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古い仲間の巻

 近年、帝国内でも農業生産力が低下しはじめていることが問題視されている、無論そこには資源の問題も関わっているが、それ以上に都市もダンジョンも地方の若者を吸い上げ労働者として従事させることで発展してききたものなのだ、当然労働力を吸い上げられた村落は過疎化が進み若者が減れば地方が担っていた労働力の再生産の力は大きく衰える。


 都市とは大人を合理的に労働させることに特化した環境であって、子を産み育てることには向いていない。託児所など育児支援などは当然あるが、たくさんの労働力を住まわせるための狭い住居では沢山の子供を養う面積はなく、豊かな生活をさせたいという当然の親心から資源を一人か二人の子供に集中投入せざるを得ず、そもそも子供とは合理性と相反するもの、そんな環境では何をどうしようと再生産される労働力は総合的に見てマイナスになることが宿命なのだ。

 しかもここに労働者の奪い合いという資本の対立や利権が絡むだけではなく、労働者個人の選択もあるのだから止めることはできない。


 村落の衰退は食料自給率だけではなく、労働者の再生産にもかかわるものであるから「おかれた場所で咲きなさい」なるプロパガンダを国策でやってみたが、結果は村落への回帰ではなく「底辺貧乏人は田舎にすっこんでろ」と都市部の労働者と冒険者など、異なる属性の庶民たちが侮蔑しあう流れを劇化される結果となった、これは失政の不満をそらすため、そして民衆を分断し団結させないことを目的とした対立煽りと意図せず合流した結果でもあった。


 都市もダンジョンも労働者を飲み込む以上、人材はどこかからか調達するしかなく、帝国を巨大化せざるを得ない理由の一つだったが、様々な土地から労働者が流れ込めばそこに摩擦も起こる、そして征服した土地の人間を懐柔足り抑え込むのも一苦労、帝国はすでに自らの重さに耐えられなくなりつつある。


 そんな時代の奔流にあってナモナキは、数少ない成功した村落だ。

 ナモナキはダンジョン前の街ドミナスに行くうえで、中継地点となる村であり、元冒険者のセーフティネットとして機能する流れができているため、冒険者を搾取する利権と対立することなく、一次産業の回帰にある程度成功している。

 当然選ぶ側の心情もあるから、さすがに何もなくただ歳だけ喰った者たちの結婚は困難だが……それでも人間性次第ではほかの底辺労働者よりも希望があり、何より孤立せず連帯できる居場所がある。


 また、ダンジョンにかかわるまた商才や教養のある者も流れてきており、ドミナスとの中継地点でもある立地を生かした商売をしたり、その能力を一時産業に貢献したりもしている、帝国としてはナモナキをモデルケースに農村の復興を試みたいが、条件が特殊すぎること、小規模だから上手くいっているところであり、規模が拡大してゆけば、新しい問題が生じてくることであろう。


 引退後のアンジェリカは当然ヒーラーだし、ナモナキには探索者集団カツオノエボシのメンバーなど知り合いもいる、仕事はすぐに用意できる。

 そして家もすぐに用意してくれた、ダンジョンの再発見の際道路建設に従事した魔法使いの宿舎兼研究室だった建物で、少し前まではバーベナたちが研究室として使っていた広い空き家だ。


「ちょっと一人で住むには広すぎるわね……」

「元々はウチで使ってた場所だし、何かあったとき使わせてももらうこともあるかもしれない、それにこのまま人が増えてけば、大きな治療院も必要になるだろうし」

「その間、ここを管理してほしいってことね」

「まぁそれもあるけど、家が広ければ子供が沢山出来ても大丈夫だろう」

「そういう浮いた話はないのよねぇ」

「アンジーならすぐいい人が見つかるよ」


 いい人、か……


 そういいつつローランドのことをちょっと思い出す、冒険者や騎士というのもは概ね荒くれで、アンジェリカとしては伴侶にするのはちょっと無理というタイプが多いが、ローランドは心優しく繊細で可愛いところもある、そして自分のことを好きになってくれていたかもしれない人、でも確信が持てなくて見て見ぬふりをしてきた……彼には幸せになってほしいと思っている。


 一足先にやめた元宮廷魔術師のバーベナを中心に冒険者時代の仲間たちが集まってはいるが、昔のように組んで仕事をしているわけではない。

 バーベナは子育てしながら冒険者と本来の地元民との間に立ちつつ、魔法使いなど教養人を集めて研究室を開き、農業から教育、駅馬車の加速まで幅広く関る何でも屋の先生として慕われており、現在のナモナキに大きく貢献している人物ではあるが、それは優秀なスタッフと良き地域住民あってこそ、ひとりの人間ができることなどたかが知れているとを常に強調する。


「アンジーもついに冒険者引退かー」


 赤ん坊をあやしながら元ランドリーメイドのサポナリアはいう、アンジェリカにとって初めての仲間で、かつてお互い憎からず思っていた相手だが、今は二児の母である。


「じゃぁアンジーが引退する前にもっかいダンジョンにいこっかな」

「そうだね、アンジー姐さんの慰労も兼ねてさ」


 元娼婦のカメリアは言う、今の彼女は画家で、ダンジョン関係の本の挿絵や村の名産品のラベルに絵を描いたりなどしながら、元キッチンメイドのアニスと暮らしている。二人は画業のために何度かアンジェリカたちと共にダンジョンに潜っており、今の仲間たちとも面識がある。


「で、いつ頃こっちに来るの?」

「いろいろと済ませたらこっちに来たいとは思ってるんだけど……」

「やっぱり、あの子のことが心配なんだ」

「そうね、でも……新しく入った子が仲良くしてくれているし、ほっとしてる」

「実はちょっとさびしかったりしない? あの子アンジーにベッタリだったし」

「それはまぁ……そう、だけど、でも嬉しくもあるのよ、本当に」


 これからのこと、思い出話、どこにいるのかわからない罠猟師のドロセラのこと……それからバーベナが抜けた後に入ったメリッサのことも、話は尽きなかったが、今日中にドミナスに戻らんければならない、アキレアの傍にいてやれる時間はもう長くはないのだから。

 ……気づけばアキレアのことばかり心配しているのは、彼女が幼くて可愛らしく、何よりとても懐いていてくれた年の離れた妹みたいな存在だからなのだろう。


 バーベナたちが魔法で強化した駅馬車は以前より格段に乗り心地が良くなっている、バーベナの風魔法だけではない、他のスタッフが得意としている地の魔法や強化魔法などを組み合わせた結果だ。

 世の中はどんどん良くない方向に向かっている気もするが、良くなっている、良くしようという努力が実ったところもあるのだ。それは一人の力に頼るものではなく、たくさんの人たちの力が集まった結果であり、誰か一人が抜けても機能する集団が健全な集団なのだろう。

 人間の社会はコミュニティを回し続けるために替えが利く部品としての人間と、愛し愛された個人として替えが利かない人間という、矛盾した二つの側面をはらんで回り続けている。


 自分が抜けた後パーティはどうなってしまうのか、上手くいかなかったときのことも考えておかなければならない、上手くいかなかった場合、その理由の一端は確実に自分にもあるのだから。

 公平に物事を見ることはとても難しい、アキレアとシオールが対立したとき、アキレアの主張のほうが正しいものだと個人的に納得しやすいが、それはアキレアをひいきしているように見えたのではないだろうか。


 そして、気難しいところもあるが本質的には素直でかわいげのあるアキレアよりも、トラブルメイカー気質のシオールのほうが深刻なのではないかとアンジェリカは思う。

 本当は彼が自分を曲げない以上はまずこちらが歩み寄らなければならないのだが、彼にどう歩み寄るべきだったか、最後までわからず信頼関係を構築できなかった。人というものは信頼していない相手の意見なんて聞きたくないのが人間であるから、そこでもう躓いていたと言わざるを得ない。


 ヤンガーサンである彼が後継ぎである兄に強い反感を抱いているようなところは垣間見えていたし、如何にも長女いった気質に反感を覚えていたのだろうとは思うのだが、どうしてもそう動いてしまうし、アキレアとローランドにはそれで良かった……今にして思えば、二人に対しても、それだけではよくなかったのかもしれないとも思っている。

 一人で完璧にやるなど不可能で、ほかにいないのだから自分がやる以上はそうなってしまうのは仕方がない……いやそういう考えがよくなかったのだろうか。


 アンジェリカはいつもパーティ内の諍いの間に入ってその場を収めてきたが、そのやり方も結局その場しのぎでしかなかったのだろうとも思うが、アキレアとシオールが腹を割って話した先にあるのは完全な断絶しかない気もする、何かもっといいやり方があったはずとは思うが、最後までそれを見つけ出せなかった。


 ローランドは……いつもじっと堪えて助けを求めるときも控えめで、自分がいなくなったら誰が彼の意見をくみ取るのだろう。最近はアキレアとも仲良くやれているいるのはとてもうれしいが、間に入るのがアキレアではシオールとは喧嘩にしかならない、彼はマリーやアコニーとはかかわろうとしないし……

 ローランドは私のことを……なんて考えたりもするが、確証などないし、やっぱり若い異性に執着する見苦しさを若いころに痛感した身としてはどうしても躊躇ってしまう、三番目の妹と同じくらいか一つ下、五、六歳離れている男性に好かれているという認識が勘違いだったら、目も当てられない。


 シオールはリーダーとしてもっと周りのことを考えられるように、ローランドは自分から意見が言えるように、アキレアもある種の正論で殴るのではなく、相手に伝わる言葉ややり方を選べるようになってくれることを望んでいたし、アキレアもローランドもそれはわかっていたのだが、結局そうなるような手助けをあまりしてやれなかった。

 ただ、アキレアにはマリーとアコニーがいてそれであの子は少しづつ成長している、アンジェリカだけではこの変化はなかったし、これからもいろいろな人と関わり視野を広げていってほしい……しかし、ローランドとシオールにはそんな人がいないのだ。


 兎角、やり残したことも失敗もたくさんあり、挽回もかなわないが、最後まで自分にできることをするしかない、アンジェリカはそう思っている。

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