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アキレア冒険者になるの巻

 男の名はビンロー、アキレアと同じくらいの歳の妹が病気がちで薬の費用を稼ぎつつ、薬を作る手助けができればと思い冒険者になったといい、魔女ユッカとは昔なじみで「本分は氷屋だけど、他のも荒事に使える程度には一通り修めてる」とのことだった。

 二人は都市部からやってきたようだが、都市部をあまりよく思っていないようだった。


 冒険者がろくでなしと言う話は聞いたことはあるが、人を偏見の目でみるのは良くない……そう先生達は言ってたし、実際その通りだとアキレアは思った。

 斯くしてアキレアは冒険者の道を歩むこととなったのである。


 なお、見逃した山賊たちはほかの冒険者たちに討伐された、抜け駆けしようとしたことを非難されたが、一応報酬はもらえたようだ。



 ユッカは大人しいアキレアに「あんたはちょっと可愛すぎるかな」と帽子の鍔に切れ目を入れ


「ここから相手を睨みつけてやりなよ、ちょっとやってみ?」

「こんな感じ……ですか?」

「もっと、気合い入れて!」

「グムーッ!」

「いやいやいや……妙な唸り声はいらないから……」

「な、なんぼのもんじゃーい!」

「叫ぶより寡黙なほうがいいかな」


 侮られないよう、堅く少しぶっきらぼうな口調で喋るよう指導されたりとアキレアのスタイルをプロデュースする、子供のようだが得体の知れない存在という演出だ。

 アキレアは二人から冒険者の社会やルールを学んで思うのは、妙に殺伐としているというか、喧嘩腰で妙に面子に拘るところが意味不明だった。


 そして、あっちこちで見かける「いじり」というのは見ていて嫌な気持ちになる、ビンローも一緒になってそれをすることもあるけど「いじりは親しい連中とのじゃれあいみたいなもん」だというし、きっとそうなのだろうと信じることにした。


 ビンローは普段、陽気でサービス精神旺盛な男であったから結構色々なところに顔を出し、冒険者相手の店でも子供のアキレアには結構みんなよくしてくれたりもするものだから、冒険者の在り様に対する漫然と感じる嫌なものから目をそらすことができた。


「どうだ、美味いだろ?」

「う、うん……」

「ちょ……これは食べきれないでしょ」

「余った分は持ち帰りゃいいさ」


 冒険者向けの店で出す料理は味が濃くて量が多い、これは質の良くないものを安価で大量に仕入れて、濃い味付けで誤魔化している……だけではない、肉体労働者である冒険者の体が塩分を欲するからでもある。

 それでも都市部よりはずっと良いものらしく、氷屋であるユッカは食品の保存に関わる仕事もしていたが、食べる気が失せるようなものを沢山見て来たという。


 アキレアの育った辺境は食べ物がおいしかったことに今更気づく、大きな港が作れない地形だったが海産資源はそれなりにあったと思うし、大きな山脈が近くにあって平野は少ないため大規模な畑はなかったが、寒暖差が大きく果物の栽培には向いていた、何より近くに山岳があり、長く雪が残るから綺麗な水が豊富にある、魔女達はそういった環境を自分たちが保全している自負もあった。

 そんな比較的恵まれた土地であっても、凶作になればアキレアのような口減らしされる子供が出てくる、二人が都会をとても憎んでいたところを鑑みても、あちらもいろいろ大変なのだろう、それでも二人は前向きに頑張ってるし、自分にはよくしてくれている。


 やっぱり、冒険者がろくでなしなんてただの偏見なんだ、とアキレアは思う……ビンローは「何があっても絶対謝るな、謝ったら図に乗る」なんてちょっとおかしなことを言ってたし、時折見かける素行の悪い連中や、耳に入る口汚い悪口は嫌だなぁとは思う、でもそういう人だって生まれついての悪い人じゃないし、ちゃんと誠意を持てば解ってくれると信じていた。


 ふたりには許可なく強力な魔法は使うなと言われている、アキレアも圧倒的な力を見せるリスクは痛感していたし、天才魔女の噂は広まれば面倒なことになる……その面倒なこととは噂を聞きつけた彼女の身内が連れ戻しに来ることも含めてのユッカの判断だったが、詰めが甘かった。


 アキレアは先生達を心配させまいと近況報告の手紙を出していたため、姉弟子三人が飛んできたのである。

 ふたりはアキレアに対して情はそれなりにあるし、良心的な判断をするならば、家に帰してやると言う選択が正しいことも理解していたが、アキレアの圧倒的な力は天が与えてくれたチャンスなのだ。


 まずアキレアが世話になったことの礼をいいつつ、それからまだ子供だから危険なことはさせられないという姉弟子たちを指さし、ビンローは周囲に聞こえるよう大声で言った。


「ああーっ!! そうやってあんたら冒険者を見下してるんだろ!?」


 冒険者は底辺与太者であると見下されていることは自覚している、だからついついそういった偏見を通してよそ者を見てみてしまう悲しい癖がある。それを利用し、見下してくる奴が来たぞと周囲に喧伝することで、ギャラリーからの敵意を誘い、相手にプレッシャーを与えるのだ。


「いえ、そうではなく、私たちはアキレアの保護者として」

「コルディリネ先生門下の魔女は誰かを見下したりはしない人格者揃いと伺っていたのですが、勘違いだったんですねぇ」


 誠意のある対応を心がけている相手に滅茶苦茶なレッテル貼り、悪者に仕立てあげる物言いをするという手段はなかなか有効だ、まずはその誤解を解こうと丁寧に説得しようとしてしまう、そこに畳みかけるように、決めつけや悪意に満ちた解釈をぶつけて、会話を成立させないという反知性的な対応を徹底するという作戦である。


「あんたたちはアキレアの才能に嫉妬してるんだろ? 先生や姉貴分に嫉妬されてるとか、アキレアがかわいそうすぎる」


「あの」そこになんとかアキレアは口を挟むことが出来たが「ビンローさん、そうじゃないよ……その、姉様たちは」


 説得することが目的の姉弟子たちが疲弊していることはアキレアの目から明らかだが、ユッカたちのことを信頼しているがゆえに、口喧嘩でやり込めてやろうという二人の悪意に気づけない……ただ、ユッカもビンローも姉様たちのことも好きだから、ただただ辛い。


「お前は何も心配しなくていい、俺等に任せておけ」ビンローは頼もしげな笑顔を向ける「それと、呼び捨てでいいって、言ってるだろ?」


「あんたはあたしらが守るから」ユッカもアキレアを抱きしめ向き直る「ヴィオラさん、あんた中央の人でしたっけ?」


「は、はい」

「アキレアが傷ついたのはあんたが原因だって理解してます?」

「その通りです……ですから私は」

「それで連れ戻しに来たと、自分が正しいと疑わない、エリートの悪いクセですよ」

「エリート様の正しさの押しつけでまたアキレアを傷つけるのか? ええ?」


 周りをチラチラ伺いながらビンローが罵倒すると、周囲の冒険者達も野次を飛ばしはじめる、袋叩きにする快感、相手が仮想敵であるよそ者で、それがインテリなのだから尚更だ。


 相手の落ち度を徹底的につつき回し、それをさらにエリートという立場の批判する、相手が若ければ世間知らずの若造、年寄りなら古い価値観の老害など、なんでもいい、とにかく落ち度をその人間の属性と関連付けて人格否定につなげ徹底的に叩くのだ。


「でも……まだ十二歳のアキレアに冒険者なんて危ないことを」


 泣きそうな小姉様の言葉には当然ビンローが「冒険者差別」というレッテル貼りで対応する。

 当然冒険者達は「泣けば許されると思ってるか」といういちゃもんや「あーあそうやって悪者扱いかよ」「俺たちを見下してるくせにこっちが何か言えば被害者ぶるんだよな」などと被害者ぶったりとビンローたちを援護する。


「だいたい、魔女と魔術師って何が違うんだよ!」

「……えーとですね、まず魔女と魔術師は本来は別系統の魔法を使っていたんですけど、今は技術交流によって」


「そんな話どうでもいいわ!」「小難しい話してんじゃねえ!」とヤジが飛び「うわ、ひっでぇ!」などとその場は笑いに包まれる。この魔女達は既に冒険者の中では何を言ってもいい存在となっていた。


 多くの冒険者は知識と教養に対して漫然とした反感があり、そういったものを持つ人間は持たざる自分たちを見下していると思っているのだが、魔法使いに限らず、知識や教養がある奴がいるとパーティにハクがつくし、持たざる彼らもその恩恵にあずかることもある、何より同じ冒険者でもあるから、その心中は複雑なものがある。

 当然冒険者をやっている魔法使いたちも複雑な感情があるからこういう時は大体我関せずという選択をする。


 そして、外部の人間たちは冒険者を底辺与太者と見下していることも知っているから、どうしても外部の人間に対しては棘のある対応をするのは防衛反応のという側面もある。

 まぁそれはそれとして、よそから来た知識と教養で生きている魔女を言葉で追いつめるのは最高に気分がいい、別にそれで彼らの待遇がよくなるわけでもなければ、界隈における知識や教養の価値が落ちるわけではないが、自分たちを馬鹿にしてきた奴らをやり込めてやったと溜飲が下がるのだ。


 自分の好きな人達が自分のせいでこんなことになっている辛さに、アキレアは泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝るしかなかった。


 その様子にユッカとビンローも罪悪感を感じたが……ユッカは覚悟を決める、アキレアの力があればビンローは望み通り成り上がることができる、正直成り上がりだのなんだのと冒険者が好むノリをユッカは愚物と軽蔑してはいたが、そんな変な上昇志向もそれなりの成功があれば収まるのではないか……という希望に賭ける、そんな都合よくことが回るだろうかという疑念はあるが、好きな男のためにも自分のためにも、今更引き下がるわけにはいかない。


「それに……泣き落としみたいだから言いたくなかったけど、ビンローの妹のためにも、この子の力は必要なんですよ」


 最近のビンローは妹よりも成り上がりのことで頭がいっぱいだが、ちょっと卑屈ではあったが妹思いで優しいビンローが好きだったからユッカはついてきたのだ。

 そしてそれはアキレアを自分たちの手許に置く大義名分でもあった、アキレアや姉弟子に対してだけではない、阿漕なことをしている自覚があるからこそ、自分を納得させるため必要な言い訳だった。


「姉様……あたし、友達の妹さんを見捨てるなんてできない……だからその、冒険者でがんばってみる」


 結局、定期連絡を条件に姉弟子たちはを去るしかなかった、回り全部が敵ばかりという状況で限界だったし、魔法で実力行使というわけもいかない、。アキレア本人が残ると言ってしまった以上、詰みなのだ。


 外野の冒険者達も罵声を浴びせたりはするが手を出したりはしない、彼らだって冒険者ギルドから追放されたくはないから、大勢で寄ってたかってヤジを飛ばすだけだし、それで十分気持ちがいいのだ。

 そして、冒険者達は何を理解したわけではないが「底辺与太者と俺たちを見下してきた奴ら」と、レッテルを一方的に貼った相手をやりこめてやったこともあり、スカッとしたのでビンローたちに喝采を送る。


 アキレアは「この人達はおかしい……」と、今まで目を逸らし続けてきた冒険者への違和感と向き合わざるを得なくなったのである。



 ユッカたちはアキレアに対して親切だった、打算もあるが、良心の呵責もあったからなのだろう。


 以前からビンローは酔っ払うとたまに「お前、俺のことヒモだと思ってるだろ」と絡んで他の冒険者と喧嘩をしていた、アキレアはその言葉の意味はよくわからなかったが、周りが「イキってるけど、魔女がいなきゃ何も出来ない」「まさに魔法使いの亭主」と、影で馬鹿にされてるという話と何か関係がある感じではある。


「えっと……それっていじりってやつなんでしょ?」


 その言葉に「うるせえな!」とビンローは怒鳴り、ユッカは「ちょっと……」と諫め、気が立っているビンローに「女っ気のない奴らが僻んでいるだけだから」と宥めている。


「覚えとけよ……そのうちあいつらを顎で使ってやる!」


 ビンローは結構誰かをいじるがいじられると、その時は笑っているのに、あとであからさまに不機嫌になる。

 ユッカは言う「いじりはね、上から下にしか行われないものだから、いつもいじられてる奴がいじってくる奴を逆にいじるのを見たことないでしょ?」という「いじられる側も、見下されて馬鹿にされているのをいじりという言葉で置き換えて、愛のある行為だと規定することで、自分の心と居場所を守っている」のだと。

 いじりはじゃれあいだとか、愛があるというのは嘘っぱちで、陰湿な上下関係の確認、マウント行為に過ぎないというのだ。

 そして、その欺瞞に溺れるうちに、本人たちもその嘘を信じ込み、自分たちはサッパリした人間だとさえ思っていると……


 ユッカはいじりに限らず、冒険者達の大好きな「成り上がり」とか「勝利」みたいな強くポジティヴなノリにも「愚物共め」と軽蔑の眼差しを向けていた。ビンローの前ではそんな様子を今までは見せていなかったが、最近は隠さなくなり何か気まずい空気になることも増えてきた。


「最近、成り上がりだとかそんな話ばっかりよね」二人の部屋からそんな話が聞こえてくる。


「またそれかよ……成り上がれば、アレカのことも、これからの生活も全部上手く行くって言ってるだろ?」

「なんでそんなに楽観的なわけ?」

「楽観的じゃなくて事実だろ! 逆に成り上がる以外、なにか方法があるのか言ってみろよ!?」

「だから、薬の基礎研究に協力するとか、マンパワーと資源量がモノをいう世界だし……それに遺跡には高度な技術だって眠ってるし」

「それで何か解決したか? してねえだろ!?」

「あのねぇ、研究の成果は定点にあるもんじゃないの……今あたしらが使ってる薬だって、地道な基礎研究の積み重ねがあってこそなのよ」

「研究だとかなんとかって! お前も俺を見下してるんだろ!? 鼻にかけやがってえ!!」

「またそれ!? 見下してたらあんたと一緒になんていないって何度言わせるわけ?」

「そういう態度が見下してるってんだよ!」


「ふたりともやめて!」たまらずアキレアはドアを開ける「こんなのやだよ……」


「ガキが大人の話に口を挟むな!」

「ちょっとアキレアに八つ当たりしないでよ!」


 ユッカの平手打ちと泣きそうなアキレアを見てビンローは狼狽える。


「べべべ……別に八つ当たりしてねえし……俺はただお前もアレカも幸せにしたいそれだけなんだ! なんで責められなきゃいけないんだよ……」

「あのね、あたしはあんたに幸せにして欲しいなんて頼んでない」


 啼きそうなビンローはさらに言葉を失った。


「わからない? 幸せにして貰いたかったんじゃない、一緒に幸せになりたかったからついてきたのよ」


「……ごめんな」ビンローは涙をこぼす「俺……弱くて、情けなくて……お前がいないと何も出来ないって陰で言われてて……」


 号泣するビンローを抱きしめて慰めるユッカ、魔法なしでもどちらがしっかりしていて頼りになるかは明らかだった。

 ビンローも素直にそれを受け入れられる男ならこうはならなかっただろうが、底辺与太者達は相も変わらずビンローをヒモだと陰で……聞こえよがしに嗤うのだから、プライドの裏返しである劣等感を刺激され、どれだけ受け入れられようとも成り上がりって自分自身を証明したいという願望は捨てられず、結局衝突してしまうのだろう。


 ユッカはそういった心情は理解ってるつもりだが、どうしたらいいかさっぱりわからないし、ビンロー本人だって本当はどうしたらいいかわからない、成り上がれば全部解決するのだと信じているが、ユッカはそれは根本的な解決にはならないだろうと思っている。

 アキレアは当然ビンローの心情など理解出来るはずもなく、ただ二人の間が険悪になるとおろおろするしかなかった。


 ある日のこと、ユッカは終始不機嫌で唇には傷があった、ビンローのほうは顔色を伺っていいる。何が起こったかは色々と察せられるものがあった。


 気まずい……


 ビンローが冒険者になったのは、病気がちな妹のアレカのためだと言っていたのに「なぁ……薬草採りよりもっといい仕事があンだろ」と、少し遠慮がちに口にする。


「でも、妹さんの病気に効く奴が見つかるかもしれないよ」


 アキレアはわざと明るい声で対応する、ピリピリしている空気が辛い。


「病気の妹なんて……アレカなんて子は最初からいなかったのよ」

「お、おい……何言って」

「ビンローは成り上がりたくて冒険者になったのよ、はじめっからね、他はどうでもいいのよ」

「俺だってアレカのことがどうでもいいわけじゃない……でも、全然良い薬とか見つからないじゃん」

「はぁ……何度同じ話させたいわけ?」

「き、基礎研究だろ……わかってるよ、わかってる」

「それに、昔から使われている薬草が意外な病気に効くことがわかったなんてよくある話だって何度も言ってるじゃない、薬草のサンプルがあればそれだけ研究だって進むでしょ」


 そう言ってユッカは無造作に薬草を採集してく。


「それまだ細いよ、何年か育てないと」

「そんなの気にしてたら効率が悪い」

「でも……こんな採り方してたら、ここの群落はなくなっちゃうよ……もし絶滅したら可能性すら失われる」

「あたしが残しといたってどうせ他の奴が持ってくんだから同じ」


 この言葉はアキレアにはショックだった。


「でも……」

「あんたは子供だし一晩寝れば元気になるかもしれないけど、大人は疲れが溜まるのよ、休日だって書類やら何やら、面倒な労働が待ってる……誰かさんは全部あたしに押しつけてるし」

「そういうのお前のほうが得意じゃん、俺だって疲れてるんだよ……お前よりも体張ってンだから……」


 ユッカは明らかにイラついた様子をみせたが、諦めたようにため息をついて呟く。


「いいわ、どうせ言っても無駄だし」

「えっと、じゃぁ……もっとお休みを増やして、ゆっくり休んで……気分転換とか」

「そんなことしてたら、いい仕事が他の奴にとられちまうだろ……いい加減理解れよそれくらい」


 魔女としてのモラルに背く行動は今まで何度かあったが、ふたりは頑張っていて疲れてるんだし、それに関してはしかたがないこともあるのかもしれないと一応納得するよう努力してきたが、だがそれが常態化することで溜まってゆく不信感、そしてユッカとビンローとの間に流れるギスギスした空気も重なり、今まで見て見ぬフリをしてきた冒険者への不信感もアキレアの忍耐を削ってゆく。



 ある日、ユッカとビンローの喧嘩にアキレアは耐えきれなくなり感情を暴発させた。


「まえはもっと仲良かったのに! なんで! あたしのせいなのか?」

「い、いや違うってユッカが……」

「は? あんたがアレカのことなんてそっちのけで、成り上がりがどうとか寝ぼけた事ばっかり言ってるからでしょ?」

「だから! 俺がいつ! どこで! アレカのことをどうでもいいって言ったんだよ!」

「態度に出てるってことがわからないの?」


 もう限界だった、それに自分の力がビンローの変な夢に火を付けた気もしてくる。


 言い争う二人を一瞥し「今まで世話になった、さようなら」と、引き止めようとする二人を帽子の割れ目から睨み「姉様たちをいじめたことは許してない」と、風の魔法で一気に吹っ飛び、二人の元から去った。


 独りになってしまい心細い、姉様達に連絡すればすぐに迎えに来てくれるだろう、でもいつでも戻れるんだから、と思い直す。


 普通の魔女として生きてゆく分には自分が持つ強大な力は無用どころか、持て余してしまう危険な代物だが……こんな余計な力を持ってしまったことには何か意味があるのではないか? それは本来善良な筈のひとたちをろくでなしにしてしまう冒険者の社会を変えることなのではないだろうかと。根拠など一切ないし、何となく漠然とただなんとなくそう思っただけで、どうしたらいいかなどわからない……それは彼女の心の隅に居座るもやもやとなった。


 とにかく、アキレアは何かやり残している気がして、ここを去ってはいけない気がしたのだ……宿命だの使命だとか、人はそういったものをしばしば感じる……実際のところ、それは多分ただの思い込みなのだが。


 舐められてはいけないというユッカの言葉に従い、見限ってやったと半べそで強がっていたところ、アンジェリカに拾われすぐに心を許した、独りで心細かったこともあるし、抱きしめられたら柔らかくて姉様みたいな感じがして安心する。


 ユッカたちは今でも冒険者をやっているという、自分の力を利用するつもりだったんだろうとは思うが、それはまぁいい、情を感じてくれていたことだって多分本当だろうから、だけど人として堕落しているところにはやっぱり怒りも感じる……だから会う気はないけど、どうか幸せであってほしい。



 アキレアはアンジェリカが入れた茶をムスッとした顔で飲んでいる。

 いつもはこうなる前にアンジェリカが間に入り意見のすり合わせをしていたが、今回は暴発する結果となった。


「アッちゃんが言いたいことはわかるの、でも正しいことを言っているだけじゃ通らないこともあるから」

「わかってる……でも、腹が立つんだもん」


 アンジェリカは何度も諭しているし、彼女も毎回わかっていると答える、同じ事を言われたとしてもアンジェリカに言われたことなら耳を貸す気になるが、シオールに言われたら杖でぶっ叩いてやりたくなる「嫌なお方の親切よりも好いたお方の無理が良い」という箴言があるとおり、意見を受け入れて貰うには相手に好かれる必要があると、理屈ではわかっているのだが、怒りが抑えられず信頼されないやり方や言葉を選んでしまう。


「だってバカ共を黙認し続けた結果がこれだ……奴らは資源管理のしの字も知らない、そんな奴らに狩猟や採集はさせちゃいけない、禁止できないなら駆除、鏖(みなごろし)にしたほうがいい」


 そう言って机を叩く。


「この世にあるすべてのものは、子孫から借り物だってことがあいつらはわかってない……だから魔物だって薬草だって平気で採りつくせるんだ、やっぱり粛清するしかない……」

「昔から理想に到達するために、条件からこぼれおちた人を切り捨てたり、弾圧してきたことがあったけど、一度たりともそれで世の中が良い方向に転がったことはなかったと思うわ」

「そりゃ……」


 アキレアだって切り捨てられた人間の末路が、利己的で刹那的で冷淡で殺伐とした所謂底辺与太者だとは思っているのだ、でも感情は過激でわかりやすい解決法を望む、それではうまくいかないと冷静な時は思っているのに。


「人殺しはしんどいと思うわ、他人だけじゃなくて自分にも失望することになる」

「もう失望してる……だから、誰かが業を背負わなきゃならない……」


 そう吐き捨ててアキレアは目をそらす。

 自分だって他人のことをどうこう言えるほど立派じゃないし、激情に駆られて吐いただけの言葉で本当はそんな覚悟などない、強い憤りがそう言わせているだけだ。


 そして思考停止して鏖(みなごろし)というシンプルな解決策を投げやりに欲する自身の浅はかさはまさに軽蔑している底辺与太者のそれで自己嫌悪に陥る、かつてそれを間違って実行してしまい、今も激しく後悔して罪悪感に苛まれているというのに。

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