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それぞれの思いの巻

 マリーとアコニーが加入してから、パーティの行動半径は大きく広がった。

 シオールの望んでいた動いている人間にピンポイントで回復魔法をかけられるヒーラーで、身体強化の魔法も使えることで、一時的ではあるが人間の能力を超えた動きが可能となったし、マリーも強めの身体強化魔法に振り回されず、精妙な動きを維持するシオールに驚いている。


 マリーがパーティに加わってから風は俺のほうに吹いているとシオールは確信している。

 最初は「アンジェさんが仲良くしろっていうから」みたいな態度をとっていたアキレアも人懐っこいマリーをあっという間に受け入れたのを見てシオールは一番厄介な奴があっさり飼いならされたことにほくそえみ、アンジェリカも聞き分けがよく既にパーティから外れる方向に動いている。

 明るく素直で見た目も悪くない、胸もアンジェリカとアコニーが相当デカいだけで、マリーだってそれなりに大きいほうだ。


 マリーという幸運の女神を得て心にゆとりができたのだろう、リーダーに必要なことをちょっと考えたりもしている、決断力と行動力はあると自負しているし、ビジョンだって描いている、そしてパーティを統率してく上で、もっと仲間を信じていいのかもしれないと。

 アンジェリカはあれこれ口出しするのは、仲間を信用してないからなのだろう、とはいえ悪気はないのだろうし世話になったから退職金は少し多めに包んでやるか、ローランドもそのうちアコニーを受け入れるだろう、あっちもアンジェリカほどではなさそうだが相当デカい、懸念材料としてはアコニーが俺に惚れたりすると少し面倒か……などと何故かのんきに考えている。


 ドミナスに戻ると、女四人でギルドやほかのパーティのところへあいさつ回りをする、アンジェリカ引退が確定したことを皆残念がり、口の軽いギルド職員……ことスワルティアは泣きそうだった。

 このあいさつ回りはアンジェリカが地道に積み重ねてきた信用などといった形のない財産の一部を三人で引き継ぐということも意味している。


 今まではアンジェリカにしがみついてほとんど口を利かなかったアキレアも、マリーが来てからはほかの人とも話すことが増えたし、そうなればけっこう周りもかわいがってくれる、それに従い過激な言動も減った。

 アキレアは本来素直なのだ、好意を持ってくれる相手を無碍にはしないし、自身の好意もストレートに表す。


 子供から大人に変わる不安定な時期に加え、以前所属していたパーティでの諍いが辛かったとか、ゴブリン大虐殺など嫌なことが重なって心を閉ざし、冒険者の身近なモデルケースが致命的なまでにウマが合わないシオールであったことから、見知らぬ残忍で愚かな人たちが資源を食いつぶし、殺戮を楽しんでいると、嫌な部分ばかり見ていたのが、友達ができたことで心にゆとりが生まれて視野が広がり、冒険者になりたてのころ見えていた見知らぬ人の暮らしや痛みが再び以前よりもはっきり見えてきたのだ。今まで彼女を憤慨させてきた底辺与太者の在り様と、そうならざるを得ない余裕の生き方のはざまで悩むことも増えるのも間違いないが、そこからより良い道を模索する聡明さはあるとアンジェリカは思っている。


 出会った頃からアキレアは傷ついていて、ゴブリン討伐でさらに深く傷ついた。繊細で危うく、何より甘えん坊でかわいくてしょうがなかったのでついつい過保護すぎたのかもしれないとアンジェリカは思う、アコニーが言うにはマリーにとってもアキレアは支えになっている、どちらかが一方的に保護するかわけではない、いい関係だ。

 今はまだいろいろ危ういし、これからからも悩みくじけそうになることもあるだろう……可愛い妹分の傍にいて成長を見守りたい気持ちもあるが、それは未練というものだ。


 マリーはこのパーティに入って良かったと思っている、先輩ヒーラーのアンジェリカは親切だし学ぶところも多い、アキレアとの関係を見ても、魔法では癒せないものを癒すことこそヒーラーの神髄であるとということが心で理解できる。

 いつも斜めに構えているアコニーもアンジェリカのことは一目置いている、だから彼女が抜けた後のパーティを不安視もしているが。


 そしてアキレアだ、最初はちょっとぶっきらぼうな態度だったけど、こちらの好意には全力の好意で返してくれるし、あっという間に「アッちゃん」「マリちゃん」と呼ぶ関係になった。好奇心が強いところとか一緒にいて楽しいし、すごくかわいいし、繊細で守ってあげたくなる、今まではいろんな人に守られて生きてきたし、いまだってアコニーは守ってくれている、アキレアと出会って気づいたのは守ってあげたいと思える存在がとても励みになること、そして本人は自覚していないだろうけどアキレアにも守られていると感じている。これから一緒にいろいろなものを見て、いろんなことを感じるのだ、それはきっと楽しいことだろう。


 マリーにとってアキレアはとても大きく彼女のことばかりになってしまうが、シオールやローランドだって仲間だ。

 ローランドは自分たちのことはあまり好きではないのかなと感じる、ただアキレアはローランドと仲良くやっていて、なんとか自分たちと仲良くやってもらいたいみたいだが、多分彼はアンジェリカに思いを寄せているのだろう、それ故自分たちを認めるわけにはいかないのかもしれないのではないかと。


 シオールは少し怖い。ローランドと違い友好的ではあるがなんだか上から目線だし、アキレア曰く「ローランドさんはあいつのこと悪い奴じゃないってゆってるけど、あたしとは合わない」とのことで、確かに魔物を躊躇いもなく斬殺してゆく姿は何か人間の姿をした別のものであるようにも感じる。

 ただあんな見事に剣を振るう人は見たことがない、使っている剣の力もあるのだろうけど、刃渡り以上の大きさの岩を真っ二つにしたりするし、強めの身体強化の魔法を使っても強化された力に振り回されず、すぐに順応して精妙な身のこなしや剣裁きを維持する、アキレアと同じようにきっと天才の類なのだろう。


 アコニーは思う。

 パーティは順調にアンジェリカがいなくても回ってゆく方向に進んでいるように見えるが、あの人がいたときはこんなことはなかった、といった状況になることままあるということを工作員であるアコニーは何度も見てきたし、まして彼女は目に見えてパーティのまとめ役、社会性に欠ける三人の間をうまく取り持ちつつ、人付き合いなんかをこなしてきたのだ、何も起こらないはずがない。


 アコニーはアキレアとはそれほど積極的に関わらない、年齢以上に幼く情緒も安定しているとはいいがたい厄介な少女。

 高度な魔法を軽々と扱いながらも、その強大な力で安易に解決しようとはしない、自らの力に溺れないのは彼女の強さであり思慮深さ、一方でアンジェリカにしがみついて甘えたりしながら、彼女のいないところで「アンジェさんなしで大丈夫だってところを見せないと、アンジェさんは安心して幸せになれない」なんて泣きそうな顔で言う弱さ。

 強さも弱さ、幼さと思慮深さ、併せてみせるところにアンジェリカもマリーもたまらない魅力を感じているのだろう、だが危険だ。

 アンジェリカにはこの危険な少女を包み込む力があるが、ふたりがかりでもアキレアにとってのアンジェリカの代わりはできそうにない、下手したら危険な魅力を持つアキレアとマリーは共倒れになってしまう恐れもある。


 ローランドは自己主張がなく、自分たちとは積極的に関わろうとしないあたり、あまり歓迎していないことは伝わってくる、シオールは戦闘力が高く我が強いだけの愚か者……アコニーは男性二人に関心が薄いことを自覚する、パーティメンバーに関心を払わないのはよい傾向ではないとわかってはいるのだが、異性に深入りはあまりしないほうがいいとも思っている。


 そして、パーティ全体の問題点としてビジョンを描けるリーダー不在がある、名目上のリーダーであるシオールは行動的で自信に満ちているが単なる思い付きでしかなく、ビジョンを描くのに必要な広範的な教養が皆無。実質のリーダーアンジェリカは優秀な実務家ではあるが戦略家ではない……そして、パーティを持たせていた彼女は近々パーティから抜ける、大丈夫なわけがない。


 個々人の能力は高いが……厄介なパーティだ、しかし侯爵失脚後無理をして明るく取り繕っていたマリーが最近、取り繕わなくてもよくなったのはアキレアがいるからだろう、今更パーティからは抜けられない。


 ローランドは二人に対して距離がある、元々人見知りで女性相手ならなおさらなところはあるが、アンジェリカがパーティを抜ける原因でもあるのだ、もっともアンジェリカは彼女らと仲良くやっている。

 あの二人が嫌な奴だったら、その悪意からアンジェリカを守り、頼もしさを見せることが……なんてことを考えてしまい「おれは最低だ」と自己嫌悪に陥る……愛を得るために敵対者を求めてしまうのは、相手に貸しを作ることで愛を得ようとする浅ましさ、不幸につけ込んで恩を売ろうとする醜悪な根性ではないか……


 こんなおれをどうして好きになってもらえるというんだ


「ローランドさん」アキレアが柑橘類を差し出す「ギルドでくれた」


「あ、ありがとう」

「あのさ、マリちゃんたちはいい奴だよ」

「……そうか」


 アキレアなりに打ち解けていないことを心配してくれていることはわかっているのだが、すこしぶっきらぼうな返答をしてしまう。


「アコニーさんとはあんまり話さないけど、マリちゃんが信用してるんだから、あたしも信用する」


 アコニーは何か得体が知れず、危険な感じがする。ただのメイドではないことは間違いない、だがそんなことをアキレアに納得させられる言葉で説明などできないし、何よりローランドが聞きたいのはアンジェリカが去ることを本当に納得しているのかということだ。


「おれにとってあの二人は……仕事上の付き合いでしかない」

「そっか……」


 アキレアとてローランドがアンジェリカには去らないでほしいと思っていることくらいわかっている、だがどうしていいのか、何が正しいのかがわからない、であれば当然かけてやれる言葉もない。


 二人は似ているのだ、どちらも上手く友達を作れない上に、アンジェリカを必要としている。

 だが、アキレアは結局愛されて育った子供だ、パーティに加入して間もなく、師匠と姉弟子一同が挨拶に来たりしたところから見ても明らかで、アンジェリカにはすぐに懐いたのも年上の女性にかわいがられて育ったからなのだろう。

 母親に「産まなきゃよかった」と言われ、当てつけみたいに目の前で首を吊られてしまったローランドは土台が違うと感じている。


 大体、同じ人見知りでも幼さの残るかわいい女の子と、自分のような大男では全く別の存在だし、甘えてくるアキレアに慈愛に満ちたまなざしを向けるアンジェリカも、自分のような図体のデカいボンクラが甘えたいといったら、とても気持ちが悪く恐怖すら覚えるのではないかと思うのだ。


 シオールにもアキレアにも友情は感じているし、養父も自分を愛してくれていることはわかっている、だがそれでは満たせないものがある。

 そして恋慕の情だけではなく、母が与えてくれなかったものをアンジェリカに求めているのではないか? なんて考えると、どうしよもなくみっともなくて気持ちが悪く、とても情けない男に思えてくる……


 俺はあの人にアキレアにしているようなことをしてもらいたいと望んでいる……


「どうしたん? 大丈夫?」

「いや、なんでもないんだ……」


 こんな情けなくて気持ちが悪い奴を選んでくれるはずがない……


「ローランドさん、なんかいつも我慢してる気がする、あの愚物だけじゃなくてさ、あたしもずっと話を聞こうとしなかったと思うし……ごめん」

「いや、いいんだ、やせ我慢は騎士道の華さ」


 アキレアが思っているほどシオールは悪い奴じゃないし、身勝手さもアンジェリカが自分を気にかけてくれる理由の一つになっていたのだから、別に悪いものでもなかった思っている、我ながら現金だなとも。


「やせ我慢……か」


 愚物がアンジェさんを追い出したいのは知ってる、けど彼奴の言う通り冒険者を続けてても人生を棒に振るだけなのは確かなんじゃないか……


 そう考えるとアンジェリカを引き留められない、本当はずっと甘えていたいけどいつまでも子供でいられないのだから。

 ローランドもやせ我慢して受け入れるつもりなのだろうとアキレアは考えている。


「そういえば、アンジェリカは」

「昔のお友達に会いに行ったよ、ナモナキ村だっけ? 冒険者やめたらそっちに行くって……」

「そうか……」


 ローランドは恋焦がれる女性を引き止めたいがそんな勇気はない、拒絶されることが怖い……可愛がっているアキレアが引き留めたならアンジェリカも考えてくれるだろうという気はするが、それを期待する自分の根性が心底情けない。


 ローランドにはアンジェリカへの思いや悩みを誰かに打ち明けたいが、シオールにそんなことを言ったら何を言われるかわからないし、アキレアはアンジェリカが大好きでずっと独り占めしてきたのだから、そこでぎくしゃくするのも嫌だ。

 シオールを除けばみんなアキレアを一番に気遣っている、それは仕方がないことだし、羨ましいなどと男は思ってはいけない、まして騎士ならば。

 圧倒する力を持っていても幼く弱いアキレアには重荷でしかないことをローランドは知っている、やはり守られるべき存在なのだ。


「寂しく……ないか?」

「そりゃ、寂しいよけど……でも、冒険者を続けてたら人生を棒に振るみたいな話も、わかるんだ……それに、マリーちゃんもアコニーさんもいるし、先生や姉様たちだっているから」

「そうか……いいな、アキレアは……やっかんでるわけじゃないんだ、ただ……その」


 ローランドは自身の過去を誰にも話していない、シオールなら「自分語りかよ」なんて冷たく切り捨てそうだし、アンジェリカには自分の苦しみをわかってほしいと同時に、重いとか思われたらどうしようと思ってしまう。

 ……ローランドはやせ我慢を続けた結果、心に抱えた荷物が重くなりすぎたのだ、アキレアは自分の過去の話を普通にするし、基本的に優しい子なのだ、馬鹿にしたり冷たく切り捨てたりもしないだろう、そんな友人としての信頼がある、だから話すことにした。


「おれ、あんまり人に好かれてなかったから」

「それはみんなローランドさんのことをよく知らないだけだよ」

「いや、おれ……母さんにも好かれてなかったから……」


 ローランドの母は囲い者で十代で彼を産んだ、母は弱く頼れるものはたまにやってくる父だけで、保護も支援もなく孤立していた……

 そして幼さゆえに父性の保護を求める母と、幼さゆえに母性の保護を求めるアキレアを少し重ねていたことに気づく、少し前までアキレアに好かれていないと思い込んでいたのもそれゆえなのかもしれない。

 母を恨みに思う気持ちがあるが、それ以上に母を赦し和解できる理由をずっと探していた。


「母さんには余裕がなかった、支えてくれる友達が、世話を焼いてくれる誰かがいてくれたら、おれのこと嫌わないでくれたと思うんだ……」


 アキレアはただ聞いているしかなかった、血のつながりもない先生や姉様たちから愛情をたっぷりと受けて育ったし、森に捨てられる前日、自分を抱き乳を吸わせた実の母が自分を愛していなかったとは思わない、だから漠然と子供というものは誰しもが可愛がられて育つと無意識に決めつけていたが、世の中にはそうじゃないこともあることに衝撃を受けたのだ……気の利いたことなんて何も言えない、何を言っても心無い一言になってしまう気がする、過去に苦しむ友のためにできることなんて話を聞くことだけではないか。


 父のように金銭的、家政婦派遣などの生活支援だけでは足りず、英雄物語のように何らかの力で敵を排除してしても解決せずただ孤独を深める結果になるだけだ、まずアンジェリカのように寄り添い、忍び寄る孤独や不安から守ることなのだろう……母にはそんな人がいなかったことが一番の不運だったと。


 アキレアからアンジェリカの庇護を奪うなんて残酷なことを望んではいけない……


 それからいじめられていたこと、初めてできた友達は猫の魔物で惨殺されてしまったこと……暗い話はそこそこに、拾ってくれた老騎士の話やシオールとの出会いの話もする、シオールはそんなに悪いじゃないという話についてはいつも異論をはさむアキレアも、ただ黙って聞いていた。


 上手くは言えないが、ローランドがシオールを友達だという理由がわかった、その頃の話は困ったことばかりだと言いつつもとても楽しそうにしていたから、それにやっぱり友達のことを悪く言われたらそれはいい気分じゃないだろうと思ったからだ。


 本当は辛い過去に今も苦しんでいることをアンジェリカにわかってもらいたい、だがそれは思いを寄せる相手だからこそ言えないところがある、男の意地や気を使わせてしまうこと、実際好きでもない男にそんなことを言われても困るだろう、はっきり言って重いのだ。

 それに今だって自分にも気遣いや情を注いでてくれているのだ、騎士とは焦がれる高貴な婦人に対し、異性として愛ではなく、臣下としての愛を求めるもの、勿論そんな騎士道など今時……いや、そもそも初めから幻想なのだろう、それでも……騎士の本分はやせ我慢だ。


 いや違う……アンジェリカがおれを好きになってくれる保障なんていない、おれは拒絶されるのを恐れているだけ、ただ臆病なだけなんだ……


 自分が情けなく……辛い。

 ローランド自身も保護と支援を必要としている傷ついた者であるのだろう、だがその自覚に乏しい。

 男だから、騎士だからと理不尽なまでに自助努力を自身に強いていて、世間からもそういう圧力があるのだという認識すらあり、声をあげることすらできず苦しんでいる。


 真に助けが必要な者はしばしば助けたくなる姿をしていない、それはローランドだけではなく、冒険者のほとんどに言えることなのかもしれない。

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