それぞれの道の巻
このところローランドを見ていないが、シオールはさほど気にはせず、ただマリーのことばかり考えている、二年ほど付き合った唯一の友人の別離宣言よりも、半年に満たない付き合いの気になる異性が自分から離れたことのほうがショックと怒りが深かった。
そういうと薄情に聞こえるかもしれないが、よくある話ではある。
兎角、本当はシオールのただの片思い、好きな女の子が愛を注いでいくれない、それが切なく悲しいだけなのだが、彼の認識としてはせっかく守ってやっていたのにマリーが俺を裏切った、ムカつくといった形に脳内変換する。
勿論、ローランドに対する怒りも当然あるのだ、いつも独りでいる姿を見てざまぁとさえ思っているし、謝罪されてももう遅いと冷たく突き放してやる妄想もたまにするが、主に考えることはマリーのことばかりで胸が締め付けられ腹も立ってくる。
俺をコケにしたことを後悔しろ……
とはいえ、彼自身が刺しにいくことはない、それは好きな女が思い通りにならなかったことを恨みに思い凶行に走るというダサい負け犬の行動なのだ、漠然と自分から好きになった時点で負けだと認識しているシオールはプライドの高さから、そういった見苦しい凶行には走れない。
そして、最近はこれ見よがしに嘲笑う奴もすっかりいなくなってしまったので、正当なる暴力で憂さ晴らしもできずますます鬱憤が溜まる。
目下、彼の望みはマリーがシオールが如何に価値のある存在であったことづいて縋ってきたところを冷たくあしらうことである。自分の見る目のなさを深く後悔しているのを尻目に、成功を収めているのを見せつけて「ざまぁ! 今更媚びてきてももう遅い!」という展開で、その後どこかで堕ちたマリーをどこかで助けてやり、憐れんでやる、それで愛人くらいにはしてやってもいい、俺を軽く見ていなければ、お前が馬鹿なことをしなければ愛してやれたのにと。
相手が後ろめたさを感じているから結果として優位に立てる恋愛関係という最悪なまでにカッコ悪い夢想しているのも、結局人生がまったく上手くいっていないからに他ならない。パーティ解散後、アンジェリカと仲良かったギルド職員がどこかのパーティの助っ人の仕事を持ってきたので引き受けたはいいが、強い魔物を殺したら何故か非難されて意味が分からない。
「危険だから引こうって言ったんだけど、なんで無視したの?」
「倒したから問題ないだろう」
「今回は上手くいったからよかったけど、それで取り返しのつかないことになったらどうするつもり?」
「あの程度の魔物など楽勝だが?」
「だからそういう話をしてるんじゃなくて」
「確かにあんたは強い、それは認めるが、勝手な行動がほかの人間を危険にさらすことも考えてくれ」
「俺ならそうなる前に殺れると言っている」
「いや、自信過剰すぎるでしょ……いつもそうとは限らないって思わないの?」
「やれやれ、お前たちのレベルではそうなるのか」
その無礼な態度に戦闘職の男が食って掛かろうとするが、リーダーのは抑える。
「一人が勝手な行動が仲間全体を危険にさらす可能性があるんだから危険な行為は避けてほしい」という話をしているのに対し「俺は強いし実際に勝っている、何が問題なんだ」とシオールは言う、そんなかみ合わない会話に失礼な態度繰り返すのだから、腹も立てば疲れてもくる、不毛なのだ。
「大体、弱いのは自己責任だ、強い奴の足を引っ張るな」
パーティの魔女はため息交じりに言った。
「あのね、君の身勝手さはアンジェリカの顔にも泥を塗ることになるんだよ」
「なんでアンジェリカの話が出てくるんだよ」
「いろいろ言われているけど腕は確かだし、何かあったら助っ人として使ってやってくれって、頼んでくれたのはアンジェリカなわけ」
「知らんよ、あいつが勝手にやったことだろ」
その言葉を聞いて一同「こいつはだめだ」と思った。
「いやあんた……オレらは確かにゴンタクレだけど、仁義ってもんがあるっしょ」
「頼んでもいないことを勝手にやった奴に報いなければならない理由などないな」
アンジェリカとしては、今のままでは破滅するからせめて人と関わりいくら強くても独りでは生きられないことを知ってほしかったのだろう。だがシオールとしては余計なお世話だったし、あいつは結局俺を過小評価してるという苛立ちにつながるのだ。
「それともなんだ、善意でやったことなら迷惑でも、感謝しろとでもいうのか」
「その意見は……わからなくもないが、それじゃやってけんよ」
彼らも冒険者パーティという無頼の集まりであるから、そういわれると確かにその通りのような気もするが、この件に関してはこの問題児のために最後まで心を砕いてくれたアンジェリカに感謝くらいしてもいいだろうと思う。ただ、なぜそうなのかを説明してもシオールが納得するとも思えない「アンジェリカの頼みじゃなかったら誰もお前に助っ人なんか頼まない」という事実を伝えたところで、喧嘩腰な態度でトンチキなことを言い出すとしか思えなかった。
「君ね……そんなんじゃやってけないよ」
「それは俺が倒したコイツを倒せるようになってから言ってくれ」
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、倒した魔物に視線を向け勝ち誇ると、パーティメンバーは不愉快そうにしていたが、リーダーと魔女が目くばせし首を横に振った。
シオールは報酬を受け取る際パーティの連中だけでなく、アンジェリカと仲が良かったギルド職員ともう一人の奴からも文句を言われて気分が悪くなった。
目的を果たせば全く問題ないだろうという正論が奴らには通じない、今回も相手が勝手にキレてくるのが悪いのに喧嘩を売るなだのといろいろとうるさいのでウンザリしている、というのがシオール側の心情である。
「何度も言うが、俺は俺の実力で目的は達成しただけだ、一体何の問題があるんだ」
「ああーっもう! 何度言えばわかるの!?」
「君は確かに信じられないくらい強いけどさー……独りじゃろくに休息もとれないでしょ、仲間がいないと辛いよ~」
スワルティアは社会での立ち振る舞いに苦言を威呈しても暖簾に腕押しなので、合理性に訴えかけてはみたが。
「雑魚と組んでも足を引っ張られるだけだ、今回だって俺が魔物を討伐してやったのに文句を言われたしな、」
ギルド職員たちは呆気にとられ、それからため息をついた。
「はぁ……アンジェリカはどうやってこの子をおとなしくさせてたんだろ……」
「なんでアンジェリカが出てくるんだよ」
結局、組んだパーティからは「アンジェリカには悪いけど、彼とやってくのは無理」と言われてしまった。
正直、顔がいいのと強い以外は問題だらけというか、非は絶対に認めないし、頭も下げない、そして話が通じない、それだけなら底辺与太者には時折みられるものだが、その厄介な性分を信じられない強さで補強してしまっているのがタチが悪い、冒険者はろくでなしだらけだし、扱いづらい奴はいくらでもいるが、彼らだって社会性は無視できないことくらいは肌で感じていて、一線を越えてしまうことはめったにない。
彼はある種の反骨心というべきか、気概ともいうべきものがあって力や数には屈服しない……アンジェリカはそこはある意味長所でもあると評していたが、ただでさえ難のある人格をさらに手の付けられないものにしていた。
そして物事認識がシンプルというか幼稚なのだ、強ければ腕一本で成り上がれる、だいたいの問題は強ければ解決すると多分本気で思っていて、人間関係というものを非常に軽んじている。
ただ、攻撃的な割には女子供や無抵抗な相手に対しては暴力は振るわないというは本当みたいだし、アンジェリカに頼まれたからだけではなく、彼はまだ若いから見放すのは忍びないとも思ってはいるが、自分より強い相手に殺されない限り考えを改めなさそうというか、下手したら死に際でも考えを改めなさそうで、ゲンナリするのである。
やはり、弱い奴と組むとろくなことにはならんな
一連のことを思い出すとなんだか腹が立ってきて、そこからマリーの裏切りが余計に腹立たしく思え、その元凶だと思うアキレアに対する怒りも当然わいてくるが、それでもマリーのことばかり考えてイライラしている、目をかけてやってたマリーがあのクソガキに唆される程度の知能しかなかったこと、そして自分を雑に扱い離れていったことが腹立たしい。
ある日、イライラしながら歩いていると久しぶりにローランドを見た、アンジェリカと連れ立っており、その姿に何か説明しづらい気まずさを感じ、二人に気づかれる前にその場をあとにする。
シオールはローランドに友情を感じていた、だが、同時に下に見てもいた。
フィジカルは認めている、だからフィジカルを生かして成功するとかならシオールは素直に認めることができただろう、だが格下の男が自分が得られなかったものを得る、それが女に選ばれるというなのだからかなり不愉快な事態であった。
格下の友人が異性を得たとき男がしたいことといえば、男社会の序列に従い寝取ってこちらが格上であることを知らしめることだが、実際そうはいかない。
また、それとは別にシオールとしてもアンジェリカは年上過ぎる、すごい巨乳だし遊びならよさそうだが、行き遅れのヒーラーに責任をとれとか言われたら正直面倒くさい。
結局最も手軽な溜飲の下げ方は女の価値を下に見ること「あいつはこの程度の女しか得られなかった、俺なら妥協はしない」とか「哀れなローランドは行き遅れの年増女にまんまと騙された」と考えることである。
シオールは勿論ロジカルに自覚的に思考しそういう結論に至ったわけではなく、実に自然な流れで異性を得られない自分自身の立場を合理化したのだ。
だが、馬鹿にしてみたところでシオールの気が晴れるわけではない……ローランドの幸せの何か不愉快に感じられてるのは、元々格下として見ていた以上に、自分自身が何一つとして満たされていないからだ、彼の傍にもしマリーがいたならば、こんな気持ちにはおそらくならかっただろう。
何かにケチをつけたくなるのは生来抱えている邪悪な根性よりも、大抵の場合欲求が満たされない苛立ちや悲しみに起因するものではないだろうか、満たされなさは心を荒ませる。
ローランドはアンジェリカと共にドミナスに戻ってきた、正式に冒険者をやめナモナキ村の住人にるための手続きのためである。
アンジェリカとローランドは互いに憎からず思っているのだから、ふたりの距離は当然縮まったのだろう、ギルド職員のスワルティアもそこは察したが深くは触れなかった、アンジェリカがアキレアを溺愛していたし、アキレアのアンジェリカへの信愛も尋常ではなかった、そこにどう折り合いをつけるのだろう。
「しっかし、君も思い切ったことするんだねぇ」
「いえ、あのアキレアがナモナキ村に連れて行ってくれて……」
「へぇ、あの子がねぇ」
「で、こうやってアンジェさんと、はい」
冒険者時代はアンジェリカと呼んでいたが、冒険者の面子とやらで、パーティ内の女よりも明らかに立場が下だとナメられるからという、助言に従っただけで、ローランドとしてはずっとアンジェさんと呼びたかった。
アキレアが行動を起こさなければローランドは今でも独りでいたことだろう、だからアンジェリカと共に彼女に礼を言わないわけにはいかないが、どういえばいいのかわからない。
自分のために身を引いてくれたアキレアにアンジェリカを会わせるのはよくないかもしれないとも思ったが……もしこれで、やはりアンジェリカがアキレアのほうを選ぶならば身を引こうと思っている、それが愛する女性と幼き友とって幸せならばやせ我慢しなければならない、幸せとは女子供のためのものであり、男は独り茨の道を歩むものである、その先に何が待っていようとも……正直そんな人生を送りたくはないが彼は騎士である、仕方がないのだ。
ふたりがドミナスに戻って二日目、仕事終えたアキレアたちが戻ってきた。
「アンジェさん……?」
「アッちゃん……」
スワルティアは「募る話もあるだろうから」と、場所を用意してくれた。
泣き出しそうなアキレアの背中をマリーは押す。
それから、ローランドは「ちょっとトイレに行ってくる」と席を外し、出る機会を逸したマリーとアコニーは少しわざとらしく本なんかを見ている。
アキレアは久しぶりにアンジェリカの胸で甘えて泣いた。今まではこうなってしまうとなかなか離れたがらなかったし、実際結構長いこと甘えてはいたが。
「いままでありがとう……」
アキレアは自分からアンジェリカの胸から顔を離す。
「私もアッちゃんと一緒にいられて幸せだった」
そういわれてまた涙があふれ出てきたので、胸に顔を押し付けて涙を拭く、アンジェさん大好きと言いたかったが、そんなことを言ってしまったらきっと安心して新しい人生を歩めない、やせ我慢は乙女の華である。それに嫌がっても大人になるのだから仕方がない、耐えなければならないこともある。
アンジェリカも一言では言い表せないいろいろな思いがあり、ついアキレアを強く抱きしめてしまったが、ゆっくりと力を抜いた。
アキレアは今度こそ自らアンジェリカから離れ、マリーにしがみつく。
「アッちゃん?」
「……ごめん」
「いいよ」
マリーもアキレアを抱きしめるが、今回は頭を強くは抑えない、撫でるだけだ。
その様子をアンジェリカは見守る、少し悲しく、ちょっと寂しく、でも嬉しい、今なお甘えん坊だがアキレアも成長していて、傍にいてくれる人もいる、日に日に綺麗になってゆく可愛いアキレアを見守れないことは残念だが、望むこと全ては得られないものなのだからしかたがない。
トイレに行っていた、実際はふたりの邪魔をしないよう席を外していたローランドが戻ってきた。
マリーにしがみついているアキレアを見て、ローランドは安心する。
「随分長いトイレだったね」
「ああ、でっかいのが出たからな!」
アキレアの言葉にローランドが応えると、その場にいた者たちは皆笑った。
アンジェリカはアキレアに対してある種のときめきは感じていたものの愛情のほとんどは強い母性愛で年の離れた妹、アキレアにとってのアンジェリカは姉であり母であり、親友であり、初恋の人であった。
母子のようであり、年の離れた姉妹のようであり……互いの愛情の在り方の非対称性に気づいたのはいつからだろう、だけどとても居心地のいい、幸せな時間だった。
夢はいつか覚めてしまうが、見ていたことを幸せだったと呼びたい、これからの人生は甘い綿菓子のような夢ではなく地に足の着いた現実、でもそれだって悪いもんじゃないことをアンジェリカは知っている。
帰りの駅馬車でローランドは恐る恐る問う。
「アンジェさん、本当におれでいいんですか? おれ、可愛くないし……」
「ストロマンテ君のそういうところ、可愛いわよ」
などという気恥ずかしいことこの上ないやり取りが繰り広げられていたが、迎えに来たバーベナは「やれやれ」と笑いつつ、聞かないふりをしていた。
アンジェリカとローランド、アキレアとマリー、アコニーもそれぞれの道を歩き出した、シオールがどうなったかについても触れなければなるまい。
休憩時間を終えた昼下がり、窓口を担当していた職員が小走りでやってきた。
「スワルティアさん、物狂いです……」
「やっと来たの? 午前中に来いって言ったのになぁ」
「ほんと、スワルティアさんってお人よしですよね」と後輩が呆れ気味に言えば「でもアレ、あんた好みの美形じゃん」と、もう一人の後輩が茶化す。
「多少の馬鹿なら愛嬌だけど、アレは無理ですね」
「まー失礼な奴だけど、危害を加えてくるわけじゃなし、異常に剣の扱いが上手い珍獣の類だと思えば多少は」
ギルド内でもシオールの戦闘力については一定の評価があり「馬鹿とはさみは使いようだし、何か生かせる方法はあるんじゃないか」だとか「あの性格じゃなければなぁ」と言われている。
ただ、誰もがシオールと関わりたくはない、いわゆるシオールくんがかりをやってくれる物好きはスワルティアだけだ。
それもアンジェリカへの義理があるからが大きいが、孤立無援なのはさすがにかわいそうという情けもあった。
「先に言っておく、くだらない仕事を押し付けてくるなよ」
開口一番がこれなので、スワルティアはちょっとイラッと来たが、これはそういう珍獣だから仕方がないと、作り笑顔で対応する。
「あははは、いやー今日も元気に喧嘩腰だなぁ……」
「俺は言うべきことは言うし、実力で認めさせる主義だ、胡麻擦りで成り上がるギルドのお前たちとは違う」
うわーどんな話を聞きかじったのかな、さらに独自の世界観が構築されてる……
「そりゃね、実力よりも人間関係の立ち回りの上手さで出世してくのはおかしいよ? でもそれは人間関係を無視していいって話じゃないし」
「周りに媚びて生きてく人生は楽しいか?」
ああーもういいや、それで……
さすがのスワルティアも、たまにコイツ討ち死にしないかなって思うことがある、でも死んだら死んだでかわいそうだと思うタイプだ。
「今日は別の用事、よいしょっと」重そうな袋をカウンターに置く「ローランド君から君に」
「……なんだよ」
「もう使わないから好きにしてくれていいからって」
袋の中身は大盾、それから皮鎧の増加装甲に使っていた魔法金属の小片や、ドラゴンの鱗だった。
「こんなもの、俺にどうしろというんだ」
「要らないなら買い取るけど」
「ああ、俺は使わんからな、そうしてくれ」
「ふーん……じゃ査定するからちょっと待ってて」
なんでこんなもの俺に寄こすんだ……あいつ俺を憐れんでるのか?
大盾はシオールの一存でローランドと折半で買ったもの「お前の盾だ、半分は出してやる」というと「な、なんでそんな勝手に……おれ、今手持ちが……」と困惑していた。
鎧に取り付けた増加装甲にもいろいろな思い出がある、なんか入ってそうなツボを割れば「貴重な遺物をそんな雑に扱わないほうが」宝石がはめ込まれた変なものを壊そうとすれば「いや、壊してもってくのは……」魔物と戦おうとすれば「なんでそんな殺る気満々なんだぁ~」……思い出すローランドはいつもだいたい困っていたり、狼狽えている。
デカいくせに臆病でヘタレなんだよなあいつ……
ふと、友達だからとローランドは言ったこと、そして自身もまた友情を感じていたことを今更思い出す、格下という気持ちはあるし、ここ最近ローランドのくせにという気持ちばかりだったが、ローランドはシオールにとってただ一人の友達だった。
アンジェリカといいお前といい、余計なお世話なんだよ……
「こんな感じでかな」スワルティアは内訳を見せる。
「おい、この程度なのか? 安すぎるだろ」
「いや……これから生活厳しくなるだろうし、ちょっと色付けたつもりなんだけど」
「もっと高く売れるところで売る」
「あ、そう」
シオールは小物を乱暴に袋に詰めなおし、盾を片手に持ち踵を返す。
「袋はちゃんと返してね」
スワルティアにはそれがいつものおバカな思考の結果なのか、それとも友情に思うところがあったのか、或いはまた別の理由なのかはわからない、ただ……友情からだったなら少しは救われると思っている。
別にギルドに売ってもよかった、だいたい本当は高額で買い取ってくれるあてなどない。
だがシオールはこれらを手放すのはもったいないと思った、上手い説明はできない、手元から失われるのがなんだかいやになったのだ。
ローランドのくせに俺を憐れみやがって……
心の中のもやもやを押し殺すように何度もそう考える、そしそれが幼稚な身振り手振りという形でつい表に噴出してしまったところをマリー達に見られてしまった。
マリーはそのリアクションに気づかぬふりで軽く会釈し、アキレアは一瞥したが無視を決め込んでいる。
「おい」
「はい?」
「マリちゃん、いこ」
「パーティのお誘いに関してはお断りいたします」
「誰が頼むか、そんなこと」
「これは失礼、喧嘩を売りたいのでしたら、間に合っておりますので悪しからず」
「あんたは俺をなんだと思っている?」
「ほう、では何の御用でしょう?」
シオールは「ああ……」と目を逸らす。
ローランドとアンジェリカに伝えておけ、俺を憐れんでいるのか? ふざけるなとな……と言って、この荷物を押し付けたかったが、口から出たのは、何故かはよくわからないが、さっきから何度も打ち消そうとして打ち消せなかった気持ちだった。
「悪かった」
意外な言葉に三人は驚く。
シオールだってなんでそんな気持ちになったのかわからない。
「それから世話になった……とローランドとアンジェリカに伝えてくれ」
「わかった、必ず伝える」
いつもは帽子の鍔の割れ目からに軽蔑の眼差しを向けるだけだったアキレアがまっすぐ見据えて言った。
「お前が? 何かあればすぐアンジェリカの胸に顔突っ込んでピーピー泣いてたお前が?」
「見損なうな、お前とあたしは友達じゃないけど、お前もあたしもローランドさんの友達だ、それくらいのことは頼まれてやる」
アキレアに対しては何か言ってやらねば気が済まなかったが……、そう返されたのは妙な気持ちだった、少し心が軽くなったとでもいうべきか。
「……そうだったな」そう言ってシオールは歩き出そうとしたところで「あの、シオールさん」とマリーに引き留められ立ち止まる。
「あなたはとても強い剣士です、でも……誰も独りじゃ生きてけないんですから」
パーティの誘いか? そうか、やっと気づいたか……やれやれ、今回は許してやるか
「お前の頼みなら……まぁ聞いてやるよ」
「むやみに喧嘩を吹っ掛けたりしないで、もう少し人と仲良くする努力をなさってください、ローランドさんも、アンジェリカさんも、スワルティアさんも、このままじゃシオールさんは自滅しちゃうって心配してるんですよ」
まったく……どいつもこいつも余計なことばっかり言いやがって……
「あ……ああ」その声は上ずっていた「努力はする」
「それでは」とマリーたちは歩いてゆく、ひとりきりのシオールとは反対の方向へ。
えっ……と思ったが、何故か妙な納得はあった、と同時にこみ上げ来る感情はいつもの怒りではなく悲しみだった。
努力はする、とはいったものの、その努力の方法が全然わからない。
わからないが……少なくとも今はそんな気分になっている、きっとそのうちいつも通りのシオールに戻ってしまうことだろう、それが一番心が楽なのだから仕方がない。それはシオール個人の気質というより、人は多くの場合今のままではよくないことはうすうすわかっていても、正解がわからない以上、苦しみながらも徒労に終わるかもしれない変化を望むより、今すぐではないがいつか破滅する現状維持をよしとしてしまうものだからである。
シオールの傍には自分に惚れていると思ってたけどそうではなさそうな女も、仕切り屋でお節介焼きな女も、デカくてウジウジしているただ一人シオールを友達だと言った男もいない、力になってくれそうな者たちは皆去ってしまった、この心細さが寂しいということなのだろう、だが今更もう遅い、あの頃にはもう戻れはしない。
孤独、所詮人は独りなのだ……しかし、この胸に染みるような冷たい雫は何だろう。
シオールはこれからも己の剣を信じて生きてゆく、相変わらずプライドが高く愚かであろう、だがそこに少しだけ今までと違うものを抱えているかもしれない。
仕方ない、ダンジョンにでも行って、魔物にてこずってる雑魚たちを助けに行ってやるか
そんな奴がどこにいるかわからないし、いるという保証もどこにもない、だがシオールはそういう奴なのだからしょうがない。
今はもう強ければ尊敬され、女は惚れるし、富も名誉も地位も何もかも手に入り、腹の立つ奴をわからせることができる、というわけでもなさそうなことは薄々気づいてはいるがシオールは剣の腕を示すこと以外自己表現のすべを知らない。興味のないもの軽んじ続けた彼の傲慢さ故、頭の中にあるのは無知という暗闇である。
何も見えない闇の中では、どうするべきかも見えてはこないが、シオールにできることといえば、歩き続け。剣を振るい続けること以外にない。
ゆえに、マリーたちとは決して交わることのない道を歩くしかないのだ。
ダンジョンは洞窟を抜けた先にある異界、かつては正式名称もあったはずだが人々はそれを忘れて久しく、今は本来城の天守や地下迷宮などを意味するダンジョンという名で呼ばれている、そこには草原も森林も海らしき広大な塩水域もあり、そして遥か向こうに聳える山の頂上に立つ巨大な城らしきもの、それは奇妙なことにどちらを向いても正面に存在し、見る方向により形も変わる。
どれほど遠くにあるのかはわからないし、どういったルートを通ることが最良かも、そもそもどれだけ進めばたどり着けるのかすらわからない。
だが目標は見えている、目指して進み続ければいつか誰かがそこへたどり着くだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
自分は基本的に自信のない人間で、あれこれ手直ししたくなるし、そもそも些細なことで心が折れそうなので、まずは完成させ、何度か手直ししたらどれだけ不格好でも投稿してしまおうと。何しろ完成させたはいいが、怖気づいてお蔵入になった、最初に投稿するはずだった異常に長い話とかありますし。
当然、投稿してから誤字脱字やら、やっぱここは直すべきだなとか、ダンジョンの北とかどう決めたんだ?とか、まぁいろいろと粗が見えてくるわけですが、とりあえずは仕方なき事であると割り切りました。
今作は群像劇といったところでしょうか、当初はもっと淡々と一人が抜けた結果壊れてゆくパーティをの話を書くつもりだったのですが、なんでただ強いだけのシオールとパーティー組んでるんだ? と思えてきたので、彼生い立ちやなりに誇りや矜持を考えたりとか、アキレアもアンジェリカのことは慕っているものの、もっとニヒルな皮肉屋だったのですが、行動原理から生い立ちを逆算しつつ、昭和の頑固親父戦争帰りPTSD説や谷山浩子さんのあたしの恋人という歌のイメージがいつの間にか混入した結果、とんでもない甘えん坊になりました。
ローランドは名前の通りゴリラっぽいイメージを当初は想定していたのですが、両親や幼少期を鑑みて、性格はともかく見た目はそこまでゴリラにならないだろうなと。
あと、彼も最後は独りになる予定でしたが、ネペタを惨殺した少年たちは多分、子供の頃の悪魔退治を武勇伝として語るのはちょっとウザいが概ね頼れる街の男たちで「俺らもガキの頃はやんちゃしてたけど~」みたいなことを言うような大人になるだろうと想像できてしまったので、これではあまりに救いはないのではないかと、シオールも含め物語の結末を変えたのは彼を掘り下げた結果です。
逆にアンジェリカは最後ローランドとくっつく以外はあまり変わらず、マリーやアコニーも大きな変化はありませんが、アコニーの少女時代はもっとアレな年上の男に惚れていて、失望するみたいな流れになる予定でした。
あとギルド職員のスワルティアは予定よりもずっと出番の多いキャラになりましたね。
キャラ名はすべて植物由来という、体に優しそうな感じであります。
アンジェリカはセリ科トウキ属の植物、北日本には巨大なトウキ属、エゾニュウというのがあります、まぁ巨乳だから巨大なニュウ……というわけでですね。
シオールはセイヨウトネリコ(フラキシヌス・エクセルシオール)からで、エクセルだと表計算のソフトみたいだし、シオールは割と美形感ある響きなので。
アキレアはノコギリソウ属、魔女が用いた薬草の一つからチョイス。
ストロマンテはクズウコン科の植物でなんとなく響きの良さでローランドという苗字とは縁もゆかりもないのですが、養父のゴッセリーニはローランドゴッセリーニというパイナップル科チランジア属の植物が由来です。
マリーの本名マンジュは曼殊沙華ではなくマリーゴールドの和名万寿菊、マリーゴールドの名を持つ植物にはもう一つカレンデュラがありますが、マリちゃんって呼ばれるほうが可愛いなということで。
アコニーはトリカブトの属名アコニツム、ウズは烏頭でトリカブトの生薬名ですが、プクサキナはアイヌ語でニリンソウを意味しており、これは芽吹きがトリカブトと似ているからですね、間違えて摘まないよう注意しましょう。
スワルティアはセンブリ、千回煮だしても苦い薬草。
あと、サブタイトル末尾にある「の巻」は個人的な趣味で、なんか垢抜けないちょっとレトロな感じが好きだったりするので……




