから言いたくない。
もっとも冒険者においてそのレベルの目的が普通なのだから今更笑われたりもしないのだが。
「べ、別にあんたにはわからんよ……大体権力なんて面倒なだけだ、飲んだくれてる年増のギルド職員にはわからんだろうが」
「あんたも大勢の底辺与太者みたく、何も成し遂げられず、ろくに成長しないまま歳だけとってくのよ」
「は? 男は歳をとった分だけ深みが出るんだよ」
精一杯の口から出任せであるが……中年冒険者の中にはそんなことを口にする奴がいるのだ、なお普段のシールはそんな人間を「無能な老害」と嗤っている。
このままでは、やりこめられるとになりそうだ、スワルティアの掌の上で踊るシオールを見るのは忍びない。
「ま、まぁ……シオール君は権謀術数なんて向いてないとは思う……勿論良い意味で」
アンジェリカの言葉にローランドも首を何度も縦に振って同意する、話題を変えたいがローランドは口下手であった。
カルダミネは教養もない典型的貴族の馬鹿ボンに力を持たせるとか最悪のパターンだもんなぁと、納得する……表立って口にはしなくてもそういったものはにじみ出るもので、シオールだけではなく冒険者が面子に拘るのも結局、見下れている存在という自覚故、ならばそれをどうして責めることができよう。
「まぁ……君は絶対無理だよね、いろんな意味で」
「俺を馬鹿にしてるのか?」
「いやいや、そんな世界で立ち回れる奴は異常者よ、なんだっけ? ほら、何とかって侯爵が最近失脚したじゃん、相当曲者だって話だったのに」
「コニファー候?」話題が上手く逸れてくれたので、アンジェリカは話に乗っかる。
「そーコニファー候! なんか外国のスパイと通じてたんだっけ、それから聖女がらみでも不正とか、芋づる式に妙な話が出るわ出るわで……どこまでホントがわかんないけど」
「これを機会にあることないこと言って潰す流れとかありそうよね……」
かつて所属していたパーティの元宮廷魔術師バーベナは、相手もろくでなしとはいえ、冤罪をおっかぶせるために証拠をでっち上げるのは心がすり減るなど、酔うとその手の謀略渦巻く世界の話をよくこぼしていた、それも氷山の一角なのだろう。
「でさ……ここだけの話」
ここだけの話とは漏れるためにあるものだ。
「コニファー候が推してた聖女候補の子とそのお付きがウチに登録に来たんだけど……そんな人が底辺与太者の仲間入りなんて世知辛いよねぇ」
「ちょっとそういう話は」とカルダミネはスワルティアを窘める「妙なことにっなたらどうすんの?」
「実力もあって信頼できる仲間がほしいってさ、あんたとアキレアちゃんなんていいよねぇ、あとあんたもデカいけど、いいやつっぽいし! あはははは」
「あ、どうも……」
「聖女候補だと」信頼できない奴とみなされているシオールは前のめりだ「その話は本当なのか?」
「……何、知り合いかなにか?」
「どうだろうな」
「聖女の回復魔法は奇跡みたいなレベルなんでしょ? 三年遅いのよ……ホントに」
「この話はおしまい、いいね?」とカルダミネは話を強引に打ち切る、政治的に面倒な話というだけではない。
聖女の力は神の恩寵という触れ込みで、神器を用い交戦中の兵士数百人の傷や疲労を一度に癒やすほどであるという。
まず帝国の基本戦略として、相手国の中で現体制に不満を持つ集団を支援してクーデーターを起こさせ政府を転覆、併合し属州或いは傀儡政権を立て属国化させてゆくというやり方だが、内戦に介入するうえで聖女の神の恩寵は多少の劣勢ならばあっという間にひっくり返し、兵士が足りなければ帝国から「義勇兵」の名目で兵士を送り込み加勢する、圧政に立ち向かうレジスタンスを奇跡で勝利に導く聖女と義勇兵というナラティヴは、侵略行為を「聖戦」と正当化するには十分すぎるものだ。
その後、単純に立場がよくなった者もいれば、虐げる者と虐げられる者が逆転したり、もともと虐げられていた者の立場がさらに悪化することも少なくなく、多くの難民を生み、彼らを労働者や冒険者として安く使う流れも出来上がり、帝国そのものはこうして巨大化したのである、もっともそのツケを払うときが近づいてきてもいるのだが。
そして、帝国が敵を潰すため育てたテロリストが帝国の敵になたり、逆に帝国内には侵略した土地に対しあの国は本来帝国のものであり、それを聖戦により不法占拠者より奪回したのだと主張する輩など、国内外から先鋭化した集団が現れさらならる混乱が引き起こされる結果となっている。
兎角、兎角帝国の拡大に大きく関与した聖女を恨んでいる冒険者は当然いることだろう、戦争に加担などしていない候補生であっても、憎悪を向けるには十分な相手足りえる可能性はある。
シオールは思っていた以上に早く優秀なヒーラーが見つかったことに心を躍らせ、当然見知らぬ人物なのだが、もう元聖女候補が自分のパーティに入ることが彼の中では決定しており、やはりこれは運命が自分を導いているのだと確信する。
シオールの認識は最強のメンバーを集めれば最強のパーティが完成しすべてが上手くいくという、いささか頭の悪いものだ。そしてその最強パーティを引っ提げて、馬鹿にしてきたやつらにざまぁと言ってやることが、彼の心が強く望んでいることだった。
来るべき時が随分早く来てしまったのかもしれない、まだ元聖女がパーティに加わると決まったわけではないが……シオールは何故か物怖じせずノリと勢いでやってしまう、見た目は悪くないし剣の腕も一流、その自信に満ちた態度も初見ならば何かをやりそうな男に見えることもあり、結構そういう男に惹かれて不幸になる若い娘は多いのだ。
とにかく……その時がきたらスムーズに引き継ぎが出来るようにしておかなければならないとアンジェリカは考える。
特にアキレアのこと、冒険者は思っているほどひどいものじゃないと教えたくて顔見知りと結構会わせたりもしたがあまり心は開かず、アンジェリカにしがみつくだけ、アキレアを任せられる人でなければ困る。
ローランドは最近シオールがアンジェリカに対して辛辣であることが気になっていたし、チャンス到来に浮かれている彼に何か言いたげな眼差しを向けていたが、彼がそんなことに気を払う筈もないのである。




