シオールとローランドの休暇の巻
シオールはマリーを待っていた買い物に付き合ってやると言ったのにいつまで経っても訪ねてこないことにいら立ちを隠せない。
さりとて自分からマリー達のところに出向くことはプライドが許さない、飽くまでマリーから思いを向けられていなければならず、自分が思いを寄せている側だということを認めてしまったら負けなのだ。
実のところ本当はマリーは自分に気がないんじゃないか? という疑念はチラついているのだ、でもそこは直視したくない。
女からアプローチするのははしたないと思っているのかもしれんが、俺はそんなこと気にはしないんだがな
そう都合のいい妄想をひねり出したがなんとなく釈然としないものを感じる、というより女からアプローチするのがはしたないと思っているからマリーからアプローチできないということならば、男である自分からマリーを誘わなければ無作法ということになるのではないか……そこにマリーにその気がないのではないか? という恐怖もちらつく。
あのガキ…マリーを唆したのか……
そこから無意識に目をそらせる結論、それはアキレアのせいにすることだった。
シオールとは非常に仲が悪いがマリーとは仲がいい、だから事実無根の悪評を吹き込んたりしているのではないかと考えたくなる、敵対者の存在というものは実のところプライドを維持するうえで非常に便利だ、気に入らない思うようにならない原因を敵対者に押し付けることができる。
これほどまでに仲が険悪なアキレアを追放しないのは「最強のメンバーを集めれば最強のパーティになってすべてが上手くいく」という彼にとって疑う余地のない真理に基づくものだが、アキレアの圧倒的な魔法の才能という価値だけではなく、気に入らない物事の理由を押し付けることで、シオールのプライドを守ることにも貢献しているのだ、当然それに気づいている者は当事者を含めて皆無である。
マリーのことで頭がいっぱいで悶々とするしかないため気晴らしに外へ出ることにする。
案外夜には「アコニーの目があって、抜け出すのに苦労してんです」なんてマリーが訪ねてくるかもしれないではないか。
ローランドでいいか……
もっとも彼がつるんで歩ける人間はローランドしかないし、とりあえず外に出てぶらついてはみるものの、無趣味な二人に行くところなんてない。
アキレアに対する怒りから気がらせず不機嫌な態度になる……が、シオールは基本的に影口を叩いたりはしない男だ。
うわぁなんかすごく不機嫌だなぁ……
「とはいっても……どこへ行くんだ?」
「そんなことはあとで考えればいい」
良くも悪くも本人の前で言わないと気が済まないし、そもそも影口を叩くの女子供というステレオタイプな認識、そして彼を馬鹿にする冒険者たちは基本的に影口や足を引っ張るのが好きな陰湿な輩も多いから、なおさらそれをより強い信念に変えているのかもしれない。
彼の問題点の多くは、そして美点についてもまたプライドの高さに起因している、ローランドはそんなシオールを困った奴だと思いながらも、ある種の敬意を払い、嫌いにはなれないのだ。
不機嫌な態度で歩くシオールと、後ろをついて歩くローランドをコソコソ嘲笑う冒険者たちが目に入った。
シオールの強さはもはや誰もが認めているが、あいつは馬鹿だからいじっていい相手という評価は今も変わっていない。冒険者社会の弄りとは基本的に「俺はお前よりも格上なので無礼な態度を当然とるが、お前は俺より格下だから無礼な態度は許さない」といった形のマウンティングであることが多く、それは上下関係を明確化し、無駄な争いを避ける機能を有している側面がある……のだが、どれだけ強さを見せつけてもシオールには「脳みその代わりに馬糞か何かが詰まっている幼稚な貴族の馬鹿ボンの中の馬鹿ボン」というレッテルが張り付いていて、冒険者たちはどうしても馬鹿にしたくなる、これは変な動物をおもちゃにしている感覚であると同時に、怒れポンチを用いたチキンレースやロシアンルーレットのような度胸試し、敢えて危険に身をさらすことで男らしさを表明する儀式でもある。当然冒険者間の罰ゲームに使われることもあるが。
そして圧倒的に強いにもかかわらず、頭が悪いから状況次第ではボコせそうだと認識してしまいそうな一種の隙もあり、実際疲弊したところ袋叩きにしてしまうのはお決まりの流れは、個人の強さには限度があり所詮社会には勝てないのだということを教えてくれるし、珍獣討伐をみんなでやり遂げたことで高まる結束もあった。
兎角、強いというだけで尊敬されがちな頭の悪い価値観が支配する冒険者の社会において、シオールは底辺与太者から見ても「強けりゃいいってもんじゃないんだな」という現実を実感させる稀有な逸材なのだ。
アンジェリカが抜けたこと、それに伴いシオールの社会性に欠ける行動が増えてきたこともあり、以前よりも陰でコソコソ笑われることは増えている、シオールとて最初は無視しているのだが、段々腹が立ってきて適当なところで数名ボコすという流れとなる、最初に喧嘩を売られた奴は不運だが、消耗したイカレポンチ相手ならば袋叩きにできる可能性があるわけだし、悪い賭けではない。
「おい、雑魚」シオールは胸ぐらをつかむ「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」
「ダサっ、ただの弄りじゃん……何マジになってんの?」
彼はシオールと同じ貴族の息子だったが、今はすっかりわからせられて、パーティのいじられポジションに落ち着いているが、だからこそシオールみたいな非人格化されて嘲られる存在を小馬鹿にしてやりたいのだ。
あれ? なんか今日いつもより早くない? と胸ぐらをつかまれた男は、少し動揺しつつも余裕を取り繕う笑みを浮かべていたが、そのままシオールに何発か殴られ失神する。
「おや? 軽く殴った程度なのにコイツ、意識がないぞ?」
シオールのイキリ発言だ。
仲間たちも気が荒い、彼らは立ち上がり「なにしやがる!」「てめえ! ボコすぞ!」「殺してやる」と凄む、普段はいじって嗤う格下の仲間だが、この馬鹿に愚弄されると無性に腹が立つ程度の仲間意識はある。
シオールは失神している男の胸ぐらを乱暴に離し、不敵な笑みを浮かべる。
「いいだろう、まとめてかかってこい」
鮮やかな身のこなしで次々と攻撃をかわし、カウンターを入れ、あっという間に五人の男をノックアウトする。
「話にならんな、もっと歯ごたえのある奴を期待したんだが」
頭を踏みつけて勝ち誇り、強さを周囲に見せつけてやったがまだ気が晴れず、漁夫の利を狙うつもりでいた冒険者たちも返り討ちにし、周囲もさすがに怖気づく。
こいつ……ちょっと見ない間にまた強くなってないか?
「お前、なんだよその目は」
「ひっ」
「立てよ腰抜けども、そこで笑ってた奴、全員で来い」
シオールは少し見ないうちに更に強くなっていた、本人もそれを自覚しており、ほかの陰で嗤ってそうな冒険者にも因縁をつけて喧嘩を売る、少し見ないうちにこのイカレポンチキンレースは以前よりもずっと危険なものになっていた。
これがもしダンジョン内ならば、その憂さ晴らしの対象は魔物になっていて「八つ当たりで生き物を殺すなんてイカれてる」とまたアキレアを喧嘩になっていたことだろう。
「やめろシオール……」
「離せ」
「何をそんなにイライラしてるんだ……」
「はぁ? こいつらは喧嘩を売った、俺は買っただけだが?」
鮮やかに敵を打ち倒す強い姿をマリーに見せたい……いや、案外ここで冒険者どもを叩きのめしていれば、マリー達が見に来るかもしれないなんて考えている。
「ぎゃー!」
「やられたー!」
「もっと歯ごたえのある奴はいないのか」
「キャーシオールさんってお強いんですね! 素敵! 抱いて!」
などという妄想がシオールの脳裏をかすめているが、このままだとマリーではなく警吏が来るだろう、ローランドはシオールを羽交い絞めにする。
「早く行け、もうこんなことはするな、じきにおれでは止められなくなる」
これは脅しではあった。
シオールも厄介だが、鬼気迫るローランドの表情もかなり相手には恐ろしく見えたらしく、慌てて逃げてゆく。
もうこの遊びは潮時かもしれないとその場にいたほとんどが思うほどにそれは真に迫っていた、次この遊びが行われる時があるとすれば、それはもう罰ゲームや新人いびりとしてのみだろう。
冒険者たちは底辺与太者と揶揄されるだけあって喧嘩は日常茶飯事、いちいち取り締まっていたらきりがないため、守られているとは言い難いルールのもと黙認されているが、あまりに通り魔的に喧嘩を売る奴がでてきたらそうもいかないし、最悪ギルドから追放処分を受けるなんてことになりかねない。
「シオールをほっとくわけにはいかない」という気持ちと「おれはずっとこんなことを続けなければならないのだろうか」という迷いがローランドの中で生じている。
そして「おれでは止められなくなる」という自らの発言があながち嘘ではないことに気づく、シオールがローランドの筋力を上回るわけでもなければ、返り討ちにするという意味でもない、ローランド自身がもう、いろいろと諦めてしまうということだ。
喧嘩のあともシオールはずっと不機嫌だった、基本的に気に食わない奴をボコせばスカッとするという単純明快な人間なのだが、今日はそうではなかった。
彼はローランドに暴力を振るうことはない、それどころかどれだけ腹が立とうとアキレアにも手を上げたりはしない、冒険者の社会にあって魔法使いではない女であっても手を上げること=横のつながりから魔法使いを敵に回すという事態になりかねないから忌避されているが、シオールはそういったことを気にする男ではない。女に手を上げる奴はどうせ女子供の前でしかイキれない腰抜けに決まってると認識しているからで、ローランドに暴力を振るわないのも、反撃しない奴を殴ってイキる雑魚ではないという彼なりの矜持、だから彼は強い魔物を討伐して己の力を誇示したがるし、馬鹿にされることはムカつく半面、心のどこかで喧嘩を売られることを望んでいる、非のある相手には何をしてもいい、自身の中にある加虐衝動に正当な理由を与えてくれる。
シオールは歩きながら何度も舌打ちする、ローランドの胸はキリキリとした感覚に襲われる、幼いころの母の舌打ちを思い出し、連鎖的に「あんたなんて産まなきゃよかった」といって首を吊った母がフラッシュバックし、叫びだしたくなるのを抑えていた。
シオールはアキレアがマリーを唆しているといったある種都合のいい思い込みからずっと不機嫌なのだが、ローランド視点では何に苛立っているかわからない。
そして、おどおどウジウジしているローランドにもイラついてくる。
「お前さ、いつまでアンジェリカのこと引きずってんだよ、俺に対する当てつけか?」
「えっ」シオールの言葉にフラッシュバックから気がそれる「……なんで今そんなことを」
「なんだよその目、ウジウジしやがって……脈がなかったのは俺のせいか? お前が男として魅力がなかったからだろ?」
ローランドとしてもシオールにいろいろと思うところはあるが、今全く関係のないし、彼なりに割り切ろうと努力しているのに、こんなふうに絡んでくるのだから腹も立ってくるが、こちらの不服を表明すると非常に疲れることも知っていた。
「……」
「恨むなら、自分の魅力のなさと何もできない腑抜けた根性を恨め」
シオールは自分の暴言がただの八つ当たりだが自覚はなく、それはある種正当な怒りであると認識している。単に機嫌が悪いから何もかもが気に障り文句を言いたくなる、そこにローランドがいたからそれだけだ。
正直ローランドだって腹は立つし言いたいことも沢山あるが、言ったところで何があっても認めないし、憤慨して「取り消せ」とか言うばかりで話にならない、ただ疲れる。その取り消しに何の意味があるんだろうとローランドはいつも思う、こちらとしてはウンザリして折れただけであって、認識を改めたわけではないのだから……ただ負けず嫌いのシオールの思考から鑑みるに、そこはどうでもよくて、取り消せという言葉を押し通すことは、即ち相手に勝利するということなのではないだろうかと。
確かに肉体的な暴力は振るわない、だが不機嫌さと抑圧的な態度で支配しコントロールしようとする行為もまた精神的な暴力と言えるだろう。
帰り道……わざわざマリーとアコニーの部屋があるアパートのある方向を通ると、明かりがついていない。
「なんだよ……どういうことだよ」
シオールはショックを受けていた、無理もない……彼にだって傷つく心はあるのだから、そしてその怒りは近くにいるローランドに向かう。
「どういうことか説明しろよ!」
「おれに言われても……」
ああー……アンジェリカのところに行ってるのかな……
アキレアのことを考えたら当然の流れだ、正直自分にも声をかけてほしかったが、シオールのことを考えたらそういうわけにはいかないこともわかる。
そしてここ最近のシオールの暴走はアンジェリカという調整役の不在が原因であろうとローランドは推測しており、今回もその延長線上のものだと考えていたが、今日の激しい苛立ちはマリーが自分に対して好意を抱いている筈のという期待が揺らいでいることが根幹にあったことに気づく、恐れるものなど何もないといった態度のシオールが恐れているものは、好きな女の子に拒絶されることなのではないか。
恋愛に対し結構ドライで心無い発言をしていたシオールがそれ故激しい憤りを見せているのだから、何か皮肉の一つでも言いたい気分になったものの、怒り狂って否定しまた心無い言葉を浴びせることが、目に見えていたのでやめておくことにした。
シオールは延々とアキレアに対する悪口を言い続ける、基本的には影口をあまり叩かない男だったことを考えると、よほどショックだったのだろうと気の毒に思う気持ちもわいてきたが、何故かその怒りは自分にも飛んでくるし、重ねてきたこともあって幻滅が同情を大きく上回ってくる。
結局、部屋へ帰るまでシオールを八つ当たりに付き合わされ、休暇だったのにどっと疲れた。
シオールから解放されたローランドは部屋で一息つく。
長期休暇をとるといった時のシオールはとてもうれしそうだったし、好きな女の子に拒絶されるのが怖いという気持ちは痛いほどわかるから、やっぱり気の毒に思う気持ちはある。
ただシオールにアンジェリカに会いにくなんて言ったらきっと話がこじれただろうし、三人が許可なくいくこともやむを得ないことだろう、そして残念ながら自分が誘われないのも、シオールだけ置いてくわけにもいかないだけでなく、マリーとアコニーに対して不愛想な態度をとり続けてきたから仕方がないよなぁととも思っている。
ローランドはパーティにそして今日の一件もあってシオールとの関係に限界を感じていた。




