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会社の規定を確認すると、結構昔から本業に影響がない範囲でという条件付きで副業は認められていると書いてあった。ただし申し出は必要とのこと。自分の身は自分で守れという意味もあるらしい。まじか。
月曜日は大忙しだった。
五橋が本当に迎えにきて一緒に通勤し、テレワーク申請と副業申請を行った、、、だけでは忙しくはない。申請は全部オンラインだからな。
何が忙しいかっていうと、なにせ五橋は顔バレしている画像な訳で、五橋にはあの画像の真偽について問い合わせが多数。みんなよく見てるなー。元ネタは削除されているらしいのに。
五橋は例のごとく私の隣に座っているものだから入れ替わり立ち替わり、似たような質問を持った男女がやってくるのを全部リアタイで見てるし、正直、仕事にならない。チャットでも問い合わせ多数、らしい。通知がとまらねーってつぶやきが聞こえてくる。
五橋くんよ、人気者だったんだな、がんばれよとそっと心の内で応援の念を送っておいた。
「お見合い? お前が? まじか?」
「マジです」
だいたいこんなやりとりだ。
そして、結婚する下りになると、皆一様に驚き去って行く。驚きすぎて「おう、そう、か」としどろもどろになる人もいるし、とってつけたように「おめでとう」とかろうじて言える大人な人もいる。様々だ。
私を遠慮なく上から見下ろす視線も感じる。
視線が会うとひと睨みされて、何か言いたげなんだけど何も言わずに立ち去る女子も。眉間にシワ、、、気をつけてねーとそっと心の中で呟く。
ランチタイム。
個室のあるうどん屋さんを再訪。
ほんっとにいい香り。すぅはぁと細胞の隅々にまでこのだしの香りを閉じ込めるように深呼吸を繰り返す。
席に着くなり、深々とため息を吐く五橋は、本当に疲れていそうに見える。
「あと、半日、頑張れば、明日、からは、テ、レワークだ」
呪文のように言葉を紡ぐと、シジミうどんを注文していた。滋養をつけないとな。わかるよ。気力も体力も時間もごっそり削られてたし、それにこのシジミ美味しいし大きいし食べ応えがあるしね。
私も同じものを注文した。
おいしいは正義だ。
「せっかくの美味しいうどんだ、敬意を込めていただこう」
さて、午後からの業務で大きく変わったのは、質問内容が写真のことから、五橋の結婚についての問い合わせに変わったことだろう。
「お見合いしたことは事実ですよ。そしてその人と結婚することも事実です」
個々の問い合わせの合間に仕事をすると言っても過言ではない。ちょっとひどいなぁこれは。
小さめの会議室の空きがないか調べると、2人用の小さな部屋がラッキーなことに午後いっぱい空室になっている。早速予約を入れ、五橋のスケジューラーに登録してやった。
それに気づいた五橋が「サンキュ」と言って、ノーパソを持って移動して行った。
最初からこうすれば良かった。
でも、無意味に占拠するのもちょっとどうかなと思ったし、こんなに五橋が人気者だと思ってもなかったからなぁ。ちょっと対応が遅れてしまった。今日だけなので、勘弁してくれい。
五橋がいなくなってしまったからか、それからピタリと五橋詣での客たちの足が途絶えたのは言うまでもない。
私も静かになって仕事が捗るわぁ。
ああ、余計なことを言いにやってきた奴がいる。定時終わりをモットーとしている私としては、後1時間というのは貴重な時間なんだが。
「田尾さん、知ってたの? 遼、、、五橋さんが結婚するって」
お前さん、誰だよ。どの事業部で私に何の関係があるっていうんだい。そもそも、ちょっと話しかけもいいですかくらいは言おうぜ。
完全フリーアドレスなため、こう言う時は良く分からないんだよねぇ。隣に座った人が事業本部長とかってざらにあるし。事業本部長らしい服装じゃない人の方が多いから、関係ない人の場合はジーンズ履いておしゃれなおじさまや、きらきらしいおばさまには要注意である。
まぁ相手は私のことを知ってるっぽいから、雑談的な感じであれば少しならば答えるけど。
「んー、おそらくみなさんとほぼほぼ変わらない位のタイミングで知ったと思いますよ」
事実だからね。
私は一昨日、皆さんは今日ってタイミングさ。まぁ当事者だからな。
「そう、いつも一緒にいるのに、それは残念ね」
残念ねって意地悪そうな笑みを作って、あたかも上位に立っているような口調なんだけど意味がわからん。何が残念なんだろ。
「はぁ」
反応しない私に興味をなくしたのか、もしくは、八つ当たりできてせいせいしたのか、その女は一方的にいなくなってしまった。
ぴこりんとメールの着信が告げられる。なになに、テレワークが基本になると、出社する時は出張扱いになり都度申請が必要になる、という面倒な手続きが増えた。
終業時間、間際になり五橋が戻ってきた。直前に帰る準備をしておくようにとチャットが届いていたので、帰る準備は万端だ。私はな。
「帰るぞ」
1分でも止まるつもりはないらしい。下手に捕まると面倒臭いからな。しかしそんな五橋の目論見も、どうやらタイミングを見張っていた暇人な人がいたらしく帰る帰るオーラを出している五橋の行く手を阻んだ。あ、さっきの人じゃん。すかさずエレベーターのボタンは押すけどね。
「遼、結婚するって聞いてないんだけど」
なぜかキレ気味の物言いで、ってか、お知り合いか?
お、化粧濃くなってる。
立ちふさがる彼女は薗部さんというらしい。薗部さん? どこかで・・・? はて? 全くわからないけど、なんか聞いたことあるな。面倒なので思考を止める。とりあえずこの状況を脱すれば明日からはテレワーク生活だ!!
「へぇ、そう」と、良い天気ですねばりの塩対応だ。付き合いの浅い私でも分かる、五橋の隠れ不機嫌全開モード突入だ。表情筋は一筋たりともコントールできる五橋の(きっとそうだろうって私が思っているだけだ)、見せている顔だけを鵜呑みにしちゃぁだめだ。
案の定、薗部さんは塩対応されていると思ってないらしく、間合いを詰めてきた。その際、一緒にいる私に対して、あなた邪魔何処かへ行って的な表情で見られているけどちょっと無理かな。五橋からしっかり手を握られてるし。
ちょうどいいタイミングでエレベーター到着!!
しかも直行のやつ。
空気読む子って好きよ。
私たちのフロアは最上階に近いからタイミングが良いと人が乗ってない。まぁ、高層階だし、1回は乗り換えなきゃいけないんだけど。
「じゃ俺たち帰るから」とさらりとエレベーターに乗り込むと、手ぶらな薗部さんもまた乗り込んできた。嫌だなぁ1対1じゃん。こっちは2だけど。雰囲気気まずい。
そんな空気感を物ともせずに先に口を開いたのは薗部さんだ。
「遼! やっぱあれってさ、話題作りでモデル復帰とかの方が本当なのよね? 前からいってんじゃん! 絶対に遼はただのサラリーマンよりモデル復帰するべきだよ。キャリアがもったいないじゃん。遼さえ望んでくれればうちはバックアップするって言ってるのに」
一方的にまくし立てるような物言いだな。五橋の気持ちガン無視だし、あまりというか、聞いているだけでも気持ちのいいものじゃないな。
「言いたいことはそれだけか」
黙って聞いていた五橋だったけど、これは絶対零度だよー。思わず、つないでいる手をくいっと握り返してしまった。一瞬五橋がこっちを見たが、ふっと五橋の目元が緩む。そうそう、それがいつもの五橋だよ。
「薗部さん、俺は今この仕事に就いて後悔はしていない。始める前の契約でもモデルは学生までのバイトでって決めてたことだし、後悔してないし、戻らないよ」
でも! とすかさず割り込もうとした薗部さんを遮り五橋は続ける。
「俺の人生は俺が決める。当然だけど結婚も俺が決めたし、両家とも納得済みだ。俺が一世一代の覚悟で両親に頭を下げて、応援してもらった。両親も認めてくれたし俺は結婚するよ。今は最愛の人を手に入れられて本当に幸せなんだ」
最後は私を見て言うのは反則だぞ。私的に。ちょうど婚約指輪をしている手を持ち上げられそこへ口づけを落とされた。薗部さん的には目の毒だな、ごめんな。
「田尾さん! 嘘ついたのね。信じられない!」
目をガッと見開いた薗部さんは怒り心頭とばかりに今度は私へ矛先を変えたようだ。五橋が私を庇うように前に出ようとしたけど、私も言われっぱなしじゃ気持ちがおさまらない時だってあるんだぞ。
「嘘はついてませんよ。だって、私が五橋と結婚するなんて先週の金曜日まで思ってもいなかったんですもの。
土曜日にお見合いをして蓋を開けたら相手が五橋だったわけで、その日にプロポーズされてって流れですし、写真がアップされたのも土曜日で、日曜日はまぁその関係で色々ありましたけど結局はいい感じに丸くおさまって、本日の月曜、皆さんが五橋に問いかけられてましたけど、問われたからお答えしただけで、“一般人”である五橋はわざわざ吹聴して回らなかったと思いますよ。上司には私も伝えましたけど、その程度で普通は済むんだと思いますよ」
たまたまバイトでモデルしてたから顔が知れ渡っていただけで、それだけでしょう? と同意を求めるけど、薗部さんは全く納得していない。
「なによ! あんたなんて、あんたなんて遼のこと何も知らないくせに。私の方が先に遼のこと見つけてたんだから! 遼が所属していた事務所はうちのおばあちゃんの会社なのよ!」
おばあちゃん・・・?
「あ! あー、わかった、あの着物の人ね」
五橋に確認をすると、そうだと頷かれた。
いつかランチに行った帰りのエレベーターで遭遇した上品に訪問着を着こなしていた老婦人だ。なるほど、スッキリしたわ。これで帰ってよく眠れる。
「なによ! おばあちゃんのこと知ってるわけ!」
「知り合いではありませんが、同じエレベーターに乗り合わせましたね。道ですれ違った程度ですので薗部さんのおばあ様はご存知ないでしょう」
だからあの時、五橋は私を隠すようにしてたんだな。嫌そうな顔で。色々苦労してるんだねぇ君は。労いの気持ちを込めて、手をさすってあげた。
「時期でいうと、俺と咲夜は10年前に出会ったからお前と知り合うよりも、咲夜との方が出会いは早い。途中、音信不通にはなってたけど、運命的にも再び出会えて、ほんと感謝してる。大好きだよ咲夜」
おいおい、今ここで言うセリフかこれ。
だめ押しとばかりの五橋の言葉に、薗部さんは次の階で飛び出して行ってしまった。まぁ、我々もエレベーターを乗り換えるんで一緒に降りたんだけど。遅れてな。我々が降りた時には薗部さんの姿はもはやどこにもなかったけど。
「やりすぎ」
思わず、言わずにはいられなくなって口に出しちゃったけど、五橋のちょっと傷ついたような表情を見て、言ったことを後悔した。
「あいつのことだ、あれでも理解できてないかもしれないんだぞ。見たいものしか見ない人間ってのはいるんだ。自分の思い通りに、自分の推しが動くとでも思い込んでいるし、俺の感情ですらコントロールできると思ってるだろうし、正直危険だぞ。普通の人間のフリはしているけど、異常言動が多すぎるんだ、特にあいつは」
ふぅっと重めのため息だなぁ。よほど過去に嫌なことでもあったのか。
「俺が世話になってたのは、ばあさんの方の薗部さんであって、あいつは薗部さんの孫なだけ。一切仕事には関係ない立場なんだ。こういっちゃなんだが我が物顔で事務所に入り浸って色々口出しをしてくるし、マネージャーたちもかなり苦労してた。最終的に俺らの私生活にまで口出ししはじめて薗部さんにこっぴどく怒られたらしいんだが、本人には理解する気は皆無で、その後も色々と続いてたんだ」
うわー、やだー、まじー、きもすぎじゃんそんなのって。
「俺が辞める時も大変だった。ガキみたいに、そんなの聞いてないって、さっきのみたいに仁王立ちだよ。でもこっちには契約書があるし、契約満了で無事終われるはずだったんだけど、あいつ、俺の転職先を突き止めて就職しやがって、、、ちなみに拠点はここじゃねーんだ」
ものすごい執念を感じる。ちょっとそこまでのめり込めるってある意味すごいんだけど、面倒臭いじゃん。他人に干渉するのってさー。あー、やだやだ。
五橋の過去の告白を聞いていたらいつの間にか家の前だった。
「ところで五橋くん、テレワークはどこでやるんだい?」
「ん? お義母さんにうちでやればいいと言われているのでお前の家だな。離れを使いなさいって言ってくださったので甘えるつもり。明日からよろしくな、同僚」
あー・・・なぜ・・・。私が知らないってどういうことさ。




