14
食事中は当たり障りのない話題で終始した。ほ。
さすがに食事が台無しになるような事は言わないよね、父もね。
それにしても、日頃から五橋の食べ方は綺麗だなと思ってたけど、ご両親もまた同じように綺麗だった。取ってつけた感はないから、日頃からそうなのだろうな。これはポイント高いな。
何の?
何のポイントだ?
ぬおおおおー、私は今、五橋を査定していたのか? そんな御大層な立場なのか私は。
いかんいかん。
「咲夜どうかしたの?」
「なんでもありません、かあ様」
もしかして、母に気づかれるくらい挙動不審だったのか。ようやくお見合いも半ばを過ぎたというのに、ここで迂闊な態度を出すわけにはいかない。
無意識の行動に焦る。
でも所作がきれいな人は、昔から好きだったなー。
以前にもそんなことを考えたような気がするけどいつだったかな。
デビューってご大層なものじゃないけど、所作が一通りできるようになって初めて連れて行かれた公の場だったような、それで、似たような年頃の子どもたちと、その保護者的な人たちが沢山いたような気がするんだけど、あれはいつどこで? はて?
思考がすぅーっと冷めて現実に戻って来て、目が会った。
五橋だ。
こっち見てる。何か言いたげだが、いつものようにはいかないよな。ふふん。そう言えば、私と年齢は大差なさそうだけど、こいつもあの時いたんだっけか?
いや、ちがうな、五橋とは会ったことないと思う。なんとなく面影が違うと思う。あれは誰だったか、当時の私よりは背も高くて少し大人っぽかった気がするんだがどうだったかな。
「おほほほほ。それでは、あとはお若いお二人で・・・」
仲人さんの定番のセリフは健在か。
あー・・・いかん、つい物思いにふけってしまった。
それから、あらやだ私? みたいな雰囲気をだしてるけど、母よ、仲人さんの言う若い二人のうちの一人は私のことだからな。24歳差はやすやすと埋められんぞ。
父が咳払いをしている。わざとらしいが、しかたがない。
「咲夜、嫌なら嫌だと言ってもいいんだぞ」
何ですかそれ。なぜここで嫌だと言う選択肢があるんだよ、父よ。じとりと睨めつけてやる。
「とう様、仲人さんのおっしゃるとおりに」
「そ、そうか。では、遼太郎くん、よろしく頼む。今日は見合いなので、くれぐれもお話しだけ、という約束をお願いするよ」
父よ、なんだその引きつった笑みは。もっと柔和な表情をするとこだろ。五橋も睨みつけるなよ。マジで面倒くさいな。
早くひとりになりたい。
*
ということで、再び庭だ。
五橋に手を引かれ、さっきとは違いゆったりと歩いている。
「良いご両親だな。息子のために一生懸命に頭を下げてくれて」
「そうか? まぁ、今回はちょっと、かなり無理を押してお願いしたし」
「いや、むしろこちらが恐縮してしまう。実際に会ったらこんなのが出て来て果たして大丈夫だったのかどうか・・・。持ち上げといて落とす感じじゃないか? これまでのお前の彼女たちと比べてちょっとな劣るとは思う」
五橋が固執している相手だ。きっとすごい・・・すごい・・・なんだろ、すごい美人だとか、すごい賢いとか思われていても仕方ないかもしれん。果たしてその実態は、かなり違うので申し訳なさでいっぱいなんだが。
「おいこら。親が結婚するんじゃないんだぞ、俺が結婚するんだ。俺がお前と結婚したいの。誰かと比較とか全然意味ないの」
中々の渋々顔だな。
「虫、、、除けじゃなかった」
「虫飛んでる? 建物に戻るか?」
「ああ、いや、実際の虫じゃなくて、五橋が他の女からの誘いを断るための口実的な虫の話だ」
「どこからそんな発想が出てくんだよ」
深淵に届きそうな深い深いため息だな五橋よ。腹式呼吸は完璧だな。
「一般的な? そんな感じ?」
以前、ミーティング中に話をしていた時は、虫除け一択の全会一致だったけどな。私も含むだけど。
「ふーん、大方、そういう話が社内で出てたんだな。そしてそれが巡り巡ってお前の耳にでも入ったか。違うからな。わざわざそんなことするために仕事変えたりしないし」
そういえばそんなこと言ってた。わざわざ私に会うために転職したと。思い切ったことするよなーほんと。
「なぜ仕事を変える必要があったんだ? こういったお見合いなどの手段でもって会うこともできただろうに」
「俺の中では恋愛結婚一択だったんだ。お見合いって思いつきもしなかった。叔父に話が来てても他人事で俺には関係ないって思ってたから。それに、逃げたってのもあるんだ。前の会社は新卒で入ったわけで」
「ああ、なるほどな。モデルも辞めてすぐってわけだ。知っているやつがいたら、さぞや煩かっただろうな。今でもそう感じることあるし」
肉食女子のパワーは身を以て知ってる。己を売り込む算段の素晴らしさたるや。ターゲットを決めたら、周囲をいろんな手法で押しのけてでも迫るあのパワー。凄まじい。
「そー。もうね、仕事しに行ってんのか、告られに行っているのかよくわかんない状況になっててさ、仕事しづらいのなんのって」
うげ。
そこまでなのか。
まともに仕事もできない環境は流石に想像できないんだが。そもそもそういう恋愛脳な人材ばかりを採用する会社って健全といえるのだろうか? ちょっと他人事ながらも心配になる。
「昔の気質の会社でさ、女性社員は男性社員の結婚相手的な採用でもあったらしい。だからあまり年上の女性は見あたらなかった、いるにはいたけど」
「ええええ!? それ現代の話か?」
「そうそう、いまどきなのにだよ。だから結婚したら辞めていく女性社員ばかりだった」
「えーと、、、すごいな。その、女性陣はそれで良いのか?」
女性軽視もいっそ清々しいほどに甚だしいが、うっかり、くたばれとも思ってしまうのは仕方のないことだと思う。
「当時の部長が採用面接の一人だったんだけど、女性を採用する際の基準は学歴美醜身長ってふざけたことを飲みの席で言っててさ、本気かよって思ったね。背が高いと滑り止めで受けていて、他の業種に行く人が多いんだと」
そこまでくると開いた口が塞がらないとはこのことだな。
学歴まではまぁ・・・。だが、美醜ってなんだ。噂に聞く大昔の『こしかけ』的なやつか? ふざけんなだな。
まぁ、そんな環境に、この顔でかつ安定した仕事についているってなれば、そりゃ押せ押せの嵐か。
「五橋も若いのにいらぬ苦労をしたんだな。大変だったな」
「うん。でも今だから言えるけど入ってみないとわかんないこともあったし、良い勉強になったよ」
すっげー苦笑いしてる。
「で、見た目綺麗っぽい肉食系女性達を見ながら『俺何やってんだろ、この中から選ぶのは厳しい』て思い始めたのはいいんだけど、かといってすぐに具体的に動けないし、学生の時みたいに遊ぶ気も起きなかったし、だから勉強しようかなって思って夜間の大学院に行くことにしたんだ」
「へー。院卒だったのか知らなかった」
うん、見えない。意外だった。絶対遊んでるとしか思ってなかった、すまない。
「見えないだろ。ギャップ萌えする?」
「意外だとは思ったけど、なんか違うし、萌えはしない」
「あははは。お前らしい。結局、大学院へ行ったこと、それが正解だったんだ。そこで俺の今後を決める人に再会した。
だけど相手は全然覚えてくれてないし、自分の用事が終わるとさっさと部屋を出て行ったし、俺は講義があるから追いかけて行けないし、でも同じ教授の研究室ってことは分かったから真面目に通った」
「動機が若干不純だけどすごいな。で、その運命の人とはどうなったんだ?」
なんだよそのジト目は。残念そうに首を振るな。
「なんにもないよ。時々研究室で会う、顔見知りで終わりました」
「それこそ意外だな。食事に誘ったりしなかったのか? 五橋ならちょちょいのちょいだろう?」
うん、本当に意外だ。絶対声かけてるはずだと思うに。試しに今、その辺で声かけても、ほぼ入れ食いなんじゃないか?
「うるせー。誘ってもあっちは普通の学生だし、俺は夜間受講な訳。すれ違いもいいとこだ」
「そこで諦めたのか? だったら土日会うとかあっただろう?」
あ、講義の準備とかあるか難しいのか。社会人になってからってのは確かに時間を確保するのは難しいだろうな。平日昼間は仕事で夜学校で準備は土日にしかできないよな。しかし地味に偉いなこいつ。
「うるせーよ。(だったら断るなよなー)」
「え? ごめん、最後の方聞こえなかったんだが」
「聞こえないように言ったから気にすんな」
なんだと。教えてくれないつもりか?
「その後、運命の人とは?」
「その人は無事に学位を取って卒業し就職。俺も2年後に卒業して転職の準備。そして無事に転職できて再再会して、・・・結婚を申し込んでる最中です」
なんて言った? 再再会? 結婚の申し込み中ってことは相手は私か?
「そんな昔に会ってたんだ?」
「疑問形かよ。会ってたよ。七辻教授の研究室で何度も会ってた」
「おおお。七辻教授か、懐かしいなー。秋霜烈日の七辻、これでもかってレポートをつき返された。何度心が折れそうになったか」
ってことは、散々惨めな姿を見られた可能性が高いってことだ。あんまり思い出したくない思い出だったよ。
「まさかとは思うけど覚えてないのか? そこに誰がいたとか」
「あー・・・七辻せんせーの言葉がいっぱいいっぱいで、会ってたなら挨拶くらいはしてたとは思うけど、顔までは覚えてない。顔まではというより性別も覚えてないけどね、あはは」
七辻教授のところに行くと、もう他の人のことなんて気にしている場合じゃなかったし。
「まったく、今から思えばお前らしいよ。俺はずっと覚えてたんだぞ。最初に会ってからずっとだ。研究室でも毎回挨拶してたし。結果、顔見知りですらなかったか」
挨拶してたのか。挨拶、返したかな私。
「あのー、ちなみに初回っていつ?」
頭をわしゃわしゃしない。せっかくきっちり真面目そうにセットされてるのに戻せないぞ。
「もう驚きはしないけど、高校の文化祭だった。俺がお前の学校の文化祭に行ったの」
文化祭?
え?
うーん、全く覚えてないんだよねー・・・。
ちらっと見られるけど、胡散臭そうなものを見る目つきだなってことはわかる。だが、思い出せないものは仕方ないじゃないか。っていうかさ、
「女子校なんだが」
「文化祭は別だろ。俺たちが入れたんだし」
それはそうだった、、かな。くらいしか記憶にない。なんか忙しかったのは覚えてる。
「どこで会ったの?」
そう問いかけると、スマホを見せられた。
「あ! それ!」
「ようやく思い出したか」
思い出したも何も、封印した思い出じゃないか。よりによって五橋だったのか。我が人生に一片の悔いあり。なぜか文化祭なのにチーム対抗があって、お題に沿ったものを準備して評価されるという、それは当日まで分からなくて、盛り上がりはしたものの直接関係ないのに、ヘルプで私が引っ張り出される始末だったわけで。
「お似合いだと思わないか? 俺さ、この写真撮ってから良いなって思ったんだよね」
私のクラスの出し物は和装で『峠の茶屋』というのをやってて、着付けは自分でできない人のを、着付けのできる数人でクラスのほぼ全員分をやって、評判良かったのは覚えてる。
で、チーム対抗は部活動対抗の時で、バトミントン部に与えられたお題が、当日お客でやってきているイケメンを捕まえて和装にするというものだった。
イケメン、いわゆる、五橋のグループを早々にゲットしたバトミントン部だったけど、着付けができないとうちに来たんだよね。ちなみに着物は執行部が準備していると言う手際の良さ。でもね、いまにして思うとね、誰だったのか忘れたけど、事前に男性の着物について根掘り葉掘り聞かれたんだよねー。まさかそういう企みがあったとはつゆ知らず、父に聞いて詳細に伝えたのを思い出した。
クラスの着付けはスタート前早々に終わっているから、持ち回りで峠の茶屋のお団子を作ったりしてたところに、なにごとかと。確かあの時の第一声が「たのもー」だった気がする。気の利く子が「うちは道場じゃないから帰った帰った」ってつまみ出してたな。
すったもんだの挙句、着付けのできる人ってことで借り出されてしまって、他にできる子もいたはずなのに貧乏くじを引いたのは私だった。甚だ面倒だなって思ったのも思い出した。
早く早くと連れて行かれたところがバトミントン部の部室で、そこに五橋らが居たんだな。
五橋たちだけじゃなくて、部員も結構多くいて、めったにない男性との交流を楽しんでいたっけ。しかもイケメンきゃぁきゃぁ騒がしかったなー。
「あ、そう言えば、その頃からモデルだったっけ。なんか思い出したぞ」
「そうそう、着物着た子がやってきていきなり悲鳴挙げられて焦った」
仕方ないじゃないか。あのときは本当にテンパってたんだから。
流石に部室の汚れた床の上で着替えはダメだと主張したら、これまた執行部が準備していたと思われる畳の部屋を使わせてもらった。
足袋と下着類は説明して自分たちで着てもらって、長襦袢から私が着付けたな。正直言ってやったことなかったけど、父の着替えを見てたので思い出しながらやってた。
女性と違って襟を抜く必要がない。帯は貝の口で、長羽織を着せて終わりと。
今時の人は細身の人が多いからちょっとだけタオルで補正をしたな。あ、あのタオルお気に入りだったけど、無くしたと思ってたけど補正に使って戻ってこなかったんだっけ。
そのあとは、軽く所作を教えたりトイレに行ったときの気をつけるポイントとか教えたような気もする。で、完成したのでバトミントン部に引き渡した。
非常に感謝されたのは言うまでもなく、どうやら高ポイントを獲得したと後で聞いたような。
私は当番だったところを抜け出したので、峠の茶屋が気になってたので早々にお暇しようとしたところに、確か捕まって写真取られたな。
「一気に思い出した。黒歴史だったので封印していたんだった」
「黒歴史!? 俺にとっては新しい世界への一歩だったんだけど。そういや、あの時、話しかけてもなんか挙動不審な感じだったもんな。顔も上げてくれなかったし、緊張してた?」
「緊張というよりテンパり度1,000パーセントだよ。なんで知らない男に着物といえど下着姿から向き合わなきゃいけないんだって思ってた」
「そうかそうか。俺らはモデルだったじゃん、ああいう人前での着替えって慣れてたんだよ。だからなんかね、悪いことした」
「あ、いや、あの時は、学校の行事に協力してくれたんだからこちらこそお礼を言わねばならない」
普通、いきなり当日行ってさ、協力してくれるなんて、あんまりないと思うから奇特な人だよ
「でも写真撮っといて良かったー。ほんと、なんか一生懸命にやってくれててさ、俺らちやほやされ慣れててちょっと奢ってたところもあったから、今時の女子高生がこんなにもテキパキと迷いなく着付けができるってちょっと感動したからすっごく覚えてた。
本人の着物姿もかわいかったしね。後で名前とか聞こうと思ってたら、その後は怒涛のステージ登壇やら何やらで結局、着物のお礼も言えなくて、でもすっごい新鮮だったんだよ。さんきゅーな。着物も協力してくれたからってそのまま着て帰っていいって貰っちまったし」
「おや? 確か4人で来てたよね? そのうちの二人がうちのクラスに来て連絡先交換しようって言って来たと記憶してる」
「あいつら抜け駆けかよっ。どうりで途中からいなくなったと思ってた。まさか連絡先教えてないだろうな?」
「先生がいて、そういうのはルール違反ですって言ってくれたのでなにごともなく、ちょっと喋っただけで終わった」
「喋ったのかよ。あーくそ、もうね、家に帰って着物脱いでる時から後悔してたんだ。名前くらい聞くべきだったと。ほら、見てみろよ、あの頃の咲夜ってさ可憐な少女って感じ。この画像見るたびに、彼氏できないようにってお祈りしてた」
お前のせいか。おかげで年齢イコール彼氏居ない歴っていうテンプレートのままだ。
「ふん。でもそっちは彼女くらいいたんだろ? そういうのは不義だと思う」
「あ、ああ、まぁねぇ居たことはいたけど、その後別れたし。俺さ、その頃から咲夜のこと好きだったんだ。だからその後彼女って作らなかった。いや、告られてもなんかね違うって思って全部断った、で、現在に至ってる」
執念深いのかなんなのか。そして、このお見合い、早まったか?




