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欠けているもの  作者: たき


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 「本日はお時間を頂戴し、また突然の訪問にお答えいただきありがとう存じます」


 涼しい目元の綺麗なご婦人が丁寧な物腰で深々と美しい姿勢で頭を下げている。こちらも負けじと腹筋はもとより背筋に力を入れ軽くお辞儀をする。

 今日のお客様は女将さんと、細面でふわふわな髪で優男っぽい(なり)の男性の二人。

 こちらはとりあえず昨日のお見合い参加メンバーだ。数めっちゃ多いけど。なのでその他の野次馬は他の部屋で待機中なり。きっと聞き耳を立てているんだろうけど。


 女将さんがおみやを出してくれる。おお、これは、思わずにんまりしてしまいそうになる。だってね、あの料亭の料理長が作る美味しい美味しいお菓子。お持ち帰り不可で当然販売もされていない。食事に出てくるだけだ。

 それをこんなに、、、溢れ出る気持ちを誤魔化すために思わず目が座ってしまう。


 それを母がご丁寧にどうもと、ありがたく頂戴した。後で絶対食べるぞとこっそり心に誓う。


 「それでご用件というのは、、、」


 我慢しきれなくなった父が口を開く。会社での評判はそんなに悪くないのに、なぜだか家のことになると途端にポンコツに傾く気がするな。おばあちゃまの言葉を借りるならば、余裕のない大人ってのがぴったりだ。

 母が軽く父を窘めるが、女将さんがそれを止めた。


 「本来であれば先にお断りをするべきところ、順序が逆になってしまい大変申し訳ございません」


 そう言うと、男性に目配せをし、第二の風呂敷から額を取り出しすと、断りを入れた上でテーブルの上に乗せ見せてくれた。

 うん、五橋の言う通りだな。これは昨日のとは違う。プロの技術だ。思わず、むむむと唸ってしまった。


 「これは此処におります契約カメラマンの七枚堂(ななまいどう)が撮影したものでございます。今回は特にお客様とのご契約をしておりませんもので、勝手に撮影したものでございます」


 と言って再度深く頭を下げた。

 七枚堂さんも両手をついて頭を下げる。うなじでひと括られている髪が随分長いんだなってのがわかった。


 「言い訳になりますが、この時、俺はカメラの手入れをしていて、お二人が庭に出てこられた時から何気なく見ていました。着物の美しさもさることながら、お嬢さんの着慣れた着物姿と男性側もまた負けず劣らずの華やかさがあり、庭師が丹精込めて手入れをしている庭の植栽たちとお二人の様子が本当に調和がとれていて、気がついたら思わずシャッターを切っていました。完成された絵がそこにあったわけです。その一瞬を切り取らずには入られませんでした。それがその渾身の一枚です」


 確かに百合乃おばあちゃまの着物は完璧だ。昨日見た画像でもとても良い雰囲気だなと思っていたが、このプロのカメラマンの技術を通せば月とスッポンの差がある。


 「あの、これいただくことは可能ですか?」


 気付いた時には口にしていた。私が発した言葉に先様も身内側もぽかんとしている。


 「できれば追加で何枚か」


 最初に我に返ったのは七枚堂氏でそれはもちろんですと回答してくれて、ほっとした。


 「咲夜、それはまたあとにしなさい。先様(さきさま)はそれだけのためいらっしゃっているわけではないのですよ」


 母に窘められた。確かに。もにょもにょと「失礼しました」と口にすると「お気に召していただいてよかったですわ」と女将さんにフォローされる。


 「奥様のおっしゃるとおり、それだけではございません。これに加えまして、既にご存知の通りSNSに流された画像は、恥ずかしながら私どもで雇用しておりますアルバイトの者が行ったということがわかっております。お客様のお姿を無許可で撮影するだけにとどまらず、お顔を判明できる状態で勝手に投稿してしまい、すでに拡散も多数されております。ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

 特に五橋様のご子息様は最近までモデルをされていらっしゃったとか、、、。そのアルバイトもそのことを存じておりまして、わかった上で撮影して投稿したのです。悪質でございます。すぐさま其の者の投稿したものは削除させましたが、コピーされており昨日のこととはいえ、すでに回収不能の様子。書き込まれるコメントも拝見するに非常に多くの方が興味を抱かれておられることがわかります」


 そうなのだ。

 今朝方チェックしたら、リツイートやコメント数がやばいことになっていたんだよね。しかも五橋の方には元エージェントからどうなってるんだという連絡まで入ったとか。

 五橋は「お見合いで写真撮られただけです。この人と結婚するんです」と淡々と回答したとか。


 「そこで厚かましくもご提案なのですが、どうかこのお写真を我が料亭のサイトに飾らせていただけないでしょうか。お幸せそうで仲睦まじい若いお二人のお姿は、百聞は一見にしかずと申しますか、言葉で対抗するよりも説得力が大きいと思いますの」


 うむ、雄弁は銀、沈黙は金。

 我々の方としては、黙っていれば見た人がいい感じに解釈をしてくれる可能性もある。

 そして料亭のサイトへの集客が増えると。それにちょっとやそっと背伸びしてもなかなか常連として入れない店でもあるし、この女将の目もあるから客筋も悪くないだろう、近い将来の料亭への良質な固定客も見込まれる、と。

 なかなか考えてるな女将。転んでもただでは起き上がらないあたりが商売で成功している人か。


 母も父も考え込んでいる。五橋のご両親もだ。なんだかんだと言いながらも、不特定多数に子ども達の姿を晒すわけだし。


 「お邪魔しますよ」


 そこへ吉夜おばあちゃまが乱入してきた。いや、入ってきた。

 女将さんが慌てて頭を下げている。


 「大奥様、この度は・・・」


 女将さん、さっきよりも堅苦しい物言いだなぁ。

 吉夜おばあちゃまは無視しているわけじゃないんだけど、さっさと席を用意させて陣取った。いや、座った。おばあちゃまが何も言わないので、女将さんは頭を上げられずにいる。その他大勢は見守るしかない。


 「まぁ当日中に連絡はあったわけですし、現状、えすえぬえす?の画像が拡散されているだけの状態で実害を負ったわけではありませんし。どうぞ頭を上げてください」


 おばあちゃまの言葉に恐縮しながら女将さんが顔をあげた。どことなく顔色が悪い。大丈夫かな。一筋の髪の乱れもなく全くの隙のない状態で、真正面から女将さんを見ている。静かな物言いだけど腹に含むものは多々ありそうだなぁ、、、


 「お宅様の内部の処理を間違えずに行ってくだされば、何も言うことはございません。ただね、孫たちの写真を掲載することについては、こちらに何の利がございますの? このご時世ですもの、サイトへの掲載を許可することでそちら様と我が家との深い関係と誤解されても困りますわね。どちらかが不祥事を起こしたら連座になりますもの。孫たちを広告にと望まれるのであれば、ビジネスとして契約を取り交わしてください。それでしたら許可しましょう、期間限定で」


 そしておばあちゃまはこちらへ視線を向けると


 「咲夜、遼太郎さん、あなた方の会社では副業は認められているのかどうか、そこを確認なさい。認められていなければ、この話はお受けできませんからね。あとはあなた方で答えを出しなさい」


 吉夜おばあちゃまが最後にぴしゃりと言い切って、この会合を終わらせた。







 「それはそうと、その写真をよく見せて。ああ、理一郎さん、百合乃さん達に声をかけてきてくださらない?」


 吉夜おばあちゃまは父へ指示を出すと、七枚堂さんへ声をかける。どうやら、写真が目的でもあったらしい。


 「他にはお持ちではなくって?」


 持ってきているらしく、車の中に置いているとのことで七枚堂さんは慌てて取りに向かった。それと入れ違いにがやがやと騒がしい声が聞こえてきた。百合乃おばあちゃまとおじいちゃまと父だ。あの親子は本当に会話が多い。


 「吉夜さん、お写真があるんですって?」


 まぁまぁまぁと百合乃おばあちゃまが乗り出してきた。


 「まぁ、なんて、素敵に撮れてるのかしら」


 1枚の写真を熱心に隅々まで見てるし。これって穴が開くほどって言うんだろうな。

 自分の着物を使われていて、ここまで綺麗に撮れているのだから思い入れもひとしおかもしれない。


 「皆様、準備が整いました。こちらへどうぞ」


 田尾家で執事的な、庶務的なことを担ってもらっている藤瀬さんがやってきた。

 何の準備?

 七枚堂さんも遅れてやってきて、おばあちゃま方が見ていた写真を持って行ってしまった。


 藤瀬さんの先導でちょっとした洋室へと案内されると、これ本当に今準備したの? って思うくらいに写真が展示されている。どれも昨日のお見合いの時のものだ。一体何枚撮ったんだろうなぁ。うっかり連写とかじゃないよなー、祖父たちじゃぁあるまいし。プロだし。

 参加できなかった両祖父母が嬉々としている。生き生きと目を輝かせて見ているから、まぁいいか。


 「五橋よ、プロの仕事っていうのは、何というか、見る側に説得力を与えるんだな」


 何というか隙がない。こう、見るべきところにきっちりと視線を誘導させられる。写真なんぞついぞ知識は皆無の私でも、思わず唸るしかないくらいに、視線を関心を強制的に導かれる感じだ。

 五橋を見ると、口の端が上がっている。とても満足そうだ。


 「咲夜、結婚式の写真なんだけどさ、七枚堂さんにお願いしてもいいかなって思うんだが」


 おお、考えもつかなかったぞ。異議なしと回答すると、五橋は今度は吉夜おばあちゃまのところへ行ってしまった。


 「いいわよ、あなたたちの結婚式だもの、お好きになさい」


 どうやら望み通りの回答をもらったようだ。その足ですぐさま七枚堂さんと女将さんのところへと赴いた。途中、私も五橋に回収され同伴させらることになったが。


 「まぁいいお話ですわ。七枚堂の都合さえ良ければ」


 女将さんは満面の笑みだ。当の七枚堂さんは瞠目していたが、ありがとうございますと契約はなった。あとでちゃんと書面に起こすと思うけど。主におばあちゃまが。


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