泪橋の向こうの巻
泪橋とは第七砦にから2キロ程度歩いた先にある大渓谷にかかる巨大な扁平アーチ橋で、材質、建築技術、永続的にかかっている結界など、現代において再現不可能な技術の結晶ともいえる代物である。
深い渓谷は森林に囲まれ、底に広がる湿原が地上を歩く生物の侵入を阻んでいるためであろう、橋の向こうにはより強大な魔物が生息しており、それゆえに行きて戻れぬ泪橋なのだが、強い生き物というものは押しなべて生息密度が低いものであるから、生きて帰れぬというのはやや誇張表現ではある。とはいえ危険な場所であることには変わりないので、足を踏み入れるには許可が必要で、出入り口付近には宿泊用の小屋や臨時のギルドの出先機関などいくつのかの施設があるものの、通る者が少ないため第七砦に出向した当直の職員と警備のアルバイトをしている冒険者が数名いるのみである。
砦から出ると早速、体長5cm程度の虹色の虫が飛んでいたので、アキレアは冷気を吹き付けて落とす。
「でっかいアブかなって思ったけど、こいつ蠅っぽい」
「これは……ダイオウオニキンバエ! ドラゴンの糞にのみ集まるという……!」
「ドラゴンだと!?」
我々の世界には熊の糞に依存するキバネクロバエという大型の蠅がおり、また主にフクロウの巣に発生するコブナシコブスジコガネなど特殊な環境に依存している昆虫は結構いて、魔物がいる世界においてドラゴンなどに大きく依存する昆虫が多数いることは想像に難くない。
「冒険者はデカ銀って呼んでる、安定して捕れるものじゃないし、博物館やマニアが欲しがるから結構いい値段で売れるわ」
「ほう、斬らなくて正解だったか」
「デカ銀……なるほどでっかい銀蠅」
「帝都博物館にも標本がありましたよ、構造色だから死んでも色あせないんですよね」
なお、銀蠅と呼ばれているものは、実際のところキンバエと名の付く蠅の総称で、実はギンバエという名の付く蠅はいないという。
「標本は無傷が望ましい、このまま凍死させてください、それとも私が毒殺しましょうか」
「や、あたしがやる……運がなかったね、おやすみデカ銀」アキレアはさらに冷気を吹き付ける「せめて苦しまずに逝くがいい」
「ドラゴンが近くにいるのか」
シオールのわくわくが止まらない、その様子を見てローランドは困惑している。
マリーはシオールによる虐殺を思い出したが振り払う、あの時はああしなきゃこっちが危なかったのだから、と。
「ドラゴンは一度見てみたいですね」
「あたしも見たいー」
「飛んでるドラゴンは何度か見たことがあるけど、降りてきたのは見たことがないというか、そんな状況に出くわしていたら、生きてないかも」
デカ銀の採集に成功、幸先の良いスタートとであったが、樹海は薄暗く生物が想像していたよりも少ない。
「渡ったら戻ってこられないとかいう割には、魔物が全然いないな」
「それに越したことはないですよ」
なんでこの人はむやみに魔物を殺したがるんだろう……アッちゃんは「あいつは命を奪う相手に対する敬意がない、殺戮を楽しむ悪魔だ」って言ってたけど……いくら何でも、悪く言いすぎ……だよね?
アキレアを目で追うマリーの横顔を見ながらシオールは夢想する。
「ぶもー」
「ふっ、ミノタウロスか」
「キャー! 助けて!」
「くらえ」
ズバッ
「死んでゆく牛はモ~」
「思ったほど強くなかったな」
「シオールさんってやっぱりお強いんですね! 素敵! 抱いて!」
ま、危険な目に逢わせるわけにもいかんか……と、シオールは少しニヤニヤしてしまう。
アコニーはそのにやけ面を見て、マリーに気があることを察する。
そして、アキレアに慈愛に満ちたまなざしを向けるアンジェリカをずっと見ているローランド、その視線にアンジェリカが気づくと慌ててそらしや、アンジェリカも少し笑い、何も言わない。
純……だなぁ
アコニーは昔好きだった少年と昔の自分を思い出す。
お二人とも、後悔はなさらぬよう……
樹海を構成する樹木は第七砦近辺と大きな違いはないが、木は太く林内は暗いため下草はあまり多くない、ところどころ藪を作っている日陰に強い灌木が目立つ程度だ。
だがそういった環境であるから、いくつかは見慣れない植物やキノコなどもあり、それらをアキレアは本で名前を調べたり採集する、先生たちのもとへ送るのだ、魔女は在野の知識人、特に小姉様は特に造詣が深い。
ただそれも興味のない者から見れば何か特異な見た目をしているわけではない、最悪認識すらされないものもばかりで、普通の人間ならば見落とすものを魔女の目で見つけ出す。それは魔力によるものではなく知識に裏打ちされたもので、アキレアの目は小姉様によって鍛えられたものだ。
「まったく、コイツは無駄に動き回るんだよな」
「アッちゃんって結構タフですよね」
「もう一四だったか? いつまでもガキなんだよなぁ」
「魔女は伝統的に博物学の徒ですから」
「博物学ねぇ……それって何の意味があるんだ? 草なんか調べて何の役に立つんだか」
学問の女……妹を思い出し、なんとなくアキレアと反りが合わない理由が見えた気がする。
「役に立つか……ということでいえば、役に立つ技術や知識の土台って、一見役に立たない、どう役に立てるかわからない知識だと思うんです」
「ふーんそういうもんなのか」
普段のシオールならば小馬鹿にする話だが、気になってるマリーが言うのだから態度も違う。
「まぁでも、役に立つかどうかより楽しいじゃないですか、わたし博物館とか好きなんです、あのヒトクイヒヒの剥製を見たとき、こんな大きなお猿がいるんだなぁ、生きているのを見てみたいなって」
「たかがデカいだけの猿だ、大したことはなかったな」
「シ、シオールさんはお強いですもんね、わたしが冒険者になったのは成り行きですけど……」
シオールはマリーの少し憂いを含んだ横顔にどきりとした。
「ダンジョンには小さいころからちょっ憧れもあったりして、なーんて」
「ならもっと、ダンジョンの奥、まだ見ぬ世界を見せてやるよ」
シオールも若い男子、気になっている女子にかっこいいことを言ってやりたいし、いいところを見せたいというごく普通の感情を持っている。
「ちっちゃいうんこの形のスライムがいる!」
アキレアは興奮気味に仲間たちを呼ぶ。掌に乗る程度の、構造色が鮮やかなスライムが数匹、木の根元に固まっている。
「綺麗だねー、本でもこんなのみたことないよ、新種だったら何て名前にする?」
「ニジイロウンコスライムってところかな、ローランドさんならどんな名前を付ける?」
「いや、どうって言われてもなぁ……おれも動物は好きだけど、難しいことはわからないから」
困惑しつつも笑い、とりあえず無言でアンジェリカに意見を求めるローランド。
アキレアなりにローランドにも二人と仲良くしてもらいたい気持ちもあって話を振ったりもしているが、なかなか上手くはいかない。
これがのちに未記載種であることがわかるが、本編とは関係ないので割愛する。
シオールは森の深いところへ行けば強力な魔物がうじゃうじゃいるのではないかと期待していたが、大型の生物はむしろ少なかった。当然のことである、大きな生物を支えているのは大量の食糧、下草が少ない暗い林床は食料が少ないのだ。
樹海のさらに奥へ進む一行、遠くに比較的広い、光差す明るい空間が見える。
樹海の巨木が倒れると林床に光が入るようになり、様々な植物が育つ環境が出来上がるが、ここは一本の木が倒れた面積ではない、明らかに広すぎる。
「あっ、なんかでっかいのがいる」
アキレアが指さした先に見える角の生えた巨体……ミノタウロスであった。
距離はかなり離れており、相手もこちらの様子を伺いつつも、今はまだ敵意は見せていない。
「ミノタウロス? 初めて見たわ……こんなに大きいのね」
ベテランのアンジェリカもミノタウロスが生息する領域に踏み込んだことはないという。
アキレアもマリーも珍しい住人に少し興奮し、アコニーは用心深く様子を伺っている。
「斧は持ってないのか」
「彼ら使えるような大きな斧を作ってくれる人がいたら、物語の中のミノタウロスのように持つ……かも」
おそらくこの明るい広場はそこのミノタウロスが食料確保か何かのために作ったものなのだろうとマリーはいう、そしてそういった習性が森の管理人、樵のイメージと重なって斧を持つミノタウロスのイメージが出来上がったかもしれない、とマリーは推測している。
余談だが、大型生物が環境を攪乱することで、多種多様な生物が生きる環境を作り出し、複雑な生態系が出来上がる、こういった個体数は少なくとも生態系に大きな影響を与える種をキーストーン種や生態系エンジニアといい、我々の世界にいるものだと象などがそれに該当する。
アキレアはレンズの魔法でミノタウロスを拡大して見せた。
「このミノさん、体中傷跡だらけだ」
「デビル……デビルバッファロー!?」
「知ってるのマリちゃん!?」
「うん、わたしが子供のころ読んだ本に書いてあったの」
なぜなにダンジョンのひみつオール百科、ダンジョンのナンバー1のコーナーにおいて、妙に迫力のある挿絵とともにこう書かれている。
ざんぎゃくナンバー1&ひっさつナンバー1
「パワーのちがいはれきぜん! 人間どもがたばになってかかってきたところで、このおれさまにかなうと思うか!!」
ドドドドーッ!! 大木をへし折りながら黒い巨体が迫ってくる。最強のミノタウロス、デビルバッファローだ。
体に刻まれた千の傷ははげしい戦いをくぐりぬけてきた証、あやしく光るロングホーンの突撃を食らったものは、すべてきりもみながらふっとばされてしまうのだ。
「ああー、その本のシリーズ、うちにもあったわ」
アンジェリカが子供の頃に出た書籍でマリーの育った孤児院にもおいてあり、なぜなにオール百科シリーズは、どれも子供向けらしい疾走感と、迫力のありすぎる挿絵が特徴で、内容で何度も読み返したという。
「デビルバッファローなんてこの本でしか見たことなかったけど……でもまさか実在していたなんて」
「ほんと、千の傷とか誰が数えただろうとか、ツッコミどころ満載な本に書かれてる話が事実だったなんて」
「その手の本ってそのうちプレミアがつきそうですね」
ほかにもダンジョンに眠るお宝として、ドラゴンケースなる小箱に収納されている盲目を治療できる目薬の挿絵が妙に印象に残るものだったり、ダンジョンの超文明として、ゴーレムなる自動人形が整列し流れ作業で歯車を作るというシュールな絵など、大人になってみるといろいろとツッコミたくなる内容ではあったが、なんというか子供心にわくわくさせてくれる本だったようだ。
「デビルバッファローとやら……なんか角から妙な感じがする」
アキレアは警戒し杖を両手で握りしめ、シオールは不敵な笑みを浮かべ剣を抜く。
「マリー、俺とローランドに魔法をかけてくれ」
「えっ?」
「は? 何言ってんの?」
「迂闊すぎるわ、だいたい戦う理由なんてないでしょう」
怒りと呆れを隠せないアキレアに諫めるアンジェリカ、ため息をつくローランド、アコニーも忠告する。
「剣を収めてください、こちらに気づいてはいるようですがやりあう気はまだなさそうです、引き返しましょう」
「何を言っている? あんな大物討伐しないでどうする、行くぞローランド」
「シオールさん、やめたほうが……残虐No1らしいですし」
そしてシオールは生態系において重要な役割を果たしているという話をしても無駄な男である。
「心配するな」シオールはマリーの頭を撫でる「負けはしない」
勇ましくかけてゆくシオール、放置すれば命の危険もある行動故、仲間たちはシオールの方針に従わざるを得ない、ローランドもあきらめたようにシオールを追いかける。慌ててマリーは体を守る魔法「衝衛鎧」と筋力を増強する「金剛力」をふたりにかけ、一同臨戦態勢に入らざるを得なかった。
ここ最近シオールは張り切っている、確固たる意志と、メンバーを引っ張るリーダーシップをマリーに見せたいのだが、それは単に周りを振り回しているだけであった。
近づいてみると思った以上にデカい、3mを優に超える巨躯を誇る直立二足歩行の猛牛である。
敵意を感じ取りまずは威嚇するが、シオールの暗い樹海から出たりせず、聖剣レプリカによる間合いの外から斬りつける技を食らわせると、あちらも臨戦態勢に入った。
シオールは後退し、明るい広場から暗い樹海へ誘い込む、相手の目が慣れる前に勝負を決めるつもりだ。
彼は間合いを取りなら隙を伺い一刀のもとに斬り伏せるやり方を得意としており、相手によってはローランドが剛力と魔法金属の増加装甲を施した大盾で受け止め、シオールが斬り殺すといったやり方もする、だが荒れ狂う猛牛を見て今回は敵が強すぎるかもしれないとローランドは思った。
「ローランド君! 逃げて!」
アンジェリカが叫ぶが、ここで引いたら仲間たちにも危険が及かもしれない、だから自分が攻撃を受け、その隙に何が何でもシオールに討ってもらうしかないとローランドは考える。
アキレアも魔法で殺るより他ないと考えたが、巨体を一撃で葬り去る魔法を使っては、ローランドたちにも危険が及ぶかもしれぬ、ならば。
「許せデビルバッファロー! 旋光矢だーっ!」
アキレアの放った高速回転する魔法の矢がミノタウロスの頭を狙うが、角ではじかれた。
「うううそっ!?」
バルカンボアを仕留めた旋光矢がはじかれた……ひっさつナンバー1は伊達じゃないってことか
「ローランド君!」
そして突進を受けたローランドはきりもみながら吹っ飛ばされた、本に書かれていたことは本当だったのだ。
すぐさまローランドに回復魔法をかけるマリー、そしてアキレアが風の魔法できりもみを相殺しつつ、軟着陸させる。
アンジェリカはローランドに駆け寄った。
「よかった……無事で」
「あ、ああ……なんとか」
交戦中のシオールは逃げの一手だった。一撃を受ければ即死、間合いの外から相手を斬りつける技も、この魔物には大きなダメージは与えられないし、この巨体でありながら隙がない。
背骨……!
シオールはそこにある隙に意図的なものを感じた、彼はそれを言語化はできない、ただどこかわざとらしい、嫌な感じがしただけだ。
懐に飛び込むことも考えたが、よくて相打ちだろう。
一撃のもとに斬り伏せてやりたかったが……しょうがない
足を狙おうとするが、ミノタウロスの全身は余すところなく凶器、かすっただけで致命傷を負いかねない相手、そして目も暗い森にす慣れたらしい、なかなか上手くはいかない。
その時である、ミノタウロスの動きが鈍ってきたのだ、背中に十数本ナイフが刺さっている、ローランドに突撃をかましたときアコニーが打ち込んだ毒のナイフであった。
明るい場所から暗い場所に誘い込まれた上に、正面に立つ奴と強い殺意を放つ奴に気を取られ、息をひそめる伏兵には気づかなかったのだろう。
ただ、巨躯ゆえにか致死量には届かない、それでも確実に神経を蝕んでいる。
「死ねぃ!」
毒によりよろめいた時隙を狙おうとしたが、すぐさま角を向けられたシオールは危険を察知し飛びのく、敵は激闘を潜り抜けてきた闘士、迂闊なことはできない。
「グ、グム~」
参ったな……あの角は並みの魔法ならはじき返しちゃいそう……どうする?
アキレアも攻めあぐねている、シオールのことは大嫌いだが、見殺しにはできない子であった。
「……アキレア、シオールを助けてやってくれ」
「でもさ、ローランドさんはあいつのせいで死にかけたんだよ? それにデビルバッファローが生態系にもたらす恩恵と、愚物が人間社会にもたらす迷惑を考えたらさ」
とはいえ、一応は渋るそぶりを見せずにはいられぬ子でもある。
「おれはあいつに死んでほしくない」
「ローランドさんの頼みじゃしょうがないね」アキレアの杖を二つの旋光矢が二重螺旋を描く「一本でダメならもう一本」
あの角……どれくらいの力なら折れる? あのド迫力パワーをブチ抜くにはまだまだ……
さらに魔力を込めているのだろう、光が強くなりさらに回転も加速してゆく。
ミノタウロスは毒に冒されながらもシオールに反撃の隙を与えない。
全身が凶器、動いているだけで人間を殺せるな……だがあの角は特にヤバい
シオールはこういう時、普段の愚かさからは想像もつかぬほど冷静かつ的確な判断をする。
ローランドを吹っ飛ばした角、あれは突進力だけではない、角に触れること自体が危険だと察したのである。
毒が回り動きが鈍ってきたミノタウロスは身を低くかがめて構える、互いに急所が間合いに入っているが、にらみ合ったまま動かない。双方、先に動いたほうが負けると認識しているのだ。
身をひそめて様子を伺うアコニーは考える、彼もここまでか……戦闘者としては天才的、人間性は身近にはいてほしくない類のもの……助ける理由はない、と。
「これでも多分足りない……三倍加だーっ!」けどあの角をそれだけで突破できる? ならば「んでぇ! ぶち足す最後の一手は! 魔女魂じゃーっ!!」
上手い説明できない、だがアキレア本人としてはそうとしか言いようがないものを込めると、二重螺旋が細く先鋭化し発射、魔法を弾くデビルバッファローのロングホーンを一本、力技で砕き折ったのである。
牛の角は骨の上にケラチンの鞘がかぶっているもので、折れれば痛い、雄たけびを上げるミノタウロス、そのチャンスを逃すシオールではなかったが、急に周囲が明るくなったうえに足が動かない、ミノタウロス共々足が強固な花咲く蔦に絡みつかれていた。
アキレアの花縄と光合成促進ため明かりの魔法の合わせ技だ。
アキレアにとって強力な魔法を使わなきゃいけない状況というのが既に何かいろいろと間違った結果でしかなく、そんなものはただの暴力であって、あまり役に立つことはないと思っているが、相手を殺さず勝利できるのはやはり圧倒的な力があるからでもある、戦闘力が伯仲しているならば相手を殺さず決着をつける余裕などありはしないのだから。
「水入りだよ愚物」
アキレアが杖でシオールを思いっきりぶん殴ると「おべぼっ!」という謎の声を上げた。
「痛って……何の真似だ!?」
「ローランドさんに感謝しなよ、ほんとは人類のためにお前を見殺しにするつもりだったんだけど」
「アッちゃん、主語が大きいってば」
冗談めかしたツッコミを入れつつも、マリーもその言い分が少しわかる気がしているのだ。
「マリちゃん……これくっつけらんない?」
「くっつけるって、治してあげるってこと?」
「うん」
「おい、戦利品をお前」
ミノタウロスの特殊個体、デビルバッファローの折れた角にも得体のしれない力が宿っているのを感じる。
「折ったのあたしだよ」アキレアは帽子の鍔から睨みつけていう「今回お前が拾っていいのは自分の命だけだ」
「でも危ないわ」
「でもさ、なんも悪いことしてないのに、角を折られちゃうなんてさ……ここまで強くなるためにずっと頑張ってきただろうに」
「抵抗されたら、アッちゃん死んじゃうよ」
毒で衰弱し魔法の蔦で捕縛された状態でこちらを睨んでいるミノタウロスに安全な距離からアキレアは言った。
「ごめん……あんたは何も悪くないんだ、けど……あたしも人間だからさ、こうするしかなかった」
話が通じるなどということはないだろうが、できることと言えばこちらには敵意がないことを示すことくらい、クマなどに出くわした時も優しい声で語りかけつつ後ずさりをするというやり方は、相手に殺る気がない場合は有効である。
しかし、ミノタウロスは鼻を鳴らしこちらを睨んでいる、毒と蔦で体の自由は利かずとも闘志は失っておらず、追いつめられてなお「蟻がどれだけ歯向かってみても、荒れ狂う猛牛にゃ勝ち目はないぜ」と言わんばかりの面持ちである。
「グ、グムーッ……」」
折れた角は戻せないものの、せめて角の止血くらいしてやろうということになったが、ミノタウロスの角は人間の回復魔法を拒んだ、それは角の性質なのか、彼の意思によるものなのかはわからない。
一行はミノタウロスが蔦を引きちぎる力を取り戻す前にその場をあとにした。
アコニーは思う、あの威力の魔法を放ちつつ、即座に植物の魔法でシオールとミノタウロスの動きを封じる彼女はやはり恐るべき天才なのだろうと、一歩間違えれば一人で国を滅ぼしうる怪物に育つかもしれない。
だが、冒険者たちが英雄的行為とみなす魔物の討伐を無益の殺生であると嫌い、愚物と軽蔑し忌嫌っている男であっても見殺しにはしない……やはり基本的に善良な人間なのだろうとも。
「あなたはリーダーなんだからもっと慎重になって……ふたりいなかったらローランド君は死んでいたわ」
「だがローランドはピンピンしている、マリーたちのおかげでな、あんたじゃできないことだ」
「おまえーっ!」振り下ろす杖をシオールは回避し、振り上げる追撃を手でつかみ取る「なにっ」
魔法で追撃しようとするアキレアをアンジェリカ抱きしめて抑え込んだ。
「う~~~っ」
「あのねシオール君、今回は幸い大事には至らなかったけど……いつもうまくいくなんてことはないの」
「俺は仲間の力を信じているんだ、あんたと違う」
「無謀を信じるなんてきれいな言葉で済ませないで」
「おれも……今回は無謀すぎたと思う」
「おい、もっと自信もてよ」珍しく不満を口にしたローランドにシオールは少し怯む「お前のタフネスは俺が誰よりも知っている、それにマリーの魔法」
「あの……わたしたちがなんとかできるって前提で動かないでください」
「マリー、お前も自信を持て、お前の力はそんなもんじゃない」
「それはただの過信です、何かあってからじゃ遅いんです」
「いや、お前だって……ダンジョンの奥、未知の領域を見たいだろ?」
シオールは飽くまで「仲間の力を信じている」だの「自信を持て」などといったことを繰り返すばかりで、非を認めず堂々巡りだった。
四人がかりでシオールを咎める形になったことに気づいたアンジェリカが「今は意地になっているところもあるだろうから、冷静になったときに考えて頂戴」と言って話を収める。
やはり、見殺しにすべきだったのでは?
そんな考えが脳裏をよぎったアコニーは、改めて自身の人間性の欠如を自覚する。
なお、デビルバッファローの角はミノタウロスという危険生物の大型個体の角ということもあり、結構な値段で引き取ってくれそうだったが、折ったアキレアはデビルバッファロー本人に返せなかった以上その行く末に興味があまりなかったこと、そしてシオールが納得しなかったため、ローランドの大盾のスパイクとして装着することとなる。
ローランドの盾や皮鎧には今までの探索で入手した小さな魔法金属小片や、ドラゴンの鱗などを増加装甲として施したりしている。
これはシオールなりの友情もあるのだが「俺は攻撃を食らう前に殺るから盾も鎧も必要ない」「相手によってはお前に囮になってもらうからだ」と言い張ってしまう、それは本心半分の照れ隠しでもあるが、普段の行い故、自分勝手な行動につき合わせる気満々だと周囲には思われているのだ。
原典のミノタウロスの本名はアステリオス、誤解を恐れずに言うならばミノス王の奥さんがいろいろあって牛と不倫してできた息子で、ラビュリントスという迷宮に閉じ込められていて、何故か牛のくせに肉職という謎の男です。
ちなみにラビュリントスの元ネタは確かクレタ島はミノア文明が建造した宮殿、或いは地下の排水設備がかなり高度な技術で作られていて迷宮を思わせるものだったからで、ミノタウロスが斧を持っているのは牡牛をいけにえに捧げる儀式があって、それに使う神器が斧だったからだそうな。
まぁクレタ島もミノア文明もない世界にいるので、奥地にいる強い魔物というイメージのつじつま合わせとして、土壌を攪乱する象や、森林と草原の間に住んでいた原牛オーロックスを参考にしつつ。
あと悪魔超人No1、1000万パワーのバッファローマン。




