マリーとアコニーの巻
ドミナスはダンジョンの再発見により新興した宿場を母体としており、城塞もなく急速な発展故に都市計画は行き当たりばったりで、都市の労働力や食料を確保するため必須である衛星のごとき村落もない。ただ、ダンジョン資源のおかげで比較的裕福な自治体であるし、労働力も食い詰め者の底辺与太者たちが黙っていても集まってくるのだから問題はない……それゆえに、ここは人間達の吹きだまりでもある。
ドミナスに限らず都市の宿命として地方から多くの人間を飲み込むが人口を再生産する力に乏しい、都市化により産業は大いに発展したが、食料や労働力を生む村落の衰退始まっており、帝国屋台骨が揺らいでいる一つの理由となっている。
ダンジョンの遺跡を研究する者はいう。現代を遥かに凌駕する技術がありながら滅んだのは、都市化と村落の衰退による少子化により、文明を維持出来なくなった結果であると。
帝国もそう遠くない未来自らの重みに耐えきれず崩壊するであろう、帝国の延命を図る者たちとスクラップ&ビルドを考えている者たちが水面下で対立しているが、いずれも一枚岩ではなく、仲間内でも争っているややこしいことになっているが、庶民も底辺与太者も情勢不安を感じつつも難しい事は知らない、何より日々の生活に追われていてそれどころではない。
「一身上の都合でパーティを抜けたく思います」
年齢は二十代前半くらいのどことなく冷たい雰囲気のメイドの突き放すような物言いにリーダーの二十代後半くらいのちょっとワイルドな印象を与える顎鬚の男が困惑した様子で言う。
「どういうことだアコニー……俺たちの何が気に入らないんだ」
「何度申し上げれば理解していただけますやら」
「お前……そんなことで冒険者をやってけると思っているのか?」
「お言葉ですが、うちのマリーはヒーラーですので」
メイドのアコニーがちらっと視線を向けるとマリーと呼ばれた十七、八の少女は「すみません」と困惑しつつ愛想笑いをする、如何にも田舎娘といったふうだが、所作からは育ちの良さが感じられた。
男性の人口が圧倒的に多い冒険者業界にあって、慢性的に魔法使い、特にヒーラーが不足しているから選択権は彼女らにある、しかし冒険者は男の面子にこだわる業界であるから、女性冒険者がパーティから抜ける際は円満退職でなければ、こちらから追放したという体をとらなければ格好がつかない。だからパーティの方針に不満がある魔法使いがへそを曲げるとしばしば「追放宣言してもらうよ」と脅す、自分から去るではなく追放宣言を求めるのはまだ顔を立てる気がある、交渉次第では残ってもよいという意味でもある。
このように、男女混合のパーティの実際は男達の顔を立てつつ手綱を握っているしたたかな女が多く、案外男たちもそれはそれで気が楽だしうまく回るのだが、面子もあるからにそんな現実ははっきり明言はしたくない。
「俺たちは専属のヒーラーなしでここまでやってきた、自分で言うのもなんだが、実力はあるほうだと自負している」
「ですから……パーティに加入したとたん、急に上から目線になったのが不愉快だと申し上げておりまして」
「だから不愉快ってお前、納得できるわけがないだろ……そんな考え社会じゃ通用しないぞ?」
「……女にパーティを仕切られてると見られたら、ヘタレだと見下される、そんな常識くらいわかれよ」
「存じ上げませんし、従う気もございません」
彼女たちは前述のような冒険者の文化について知らないし、メイドに関して言えばおそらくは知っていても、顔を立てる気などないことを隠しもしない。
「これ以上は無駄なようですね、ごきげんよう」
「短い間でしたがお世話になりました」
ここの人たちも自分たちを幸せにしない面子や掟に呪縛されながら、その中で成り上がろうとしてるんだ……
田舎娘っぽいヒーラーマリーは思う。
ヒーラーのマリーとメイドのアコニー、彼女らこそがコニファー侯爵の失墜により立場を追われた元聖女候補とそのお付きであった。
「……やっぱり、こっちからパーティ募集したほうがいいんじゃない?」
「あまり目立ちそうなことはしたくありませんし、この前みたいにどこかのボケナスがうっかりゲロしないとも限らないので」
「や、気を付けるってば……」
このマリーは仲良くなったギルド職員、それも口が軽そうな女にうっかり身の上話をしている、基本的に警戒心が足りなくて腹芸もできない、それはある意味聖女らしいともいえるのだが。
「パーティ名も考えてあるの、名付けてメイド血盟軍! メイド未経験者も大歓迎、わたしもこの際メイド服で」
「そのトンチキな発想が危機感が欠如を如実に物語っていますね」
アコニーは聖女候補に近づいたカルト宗教の工作員、その時はウズと名乗り、マリーの本名もマンジュである。
聖女候補のほとんどは見た目が良くて素質のある娘を貴族が養女として引き取り教育を施したものであるから、政治の道具に過ぎない筈だが、末の息子でありながら冷酷な曲者ゆえにコニファー侯爵となった男が実の娘のごとく愛していたというのだから世の中はわからないが、そこに隙ができたのかもしれない。
帝国の要地であるコニファーを治める侯爵のスキャンダルなど帝国内のごたごただけではなく、カルト教団の教祖の死の発覚も重なり、教団内の勢力争いが激化、混乱に乗じ工作員のアコニーは聖女候補を連れて逐電する。
元聖女候補なんて無力な存在だし、今更彼女を使ってどうしようという者もいるまい、せいぜい侯爵夫妻も巻き添えを恐れてアコニーに託した程度のものだろうが、世の中の何から何までを知っているわけではないのだから、警戒するに越したことはない。
面倒なことを引き受けたのは友情を育んでしまったから、それが一番の理由だが、工作員として人を陥れ時に直接命を奪ってきた罪悪感もあるのかもしれない。
今も教団組織に残る親しい者たちのことも気になってはいるが、どうにもならない問題であるし、手元に残るものなどいつだってどうにか守りぬいたものであり、ほとんどは手のひらから零れ落ちてしまうものだとアコニーは思っている。
アコニーが投げた三本の釘がモヒカン、逆モヒカン、スキンヘッドの目の前の壁に刺さる。
「うぎょい!?」
パーティに誘われたこともあったが、とても有望には見えないので断った相手だ。
「あ……あーぶねぇ」
「練習をしていただけで他意はございません、悪しからず」
「い、いやー釘を投げナイフっぽく使えるとかマジぱないっすね、俺っち感動しちゃう」
「それよりさ、姐さんがたがフリーになったって聞いたんだけど」
「お断りいたします」
「おいおいおいおい、男が何度も頭下げてるんですぜ、恥かかせないでくれや」
「それを恥と考える妙なプライドこそ恥ずべきものと考えてみては?」
その手心なき一言にムッとしつつも、三人は怒りを堪える、そこにはなりふり構っていられない必死さがあった。
「あのさ聞いて? 俺っちたちさぁ、十四、五でビッグになることを夢見てさびれた故郷を出てきたの、わかる?」
「あ、はい」
「やれやれ……冒険者という者は何かといえば成り上がりですね、ほかに考えることはないのですか?」
アコニーは不必要なまでに嘲るようなまなざしを向ける。
底辺与太者と蔑まれ、面子にこだわり、舐められないために肩で風切り、なりあがるために魔法使いを必要としつつも、自分たちは女よりも上の立場にいなければヘタレ野郎と馬鹿にされるから頭は下げられない、この冒険者的価値観はかかわる人間全員に生きづらさを強いているのでは? とマリーは同情の念を抱いているが、アコニーはそんな価値観を軽蔑している。
「なんすか、また置かれた場所で咲きなさいかよ? 底辺として生きるしかねえ人生を受け入れろとか、そりゃないっしょ」
アコニーからは嘲りの表情が消えた「……おっしゃる通りです」
懇願するような目で自分たちが冒険者になって六年、どれだけ苦労してきたかを語る、冒険者として成りあがるには専属のヒーラーなしにはほぼあり得ないという認識故、彼らもなりふり構っていられないのだ。
それは無様で不毛だが、彼らなりに自分を運命に抗い人生を切り開こうとしているのだ。
アコニーは人を欺き陥れ、殺めたこともある底辺与太者以下の工作員を自認しているが、親代わりであり師でもあった女からは人の精一杯を笑ってはならないと教わってきた、どんな世界で生きていようとも越えてはならぬ一線であり、それを失ったらきっと人ではなくなってしまう。
「……これじゃぁいつまで経っても故郷に錦は飾れないのよ、おろろろーん」
「よぅ、面白そうな話してんな」
「あん、いま取り込み中……」
突如現れたシオールに三人は驚愕する。
「ゲェーッ! でたーっ!」
「お、おめーには関係ねえだろうがよぉーッ!」とスキンヘッドは凄んだ直後、愛想笑いをし「あ、アンジェリカ先生ちぃーっす」と付け加える。
かつてシオールを半殺しにした彼らだが、今はもう三人がかりでも表道具なしの彼に敗北してしまうくらい、実力に差が開いてしまった。
「アコニーさん! こいつむかつくんっすよ! マジ頭やべーし!」
「左様ですか、こちらが引き受けますので、あなた方は戦略的撤退なさってください」
そう三人を体よく追い払いつつ後ろ姿に「ご武運を!」と声援を送った。
この剣士は二十歳に満たないと思われる若者だが、その立ち姿と隙のなさからかなりの手練れとアコニーは判断する。
シオールもこのメイドの隙のなさから只者ではないと察する、あと結構巨乳で顔も悪くない……それから傍らにいる田舎娘っぽいがなかなかの美少女だし、胸はそれなりにある……シオールはピンと来るものがあった、なおメイドともう一人いたから程度の根拠しかない。
「あんたが元聖女候補か」
「えっ!? いややや、いや! なななななんのことですか? 聖女候補とか! 初めて聞くなぁ!」
思った通り口の軽い女だったと……アコニーは思った、そしてしらを切っても無駄なのはマリーを見れば明らかである。
「不躾で申し訳ありません、ギルド職員のスワルティアから力になってあげてほしいと頼まれてまして」
とアンジェリカは小声で言う、嘘は言ってないよね……と思いながら。
そして、アンジェリカはメンバーの紹介を軽くする。
「あ、アンジェリカさんのパーティだったんですね! お話は伺ってます! 最強の魔女っ子さんは噂の通りかわいいですね!」
「最強なんてろくなもんじゃない」
アンジェリカのパーティという言葉にシオールは「リーダーは俺なんだがな」とあからさまに不愉快そうな態度をとる。
「ドラゴンを雷で木端微塵にしたとか、山の半分ごっそり吹き飛ばしたりしたとか」
「そんなことはしないし、する理由もわかんない」
「ほら、ごらんなさい、与太者が面白おかしく流したデマを真に受けてるボケナスはマリーだけですよ」
アコニーはメンバーの値踏みを始める、最強の魔女……噂はだいたいデマにせよ、妙な噂が立つくらいの実力はあるとみていいのだろうか?
「ま、こいつは魔法に関しては化け物だよ、生意気なクソガキだがな」
そういうシオールをアキレアは無言でにらみつける。
シオールは剣を抜いて言った「ま、俺も二年近く前にデカいサルを殺ったんだが」
アコニーが殺気を放つとシオールは何気なく対応しやすい姿勢に、ローランドも何かそわそわしつつアンジェリカをかばうほうに動く。
幼稚そうだがこの若さで剣鬼の片鱗がある、大きい奴は気が弱そうだが、恵まれたフィジカルに加え、危機察知能力も高い。
「ええっ! 帝国博物館に寄贈されたヒトクイヒヒは剣客が狩ったとキュレイターさんがおっしゃってましたが、あなただったんですね!」
「別に目立つ気はないんだが……あの猿か、手ごたえのある奴かと期待してたが、大したことなくてガッカリしたよ」
驚きのまなざしを向ける聖女候補を見て思う、悪くないな……と、元聖女候補……魔法使いなのは貴族の妻としてマイナスだが、顔もよくて素直そうなところも好印象、後継ぎが必要なら愛人という手もある。
それからあのメイドも隙がないし妙な感じもするが、なかなかの美女で巨乳だし背も高い、ローランドにはちょうどいいだろう。
「俺のパーティに入らないか」
ローランド眉をしかめ、アキレアはアンジェリカにしがみついた。
「えっ?」突然の申し出に戸惑うマリー「……アコニー、どうしよう?」
「わかりました……お世話になります」
「というわけだアンジェリカ、パーティから抜けてくれ、さすがに報酬六等分は厳しいだろ」
「ちょ」マリーは困惑した「わたしは人を押しのけてまで……」
マリーは唐突にそんなこと言いだす人間性を疑ったし、アコニーもこいつは馬鹿だと確信する。
普通の人間は自分のせいで他者が不利益を被るという状況はいい気分ではないという当たり前のことが理解できていないらしい。
それにこのヒーラーがパーティの結び目であるということなど魔女っ子とデカい奴の様子を見れば一目瞭然である。この剣士は共同体に必要なものがわからない、リーダーとしては論外だと、アコニーは思った。
「そうね……私もそろそろ潮時かなって思ってたし、でも……引継ぎとかいろいろあるから、一通り済ませてからでいい?」
アンジェリカの一番の心配事はアキレアのことだ、最近ようやくローランドとも打ち解けてきたように見えるが男の人だし、今あの子を任せられそうな人はまだよく知らないこの二人しかいないということになるのではないか。
ヒーラーの様子からみてある程度予測されていた事態ということは明らかであり、ほかの二人も剣士の方針に不満を抱きつつも、強く反対しないことがアコニーとしては気になるところである。
「そうしていただけると有難いですね、我々も新人冒険者、教わることも多いかと存じますので、よろしいですか? リーダー」
「ああ、アンジェリカには世話になったしな、それくらいはかまわんよ」
アンジェリカ以外にリーダーだと言われたのは初めてだったかもしれない、ローランドもアキレアもアンジェリカに絶大な信頼を寄せていることはシオールにだってわかるし、おかげで楽なことも多いが、すぐに口をはさんで仕切ってくるところが気に入らない、そんなアンジェリカにリーダーはシオールだと言われても、憐れみか馬鹿にされていると思ってしまう。
シオールがアンジェリカを過小評価している理由として、ヒーラーとして求める能力に達していないところや、そもそもダンジョン探索とは直接かかわりのない雑務や人付き合いなどを軽んじている点もあるが、面子の問題でもあるのだ、アンジェリカが仕切っている間はほかの連中からナメられる、リーダーとして功績を上げなければ、自分を見下してきた全てを見返せない、だから認めたくない。
元々プライドが高く独りよがりだったが、それは冒険者業界で生きてゆく中でより強固な信念になっていた。
ちなみに「追放宣言してもらうよ」という文言には元ネタがあり、これはいわゆる離縁状の三行半にまつわるエピソードです。
江戸の街は女性が不足しており、結構庶民においては奥さんが主導権を握っているケースが多く、不服な時は旦那を「三行半書かせるよ」と脅したものという話をどっかで聞いたので、そのまんま使った感じです。




