恋は恋は恋の巻
ローランドはアンジェリカに思いを寄せているが、どうすればいいかわからないから当然進展はない。
今日はアンジェリカと親しいギルド職員のスワルティアが第七砦に出張に来ているし、酒場にいるのではないかと期待する、できればスワルティアが仲を取り持ってくれたりなんかしたらとあり得ない願望を抱きつつも、そういう自分を情けなく思う。
シオールは……寝てるよな?
それでも、ローランド自身はシオールを友達だと思っているのだが、シオールが自分を友達だと思っていてくれているかちょっと自信はない、友情を感じてくれてるのかな? と思うときもあれば、ただの気まぐれなのかと思うことも多い、大体無神経だしシオールの性格は概ね困った要素の塊だが、そこまで悪い奴でもないと思っている。
貴族の次男坊という親からは何も受け継ぐ事が出来ない立場故に飢えていて積極性が高く、そして何故か根拠のない自信に満ちていて断定口調で話すところも色々と勘弁してほしいと思う反面、優柔不断で人付き合いが苦手なローランドから見てそこが時に頼れる存在に感じられることもある。
ただやっぱり人の話は聞かないし、何でも自分勝手に決める悪癖、それがリーダーシップだと考えている節があるし、基本的に相談相手には向いてない、特に悪気なさそうなのだがナチュラルに心ないことをいう性格だし、こういう時は本当にかかわってほしくない。
彼が眠っていることを確認し、ローランドは部屋を出ようと立ち上がった。
「どこへ行く?」
ローランドは体をびくりとさせた。
「いや、酒場に……」
「飲めないのにか?」
「いやぁ……その……つまみは、美味い」
「俺も行く、小腹空いたし」
「ええ……」
「なんだよ、何か不満か?」
うわぁ……嫌だなぁと思いつつも、ローランドは何も言えない、彼はそういう男だ。
「いや、その」
「アンジェリカがギルド職員と飲んでるのを期待してるんだな?」
「えっ! いや……そういうわけじゃ」
シオールが自分のアンジェリカへの思いに気づいていることがローランドには意外だった、あの無神経さは他者への関心の薄さに起因するものだろうからだ。
アンジェリカはたまにギルド職員やほかのパーティの女と酒場にいて、それをローランドは期待しているということは、シオールの目から見てもわかることだった。
相棒と言うべきローランドがそのうちパーティを抜けて貰う予定の女に気があるのは結構困る……さてどうしたものか。
ま、二年間同じパーティにいて、何も進展もないし大丈夫だろ
シオールはそう考える、基本的にはポジティヴというべきか、自分に都合がいいように物事を解釈する男である。
ローランドの期待は的中、アンジェリカはギルド職員と、他のパーティの雑用係と話し込んでいる。
その間に入り込むことなど当然出来ず、ただ微妙なところに座って気づいて話しかけてくれるのと待つしかない……シオールが持ち前の無神経さでアンジェリカに話しかけてくれることを期待したりもしているが、その気はないらしく、ローランドはため息をつく。
もう少しわかりやすいところに座ればよかった……
シオールも何もできない意気地なしのローランドに呆れているが、今距離をちぢめられても困るのだ。アンジェリカにもっと力があればと思わずにはいられない、もっと有能なヒーラーだったならば、間を取り持つことだってやぶさかではないと思いるのだが。
じゃなきゃせめて……もっと有能な女を好きになってたらなぁ……と、シオールはため息をつく。
アンジェリカは酒をあまり飲まないが酒場には顔を出す、情報収集もあるが顔見知りが同じ砦にいるときはその愚痴や嘆きも聞く、そして今日はギルド職員スワルティアとはお互い憎からず思いあっていた男の三回忌、ヒーラーの仕事には心を癒やすことも含まれているのだろう。
「でもあんたがもっと力のあるヒーラーだったらって……」
「アンジェリカは精一杯やってくれたでしょ」
カルダミネは飲んだくれているスワルティアを窘める。
お互い憎からず思っていた相手にに死なれて三年、スワルティアは酔えば同じ話を何度も繰り返す。
いい加減、死んだ男の影を追うのはやめると言いながら、何だかんだ理由をつけて彼の墓がある第七砦にやってくる。
「わかってる……あんな状態から治せるヒーラーなんて殆どいないことくらい……でも……」
冒険者がギルドの女性職員に好意を抱くことは珍しくもないが、冒険者の大半は貧乏な底辺与太者であるから逆は殆どない……が、世の中には何事も例外があるものだ。そこいらの男よりも腕っ節の強い女はいるし、魔法をある程度なら使える男もいる、底辺与太者と十把一絡げされている冒険者の中にもそれらとは一線を画す人物はいる、であれば色恋なんて結局のところ理屈ではないのだから、冒険者の好意に心がときめいてしまったギルド職員だって当然いるのだ。
スワルティアは都市部の中流家庭で育ち、町役場にでも勤めたかったのに冒険者ギルドの職員になってしまった。文字通り底辺与太者共を管理している組合で、健全とは言い難い面も多数ある組織である。
与太者とお役所仕事の狭間でスワルティアは人生なんてそんなものだと、醒めた眼差しを剥けるようになった。
ギルド職員になって四年目の春、ある冒険者に思いを告げられた。何度か接したことはあったが名前までは覚えていなかったその男ドウダンは笑ってしまうくらい震えていてコチコチに緊張した面持ちでスワルティアことが好きだと告げた、冒険者だけではなく、周囲のギルドの職員にもそんな男なんていなかったものだったから、思わず笑ってしまったがスワルティアの心は震え、そして人生って案外奇妙で素敵なのかもしれないと、その時本気で思ったのだ。
とはいえ、相手は底辺与太者であるし、一時の気の迷いであると考えて返答は保留、それでも辛抱強くドウダンは好意を見せつつ親交を深めていった。
ドウダンは小柄な男で自称「K.T.B(清く正しい冒険者)」というお調子者、単純な実力でいえばひいき目に見ても中の下といったところ、パーティに加入する前は日雇い労働やアコーディオンを弾いて小銭を稼いでいた。武器は投石紐や、長い棒の先に釘を打ち込んだ棍棒を金属の輪でつないだフレイル、戦闘が得意なわけでもなければ、荷物持ちや雑用係をが出来たわけでもなく、まして魔法や不思議な力で支援などということもできるわけがない、ただ冗句が好きで気のいい人好きのする性格で、彼がいると場が和み、それでなんとなくうまく回る、そんな男だ。
周囲からはそれなりに実力のあるパーティに彼がいることに首を傾げていたが、リーダーやカルダミネは彼の重要性を理解していたし、スワルティアはそれがなんだかとても嬉しかった。
冒険者になってからもドウダンは酒場へゆけばアコーディオンを弾いた、そして客の中にいるスワルティアをいつも探し、見つけたら彼女の故郷のメロディを捧げる。
スワルティアもなんだかんだと理由をつけて、彼のいるパーティが滞在している砦に出張させてもらったりもする。
ふたりはどう見ても相思相愛だったのだが、お互い一歩踏み出せずにいる、カルダミネはさっさと一緒になればいいのにと、ふたりをよくからかったりもしていたし、アンジェリカも微笑ましく見ていた。
「危険な仕事をする時、好きな女のことや今後の展望の話をすると死ぬってよく言うよね」
彼はよくそんなことを言っていた、冒険者は危険な商売だから験担ぎはするし、危険な仕事をするときほど恐怖から目をそらすため人はそんな話をしたくなるものだが、そんな話をすれば死ぬというジンクスもあるから、冒険者はそういった話をしたがらない、だからあの日に限ってドウダンが何故あそこまで積極的だったのか、当時はわからなかった。
美しい角を持った鱗だらけの魔物を狙う一行、彼らはこの手の生物には珍しい一夫一妻型の生き物で、まずは所定の場所に雌を追いつめて逃げられなくしたところで、助けに来た雄を仕留めるという算段だったが、雌はまんまと逃げおおせようとしていた。
「ドウダン! 今回はあきらめよう! 前に出すぎるな!」
「いや、何とでもなるはずだ! コイツを逃げられなくすれば!」
ドウダンは雌の魔物の脚を狙い、投石紐で石をぶつける。
「奴さんはカミさんを絶対に見捨てない、死に物狂いで守りに来るはずだ、そこを仕留めてよ!」
ドウダンはさらにフレイルで思いっきり脚を叩き、番の魔物の片割れを負傷させ、雌の悲鳴と雄の怒り狂う声が響く。雄の勢いは予想以上で、槍で突こうにも高く跳躍しこちらの攻撃をかわし突進してきたのだ。
「やばいぞ!」
「ドウダン逃げて!」
身構えている時には死神は来ないと言えるのはよほどの戦士だからで、普通はどれだけジンクスを避け、ゲン担ぎをしても、来るときはくるのだ。
「あっ」
「ドウダン!」
怒り狂った連れ合いに腹を角で突き刺し放り投げられるときに裂けてしまった腹から腸をぶちまけるという悲惨な状況で地面に転がる、その衝撃で体の骨がいくつも折れたことが見て取れた。
仲間の魔女が霧の魔法を使い、リーダーはもう助からないドウダンを背負い撤退する。
魔物は追ってこなかった、当然、負傷した愛する者を守ることを優先したためだ。
アンジェリカの回復魔法では助けられない深手だったが、不幸なことに即死ではなく少しの間息があり、泣きながら寒い寒いと、スワルティアを呼びながら死んでいった。
後になって仲間たちが思うのは、ドウダンがあれだけ積極的だったのは、スワルティアとの将来を考えて焦っていたのだろうということだ、彼は自分は強くないし大した力もないことを気にもしていないようなそぶりだったが、本当はやはり気にしていたのだろうということは仲間たちもなんとなくわかっていたことだ。
「僕だってやるときはやるんだよ」なんて、手柄を引っ提げてスワルティアにプロポーズをしたかったのではないか。
兎角、愛する女の面影を胸に抱いて戦った男は、愛する女を守るらんとした男に殺されたのだ。
助っ人ヒーラーをやっていたアンジェリカは冒険者の死を何度か見てきた、美しい死、勇ましい死などはなく、皆淋しく死んでゆく、それは人間も魔物も変わらないと思っている。
そして、シオールの言うとおり、戦闘中に遠隔で回復魔法をかけることが出来たならば、救えた命もあったであろうということは間違いない。
もし、自分のパーティで何かあったとき、真っ先に死ぬのは……多分、ローランドだ。彼は心優しく不器用、人は臆病だとかヘタレだというが、それでも逃げずに立ち向かう彼を勇気のある人間とアンジェリカは評価している。
ローランドはつまみを食べながら、チラチラとずっとアンジェリカのほうを伺っている。じれったいなコイツ……シオールはいつもそう思っているが、特に何かアクションを起こしたことはない。
「よく食うな……」
「ああ、うん……」
アキレアのお守りが出来るのはアンジェリカだけだし、新しくヒーラーを入れるにしてもヒーラーもやれる雑用係と考えたら、案外悪くないかもしれない……報酬は五等分になるが……
「お前の妻になる女は大変だなぁ、ホント」
その言葉にローランドは水を吹いた。
シオールは合理的で無駄なことが嫌いな人間という自己評価だし、友達がどうとかなんて気恥ずかしいことなど絶対に言いたくないのだが、ローランドがアンジェリカに思いを寄せている姿を見せられると、アンジェリカを切らない理由を探すのだから彼なりに友情は感じているのだ。
ただ、それも今はそういう気分なだけで、常に一貫してそんな気持ちであるならば、アンジェリカをパーティから外したいとは思わないだろう。
スワルティアもいつまでも男の死を嘆き続けていたいわけではない、あんないい人いやしないとか、もっと素直になっていたら……なんて、どこまでも続けられる気もするし、ただ同じ話を繰り返してる気もするから、聞いてくれている二人もウンザリしているだろうとも思うから別の話題を探していたところ、丁度良いデカブツが目に付いた。
「あ、あのデカいの、アンタのパーティのでっかいのじゃない?」
「あら、ほんと、おーいローランドくーん」
笑顔で小さく手を振るアンジェリカと目が合ったローランドは、慌てて笑顔で手を少し上げた。
スワルティアは二人に手招きする。
「ほらデカいの! 好きなの飲んでいいよ!」
「いえ、自分は酒……苦手なので」
カッコつけて初めて酒を飲み咽せてしまったことがあった、アンジェリカはそれを微笑ましく見ていたのだが、ローランドとしては好きな女の前でカッコ悪いところを見せた恥ずかしい思い出である。




