やはり訪れたパーティの危機の巻
ローランドは二日酔いだった。
未練はある、今も悲しいが去ってしまったのだから現実を受け入れるしかない、やり切れぬ気持ちは酒場の隅に置いてきたつもりだ。
「まったく、なんだよその面は」シオールは二日酔いの顔を見て笑う「しょうがない、今日は軽く探索する程度にしとくか」
「あ、ああ」
心を押し殺してやっていけばいい……
そして子の台詞である。
正直なところシオールに対する複雑な気持ちはずっとある、だが……ここで、不機嫌な態度をとって何になるというのだ。
いつも通りを取り繕おうとするローランドの背中を叩く。
少し心配したが二日酔い以外は大した問題はなさそうだな、ローランドはそういうやつだ
シオールはローランドの胸の内など一切理解していないが、期待するのは間違いなのだから。
大丈夫だ、ちゃんとやれてる……、シオールの後ろ姿にローランドは誰に見せるわけでもない作り笑いをする、胸が苦しくなるだけだった。
いままで腹が立つことはあっても我慢できていた無神経で自分勝手なところが段々我慢できなくなってきている、勿論友人であるシオールのことは嫌いになりたくはない、だが……今まで我慢していられたのは、思いを寄せているアンジェリカが見ていてくれたからというのがとても大きいことに気づく。
シオール……おれはあんたのことが大嫌いになってしまいそうだ……
「ローランドさん……辛そうですよ」
「二日酔いだからな……、ま、変に気を遣うのもなんだろう」
「そういうもんでしょうか……」
このパーティで積極的に飲酒をする人はいないとアンジェリカが言っていた、なのに二日酔いとは間違いなく精神的に無理をさせているということだろう。
アコニーは人の恋路に口出しは無用と言っていたが、お節介でも支援すべきだったのではと……しかし、アキレアにとってアンジェリカは多分大好きなお姉さんかお母さんみたいな存在でずっと独り占めするのが当然だったし……と考えると、ままならないものである。
「甘ったれはコイツだけで沢山だ」
「は、はぁ……」
アキレアは睨んできたが、いつもの力がない。
「あの……ローランドさんはアンジェさんのこと……」
「ま、見ての通りだな、だが二年以上一緒にいて、なんもなかったんだ、つまりそういうことだろ」
「でも、そんな簡単に割り切れる話でもないような……」
「割り切れなきゃ前に進めない、ウジウジしてたって何にもならないだろう」
それは確かに正しい意見のような気もする、だがそんなこと言われなくても百も承知でそれができれば苦労しない、そういう類の正論である。この人に物事を相談したくないなと、マリーは思う。
「それでだ、アコニー、ローランドをどう思う?」
「どうもこうも、気の毒だととしか」
「そう思うなら、あいつの傍にいてやれ」
「本人が望まないのに?」
「なぁに、あんたは結構美人だしな、大丈夫だろ」
マリーは耳を疑い、アコニーは無言で軽蔑のまなざしを向ける。
「二人とも、こいつには人の心なんてないから言っても無駄だよ」
「お前みたいに凶暴なくせに甘ったれてるのが人の心なのか?」
顎を狙い振り上げたアキレアの杖をつかみ取り、シオールはミスを犯したことに気づく。
「なにっ」
だが何も起こらない、いつもなら掴まれたら即、電撃を流すくらいのことはやってくる奴だというのに……余裕を取り繕い、乱暴に手をは離す。
「お前はいい、そうやって駄々こねていれば周りが構ってくれるんだからな」
「グ、グム~……」
図星であった、受け入れてくれる誰かにいつも甘えているという自覚はあるのだ。
「行くぞ、ガキのわがままに付き合っている暇はない」
その日は結局、何か成果を上げられたはずなどなかった、シオールはアキレアを言い負かし、マリーにもリーダーとして男としての実力を見せることができたと気分がよかったが、ほかのメンバーにとって彼の冷淡で攻撃的な物言いは気分のよいものではなかった、そうなれば士気も下がるのも必然だが、シオールはそれがわからない。基本的に興味がない、理解できないものを無価値と断ずる悪癖がある上に、人の心情を慮ることが苦手であるがゆえ、人の気持ち寄り添おうとすることを感情的ななれ合いと小馬鹿にしてしまう。
アンジェリカが去ってから二週間が過ぎた、今回は少し遠出をし野宿も三日目である。
パーティが上手く回ってないことはさすがにシオールだって感じているが、その理由がわからない……いや、アンジェリカが抜けたせいであろうということくらいはわかるが、一体アンジェリカいなくなったことの何が悪いのかがよくわからない。
アンジェリカが抜けたが戦力が大幅低下したとは思えない、アキレアが以前にもまして反抗的になったというのはシオールにもわかるマイナス点だが、それだけではなくなにか全体的になにか動きがしっくりこないのだ。
口うるさい女がいなくなってシオール自身は絶好調なのだ、剣の冴えだって増しているし、やっとやりたいことができそうだというのに。
アンジェリカの直接戦闘とは関係ないところで発揮される細やかな気配りがパーティを円滑に回していたことがシオールにはわからない。彼は最強のメンバーが集まれば、最強のパーティができて、すべてがうまくいくと思っているのだからしょうがない。
「アンジェリカには世話になったと思ってる、だからこそ、アキレアのわがままで冒険者なんて仕事に縛り付けるのはどうかと思ってね」というのはシオールの自己正当化のために吐いた言葉だが、全く心にもない台詞というわけではないし、それ自体は一理あると全員が思っている、であれば今更戻ってこいとも言えないだろう。
ローランドはますます無口になった、シオールだってローランドの異変に本当は気づいている。だがアンジェリカ不在を理由に挙げる奴がいれば「冒険者を続けるのがアンジェリカにとって幸せだとは思えないが、俺は何か間違ったことを言っているか?」と言ってやればいいと考えている、実際のところそれとこれは別問題だが、これは要するに「俺の決断は何か間違っているか? それを不満に思っているお前のほうにこそ問題がある」と相手を責めて黙らせるやり方だ。
ローランドは相変わらず頑丈だし「大丈夫だ、どうせすぐ元通りになるだろ」と軽く見ていたものの、元々暗い男がますます暗くなっているし、相変わらずマリーやアコニーとは打ち解けない。
ただ、アキレアは反抗的ではあるものの新しい飼い主のマリーとうまくやっているし、そのうちローランドもアコニーとうまくやるだろう。
今回の遠出の一日目に見つけた遺跡は小さく地味で、泪橋の向こうで発見された遺跡としては三例目とのことだが宝はなく、入手したものと言えば、付近の河原のよくわからない石ころだとかその程度、苛立っていたところで魔物を討伐しようとすればアキレアが殺さず追い払う。
「別にお前が俺のことをどう思ってようとかまわん、だが多少でも仲間を思う気があるなら、仕事はこなせ」
シオールとアキレアの仲はさらに険悪になった、仕事上の付き合いだと割り切り、お互いかかわろうとしないから衝突自体は少ない、その代わりアンジェリカがいたころ、一応はやっていたすり合わせが一切なくなり、言葉を交わすときは相手に対する不快感の表明のみ。
「殺戮と侵略を楽しむ趣味はない、今なら痛い思いをさせれば人間とかかわる気なんて失せるだろうさ」
「偽善だな、お前が食べているものは、みんな殺された生き物だろう」
お互いを嫌っているし価値観も違いすぎる、これでは連携などできようはずもない。
アンジェリカがいたころはオロオロしていたローランドは死んだ目で傍観し、アコニーも首を突っ込んでも無駄であると見て話には入らないが、マリーだけは違う。
「あのですね、アッちゃんは生き物をむやみに殺したりするのが好きじゃないだけで……故あればちゃんと退治するじゃないですか」
「マリー、そいつを甘やかすな、アンジェリカが甘やかし続けた結果が今のこいつだ」
シオールは自身感情と向き合う気があまりないので、言語化したりはしないが、マリーに支えになってほしいのだ、だから何かといえばアキレアの肩を持っているように感じて面白くない。
「いいか、どれだけ綺麗ごとを並べようと、魔物は討伐すべき脅威なんだよ、それに討伐で得た素材は国のためにもなっているだろう、討伐しない理由がどこにある」
「でも、元々魔物が住んでいたダンジョンにわたしたちが入ってきただけで……だいたい、資源を捕り尽すことが国益にはならないでしょう……」
資源という言葉に、シオールはイラつく。
「弱肉強食が自然の掟だろう、弱い奴は這いつくばり、強い奴が栄えるのは当然の権利だ」
孤児院で幼少期を過ごしたマリーに言ってはならぬ言葉であった。
アッちゃん……彼を叩きのめして、わからせてくれないかな
マリーは一瞬そう思ったが、シオールの言動に怒りをあらわにしたら、アキレアはそれに呼応し魔法を暴発させてしまうかもしれない。
力のある誰かが自分の気に入らない相手を排除してくれることを期待する……なんてあさましいんだろう
マリーは自己嫌悪に陥った。
アキレアが無言で杖を振り回すが、当然の如くシオールはかわす。
「お得意の魔法はどうした?」
「うるさい……弱者が栄えてなきゃ強者を支えられないと何度言ったらお前は理解する?」
「ハイハイ、資源管理資源管理、お前はそれしか言えないのかよ」
「ク、グムーッ!」
シオールの聞く耳持たぬ小馬鹿にした態度にアキレアは忌々し気に杖を握りしめる、こいつは言葉は通じても話は通じない、そんな奴には暴力しかないんじゃないか? と常々思っているがあんまりシオールに魔法をぶつけないようにとアンジェリカにいわれているし、魔法でわからせてやりたいという気持ちを抑えている。
アキレアだって暴力で人を従わせるのは悪いことだと以前から思ってはいるが、我慢を続けていたらそのうち魔法が暴発して取り返しのつかないことになりそうで怖いから杖で殴って衝動を抑えるしかない。
そして力ずくというのは簡単なのだ、魔法で相手を踏みつけてしまったら、常に魔法で黙らせるという選択肢がチラつくようになりそうで怖い。
今まではずっと心に芽生える嫌なものをアンジェリカにしがみつき胸で甘えることで心の隅に追いやることができたのだが、今しがみついて甘えていいおっぱいがないのがとても辛い。
「なんでそうやってアッちゃんの気持ちを逆なでするんですか……?」
「いいかマリー、俺はリーダーとして現実的に考えなきゃいけない」
「……」
マリーはアキレアを後ろから抱きしめる、彼女をなだめる為、そして彼女自身の気持ちを抑えるためだ。
「それとですね……あの、わたし……孤児院の出で、本来ならあなたのいう這いつくばる弱者なんですけど」
「聖女候補にまでなったお前は這いつくばる弱者じゃない、実力で這い上がった尊厳ある人間だ」
「尊厳はだれしもが持っているもので、報酬として与えられるものじゃありません……! それにわたしより才能があって埋もれている人だって大勢」
「もっと自分を信じろ、俺はお前のことを信じてる」
「わたしもあなたを信じてますよ」だとか「あなたの支えになりたいんです」とマリーに言ってほしい、自分のことを好きになってほしいのだ、だからこそ彼女の前でことさら彼が考えている強く合理的な人間っぽい言動で、男らしさや強さや厳しさ、リーダーシップみたいなものを強調したがる、だがそれはどこまでも空回りしていた。
「やー……ですからね」
この人にはどういえば伝わるんだろう……
「さて、そろそろ行きますか」傍観していたアコニーが動いた「早く戻って温泉にゆっくりと浸かりたいのですね」
アコニーは強引に話を打ち切りアキレアを抱いたマリーをひっぱてゆく、いつものシオールの歩行速度、マリーが話しながら進むには少々疲れる速度だ。
シオールはマリーに語り続ける、俺は……俺なら……と。そして、アンジェリカのやり方がマズかったからアキレアはこんな我儘になってしまったと、アンジェリカの誤りを強調することで自分は間違っていないと主張する。
気になっている女の子にすごいと思われたい、そして受け入れてほしいというのはある種男のならば当然の欲求だろう、だがそんな相手にすらマウントをとらずにはいられないという悲しい性を持っていて、さらに自覚がないのだから彼は救われない、その不幸に気づけないことが彼にとって大きな不幸であった。
「マリーは疲れておりますので、後にしていただけませんか」
アコニーの冷たい眼差しにシオールは説明できないものを感じたが、「そうかよ」とムッとして返すしかなかった。
言ったのはアコニーだが、彼はマリーに邪険にされた気がして傷ついたのだ、だがそれをただ「ムカつく」という一言で済ませてしまう。
それと、彼は自分の内面と向き合わない男ゆえに、一体何が気に障ったのかということについて考えることはなく、ただ漠然と生意気とかイラつくと、感じた以上の心の在り様に踏み込まない。
ローランドはその様子を後ろで見ながら、何もそこまで冷たくあしらわなくても……と思いつつも、ただ脈がないってことならシオールだって同じじゃないか、とも思う。
無駄だとわかってやめられるのならば恋煩いとはいわないことをこれで少しは理解してくれるのではないかとローランドは思っているが、シオールは自分が惚れているということを認めたくない、こちらから惚れると相手より立場が下になるから、惚れられる側であると思いたいプライドの高さ……そして、そこに自覚がないことが理解を阻害している。
第七砦に戻り遺跡発見の報告をすると「いつもみたいにスケッチはないんですか?」と職員に少しガッカリした様子で言われる。
シオールは、心底不愉快そうに舌打ちをしていった。
「なきゃダメなのか?」
「ダメじゃないないんですけど、いつもはあったものですから……」
「自分たちで調べに行けばいいだろう、甘ったれるな」
「す、すみません……」マリーは頭を下げつつ笑顔で言う「やっぱり調べに行くうえでも、前情報があるのは違いますもんね」
「なんでお前が謝る?」シオールはまた舌打ちをしていった「そうやって媚びたら舐められるぞ」
「えっ? 媚びるって……」
「だいたい、今まで親切でやってやってたことを、しなくなったら文句を言うとは何様だ?」
そのスケッチはあんたが描いてたわけじゃないだろうに……とアコニーとアキレアは思う。
不機嫌で横柄な態度で相手を抑圧しようとする態度はただの感情に任せた結果だが、それがリーダーシップだと思っている節がある、パーティメンバーにリーダーとしての力を認めさせなければならない、アンジェリカみたいな弱腰で頼りない態度ではなく、強気な姿勢で攻めてゆく……それを言語化はしないが、強引で抑圧的、さらには冷淡さはクレバーであるという認識、それが冷静で頼れる男らしさだと思っていて、特にマリーにそれをアピールしたいのだ。
シオールの悲しさは、それが却ってマリーに不信感を与えていることを自覚できないプライドの高さ……そしてアキレアと違い、問題行動を諫めたり慰めてくれる人がいないということだ。
もちろん、プライドの高さゆえに聞き入れるかどうかはまた別の話でもあるのだが。
温泉へ行く途中アキレアたちは、部屋に戻らず一人でいるローランドを見かける。
アコニーたちはは我々がいても彼は言いたいことを言えないだろうからと、先に温泉へ向かった。
「ローランドさん……辛くない?」
「三日野宿すればそりゃぁな……まぁでも温泉もあるし」
「……あたしもしんどいや……パーティもこんなんだしさ」
ローランドがまともに会話している相手はアキレアくらいだ。
アキレアなりに孤立気味のローランドを気にかけていることもはわかっている、そして同じ女を慕っていた者同士、アンジェリカがいたときはこうじゃなかったという話をしたい気持ちもあるが、なんとなく言いづらい。
「アキレアは仲良くやれてるからいいんじゃないか? シオール以外とは、だけど……」
「いやさ……それでも全体的にパーティの空気が悪いというか」
「ごめん……おれ、最近あいつとまともに話してないな……」
「ああいや、ローランドさんが悪いってゆうつもりはないよ、一番はあたしと愚物が原因だし……マリちゃんには苦労をかけてると思ってる」
あれだけシオールとは反りが合わないのにアキレアがパーティから抜けないのは、結局自分への友情のためなのだろう。アキレアが抜ければおそらくあの二人も一緒に抜ける、三人ならギスギスした空気にはならないだろうし、メンバーを募集すれば選び放題だろう。だがローランドには結局ここしかないのだ、ひとつはシオールへの友情はまだあるから。ただ、本心を言えばそれも揺らいでいる……後のことは不安だが、このままいても希望はないし、案外一度一人ぼっちになればシオールもちょっとは考えるんじゃないかなんて期待もある。
そして、もう一つローランドも独りになるのは不安なのだ……仲間を探せるとは思えないから。
何が騎士だ、やせ我慢だ……本当は傷つきたくなくて、仲間を新しく作れない、ひとりが怖い、ただそれだけじゃないか……




