これからのことの巻
ローランドはここ数日、貯えを切り崩して生活している。
ギルド経営の酒場で酒も飲まず、水とつまみでちびりちびりやりながら、誰かが話しかけてくれるのを待っているが「貴族の馬鹿ボン」或いは「イカレぽんち」ことシオールにくっついていたデカブツというのが世間の認識ということもあり敬遠されており、パーティの誘いはない。
そしてシオールが問題を起こせば「あんたあいつの仲間だろ、何とかしろよ」なんて呼ばれ、行ってみれば「追放したんだから俺にもう関わるな」などと、さらに怒り狂う始末、ただ……「イカレぽんち係」が不在になったことで手が付けられなくなり、シオールを面と向かって馬鹿にする者は減ったのはいいことではあるのだろう。
イカレぽんち係の任を解かれたローランドは全く何もしてないわけではないが、仲間たちと別れてからなんだか気が抜けてしまった。
仕事なんて選ばなければあると思い、昔のように肉体労働に従事すれば
「あんた、あのアレ」男は半笑いで自分の頭に指をさしくるくる回す「の相棒でしょ?」
「あ、ああ……」
「で、あんたも一緒に追い出されたわけだ」
「アンジェリカ先生に愛想つかされたのが運の尽きだったな」
その声には明らかに嘲笑が混じっていた、抑え込む者のいないシオールを面と向かって馬鹿にする者はほとんどいなくなったが、陰では相変わらずこの調子である、そしてなんであれ冒険者として一定の評価を得ていた奴が堕ちるのは、実に気分が良いらしい。
「パーティは解散したんだ……アンジェリカがいなくなって、ダメになったのが原因なのは間違いないが」
「ふーん……でも、女三人はつるんでるじゃん」
「見得張ンなよ」と馬鹿にうれしそうに肩を叩く「どうせこうなると初めから俺は思ってたのよね」
「そう怖い顔すんなよ、一杯くらい奢ってやっから」
昔のように肉体労働の仕事を請け負ってみると、だいたいパーティからシオールと一緒に追い出されたといじられる。
そしてシオールを「イカレぽんち」「狂人に刃物」「脳みその代わりに馬糞が詰まってる奴」だのと馬鹿にされるとあんたたちに何がわかるんだという気持ちと、おおかたその通りで異論はないという複雑な気持ちになってくる。
そして、人生にもはや希望などないのだろうと思い始めている、このまま何もなく、ただ自分を養うだけで精いっぱいの人生、やがて年を取り体の自由も利かなくなる……
「背が高いと腰を痛めやすいから」と、アンジェリカがよく労わってくれたことを思い出す……自分からアンジェリカには指一本触れられなかったが、回復魔法をかけてくれた優しい手が忘れれない、あの二年あまりは人生で一番幸せだった。
ある日、ギルド職員のスワルティアがアンジェリカと顔見知りだからと、とあるパーティの助っ人の仕事を持ってきてくれた、底辺与太者と蔑まれるくらいろくでなしが多い冒険者業界にあって彼らは人格面では間違いなく上澄みの部類、実力だってそれなりにある。
リーダーはまたよろしく頼むとは言ってくれたが、正式メンバーを増やす余裕はなさそうだった、冒険者個人の実力は勿論重要だが、パーティは結局のところメンバー同士の相性が重要なのだ、1+1が2なるとは限らないところにコミュニティの妙がある。
元の独りに戻るだけだと思っていたが、アンジェリカだけではなく仲間を守るということが大きなモチベーションとなっていた、自分独りでは何もできないからだけではない、人から必要とされたかった……当たり前のことを改めて自覚する。
仕事をしていれば気がまぎれる、疲れていても考えてしまうが、すぐに眠れるからいい。やることがないと本当にアンジェリカのことばかり考える、それからシオールのこと、たまに見かけてもお互い目を合わせない。
終わってしまった友情に悲しさはあるが、今のローランドにあの無神経さを耐えることはできないし、あちらもこちらを追放したのだと言い張っているのだ、もう一緒にやってくのはもう無理なのだ。
アキレアたち三人は仲良くやっていて、何度か助っ人でもと誘ってくれたりもしていたが……やっぱりシオールのことを考えるとそれはできないとローランドは伝える「その気持ちに甘えたら、なし崩しでパーティメンバーになってしまいそうだから」と。
アキレアの悲しそうな顔を見るとローランドも心が痛むが、アキレアとしてもアンジェリカがローランドをどう思っているかがなんとなくわかっているから、なおさら悲しい顔になることをローランドは知らない。
アキレア、マリー、アコニーの三人はそれなりに順調ではあるが。今後のことは何も決まっていない。少しづつ決めていくつもりではあるのだが、パーティ名一つにしても「メイド血盟軍」「メイド服反逆同盟」など、マリーはメイド服を推したが、全員メイド服の色物集団にしてどうするとアコニーに一蹴される。
マリーも考えてみたらアッちゃんのぶかぶか魔女ローブはかわいいし、もっと持ち味を生かすべきだと考えなおし、またそろそろヒーラーの装束を着たほうがいい気もしている、よってパーティ名はいまだ保留である。
とりあえず今は第一砦近辺を中心に軽い仕事をしているが、このあたりですらまだわからない知らないことに満ちているということだ、マリーやアキレアとしては結構楽しいのだろうが、それが金になるかどうかはまた別の話である。彼女らの意向通りにメンバーを募集したら新メンバーはすべて非戦闘員になりかねず、アコニーとしてはそれは困る。冒険者の大多数を占める戦闘しか能のない奴は底辺与太者の中の底辺与太者だが、数いる最底辺の人間がいなければ世の中は回らない。
アキレアほどの魔法使いは世界中探してもなかなかいないが、それと戦闘力はまた別の話になる、彼女の力をもってすればドラゴンのような強力な種だろうと殲滅自体は可能だろう、ただ破壊力に任せた結果得られる戦利品の質は当然落ちるし、何より周囲の遺跡や動植物といった資源にも悪影響を及ぼす、そういった破壊自体アキレアが最も忌み嫌うことである。
有している破壊力と多感な時期ゆえの不安定さの割にアキレアの危険性が低いという人間的長所がここにきてネックになる、戦闘のセンスもなさそうだし、所詮はひとりの子供、対応できる範囲など知れているため、やはり戦闘に慣れている仲間はほしい。
そしてパーティの目標や方針は必要だ。ただ仕事をこなし糊口をしのぐ、冒険者に限らず多くの人は案外そんなものかもしれない。ただ冒険者は不安定でやくざな仕事、流されるままに生きた先に待ち受けている未来は暗い。アコニーひとりだったなら結局、もやもやしながらもそんな人生を受け入れていただろう。
だが今は自由であり何よりマリーとアキレアがいる、カルト宗教の工作員としての生き方を強いられ、散々な人生を送ってきたアコニーだったが偶然希望のようなものを手にしてしまった。
「我々もなにか目標が欲しいですね、このまま場当たり的に仕事をこなし糊口を凌ぐ人生の先にあるものなんて知れてますし」
「あの、いいかな」マリーが手を上げる「この前、アッちゃんと話してたんだけど……」
「わたしは今のままじゃ冒険者のほとんどが幸せになれない気がしてるんだけど……それをどうにかしたいなって」
まだまともな形になっていないそれを言っていいものかという気持ちもあったが、始めることで見えてくることもあるのではないかとマリーは思っている。
「ほう?」
「ナモナキで元冒険者の父親は教育や教養を軽んじてる傾向があるのがすごく引っ掛かったの」
「みんなとあんまり遊べない子たちはかわいそうだよねって」
「上手くは言えないんだけど……誰一人幸せにしない価値観に囚われながら成り上がろうとしてる冒険者の在り様が、そのまま息苦しさや不幸せの再生産につながっている気がして……」
自分たちのやり方と全く違う方法で子供が幸せになろうとすることを望まない親というのは意外といるなと、アコニーは思った。
「あたしもさ、前も話したよね……昔お世話になったパーティ、悪い人たちじゃなかったと思ってる、でもなんであんなことになっちゃったんだろう……って」
アキレアもビンローとユッカがすれ違い、いろいろと道を踏み外してしまったのはビンローが冒険者の価値観に毒されたからではないかと思っているのだ。
「で……具体的にどのように改善すべきであるとお考えで?」
「グム~ッ……それは、わかんない」
「現状のままだと誰も幸せにならないと思ってる」マリーも口ごもる「……けど、どうしたらいいのかと言われたら……わたしも、わかんない」
しどろもどろになるマリーをアコニーは少しわざとらしく鼻で笑う。
「いやー実にボケナスらしい向こう見ずな義侠心から根深い問題にいっちょ噛みで変えてやろうという甘い気持ちが見え隠れしていますね」
「そ、そんな、簡単によくなるとか思ってないもん……」
「で……頭の中で夢想した平等に暮らせるパラダイスを勢いで運用しようとした結果、この世の地獄が出来上がったなどというのも歴史上にありますねぇ、地獄への道は善意で舗装されていると、そんな箴言あります」
「アコニーさん、ちょっと意地悪じゃない?」
「自由とはみんな聞きたくない耳が痛くなるような話を気兼ねなくできることと心得ます、帝国が栄えた一因としてそれがあった筈ですが、そんな話を出来なくなったから帝国が衰退したのか、それとも帝国が衰退したからそんな話をしようものなら顰蹙を買うようになったのか」
二人は何も言えなかった、アコニーの言ったことは知識として知っているが自分の中に落とし込んで思考できるわけではない、ただお前たちがそうであるならば、どのような理想を掲げてようと碌な結果は産まないだろうと言いたいことはわかる。
「なーんてね、ちょっとからかってみただけです」
「えっ」
「このボケナス、また大きなことを言いだしたなぁと思ったので、ついつい皮肉を」
「えっと……」
「未熟で世間知らずな今のふたりに明確なビジョンを持てと言っても無理な話ですし、わたしには何が正しいかわかる! 進むべき道が見えていいます! などと言い出す危険人物だったら、正気に戻るまでひっぱたいてたところですよ」
「う、うん……」
ああー何も言ってもとりあえず皮肉を言うつもりだったんだ……
「ボケナスらしい計画性のなさは危ういのですが、幸いまだ若く未熟で何の力もない、せいぜい回復魔法が得意なだけの女の子ですから、いくらでも失敗しながら学んでいける、今は何も見えませんが手探りで進むべき道を模索しましょうか」
マリーのように「何が正しいかはわからないが、現状維持ではよくないことはわかる」という気持ちに、計画性に乏しい地図も羅針盤もない旅のような危うさはあるが、半生をカルト教団にささげてきたアコニーとしては何か新しいものを見出だそうとする希望のめいたものも感じている。
代替案はなくても、それで問題が生じていることがわかっているのならば改善点を模索すべきだし、そうやって手探りで改善点を探りつつ、三歩進んで二歩下がるを繰り返して、人間の社会は発展してきたといえるのではないか、そしてそれはまだ何者でもないからこそできるところはあるのかもしれない。
「絶対的な真理など人間は絶対に知りえないが、問い続けることにこそ、その意味も価値もある……私の先生の受け売りですが」
教団は「神の真理は教祖のみわざによって我々の手にある、その普遍の真理に従いさえすれば、必ずすべてが正しく上手くいく」という前提で、どれだけろくでもないことになっても「その苦難は天国に続いている」と信じ込ませ、搾取し思い通りに動かしてきた。
正しいとされる価値観に従えば考えなくてよくある意味楽でもある、そして長年教団を信じて搾取されてきたのだから今更引き返せない、損切できない心情が大勢の信者をつなぎとめているのだろう。
今は冥府魔道に堕ちてしまった師が悩み考え続けろと教え続けたから今のアコニーがある、それがなければ目的達成のためだけにマリーに近づき、ただ裏切り捨てたのだろうと思うと、ぞっとする。
「そうだーっ! 地上に元々道はない、歩く人が多ければそこに道はできるって、魔女の教えでもあった!」
「じゃ、このふわふわした目標が定まったところで……たまにはどこかでパーッとやりますか」
これから知らなければならないことは山ほどあり大勢の協力者が必要だ、それも話が通じそうな学識あるエリートだけではない、ギルドの職員と冒険者という運命共同体でありながら、相互不信のある人たち双方の協力なしにはあり得ず気の遠くなる道のりであるから、生きているうちに理想の成就を見ることはないだろうとマリーは思う。
「いいねー」
「さんせーい」
かつて聖女だったマリーの先生は言った、人の世のある限り、迷い、誤り、立ち止まることでしょう、しかし歩き続ける限り目的地に向かっているのです、あなたがそこで倒れたとしてもその足跡追ってきた人が、その人が倒れてもまた別の誰かが願いを引き継ぎ歩き続けるのですと。
そしてパーティのリーダーはマリーとなった、若く未熟で何者でもないまだビジョンは曖昧な、だが一歩踏み出す意思を持った若者。
冒険者の街ドミナスに高級な店はない、酒は飲まないし、女三人であるから沢山食べられるわけでもない、特にアキレアは小柄で小食だ、しかしみんなでパーッとやろうという気持ちが大事なのだ、絆が深まるのである。
ギルドの酒場の前を通りかかったとき、今日もローランドがいるだろうとアキレアは思った。
場当たり的に仕事をこなし糊口を凌ぐ人生の先にあるものなんて知れてます
アコニーの言ったことが胸に刺さる、ローランドが上手くいってないことくらい誰の目から見ても明らかなのだ。
このまま通り過ぎることはできなかった。
いろいろと思うことはある、あとで後悔する気もする、でもこのまま見過ごしても絶対に後悔する……今までならうずくまって何もしないという選択をしていたかもしれない、だが何をしたって辛い思いしか待っていないならば、今はそれ以上は考えずその時正しいと思える、そんな勢いに従うことにした。
「ごめん、ちょいと野暮用を思い出したんだけど……」
「野暮用……?」
「いやさ……自信がないばっかりに、生涯に一度、あるかないかかの幸せをフイにして、底辺与太者で終わっちゃうことになりそうな奴がいてね」
それがローランドのことだということは察しが付く、であれば何をしようとしているのかも、なんとなく見えてくるものだ。
「わかりました、では一旦私の部屋に戻りますので、帰ってきたらパーッとやりましょう、今夜は奢りますよ」
「ありがとう」
「アッちゃんは……それでいいの?」
アキレアは帽子をかぶりなおしていった。
「やせ我慢は乙女の華ってやつでさ」
酒場では相変わらずローランドは独りである、彼は駆け寄ってくるアキレアに気づき笑顔を見せる。
「今日はひとりか? あんまり子供が一人で来るところじゃないぞ」
「うん……ちょっとローランドさんに仕事を持ってきたんだ」
「仕事?」
「急ぎの用でね、ずっと苦労してきて、今も困ってる人がいて……助けなきゃいけないけど、あたしたちじゃどうにもできないんだ」
「……わかった」
いつになく真剣なアキレアにローランドはうなずいた。
友の真剣な頼みである、内容を聞いてから引き受けるかどうかを決めたりはしない、ローランドはそういう男だ。
「おねーさん、ちょっと箒貸して、一番長いのがいいんだけど、ええこれ? ま……だいじょぶかな」
なんだか猛烈に悪い予感がしてきたな……と引き受けてみたローランド思いつつ、店を出る。
広くひとけの少ない場所へ行くとアキレアは箒にまたがり「乗ってよ」という。
「えっ?」
悪い予感が的中した……
「大丈夫だって、ちょっと短いけどなんとかなる」
「あ、ああ……でもどこへ行くんだ?」
「行けばわかるさ」
ローランドが恐る恐るアキレアの後ろで箒にまたがる、なかなか間抜けな姿、周囲にいる人は少数だが、視線が痛い。
「しっかりつかまってりゃ落ちることはないから」
「お、おう……」
箒の柄をローランドは強く握る、アキレアが箒で飛ぶのは見たことがあるが乗るのは初めてだ、誘われたこともあったがアンジェリカの前で情けない姿を見せたくなかったので乗れなかった。
空気が渦巻き枯葉を巻き上がると高速離陸した。
アンジェリカがパーティから抜けると決まったのは春の終わりだった、いまはもう秋、空気も冷たい。
「見ろ!」「テイクオフしおったぞ!」「なんか妙な叫びが聞こえるのう」「それにしても見事な未確認飛行物体よ」などとその場に居合わせたギャラリーは素直な感想を述べている。
ローランドは情けない声を上げる、陸はみるみる遠ざかったと思うと、今度はすさまじい速度で直進する。
ローランドは改めてアキレアの才能を実感した、まぁそれはそれとして恐ろしくてしょうがない、箒の柄を掴んでいるだけで意外と安定しているのだが、怖いものは怖い。
目的地に到着したとき、ローランドはゲッソリしていた。
デビルバッファローの突撃に覚悟をもって立ち向かった男とは思えない姿である。
「ついたよ、って……大丈夫?」
「あ、ああ……うん」
全然大丈夫そうではなさそうな顔である。
「ごめん、ローランドさんはいっつも率先して危ない目にあってるからへっちゃらだと思ってたんだ」
「いや……本当はいつも怖いんだ、でも……おれ、頑丈なだけが取り柄だからさ」
「だけ……じゃないよ、アンジェさんはさ、ローランドさんのいいとこもっといっぱい知ってたよ」
そういわれ、ローランドは嬉しくも照れ臭くもなり、そして寂しくなる。
アキレアはずっと誰かに甘えて生きてきたし、今だってそうだと思っている。
ローランドはやせ我慢は騎士道の華であるとずっと奮い立たせて頑張ってきたのだろう、誰にも甘えられない良き友ためにやせ我慢するのが友達なんじゃないかと。
ローランドを甘えさせてあげられる人は多分、アンジェリカしかない。
ローランドはふらふらとアキレアについゆく、なんだかいつもよりも速足で歩いている気がするし、ろくにしゃべらない。
大き家というか館か施設のような建物が見えてくる、ここが目的地らしい。
「まぁ困ってるのはここの人じゃないんだけど、詳しいことは……ここの人に聞いてよ」
「あ、ああ」
アキレアは扉をノックするが、家主は留守らしい。
「留守だな……」
「そのうち戻ってくるよ……じゃ、あとはよろしく」
「えっ……よろしくって」
颯の如くアキレアは飛び去り、ローランドは途方に暮れた。
参ったなぁ……
仕方がないので邪魔にならないところで体育座りをして待っていると、村のおばさんたちがいぶかしげな目でこちらを見ている。
「こ、こんにちは……」
慌てて背筋を伸ばし愛想笑いをするが、おばさんたちは棒や農具をもって近づいてくる。
やむを得ないことだった、夕暮れ時に留守中の家の前いる見知らぬ大男、どう見ても不審者なのだ。
「ちょっとあんた」
「は、はい……なんでしょう?」
「何してるの?」
「いえ、あの……仕事を頼まれた、みたいでして……その」
アキレア……ちょ、助けて……
「仕事?」
「アンジー先生があんたになんの仕事を頼んだの?」
「いや、その……アンジー先生って」ローランドははたと気づいた「アンジェリカ……先生の、ことですよね?」
「自分はアンジー先生の知り合いで……その」
「知り合いってどういう関係?」
「弟分……? ですかね……たぶん」
「あやしい……」
「大体なんでそんなにデカいのよ」
「いや、それは自分のせいじゃ……」
「なんか鎧着てるし」
「あっちょっとアンジー先生!」おばさんのひとりが叫んだ「怪しい男がいるの、ほら」
「先生、この大男が先生の知り合いとか言ってるのよぉー」
「大男、ですか?」
懐かしい声が聞こえた。
おばさんたちのなかから現れたのは言うまでもなかった、ローランドはもう泣きそうだ。
「ローランド君?」
ローランドは泣きそうな顔で頷く。
「あら、知り合い?」
「冒険者をやってた頃の仲間です」
「あら、そうなの?」
「もーやだぁ! 先に言ってよね!」おばさんのひとりがローランドの背中をぱんとたたく。ちゃんと言ったんだけど……と思いつつもそんなこと今はどうでもよかった。
「棒で小突いたりしてごめんねー、でも何も泣く事ないじゃない! 男でしょ?」
「あ、はい……すみません……」
アキレアは泣きながら空を飛ぶ、これでよかったんだと自分に言い聞かせる。
アンジェリカに会いたかったし、しがみついて甘えたかったけど、そうしたらローランドは絶対に遠慮する。
本当はアンジェリカを誰にもとられたくはない、ずっと自分のことを一番思っていてほしいと思うけど、それは我儘というものだし、ずっとやせ我慢を続けてきた友達の代わりに、やせ我慢する奴がいていい筈だと自分に言い聞かせる。
アキレアにはマリーがいてアコニーがいて、先生や姉様もいるけど、ローランドにはアンジェリカしかない、育ててくれたおじいさんにはきっと甘えられない。ローランドはいつだって我慢してきた、我慢してきたわけじゃなくて逃げられなかっただけと本人は言うが、そんなことはどうでもいい、ずっと辛い思いをしてきた優しいローランドがいい思いをしてもいいのではないか、アンジェリカだって憎からず思っているであろうことだって知っているのだから。
心の中で、これでよかったんだと言い切れる理由を何度も反芻して自分を納得させる努力を続けた。
「アッちゃん遅いなぁ……」
「まだ一時間ちょっと過ぎたくらいですよ」
そりゃ……顔を合わせたら帰りたくなくなっちゃうよね……
「ただいまー」
マリーは駆け出し出迎える、アキレアの涙は乾いており何でもないと取り繕ってはいたが、泣きはらした目をしている。
「早かったね」
遅いって言ってませんでしたっけ? とアコニーは思ったがツッコミはいれなかった。
「うん、パーッとやるって約束したからね、パーッと……」
しゃべっているとなんだかまた泣きそうになって、目に涙がにじんでくる、アキレアは帽子の鍔で涙を隠そうとし、気づかれないよう涙をぬぐう。
アンジェさんの代わりにはなれないけど……
マリーは何も言わずただアキレアを抱きしめ、自身の胸にアキレアの顔を押し付ける、アキレアもこらえきれずマリーの胸にしがみついて泣いた。
やせ我慢をすると決めていたのに結局誰かに甘えて慰めてもらう、自分はなんと弱く甘ったれているのだろうとアキレアは思いつつもマリーの胸に顔を何度もこすりつけ、マリーもいとおしさから強く抱きしめる、しばらくすると段々アキレアの動きがげしくなり、マリーも何かちょっと様子がおかしいことに気づき力を緩めると、顔を出したアキレアは言った。
「く、苦しかったー……」
「あ、ごめん……」
「でも……ありがとね」
アンジェリカは頭に手を添えて撫でるだけで、頭を強く抱いたりはしなかったのだろうということにマリーは気づく。
「うん……アンジェさんの代わりにはなれないけど……」
「マリちゃんがアンジェさんの代わりだなんて思ったことないよ」
「いやー青春ですねぇ」とアコニーは笑う「まるでわたくしはこの空間の異物ですよ」
「あ、ご……ごめん」
「や、アコニーさんをのけ者にするつもりはなかったんだけど……」
「いやいやいや、イチャイチャしてる二人の間に入るのは無作法なことこの上ない」
マリーは顔を真っ赤にして動揺しているが、アコニーはさほど気にしないそぶりだ。
「どうします? 今日の外食はやめにいたしますか?」
「えっ? あ、ああ……えーと、どうしよ?」
「行く、ぱーっとやりにいく! ごちそう食べる、いっぱい!」
「よろしい」
アキレアにとってアンジェリカは大きな存在だし、しばらく気持ちの整理はつかないだろう、それはちょっと妬ましいところでもあるが、二人の濃い関係を考えたらそれも仕方がないことだろうとマリーは思うことにしている、ふたりが出会ってまだ半年に満たない、これから一緒の時間を重ねていけばいい。
次回は最終回です。




