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それぞれが思うことの巻

 冒険者の人口は男性が圧倒的に多いが、第七砦温泉の風呂の大きさは男湯も女湯も変わらない、温泉のおかげで男女問わず第七砦は人気が高く道も整備されているため、ダンジョンの秘湯として冒険者以外の需要もある、ダンジョンの観光地化には当然批判もあるが、そういった客に向けたダンジョンのガイドといった仕事もあり、男性ならば荷物持ち、女性は魔法使いすべての需要が更に高くなることも見込まれており、ギルド内でもそういった動きがあるともいうが、いまのところはまだ女湯が人でいっぱいになることは基本的にはなく、今の時間帯はマリー達三人のみであった。


 マリーは最近シオールのことで頭を悩ませている、元々そういうところはあったが、アンジェリカが抜けてからは横柄で攻撃的、そして殊更弱者に対する冷淡さをアピールするようになった気がする。

 そして、アキレアが嫌がるような方針で動くから、喧嘩になってパーティ内の空気が悪くなる。


 彼女は元聖女候補で、長らく同世代の男子と接してこなかった、そこでいきなりかかわることになった男の子がシオールなものだから戸惑うしかない。ただ自分に対して何か悪意があるわけでもなさそうだから、邪険に接して傷つけたりもしたくないし、だいたい彼をやり込めたとして考えを改めたりするどころか怒りが残るだけで、いい方向には転ぶことはないことは間違いないから、恨まれない程度に受け流し、勘違いされない程度に相槌を打てばいいとアコニーは言うがその程度がわからないし、何より不誠実な気がするのだ。


「……さっきだってギルド職員さんに横柄な態度とってたし……なんでああいう態度ばっかりとるのかなぁ」

「自分を大きく見せたいんでしょう、客観的に見たら矮小なことこの上なしですが、言ってわかる人間ではなさそうですので」

「うん、言っても無駄だから愚物なんだ」

「アッちゃん、愚物なんてよび方はやっぱりよくないと思うよ」

「アンジェさんもずっとそうゆってたけど、これだけでは譲れん、奴は愚物なんだ」


 シオールとは初めから反りが合わず、いろいろなことが積み重なって「愚物」と呼ぶようになった経緯はアンジェリカから聞いている。


「あいつは言葉は通じるが話は通じない、さっき弱者がどうのこうのって言った時、魔法をぶち込んでやろうかと思ったよ、あはは」


 精一杯冗談にしようとはしていたが目はかなり本気だった、そういう時はかなりメンタルがやられているときで、過激な言動も実行可能だからこそ冗談だと自分に言い聞かせなければ怖い、アキレア自身の精神をすり減らすことになる。


「奴の刃の届かないところまで一気に下がって叩き込んでやるんだ……利き腕を吹っ飛ばしてやる……」


「アッちゃん……」マリーはアキレアを後ろから抱きしめる「落ち着いて、ね?」


 顔を上げたアキレアは泣きそうな顔をしていた。


「ごめん……マリちゃんあたし怖いよ、いつか本当にあいつをぶち殺しちゃうかもしれない……利き腕をもぐのだって駄目だ、嫌いなやつだからって何してもいいわけじゃない……」

「うん、そうだね、あっちゃんは本当はそんなことしたい子じゃないもんね」


 アキレアを慈しむマリー、この子に忍び寄る不安や孤独から守ってあげたいと思っている。

 アコニーはこれは完全に惚れこんでいるなぁと、少し笑う。


「我々三人でパーティから抜けましょうか、このままだとダメになってしまうかもしれません」

「だめ、ローランドさんを見捨てるわけにはいかない」

「では……我々のこれからについては保留にするとして、アキレアはもう限界ですし、休暇をもらってアンジェリカさんのところを訪ねましょうか」


 アンジェリカは甘えん坊で不安定なアキレアを守り慈しみながら、男だから大人だから騎士のはしくれだからと弱音を吐けないローランドをケアし、シオールの身勝手さを時に諫め時に宥め、顔を立てつつパーティを回してきたのだろう、よく一人でそんなことができたものだと、アコニーは感心する。


「でも……」

「あなたにはまだアンジェリカさんが必要です、心配させたくないと思うのはよいことですが、それで参ってしまったら元も子もない」

「そうだよアッちゃん、アンジェさんにいっぱい甘えなよ」

「うん……ありがとう」


 なんだかんだで嬉しそうなアキレアにマリーは安堵しつつも、結局一番好きなのはアンジェリカであることに、少し寂しさを覚えている、可愛いから、強さと弱さが同居しているところ、幼い極端さと思慮深さのギャップ……など理由はいくらでも付けられよう、だがそれは好きになってからそこが魅力なのだいう話で、人が人を隙にあるときというのは案外理由らしい理由はないともいえる。


「ローランドさんも」

「いいえ、我々だけで参りましょう、連れて行ったところで何にもなりません」


 それ自体は嘘は言っていない、連れて行ったところでローランドは何もできない、アキレアにも気を遣うことだろう。

 だが、アコニーとしては万が一、アンジェリカにアキレアよりも優先すべき相手ができたらより不安定になると懸念もある、アキレアの幼さと不安定さをマリーひとりが受け止めなければならなくなる。


「いやでも、のけ者にするなんて」

「では、シオールさんも連れて行きますか?」

「む、むぅ……」


 うっ、ナチュラルに愚物をのけ者にしてしまった……


「あ、まさかとは思いますが、愚物も連れてゆく……などと言わないでくださいね、わたくし共としても困りますので」

「う、うん……」


 シオールを当然の如くのけ者してしまえること、そしてローランドがアンジェリカに思いを寄せているけれども、何もできないであろうこともなんとなく知っている、そのうえで彼もアンジェリカのところに連れてこうすることで、友達を蔑ろになんてしていない、義理果たしていると思いたい狡さをアキレアは自覚する。


「そもそも、女ばかりの中に一人だけ男がいるよりも、同性でつるむのが二人にとって気楽なのも確かではありませんか? あなたがローランドさんにあれこれ気を遣うのも却って心苦しいでしょうし」


 その理屈はとても理解しやすい、口八丁ではあったがアコニーなりにアキレアに配慮した言葉だ、アキレアは基本的に律儀な性格をしているから、逃げ道を与えてやらなければならない、工作員として人を操作するために使っていた技術を、今は人の心の負担を軽くするために使っている。



 以前はローランドとシオールは同じ部屋に宿泊することが多かったが、最近は個室に泊まることが増えたし、ドミナスにある自室のベッドも大きめのものに買い替えようと思っている。


 夜にマリーが来たりしてな……


 シオールはほくそえむ。

 マリーにはもっと積極的になってほしいとも思う反面、積極的すぎるのもなんか違うと思っている、マリーは俺に気があるんじゃないかという予感……という名の願望はあるが、勘違いだったら恥をかくから積極的にはなれない。本来は人の心に対し鈍感なだけで普通の傷つきやすい若者なのだ、だがそんな弱さを認めたくないからこそ、粋がりマッチョなふるまいをしたがる、そこもまた普通の若者なのかもしれない。


 ドアがノックされた。

 マリーだと確信し、散らかった荷物を隅に押しやり、勇んでドアを開けると、マリーとアコニーがいた。


 なんだ……アコニーも一緒か……


「夜分失礼いたします」

「こんばんわー……」

「ん……何か用か?」


 もしやふたりで……と、シオールはちょっと期待する。


「ドミナスへの帰還のあとで構わないのですが、休暇をいただきたく……」

「休暇って、ここにきて大した成果も出てないんだぞ?」

「慣れない新体制ゆえ疲れがたまっておりまして、それにマリーも女の子ですから、買い物といった気晴らしも必要です」

「ふーんそうか、買い物なら……付き合ってやってもいいぞ」


 扱いやすい……


 目的達成のためシオールの中にある人間らしい心を利用することに何とも思わない自分はやはり人でなしなのだろうなとアコニーは思う。


「いえいえ、お気遣いなくー」


 ええー女の子の買い物に男の人がついてくるとか……


 マリー困惑したが愛想笑いでお茶を濁す、シオールが不機嫌になると、抑圧的な態度で場を支配しようとするから厄介なのだ。


 ただ、彼みたいな人が買い物に付き合うとか言い出すのは、以前からそれっぽい言動もちらほらあったし、ひょっとして自分に好意があるのではないだろうか? と思ったりもする。

 シオールの価値観とはとても合う気がしない……が、同じパーティの生化だし今後一緒に買い物に行くことになる可能性はある……言うべきか言わざるべきか迷ったが一つ訊ねてみる。


「あの、シオールさんって……お店の人にもさっきのギルド職員さんにとったような態度で接するのですか?」


 このボケナス……なんでわざわざ話がこじれるようなことを!


「生意気ならな」そう言ってシオールは笑う「俺は言うべきことは言う主義だし、誰かに媚びる気はない」


 シオールとしては、強く頼れる男であることをアピールしているつもりであるが、店員に横柄な態度をとる人間に対する一般的な評価は、うわあ……この人とは買い物行きたくない……である。


「はぁ……そう、ですか」

「ま、アコニーも大変だろうからな、たまにはマリーを誰かに任せて、ひとりでゆっくり休むのもいいだろう」

「では、近々ドミナスに一旦帰還するという方向でよろしいでしょうか?」

「ああ明日でも構わんぞ、休みは帰還から三日くらいでいいか?」

「五日でお願い致します」

「一週間くらいあったらうれしいかなー……なんて、さすがに休みすぎ、ですか?」

「マリー、一週間は少々」

「いや、わかった、一週間だな、そういえばお前らは俺の部屋の住所知ってたっけ」

「ご心配なく」


 あっさり休暇を取ることに成功した。アコニーが五日を提示し、マリーは一週間というのは打ち合わせした通りである。

 アコニーはシオールの心を弄んでいることに自覚的だが、マリーはアキレアのことでいっぱいだからそこまで気持ちが回っていない、自覚があったら好意を利用することに躊躇うことだろう。


 今後のことなど見えていないが、限界に近いアキレアが今をしのぎ切るにはこの休暇は必要なのだ、とはいえいつまでもアンジェリカに頼り切りというわけにはいかない、彼女には彼女の人生があるのだし、マリーのこともあるから最終的にはアンジェリカ離れしてもらわなくては困るというのは、奇しくもシオールと同意見ではある。


 きわめて高い戦闘力を除けばパーティにとってマイナス要素しかないシオールを放逐しアンジェリカを再び迎え入れるのが最も快適なプランだがこれは絶対に無理だ、彼女もマリーと同じように誰かを押しのけることをまないだろうし、シオールに義理立てすることだろう。そしてそれはローランドも同じ、今のところシオールの放逐は難しい……恋心から歩み寄るような人間ならば更生の余地もあろうが、自分から歩み寄ることをする男だとも思えない。


「彼……マリーに気があることに気づいてますか?」

「うん……そうなの、かな……よくわかんないよ」


 よくわかんない……それはシオールが厄介な人物だからもあるが、そもそも異性に好意を持たれることに対する戸惑いもあった。昔から女の子のほうが好きである。

 シオールと価値観は絶対合わないし、一緒にいたらしんどいことは目に見えているからいろいろと無理だが、それでもこちらに好意を抱いているとしたら多少意識してしまうところはあるし、自分を好きになってくれた人を傷つけたいとは思わないが、同世代の男の子と接していたのは孤児院にいたころで、うんこちんちんで大喜びしていた世代だ、ブランクがありすぎて正直なところどうしていいかわからない。

 そして、異性に対し漠然とした恐怖のようなものがあるのだ、


「気づかないフリが一番差し障りがないかと」

「うん……」


 アンジェさんもローランドさんの好意に困って、気づかないフリしてたのかな……それとも、また別の事情があったりする?


 マリーがアキレアに対して抱いているものは友情や母性的な守ってあげたいという庇護欲もあるし、ときめきと呼べるものもそこにあり、何よりアキレアのことばかり考えてる気もする、恋愛感情だよなぁこれは……と思っているが、アッちゃんはアンジェさんことで頭がいっぱいだということを知っている。恋はしんどい、どうにも恋は手の届かない人を好きになるという感覚が付いて回る、好きになってくれた人を好きになれたららくなのだけど、好きになってくれたっぽい男の子はちょっと苦手なタイプだ。



 ローランドは思う、そろそろ限界かもしれない、と。

 忍耐できるのはその先に救いがあると信じられるからではないか。あるいは希望はなくとも、そうしなければますます悪い方向に転がってしまうという不安や危機感、受け入れるしかないという諦め、だが……忍耐は消耗品なのだ、報われなければ忍耐は消耗する一方で補充されたりはしない、やがて心に限界が来て、何かが壊れる。


 シオールに対して我慢していたのは、最初はほかに居場所もないからだったが、ともに行動しているうちに友情が芽生え、憎めないところもあるし案外悪い奴じゃないと思えるところも見えてきたからだ。それと……アンジェリカがいたから。自分を気にかけていてくれたように、彼女自身がシオールを見捨てようとはしなかったから、何より思いを寄せる女性の前ではちょっとくらいかっこいい男でありたかったからもある。


 アンジェリカがいなくなてからシオールの無神経さや身勝手さなど今まで我慢できていたことがとても辛く感じる……アンジェリカがいるうちは手の中に希望があるとどこかで信じられたが、希望が失われた反動は大きく、あきらめて受け入れようと努力してみたがどうやら無理らしい。

 そもそもシオールの問題点が悪化している気もする。


 そしてアキレアはずっとシオールが嫌いだし、最近ますます仲が険悪になっている、マリーは一応アンジェリカの代わりに間に入って収めようとするが、なかなかうまくいかない。


 アキレアにも辛い思いをさせているな……


 アンジェリカがいればこんなことには……といろいろな局面で思う、単に心惹かれた女性だからだけではない。単純なヒーラーとしての力は確かにマリーのほうが上なのだろう、だがアンジェリカの細やかな気配りがパーティを上手く回していたのだ、シオールがアンジェリカを軽く見ていた理由はシオールは最強メンバーを集めれば最強のパーティになってすべてが上手くいくなどという思い込みも大きいだろうとローランドにもわかっていたが、現実はそんな単純じゃないと、シオールに伝える言葉を彼は持っていない。

 人と人とがかかわる以上、最強メンバーを集めれば上手くいくなんて馬鹿なことはないだろうということは自身とアキレアの険悪な関係を考えればわかりそうなもの……いや、いがみ合いながらも、最強の魔女は最強の剣士のパーティにとどまっているのか……

 ふと、アキレアがアンジェリカのいないパーティに残っているのは、友人として今の自分を捨て置けないという気持ちからなのではないだろうかと、ローランドは思った。


 じゃぁおれが抜ければパーティは解散するのか? でもそれじゃぁあいつは本当にひとりぼっちになってしまう……


 ローランドは寂しい少年時代を送ってきた、だから友達にそんな思いはさせたくないが、もうローランドだって限界だしその傍若無人さを恨みたくなる気持ちだってある、シオールにパーティを抜けると言ってやったら、その時はきっとスッキリするだろう、でもそのあとが問題だ。


 解散したとして、受け入れてくれるパーティなんてあるだろうかという今後の不安、友人を見捨てたという罪悪感や、恨まれているであろうという後味の悪さを引きずり、さらにシオールはあの性格である……誰もシオールのことを止めない、他が手に負えない狂犬が野放しになるということだ。

 自分を縛っているものは案外、昨日よりも明日の不安であるらしい。

 

 ドミナスに帰還するなり、シオールは一週間の休暇を提案する。

 なんで一週間も? 何かやることでもあるか? 少し浮かれた様子のシオールを見てローランドは首を傾げる、そして一週間は持てあますな……とも。


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