魔物討伐の巻
第三砦と第七砦の間の道でバルカンボアなる大型イノシシの小群に襲われる事例が多発しており討伐依頼が出た。
大きな縄張りを必要とするためであろう密度は低いが、近隣の森林地帯にはいくつかの縄張りが確認されている。ほとんどは人間とのかかわりを避けて暮らしており、そもそも積極的に狩りをする魔物ではないが、我々の世界においてもイノシシがウサギを積極的に狩るようになった事例も存在するように、雑食の獣は捕食者になるポテンシャルを秘めており、ましてバルカンボアは魔物である、その群れは人間は比較的簡単に狩れること、または脅すだけでおいしいものを落とすといったことを学んでしまったらしい。
本来は森林地帯に生息しているものであるから林を抜ける道で待ち伏せすればよさそうなものをわざわざ疎林に身を隠しながら開けた場所まででやってくる確かな理由は不明だが、比較的賢い動物であるイノシシの魔物であるからそれなりに高い知性があるのだろう、他の群れの同種に人間が楽な獲物であると教えないためだと推測されているが、実際のところはわからない。
バルカンボアの出現する道は封鎖、あちらの出方を待ち、出てきたところを袋叩きにする算段であったが、なかなか狡猾で既に二つのパーティが返り討ちに逢っており、さらに複数のパーティによる討伐の際は姿を見せない用心深さから、シオールたちのみで討伐することとなった。
既に長期戦をを想定しているのかアコニーは大量のナイフを大きめの革袋に入れて準備をしている。
相手は分厚い毛皮のイノシシであるから、ナイフもずっしりとした大きめのものを中心にしているようだ。
「実戦でこれをつかうのは初めてなので、試運転させてください」
マリーが光盾の魔法をローランドの盾にかけると、盾に増設した魔法金属の増加装甲が発光、盾を中心に広範囲を守る緑がかった光の半球が展開された、どうやら魔法金属にはこの防御魔法を強める効果もあるらしい。
アキレアは指を目の前で立てたポーズをとり探知魔法「探響位」で魔物の位置を特定する、最良は戦闘に入る前に射程距離に入ったところを魔法で打ち抜くことであろう。
探響位で認識できるものは当然目的の相手だけではない、周囲の地形は勿論、アキレアほどの使い手ならば虫の一匹も認識ができるが……そこまですると逆に使い手本人が混乱するため、精度を落としている。
「いた、成獣六頭……一頭はすごくでっかい、あとは子供たち、東のほうからこっちに向かってる」
生息する大型生物の中からバルカンボアの群れをすぐに見つけ出だすことは容易かった。
バルカンボアはイノシシ類としては珍しく雄一頭を中心に雌数頭の群れを構築する、これはカワイノシシ類でも見られるものだ。
被害者が出てる以上、おまえたちを殺さないわけにはいかないんだ……
「なにっ?」
、探響位は攪乱され、魔物の群れを見失ってしまう。
「どうしたの?」
「もう、見失っちゃった……」
「結構賢いとは聞いていたけど、探知魔法に気づいて攪乱する個体がいるなんて……かなり厄介だわ、逆探知してくるかも」
「相手のほうから来てくれるなら丁度いいだろう」
バルカンボアではないがアンジェリカは以前いたパーティで、同じように探知を無力化する魔物を討伐したことがある。その時は前情報もそれなりにあったし、当時のパーティリーダーであるバーベナは相手が逆探知するものと想定し、罠猟師の仲間の仕掛けにより一網打尽にしているが、ここに罠猟のスペシャリストはいないし、バルカンボアの実力もよくわからない。
「できるだけ見通しのいいところで迎撃したほうがよさそうですね」
「出てきたら斬る、それだけのことだ」
シオールはワクワクしていた。バルカンボアなら以前、砦の畑にやってきたのを駆除したことがあったが、若い雄の個体一頭でたいしたことはなかったが、今回は雄の大型個体だというし歯ごたえがありそうだ。
成獣は冒険者が光の鼻くそと呼ぶ光弾を発射するが、以前聖剣のレプリカで初弾を打ち払い身をかわしながら額を三センチ程度斬り込んでやったらあっさり死んだ、より強力な個体であっても基本戦術は同じでいいだろう。
いや、まてよ……群れなら弾切れを待ったほうがいいか?
「アコニーとシオールさんで……六頭を相手にするの?」
「問題ないな」
「相手の実力がわからないので、わたくしはなんとも」
アキレアは目をつぶり精度を上げた探響位で探り、ローランドも奇襲に備える。
「霧……?」
「これ、多分魔法だわ……」
少しづつ霧が濃くなってくる。
各々が備えている様子を見て、今の私は何もできないんだ……とアンジェリカは思った、戦闘になるとアンジェリカは回復以外できることはない、それも後退した仲間を癒すことだけ。
「来る!」
溢れかえるような情報の中からおぼろげだが接近してくる大きなかたまりが動いているのを探り出したアキレアが、盾を構えるローランドの両サイドから、晶壁の魔法で仲間たちを囲む。
「制空権バリヤー?」というマリーのトンチキ発言にアコニーはツッコミを入れる。
「頭上ががら空きなのに制空権ってことはないでしょう」
「来る!」
突如四方八方から飛んできた光弾を晶壁とローランドの盾がはじく。
ローランドの守り越しから魔法を打ち込み制圧することをアキレアは想定していたが、相手はわざわざローランドのあたりに壁がないのを罠と認識しているのか、正面に立つことはない。
声や光の鼻くそによる牽制からみるに、もっと数がいるように感じられた。
アキレアが風払の魔法で霧を払うと、アカカワイノシシのような耳と色合いに、イボイノシシのような凹凸、そしてモヒカンのような鬣があるイノシシの魔物に囲まれているのが確認できる、その中に牛のごとき巨大な雄がおり、真ん前を避けた微妙に攻撃しづらいポジションをとっている。
姿が露になったことで五頭の雌バルカンボアたちは焦ったのか光の鼻くそを発射しはじめたが、一頭が吠えると乱射が止んだ。
「行くぞ、ローランド」
「無謀だ……」
「お前の盾は魔法で強化されてるだろう、デカい奴にシールドバッシュを仕掛け、俺が斬ればそれで終わる」
「六頭相手にそれは無謀すぎませんか?」
「デカい奴を殺ってその体を壁がわりにする、あとはやられる前にやればいい」
「地獄には一人で行け、人を巻き込むな」
「アッちゃんもそういう言い方よくないよ」
斜めから撃ちこまれる一段強力な光の鼻くそをローランドは盾で無力化する。
「防御魔法があってこの威力……前に駆除したやつとは比較にならない」
どうやら片方の鼻の孔から発射されるものらしいということがわかった、撃ってないほうの穴で呼吸をしているのだろうと推測されるが、今のところ鼻の穴をふさぐ方法が思いつかない、寧ろそこに弱点を見出したばかりに鼻をふさぐことに固執し失敗する可能性もある。
おそらくは年長の雌と思われる個体が吠えると再び霧が濃くなってゆく、恐らくはジャミングもこの個体の力だろう、ある意味強大な雄よりも厄介な個体、群れの要だ。
あっちもこっちの力を推し量ってる……?
地面を隆起させる? その時は怯むかもだけど、あっちにとって守りやすい地形になるかも……
花縄で縛り付ける? 晴れの日が続いて水分が足りないし、そもそもここの地質じゃあんな大きな生き物を抑え込める強さに育たない
じゃぁ、上空に飛んで霧を吹っ飛ばしてから撃ち抜く? 晶壁を維持しつつ、空を飛び光の鼻くそをかわしながら……そんなのできるかな……
アキレアは魔法の天才であることが完全に裏目に出ている、本人はそれを厭いながらも結局圧倒的な才能で一方的に敵をねじ伏せてばかりだったのだ。創意工夫もない、ただ魔法の才能にのみ依存した勝利では戦闘の経験などまともに積めるはずがないのだ。
経験のなさに加え戦いのセンスもないから、飛び交う光弾を潜り抜けながら仕留めるといったことはできる気がしない、かといって守りを固めてしまえば攻撃はできない。ローランドに倣いシールドバッシュのごとく、晶壁で完璧に防御し突撃を仕掛けるといったことも考えたが、軽くて小さいアキレアの突撃ではたかが知れているし、速度を上げれば衝撃で自分が死ぬ、衝撃を抑えるため別の魔法を組み合わせれば、今度は仲間の守りがおろそかになりそうだ。
さりとて強力な魔法で周囲もろとも破壊するといった行為は魔女としてのポリシーが許さない、膠着状態である……このままでは危険だ。
雄があざ笑うかのように鳴き声を上げると、雌たちもそれに続く、心理的な揺さぶりをかけているのだ。彼らには余裕がある、持久戦に持ち込めば獲物を囲んでいる魔法の壁はいずれ消失する、黙って待てば勝てるという確信、だがそこに誤算がある、アキレアの魔法の才能は人間離れしており簡単には力尽きないのだ。
とりあえず、援護してる連中の位置を把握してから考えよう……
アキレアが再び風払の魔法で霧を吹き飛ばす。
この子の力があれば鏖にしようと思えばできるはず、この期に及んでまだ手段を選ぶあたり、根本的に危機感薄いのか……と、アコニーはアキレアを見て思う。
とはいえ周囲をまとめて破壊するのもモラルに反する行為なのも間違いないか
「もう一度、霧を吹き飛ばしてください」
「何か策があるってこと?」
「一応は」
さらにもう一度アキレアは霧を吹き飛ばす、そこに合わせアコニーはナイフを入った革袋を晶壁越しに高く放り投げた。
とっさに霧の魔法をかけなおす老齢の雌と、とっさに放物線を描いて飛んでくる革袋を撃ち落とそうと光弾を打ち出す別の雌……革袋がさらに高く打ち上げられながら破れ、ナイフやその破片が降り注いだ。
悲鳴が上がり、パニックを起こした無傷の雌たちが光弾を発射したが、雄が一声吠えると攻撃をやめる。
霧が晴れてくる……負傷しているバルカンボアは二頭、大型のナイフが背中に一振り刺さっている者もいたが、仲間がナイフを引き抜いてやっている。体にはいくらか血が滲み、破片踏んで足を負傷したらしく、さらに要の雌は目も負傷していた。
群れはばらまかれた破片でこれ以上怪我をせぬよう移動する、既に陣形は崩れ、雌の群れは一つにまとまる、囲い込み戦術はやめて撤退する動きだ。恐らくはこのまま安全なところに隠れている子供たちと合流するのだろう。
負傷した二頭をかばいつつ、光の鼻くそを放ちながら後退する雌たち。彼女らは野生動物なのだ、今日の負傷が明日の失敗につながり、明日の失敗は最悪群れの全滅につながるから、これ以上の損害を受ける前に撤退する判断をしたのだろう。
ローランドは大声を上げて威嚇しつつ、盾で受け止める、このまま二度と人間の前に現れないでくれ……と願いながら。
「逃がすな! 雄は俺が殺る!、お前は雑魚を魔法で鏖にしろ!」
叫ぶシオールは剣を抜き飛び出した。
「おまえに指図される筋合いはない!」と怒るアキレアにアコニーは言った「今回の仕事は人を襲う魔物の駆除です」と、アキレアも当初の目的を忘れ、いつも通り追い払うことばかりをいつの間にか考えていたのだ。
人を襲うことを覚えた動物は同じことを繰り返すようになる……
「う、うん……」
今までは絶妙に攻撃を受けにくいポジションをとっていた雄が逃げる雌たちをかばうかの如く前に立ちはだかり、光の鼻くそを猛烈な勢いで乱射する、それをシオールは剣でいなしつつも押されるようにローランドの後ろに後退する。
「ウオオ」威力は先ほどの小手調べとは比較にならない、気迫はすさまじくローランドは盾で身を守るのが精いっぱいだ、恐らくもろに喰らえばただでは済まないであろう威力の光弾を聖剣のレプリカとはいえ、剣でいなして後退できるシオールはやはり異常な才能の持ち主なのだろう。
「なんて威力だ……っ!」
「弾切れまで持ちこたえろ!」
叫ぶシオール、ローランドは雄の気迫を見て思う。
こいつ……雌を守るために……
光弾が止んだ……そして、バルカンボアの雄は崩れ落ちる。引導を渡したのはアキレアは、息を荒げ、顔色も悪かった。
マリーは見た、脳天を撃ち抜く無慈悲な一撃、そしてバルカンボアが死んだときアキレアが涙を流したのを。
やっぱりアッちゃんは優しい子なんだ……
人間を襲う魔物を放置するわけにはいかないから討伐しただけだというのはわかっているが、家族を守るために体を張った男を無慈悲にも葬り去ったという実感がアキレアを苛んでいる。
「……撤退してくみたい」念のため探響位でバルカンボアの撤退を確認し、維持していた晶壁を解く。
「あーあ、おいしいとこもっていきやがって」とぼやいたシオールをアキレアは無言で睨みつけたがすぐに「つかれた」と言ってアンジェリカの胸に倒れ込み抱きしめられる、マリーもアキレアの小さな背中を撫でつつ思う、この子を守ってあげたいと。
「もう、これに懲りて人前には出てこないでほしい……」
「うん……でも、子供がいたんだよね……」
「多分別の雄に殺されちゃうね……」
ハレムを形成する理由の一つに同種の雄による子殺しを防ぐ為というのがある、有力な雄はハレムの主であると同時に取り換え可能な部品でもある。ゆえにハレムの主が入れ替わる際、子供たちは次の主によって鏖にされてしまうというありふれた事例、この雄がハレムの主になったときも同じように血のつながらぬ子供たちを処理したはずだ。
だからこそ雄は家族を守る強さと気概を、存在価値を示さなければならない。彼もこの結末を想定してたわけではなかっただろうが、結果として命という名の盾となった。
生き残った雌たちはもう恐ろしい思い出の残るここに出てくることは二度とあるまい、そして彼女らは次に生まれる子供たちに人間と関わってはならぬと伝えることだろう。
おそらく二度と戻ってこないだろうとはいえ、生かして返してよかったのだろうか……二つのパーティを壊滅させた群れなんだよな……
イノシシの化け物といえど、男が命がけで守った女たちを殺すことなんてローランドはしたくはない、そもそも魔物を殺して喜ぶ趣味はないし、野生のものは人間の法では裁けない……が、バルカンボアに殺された者は浮かばれない気もする、そんなもやもやが心に残る。
戦いが終わって緊張が解けると人は無防備になりしばしば猛烈なだるさや眠気が襲う、元々戦いが得意とは言えないアキレアはすでにアンジェリカの胸で寝息を立てている。
「おい、アキレアを起こせ」
「アッちゃん」察したアンジェリカはアキレアを起こすが、マリーは抗議する。
「な、なに言ってるんですか……アッちゃんは疲れてるんですよ?」
「敵が近づいてきている」
「むぅ……」アキレアは顔を上げる。
「お前、バルカンボアしか見てなかったのか? 追撃の想定くらいしろよ」
敵は気づかれぬよう地面すれすれを飛行していた、それでもアキレアの力があれば見つけ出せるし、|捕食者の獲物を奪う者や、そのおこぼれを狙う者がいることだって知ってる、だが戦闘経験が足りず精神的な余裕もない彼女は、それを念頭に行動などできなかった。
サイズは人間大、妖精の翅を八枚持った男たちだ、ランニングシャツにトランクスの太り気味の中年男性風二体、ブーメランパンツのさわやか系イケメン細マッチョ風四体、そしてリーダーと思しきバレリーナのチュチュのごとき服を着ているが屈強なイケオジマッチョの計七体である。
「なんだこのおっさんは」
シオールの反応を見たローランドは既に臨戦態勢に入っている。
指揮官としてのシオールは最悪だが戦闘者としては一流、常在戦場というには油断も多く無謀な行動をしばしばとるが、冒険者歴は二年だが本人は危険を幾度となく越えてきた自信もある。
「イケメン、イケメン」
「イケイケイケメン」
敵は気づかれたことを察したらしく、一行を素早く取り囲みファイティングポーズをとった。
「妖精……? なんか本で見たことあるかも、えーと、八枚の翅を二つのXに見立てて、えーとダブルエックス……」
「敵、それで十分だ」
細かいことは気にしない、豪胆で器のデカい男アピールだ。
「XX妖精紳士、一般的には死体漁りをする妖精のはずなんだけど」
「そうそう! それです、大抵の屍肉食生物は同時に捕食者でもありますから……虫とかならともかく、ほぼ死体漁りだけで生活できる大型生物なんてハゲワシくらいかも」
バルカンボアの獲物のおこぼれをかじりに来たか、或いは強奪する算段で様子を伺っていたのだろう。獲物はバルカンボアを撃退したが疲弊している、であれば狩ればいいと判断したのではないか。
「イケメン、イケメン」と七体は啼いている、イケメンではない個体もイケメンと啼くのが彼らの特徴だ、そして不思議なことに雄の個体以外確認されていないため、雌しか発見されていない妖精の雄という説が有力だ。
「お前は女たちを守っていろ」
「ああ」
シオールが駆け出すとXX妖精紳士はピンクのオーラときらきら輝く粉をばらまきつつ、アクロバティックな動きでシオールに迫る、群れから離れた一匹を狙うのは狩りにおいては定石であったが……相手が悪かった。
シオールは中年が放つハート形の光線をかわしつつ、すれ違いざまに横っ腹を斬り裂くと中年は「ギイィィィィィ!!」と凄まじい悲鳴をあげながら内臓をぶちまけて地面に転がった、そして流れるような動きで投げキッスをしようとするイケメンの顔面をそぎ落とし、理解が追い付いていないもう一体の中年の耳から頭頂部にかけて間合いの外からの斬撃で切り飛ばすと、訳の分からない声を出しつつ、ふらふらと墜落し前のめりの倒れると脳がうどん玉の如く零れ落ちた。
そしてついでとばかりに空中に浮かぶイケメンを股間から腹にかけて縦に斬り上げるとやはり、内臓とおびただしい血をこぼしながらすさまじい形相で悲鳴を上げ絶命、地面にたたきつけられた。
悪魔を目の当たりにしたXX妖精男たちは上空に逃げようとするが、シオールの投石を受けたイケオジマッチョは翅を痛めてバランスを崩し、さらにシオールの間合いの外からの横薙ぎの一閃により、上下の半身が永遠にさよならし「あ、あああ……」と狼狽え、パニック状態で漏れ出た内臓を引きずりながらふらふら低空を飛び地面に倒れると、そのまま動かなくなった。
血を流しながらふらふらと迷うように飛ぶ先ほど顔面を削ぎ飛ばされたさわやかマッチョは、後退する仲間のハート形光線を浴びると、ダブルピースのポーズをとり地面に落ち痙攣している。
「二匹逃したか」血と脂肪、内臓で汚れた剣をXX妖精紳士の服で拭って言った「ま、こんなところか」
内臓をぶちまけた中年個体は痛みと恐怖で何か言葉を発し涙を流しながら怯えている、もう戦闘不能であるためシオールは放置していたが、うっかり腸を踏みつけると悲鳴を上げた。
「うわっ! きったね!」
足をは慌てて離し中年の体で靴の汚れを拭きとる、まろび出た腸を抱え、引きずりながらその場から離れようとあがく、その顔は苦痛と恐怖で歪み、目からは涙があふれている、翅を震わせ飛ぼうと試みるが、そのたびに激痛が走るらしく、うめいて蹲る、それでも何とか浮かび上がり、弱弱しくピンクのオーラときらきら光る粉を発生させる、もう助からないだろう。
マリーが落ち着けば見かねて回復魔法をかけたかもしれないが、XX妖精紳士はそんなこと知る由もない。
シオールとしてはマリーに強くてかっこいいところを見せたくて張り切ってはみたが、マリーとアキレアはその惨状に嘔吐し、幾度となくシオールの強さを見てきたローランドも、悲惨な戦いを何度見て死にゆくものを見送ったアンジェリカも目をそらしている。
アコニーはシオールが血に飢え力に溺れたモンスターであると認識した。
あれ、何かマズいことしたか?
「少し刺激が強かったか……? だが、ここで俺が奴らを斬らなかったら、こっちの身が危なかった」
さすがのシオールも周囲の様子を見てマズかったことには気づき言い訳をする。
確かにそれはその通りかもしれないけど、人間によく似たものを顔色一つ変えず、それも残忍な殺し方をやってみせるシオールに対しマリーは恐怖を覚える、そしてアキレアがシオールを激しく嫌悪している理由の一つに、この殺しに対する抵抗の低さがあるのだと。
「殺るか殺られるか、俺たちだって命がかかってるんだ」
魔物の討伐は英雄的行為などではない、断末魔が響き渡り、血しぶきが乱れ飛び、内臓がまろび出る、視覚、聴覚、嗅覚、触覚……時として吐血や吐瀉などによる味覚も含む五感すべてに迫る地獄絵図、殺し合いとはそうしたものなのだ、ただシオールほどの強者ならばしばしば一方的な殺戮となることも少なくはないが。
バルカンボアの遺体は魔法で強化されたローランドが担いで第三砦に移送する、皮と骨はアンジェリカのスケッチをもとに剥製になるだろう。
そして大量の肉だが、雄の肉というものは一般的に固く、時期によっては臭みが強い、家畜の場合ならば去勢することである程度肉質を担保できるが、ジビエではそうはいかないし、まして剛力を誇る魔物であるから、なおさら肉は固く癖が強い部位が多いのも必然であろう……その問題を解決する手段はスパイスをふんだんに使った煮込み料理である。
ねぶりやネック、ザブトンといった希少部位は熟成されたのち、討伐を果たした一行がのちに食したが、討伐をした当日はシオール以外は夕飯をとらなかった。




