パーティ崩壊の巻
一週間後、顔を合わせるなりシオールは「おい、どういうことだ」とアキレアに凄む。
「何がさ」
「お前ら、一週間どこに行ってた? 買い物をするとか言ってたよな」
「アキレアが辛そうだったのでメンタルケアも兼ねて、アンジェリカさんのところへ」
「あの、お土産、ナモナキ名物東洋のラディッシュです、大きいでしょ? 生でサラダにしたりとか、煮たり……」
と、宥めるためマリーは大根を見せたが、シオールは「あとにしてくれ」と不機嫌に対応する。
「お前さ……アンジェリカのところに行くなら一人で行けよ、ほかの人間を巻き込むな」
「いえ、これはわたくしからの提案です、我々としても、気晴らしや新しい知見を得ようと思いましてね」
「勝手な行動をとるな」
何か言おうとしたアキレアをマリーが遮りアキレアも自分がしゃべるとややこしくなることを理解し、口をつぐむ。
「リーダーに無断でドミナスを離れたことに関しては謝罪いたしますが、話せば許可が下りないと思いまして」
「当たり前だ、リーダーの許可が下りないことはするな! そうやってこいつを甘やかすから調子に乗るんだ」
「しかし、円滑な業務を持続するうえでパーティメンバーのメンタルケアは必須かと」
「それが甘ったれなんだ!」シオールは近くにあったものを蹴り飛ばす「どいつもこいつも! なんでお前ら勝手に仕切るんだよ!」
年上の女は仕切るから気に入らない、年上じゃなくても妹やアキレアは生意気だから気に入らない、素直で従順なマリーもこいつらに毒されそうで頭にくる。
不機嫌なシオールにローランドの顔がこわばる、不機嫌な母がフラッシュバックする、だが葉を食いしばり、自らを奮い立たせる。
ローランドには蔑ろにされたシオールの怒りも理解できるが、アコニーがそうするしかないことも理解できる……どうにもならないことなのだ。
そして、このどうにもならない状況なのに、パーティを組み続けるのはどうなのかと……アンジェリカへの恋慕の情だけではない、いなくなって上手く回らなくなってきた時からずっと考えていた、だがそれでもまだ……シオールを見捨てることに抵抗が残っている。
「なぁ……」
「少し黙れ、お前には関係ない、口をはさむな」
その一言でローランドの気持ちは決まった。
「パーティを解散したほうがいいんじゃないか?」
ローランドの発言にメンバー全員が驚いた、誰もが考えてはいたが彼は言わないだろうと思っていた発言である。
「は? 何を言っている?」
「このまま続けても、気持ちよく冒険なんてできないだろう」
「パーティのリーダーは俺だ、お前は黙ってろ」
「おれだって……何か言う権利くらいあるだろう」
「リーダーの俺を差し置いて解散宣言する権利なんてあるのか!? だいたいお前に何がわかる! まだアンジェリカのことでウジウジ恨んでるのか? ならお前だけ出てけよ!」
脊髄反射で喋る、シオールのいつもの悪い癖であった。
ローランドに対する扱いに怒りを覚え、不意打ちを食らわせようとしたアキレアをマリーが抑える。
ローランドが口答えしたということにイラついているというのが表層的なシオールの感情だが、それ以上にパーティメンバー全員が自分に向けている視線が彼を苛んでいる、味方がいない孤独や疎外感がつらいのだ、だが彼はそんな自身の気持ちをうまく理解できない、その得体の知れない感覚がシオールをますます苛立たせるのだ。
「あの、わたしも解散したほうがいいかな……って思うんです、けど」
その一言にシオールは強いショックを受ける、二年間苦楽を共にした友人であるローランドに対する憤りが、付き合いは浅いが気になっていた女であるマリーの発言にによって吹き飛んでしまった。
「なんでだよ? お前……急に」
「なんでって、ローランドさんがおっしゃった通りですよ」
シオールはローランドの解散したほうがいい、以降の話などろくに聞かず、ほぼ脊髄反射で怒っていたようなものだし、自身の感情と向き合わない癖がただの怒りと苛立ちという形で表れてしまう。
「シオールさん、ずっと自分勝手だったじゃないですか、それになんでギルドの人たちにもあんなに無礼な態度をとるんだろうって……」
「俺はリーダーとしてパーティをまとめていかなきゃいけない、ほかの奴らにもナメられないようにだ、それを……それにもし俺が自分勝手ならお前らの頼みを聞いて休暇を許可なんてするか? 取り消せよ! 自分勝手はお前たちだ!」
「あの、気持ちよくお仕事ができる環境でしたか? ずっと空気が悪かったことに気づいてなかったんですか?」
「それはこいつが逆らってくるからだ!」アキレアを指さす「こいつが反抗的だからだろ!? なんで俺ばっかり……コイツに何を吹き込まれた!?」
「何も吹き込まれてません、アッちゃんとの喧嘩だけじゃありません、ローランドさんやギルドの人たちに対する態度も、見ていていい気分じゃなかったって言ってるんです、甘やかすなとか媚びるなとか……」
「甘やかせば甘ったれるか図に乗るかだ、媚びればあいつらは図に乗るんだよ、それくらい理解れよ!」
「ですからね……媚びるとおっしゃいますが」
「マリー今は何を言っても火に油を注ぐだけです……こうなってしまった以上もう積み重なった問題からは目をそらせないので、パーティを解散すべきか否か、多数決で決めましょうか」
「だからなんでお前が仕切るんだよ!」
「今のあなたは頭に血が上っていていて話が通じない」いつも通じないけど……とアコニーは思いつつ「ですから、やむを得ないこととご容赦いただきたい」
「感情的なのはお前たちだ、感情的だからアンジェリカのところに行ったんだろう?」
「決断するのはいつだって感情なんです、理性なんて感情による決断のつじつま合わせでしかないんですよ」
「女はそうかもしれないが、男は違うんだ」
「それではパーティは解散すべきと考える方は挙手を」
「俺を無視するな!」
シオール以外の三人は黙って手を上げ、それを確認したアコニーも最後に手を上げていった「決定ですね」
正直強引で一方的なやり方ではあるが、こうなった以上は他にできることはないとアコニーは思っている。
「だから! なんで勝手に決めるんだよ! なんでお前が仕切るんだよ!」
食って掛かるシオールをアコニーは冷たい目で見降ろす。
「あのですね、シオールさん以外全員の意見は一致してるんです」マリーは努めて穏やかに諭すように言う「なのにリーダーが解散したくないから解散しないなんて、それこそ勝手じゃないですか」
「マリー……言ったよな? ダンジョンの奥を見たいって」
「今までありがとう」そうシオールに告げ背を向けて去ってゆくローランドにアキレアは「ちょっとまって」と声をかけたがローランドは少し困ったように笑い首を振る、シオールは去り行く友を一瞥しただけでマリーを引き留めることに夢中だった。
「俺は、お前にそれを……見せてやるって、言っただろ?」
「もうそれ以前の問題なんです、楽しく冒険できる空気じゃないですから」
別にあなたとじゃなくてもいいです、というかあなたは無理……と言いたい気持ちを抑えたのは、マリーなりの気遣いだ。
「お前は俺の剣なしでダンジョンの奥を目指す気なのか?」
「確かにあなたはすごい剣士だと思います、でも強いだけじゃ人間関係は持ちません、それはわかりますよね?」
アキレアが「もういこう」とマリーの手をとったが「まだ話は終わっていない!」とシオールもマリーの肩を乱暴に掴んだ。
「いたい!」
「おまえーっ! マリちゃんが嫌がってるだろーっ!」
アコニーは杖で殴ろうとするアキレアとシオールの腕をつかむ。
「うるさい! まだ話は終わっていない」
「マリーが痛がってます、手をおはなしください」
目で自分に任せろという意思を伝えるとアキレアは杖を下げ、シオールは少し我に返り、マリーの肩を掴んだ手を離す。
「俺だって好きでこんなことしたんじゃない、お前らがそんな態度だから……」
「いい加減気づけ、マリちゃんはお前にウンザリしてるんだ」
「アッちゃん……」マリーは喧嘩腰のアキレアに触れようとしたが、ここでアキレアを抱きしめたりしたらシオールはますます逆上するのではないだろうか。
「それはお前が妙なことを吹き込んだからだろ!」
「見ていていい気分ではじゃなかった、マリちゃんが言ってたのを聞いてなかったのか?」
マリーに好かれたくてやっていたことが完全に空回りだった事実を認めたくないということもあるのだろう、それは裏切られたコケにされたという怒りに変換された。
心を深く傷つけられた怒りから、シオールは思わずアキレアを殴ってしまう。
「アッちゃん!」マリーはアキレアを抱き起す「……何するんですか!」
いつものシオールならば絶対にしないであろう行為に、そして追い打ちをかけるようなマリーの非難にひどく動揺する。
「いててて……」
「大丈夫?」
ほほをさすりながら抱き上げて回復魔法を使う姿はいささか過保護に見える。
アキレアは帽子をかぶり直してふんと鼻で笑い、鍔の割れ目からにらみつけると、シオールはバツが悪そうに眼をそらす。
「お前は女子供やローランドさんみたいに抵抗しなさそうな相手に暴力は振るわないって、アンジェさんがゆってたけど、買い被りだったみたいだね」
「お、お前がいつも生意気ばかり言うから……! お前は殴られないと思って調子に乗ってたんだろう!? なら殴ってわからせるしかないだろう……! しつけなんだよ!」
口ではそう言い訳するものの……女子供を殴るのは雑魚のすることだと彼なりに矜持をもって殴らなかったのに、しかも気になっていたマリーの目の前で最悪なまでにダサいことをやってしまった……心には言語化できない強い敗北感が黒いシミのように広がってゆく。
「むしろ、俺だからこの程度で済ませてやったんだ……普通ならこの程度では済まんぞ……それをわかれよ」
「今までお世話になりました」と、少し冷たい口調で言い放ち、マリーはアキレアをかばいながら小走りで逃げてゆく。
シオールはなんとか「おい……待てよ」と口に出したが……それ以上はできず、立ち尽くすしかなかった。
生意気なクソガキの肩を持つことも多かったのはいえ、マリーは自分に気があると思っていた、でもそれは勘違いだったのではないか。敗北感が黒く染みついた心にもう一つの強い敗北感がひび割れのように心に広がってゆく。食い止めるには行動しかないが、いつもなら何かしら見えていたはずのとるべき行動すらシオールには見えなくなっていた。
シオールはマリーが如何に自分の寵愛を受けるに値しない女であったかを考える、聖女とは言っても所詮は魔法使い、子供を産ませても男はほとんど産まれないし、あのクソガキに惑わされるような見る目のないバカ女なのだ。
顔がいいだけで胸だってアンジェリカやアコニーと比べると見劣りする、まぁ十分デカい部類だが。それにあの甘い声……自分のほうがマリーに惚れていたのだと、認めかけてシオールはそれを否定する。
シオールの性格上あり得ないことだが、マリーにその気がないことにもっと早く気づいていたなら彼のほうから追放、パーティ解散をしていたかもしれない。
振られそうだから振られる前に振るという選択はせこいプライドではあるのだが、彼には整った顔立ち天才的な剣の才能を除けば、空虚さとうらはらの見栄張る自信以外の何物も持ち合わせてなどいないのだから仕方がない。
無言で歩く三人、何を話すべきかマリーとアキレアにはわからない、アコニーも敢えて何も語らなかった。シオールのことが大嫌いなアキレアにも、何か後味の悪いものが残っている。
遠くにとぼとぼと歩いている大きな後ろ姿が見えた。このデカさ、見間違えることなどない。
「ちょっと行ってくる」
ローランドは途方に暮れていた、何が最良だったのかはわからない、ただ……このまま続けていてもよい方向に転がるとは思えない、このままではよくないことは確かだったからパーティの解散を提案した、それはいい……だが、これからどうしたらいいか、どうすべきなのかもわかない、右も左もわからないところに自ら飛び出す結果となり、不安しかないのだ。
「おぅい! ローランドさぁん!」
アキレアが小走りで駆け寄ってくる。
「もー先に行っちゃうんだもんなー……これからは四人でさ」
彼女は自分をパーティに誘いに来てくれたのだろう、アキレアたちと組めば今の不安は消える……しかし、パーティを解散するといったのだ、シオールを追放しようといったわけではない。
「ごめん……おれは、アキレアたちとは組めない」
本当は楽なほうに転がりこみたい、だが……ローランドは騎士である。
「えっ?」
「気持ちは嬉しい、仲間がいるほうが心強いし……けど、それじゃシオールだけ追い出したみたいで、あんまりじゃないか」
「グ、グム……」
ローランドは身をかがめ、アキレアと目線を合わせて笑う。
「おれもシオールにはウンザリしてるけど、まだ友達だと思ってるんだ……うまく言えないんだけど、あいつだけ一人ぼっちにするのは、やっぱりかわいそうじゃないか……余計なお世話かもしれないけど」
ローランドの言葉にアキレアははっとした顔をし「参ったな」とつぶやく。
「あたし、嫌な奴だからってなにしてもいいわけじゃないと思ってたつもりだった……でも、やっぱりあいつをのけ者にすることを何とも思ってなかったんだ」
アンジェリカの許へ行くとき指摘されて反省したはずのをことをまた繰り返している、同じ間違いを何度も繰り返している自分は、ばかなのかななんて考えたりもする。
「いや、一片の曇りもない人間なんていない、おれだって単に悪者になりたくないから、自分も独りになることで義理を通してるつもりになってるだけかもしれないよ」
「誘ってくれてありがとうな」アキレアの小さく細い肩に手を置く「それと最後まで不愛想でごめんって、みんなによろしく伝えておいてくれ」
「お待ちください」いつの間にかアコニーがいた「パーティ解散の手続きがございますので、お付き合いいただければ」
パーティの半分以上が解散に同意しているのだから解散はできるが、ローランドも手続きの場にいるのが筋というものである。
スワルティアは「まぁこうなっちゃうよね」と納得していた、それから「これから大変だろうけど、いろいろ相談に乗るから」とのことである。
「でもアンジェリカの言った通りね」 そう書類にペンを走らせながら言う「パーティを解散するなんてことになったら、シオール君と組み続けるか、義理立てして君も独りになるだろうって」
アンジェリカが自分のことをわかっていてくれたことにローランドは嬉しくなり、そして切なくなった。
「お疲れさまでした」
「あ、はい」
アコニーは最後まで得体が知れなかった、強烈な殺気を放ってみたり、気配もなくいつの間にかいる。
ローランドは思う、この人本当になんか怖いな……と。
「なんか困ったことがあったら声かけてよ、あたしもローランドさんの友達なんだからさ」
「ありがとう」
「またね」
「ああ、またな」それからマリーとアコニーにも頭を下げる「短い間でしたがお世話になりました」
アキレアの小さな後ろ姿に今は亡き友の面影を見た気がした、小さくて黒いローブと黒い小さな体、赤い髪と赤い首輪、共通点なんてその程度だから実際は大して似ていないのだが。
「これからどうしよう……」馬鹿だよなぁおれ……と苦笑いする「ま……どうにかなるさ」
カッコつけてはみたが、あてなどない。騎士道とはやせ我慢とみつけたり、二年前の独りに戻るだけじゃないか、また肉体労働で……でも、ローランドには趣味もなければ目的もない、今はもう……自分ひとりを養うためだけに労働するだけの生き方に明るい未来があるとも思えない。
アンジェリカだけではない、みんなと一緒にいることが楽しかったのだ。




