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アキレア力を示すの巻

 パーティに入って間もない、今のように愚物呼ばわりはせず「シオールさん」と呼んでいた頃、ゴブリン掃討作戦に参加したことがあった。


 当時からシオールとは反りが合わず、討伐隊に参加すること自体乗り気ではなかったが、当時のアキレアはその危険な力を隠していたし、シオールはとしてもなんでこんなガキの面倒を見なきゃいけないかわからないといった目で見ていたのだから発言権はない。


 ゴブリンのコロニーは規模が大きく、襲撃を避けて先の砦へ行くには大きく迂回しなければならなかった。

 そこで複数のパーティによって構成された討伐隊が結成されたが、ゴブリンは数と巧みなゲリラ戦で確実にこちらを追い詰めてゆく。

 ゲリラ戦の恐ろしさは、仕掛ける側は潜伏しつつ、気まぐれに襲撃と撤退繰り返すだけでいいが、仕掛けられる側はいつ襲われるかわからない恐怖で心をすり減らしてゆく点にある。


 討伐隊はコロニーに近づけず攻めあぐねており、ヒーラー達も負傷者の治療に追われて疲弊している、ようやく撤退を選択したが……やれ「もっと早く撤退すべきだと言ったのに」だの「そんな腰抜けがいるせいで失敗した」とか、冒険者たちは言い争っている。


「愚物どもめ……」アキレアは小さく呟く。


 だいたい、元々ゴブリンの縄張りなのに手前勝手な理由で攻め込むなんてただの侵略者じゃないか……

 冒険者には戦争難民だっているだろうに……なんで平気で侵略行為に加担できるんだ?

 こいつら、やっぱり死んだほうがいいんじゃないか?


 ああでも、嫌いじゃない人もいるから、そっちは死んで欲しくはない……なんて考えていたらゴブリン達が襲撃、いや消耗した侵略者共を討伐しにやってきたのだ。


 お望み通り底辺与太者共が鏖(みなごろし)にされそうな事態の到来だが、さっきまでこいつらみんな死ねばいいのにと思っていたアキレアは負傷し悲鳴を上げる底辺与太者たちに酷く動揺する、そしてアキレアがどう思ってようと、ゴブリンからすれば侵略者の一人に過ぎず、怒れるゴブリンたちの凶暴さにも恐怖した。


 どうしよう、このままじゃみんな死んじゃう……


 でも、自分ならこの状況を多分どうにか出来る……と冷静さを欠いたまま思い直す、迷っている暇はない、風の魔法で自らを吹き飛ばし空へ飛ぶ。

「あっ、このガキ! 自分だけ逃げる気か!」そう言ったのがシオールだったのか、他の冒険者だったのかはわからない。


 上空から森林地帯を見下ろし、冷静ではない頭で出した結論は、焦華の使用だった。

 焦華とは爆裂する火球の熱波と爆風で周囲を焼き焦がし破壊するが、火炎が残らないため火災や燃焼による酸欠も引き起こさない、高い威力の割には使い勝手の良い魔法だ。


「焦華」


 アキレアはまずは冒険者たちのキャンプに向かってくる増援部隊に火球を叩き込む、それから向こうに見える集落のようなゴブリンのコロニーにもう一発、我に返りやっぱりやめようと躊躇ったため、やや威力は落ちたもののコロニーに大打撃を与えるには十分だった。

 最初は近く、次に遠くで響く爆音、異常に気づいたゴブリン達は撤退した。


 スカートを抑えつつ、風の魔法で着陸の衝撃を相殺するアキレアを見た負傷した冒険者は「ちびっ子……がやったのか?」と問うと、無言で頷いた。


「そういうことできるなら、先にやってくれよ……」

「うっさいな……命があるだけ有り難いと思え、あたしは侵略行為に加担ななんてしたくなかった」


 冷静を装うが、とんでもないことをしてしまった自覚に震えが止まらない、状況を察したシオールが近づいてくる。


「お前……何かやったのか?」

「この子はすごいぞ……空を飛び、大量のゴブリンを一瞬で始末したみたいだ、そうなんだろう?」


 アキレアは上手く言葉にできないし、したくなかった。


「マジか」とほかの冒険者たちもざわめく。


「そんなこと出来るんなら先にやれよ!」

「だから……! 喜々として侵略する趣味はないと言っている!」


 ゴブリン軍団の撤退、そして最強魔女の登場により、厭戦ムードだった冒険者たちの士気が一気に跳ね上がる。


「今なら勝てるぞ……!」討伐隊のリーダー格の男が希望に満ちた声で叫ぶ「ヒーラー全員、急いで負傷者を治療してくれ! すぐにだ!」


 さっきまでの弱気な態度、責任のなすりつけあいはどこへやら、冒険者達は体勢を立て直し「これ以上はやめろ」というアキレアの言葉を聞かず、ゴブリンのコロニーがあると推測される方向へ向かう。


 嫌な感じがした。

 生物は基本的に他の生物を脅かし、命を奪わなければ生きてはいけない、それをある教えでは業と呼び、また別の教えでは原罪とでもいうのだろう。

 だが……これは生き物としてやまれぬ行為ではなく、不要な殺戮なのではないか?


 どうしよう……とんでもないことをやっちゃった……


 しかし……自分のやってしまったことから目を逸らしていいのだろうか? 重い足取りで、彼らについてゆく。

 生き物が焦げた臭い……ゴブリンの追撃部隊の悲惨な死に様を見ないよう、アキレアはアンジェリカにしがみつく。


 もっと他に方法はなかったの? いやいやいや……!

 仕方がなかったんだ、こうしなきゃ全滅してた……くそっ、底辺与太者の侵略に加担したから……!


「アッちゃん、無理しないで……」

「……あたしがやったこと、見届ける義務がある」


 もう限界だったが、妙な生真面目さ故に逃げなかった、いや……逃げられなかっただけなのかもしれない。

 巨大な集落は壊滅状態だった、焼け焦げた嫌な臭い、黒焦げのものや、爆散した家や土砂でつぶされり、飛び散った破片で、ズタズタになったりバラバラになった大量のゴブリンだったものが散らばっており、生存しているゴブリン達の嘆き苦しむ声が聞こえる。


「まだ、これだけいるのか……」

「なんて奴らだ……」


 冒険者たちは強烈な魔法のあとが生々しいこの場にあって、まだゴブリンが多数いることに驚愕している。

 戦闘に参加していた個体だけではない、ぐったりした子供を抱いて狼狽する母親や、半分吹き飛んだ母親に縋る子供もいた。


「む、惨い……」とローランドは思わず口にしたが、愕然とするアキレアの様子に気づき目をそらす。

 アキレアは自身の行為に恐怖し、その惨状に耐えられず泣きながら嘔吐した。


 ひどい……こんなの人間のすることじゃない……


 住処を破壊され沢山の仲間を失い、さらに侵略者の襲撃に狼狽えるゴブリン達、冒険者達は生き残ったゴブリン達の掃討を開始する。


「ローランド! 俺たちもいくぞ!」

「えっ……?」

「ゴブリン討伐だ!」


「もうやめ……て」泣きながら嘔吐するアキレアを背中をアンジェリカはさすっている、彼女も冒険者を静止しようとするが当然聞くはずもなかった。


「い……いや、おれはアンジェリカたちを守らないと」


 ローランドもこの殺戮に加担することを拒絶している、シオールは「もういいい、俺だけでやる」と、剣を抜いて駆けていった。


 彼らの視点では邪悪なるゴブリン達を討伐する勇敢な冒険者たちという勇ましい絵だったことだろう、アキレアはゴブリンを討伐……虐殺する冒険者達を直視も耳をふさぐことも出来ず、ただ泣きながら嘔吐するしかなかった。


 血に飢えたならず者共め……悪魔とはきさまらのことをいう……


 自身の罪状に耐え切れないアキレアはこんな戦いに参加させたシオールを、冒険者を憎むしかなかったが、当の冒険者たちは討伐が終わり大きな仕事をやり遂げ晴れやかな顔をしていた。


「よくやったな」


 シオールは落ち込んでいるアキレアの頭を撫でて言った、激しい嫌悪感がアキレアを襲う。

 そしてゴブリン討伐最大の功労者であるアキレアを讃える冒険者達、アキレアは怒りのあまりシオールの手を杖で思いっきりぶっ叩くと冒険者たちから笑いが巻きおこる。


「いって! 何をする!」


「ぎゃははは!」「テメーなんで上から目線なんだよ」「チョーシくれてんじゃねーぞコラ」と冒険者達はシオールを煽った。


「黙れ!」


 アキレアの怒りに、底辺与太者たちの笑いが止んだ。


「あ、あたしも! おまえらもゴブリンに殺されればよかったんだーっ!」


 そう吐き捨てて去って行くアキレアを仲間達は追いかける。

 今回の英雄、形成を一気に逆転させた勝利の女神が何故そんなに不機嫌なのか多くの冒険者達は理解出来ず、ただ困惑するしかなかった。


 冒険者は食い詰め者である、実のところ戦争難民出身故にかこの殺戮への参加を拒み、過去の自分たちとゴブリン達を重ねて暗澹たる気持ちになっていた冒険者もそれなりにいたのだが、底辺与太者たちの「英雄的行為」と晴れ晴れとしや様子に覆い隠されてしまい、アキレアには見えていなかった。


 アキレアはしばらく寝込んだ、恐怖と自己嫌悪と罪悪感、様々な感情が入り交じって、食事も喉に通らない日が続く。


「先生達に連絡する?」


 アキレアは首を振る「自分の傷口くらい自分で舐めるよ」なんて強がってみせるが、自分がこんなことをしたことや、それで心がグチャグチャになっている事を知ったらきっとすごく悲しむ。


 問題の解決において、合理的な解決手段を提示することはしばしば無意味である、何故ならば大抵はそんなことは言われなくてもわかっていて、出来れば苦労しない、そんなことをしたり顔で語るなと、いらだちを覚えるパターンが多いからだ。

 そんな心持ちを抱えている時に必要なのは傍にいて話を聞き、寄り添ってくれることなのだろう。


「アンジェさん……あたし、怖いよ……こんなひどい……怖いことまたやっちゃったらどうしよう……」


 アンジェリカは何も言わずただアキレアを抱きしめる、傍でただ後悔や怒り、呪詛の言葉を聞き、長い時間胸に抱き、時には乳房を吸わせたこともあった。アンジェリカ自身、以前からアキレアとじゃれあうえば多幸感を感じるくらいには溺愛していたとはいえ、抵抗感なくそこまでできてしまった自分に驚いていたが、これでアキレアの精神は快方に向かってゆく。


「転んでも立ち上がり、取り返しの付かん過ちも背負って坂道を登る……そうやって魔女の年輪は刻まれてくんじゃぁーっ……」


 本当は立ち上がってなどいない、割り切れてもいない、だけど立ち直った顔をすることに決められるくらいには、良くはなっていたが……PTSDというやつなのだろう。今でもゴブリンの虐殺は夢に出るし、もともと安定しているとは言い難かった情緒がさらに不安定になった、いきなりキレるようになったのもこの頃からで、アンジェリカに甘える頻度も格段に増えた。


 底辺与太者共からここに生きる者たちを守れば罪は精算されるだろうか、冒険者が血に飢えた底辺与太者であるかぎり、こういった侵略が終わることはないだろう。そのことは一応わかっているのが、それならばどうしたらいいのか皆目見当が付かない、知れば知る程冒険者は底辺与太者……冒険者ってガラは悪いけど、付き合ってみるといい人たちだと思っていたのは、随分昔のように思える。


 アキレアにも底辺与太者共のように力ずくで解決したい気持ちがある、鏖(みなごろし)にしてしまえとしょっちゅう思ってしまうのはそういうことだし、そんな自分を強く嫌悪もする。

 怒っている時は本気で「こいつら死ねば良いのに」と思っているが、本当は誰かを傷つけたくないし、傷つけられたくもない。冒険者が鏖(みなごろし)されるという恐怖からゴブリンを殺戮したのが原因で深く心に傷を負うのだ、人間を虐殺して平気な人間ではない。

 だが……その強大な魔力をもってすれば容易く出来てしまうからアキレアは尚更不安定になる、いつか本当にやってしまうかもしれない……力ずくという手段を強く嫌悪しているのに力ずくで気に入らないものを制圧できてしまうことが怖い、強い力を持ちながらその使い方が解らず、思い通りにならない自分自身を持て余し怯えている。


 アキレアは「もうやだ……」とアンジェリカの胸にしがみつき顔を押しつけこすりつける、子供の頃からそうやって姉様たちに甘えてきた生粋のおっぱい大好きっ子であったが、ゴブリン虐殺以降は毎日のようにそうやって辛い時もうれしい時もアンジェリカにしがみついて甘えたくなる、そうしてる間はとても幸せだし、嫌なこともつらいことも心の隅っこに押しやることでき、いろいろと許されている気持ちになれる。


 大人になることは前からずっと怖かった、今はもっと怖い……大きいおっぱいが大好きだけど、自分のおっぱいが膨らんでくのは怖い、ちゃんとした大人になれる気がしない、ずっと子供でいたいけど、それは無理な話だ。


「これからカルダミネとスワルティアとのところにアッちゃんも」

「いかない」

「そう……」


 しばらく、甘えさせ落ち着いてきたが、胸を手でつかんでいるときはまだ離れたくないということだ、アンジェリカはもうすぐ14歳になるとは思えないほど幼いアキレアの頭を撫でる。


「だって、何しゃべっていいかわかんない……」

「気の利いたことなんて言えなくてもいい、目を見て耳を傾ける、それだけでいいのよ」

「うん……でも、いかない」


 そういってまた胸を掴んだまま顔をうずめる、そんなアキレアのことがアンジェリカも自分でもどうかと思うくらいかわいいくてしょうがない、自分も普通ならしないことをしている自覚はあるのだ、ただ傷ついたこの子を癒すにはこれしかないとも思っている。


 甘えている間はずっとそばにいてくれるが、アンジェリカだって本当はアキレアばかりをかまっているわけでもいかないことはわかっているから、しばらく甘えてから顔を離し手を離す。


「ありがと、もうだいじょぶだから」


 アキレアもアンジェリカが紹介してくれる人に悪い人はいないとは思うけど、自分がいても気まずいだけ、あちらもやりにくいだけだと思う、アンジェリカや姉様たちみたいに傍にいて寄り添うっていうのが出来たらいいんだけど、どうしたらそれが出来るのかわからない。


 自分の事をかわいいと思ってくれるのなんて、先生と姉様たちとアンジェさんだけ……前は、ユッカたちもそうだったけど。少なくとも自分みたいな奴がもう一人いたらきっと、こんな厄介な奴とは関わりあいたくない、アキレアはそう思っている。

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