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過去に会ったことがあるとか、ないとか、うーん思い出せないな・・・。
いや、今は必要ないない。いまやることはひとつだ。
「五橋、これは返す。それと、嫁とか婿とかそういうのは、まだだ」
グリグリやってようやく抜けた。
なぜそんな泣きそうな顔をするんだ五橋は。残念ながら私には通じないようだぞ。それに目的を履き違えてしまうのは良くないしな。
「なぜならば、私はここに『お見合い』のために来た。お付き合い等を一足飛びで、結婚を承諾しに来たわけじゃない。それにこの場合は、両親の考えも必要になるだろう。なのでこれは一旦保留だ。いや、聞かなかったことにする。なのでソレは返す」
「だが」
「それに仲人さんの立場がなくなるだろう。勝手に話を進めては、この見合いをセッティングした仲人さんにも失礼だ。今は私がこの状況を理解したかったから二人にしてもらっているだけであって、見合いをぶち壊す行為はしたくない。礼に反する」
「・・・わかった。確かに、俺が先走りすぎていた。すまない。じゃ戻るか」
「そうだな。一時退室してきただけだから戻らねば。互いの両親も、、、そういえば五橋のところもご両親か?」
「ああ、そうだ」
「とりあえずだ、少なくとも両親には説明をしなければならないだろう。そして、仲人さんに伺いを立てた上で、お見合いは予定通り続行したい。そこから先も、お見合いのセオリーに則って行動するつもりだ。いいな」
五橋も納得したのか、キラキラな指輪をケースにしまいこんだ。おっと、まだ紅がついたままだ。男のくせに紅がついていても違和感ないってのは少々ムカつくからこのままにしてその後の展開とかほくそ笑んで見てもいいかと思うけど、瞬時にこっちに火の粉が降りかかるのは見えているので証拠隠滅をしておかねばな。
「じっとしてろ」
五橋の唇についた紅を拭い取るために手を伸ばす。言いなりにじっとしている五橋の唇にそっと指を沿わせると、その柔らかさに小さく驚いてしまった。
ついさっき、人生初の他人とキスをしてしまったんだなと思い返してしまった。
つい、いらぬことを思い出してしまった。頬が火照るのを感じるが、五橋と目を会わせないように唇の紅に集中すれば大丈夫だ。
「だいぶ取れたと思う」
「うん、せんきう。それじゃ戻りますか。お手をどうぞ」
差し出された手を掴むとそのまま館まで先導される。私が着物ということもあり、歩調はゆっくりだ。
「それにしても、よかった」
正直すぎるくらい、ほっとした声だ。
「何が?」
「ん? 咲夜の気持ちが知れて安心した」
「おい、その顔をなんとかしろ、会社のファンの子達に謝れ」
整っているからそうは見えないだろうけど、にやにやしてて気持ち悪いんだよ。
「関係ないし、そんなの。俺は俺の幸せを見つけに来たって言っただろ。お前もそう言ったんだし。だから、絶対に遠慮しない。いいよね」
いいよねって、確認しているわけじゃないだろう。けっ。これって出来レースっていう奴じゃないのだろうか? いや、さっきのはつい五橋の気持ちに飲まれた感があるから、冷静にならねば。これが絡め取られやすいっていわれている所以だろうか。
「勝手にしろい」
「うん、勝手にする」
許可を出したわけじゃないからな。勝手にしろって言っただけだからな。
まずは自分の身の回りのことを母にチェックしてもらわなければならない。入口近くのお店の人に母を呼んでもらい、五橋とはそこでひとまず別れた。
父が理解を示してくれるといいんだが。
「紅が取れているわね。何をしたのかは聞かないけど、とう様に気づかれるとやっかいよ」
さっそく気づかれたか。普通に話をするにはちょっと私にはハードルが高い。だから、黙って頷いておいた。
「髪は大丈夫。帯も大丈夫ね」
母はどうやらすべて飲み込んでくれた上で、黙って着付けが崩れていないか見てくれる。
「ありがとう、かあ様。とう様はお怒り?」
母が薄く笑ってる。こういう時は全く読めないんだよな。自分の口から説明しなさいってことなんだろうけど。なんか嫌だな、というより、恥ずかしさが上回ってる。
親と恋バナなんてやっぱり私にはハードルが高すぎる。
「あなたが、今ものすごく葛藤しているのは理解するわ。でもね、とう様も鬼ではなくてよ? 多少、分からず屋なところもあるけれど、根っこのところはあなたの幸せを考えてくださってるの。だからどうしたいのか、きちんとあなたの言葉でお話ししなさい。まぁ今回のお見合いのことは、あなたも知らなかったようだけど。
それにしても五橋遼太郎さんだったかしらね、かなり強引にねじ込んで来たわね。驚いちゃったわ。良く言えば、情熱的とも言えるけど、とう様がどう受け取ってくださるか次第ね。遼太郎さんの言葉だけでは弱いわ。あなたがどうしたいのかで、とう様の考えも変わるかもね。それでも、多少の試練はあるかもしれないけど、ふふふ」
何ですか、多少の試練って。
何かテストみたいなことをするんだろうか。お付き合いするのにテストってなんだ? 全く理解できない。
「あ、そういえば、かあ様、五橋、様のところとお付き合いなどあったりしますか?」
「五橋様? 私はよく存じ上げないのだけれど、とう様同士はお知り合いのようよ。でもそれも懇意にしているという雰囲気ではなかったわね。以前、どこかでご挨拶をした程度かしらって感じたわ」
「そう、ですか」
じゃぁ家同士のお付き合いで過去に五橋と会ったことがある線は消えた。
「参ります。もう大丈夫です」
身支度を整えて、再度、お見合いの場へと戻る。
*
着座し、仲人さんやお相手の、、、五橋の家族へ一時的な離席の謝罪をして、正面に座る男へと視線を向けた。すると、五橋は仲人さんも含めて改めて経緯を説明を始めた。ほぼほぼさっき二人で話した内容で、嘘偽りのない(少しフィクションは入っているが)真摯な態度で深く頭を下げた。
私のスマホから垣間見たではなく、五橋の叔父さんちで写真を見たってことになってるけど、状況的にその方が都合がいいらしい。確かに。
個人情報を流出させた私に余波が来る。
五橋の父上もまた同様に息子のわがままを許して欲しいと、頭を下げている。どうも、居た堪れない。
さて、私の番だなと口を開こうとした時、私の父が徐に口を開いたので、慌てて口を閉じた。
「どうぞ頭を上げてください。遼太郎くんと、五橋さんのお考えはよく分かりました。また、娘への想いもよくわかりました」
静かに語る父の声って耳心地のいい感じなんだが、腹の中を見せないためのものなんだよなー。ファシリテーターとしては完璧だろうけど怖い怖い。早めに問題解決を図らないといけないな。
「しかし、当日の段取りがいけない。当日、いきなり交代しましたじゃ、こちらを舐めているのかと思われてもしかたない。こちらは仲人さんからいただいた情報をもとに、色々事前に調べてもいるんだよ。条件がそれなりに好ましくて、これなら娘を預けても大丈夫かもしれないと思ったからこそ、この見合いをすすめてもらった。顔合わせをするのは、相性だけは本人同士でないと分からないのでね、最後の判断材料となるわけだ。
それを根底から覆したのが君だよ。私たち親の面目が丸潰れというわけだ」
「とう様、なにもそこまで・・・」
「咲夜は黙っていなさい。これは大人として相手への配慮の問題だ。結婚をしたいと望むのであれば、こういう無責任なことはすべきでは無かった」
「無責任というよりは、無謀でしょ」
隣でぽそっと母が呟く声が聞こえたが、父は気を悪くした様子はない。聞こえてなかったんだろうか。だが、父の話を断ち切る材料にはなったようだ。間が空いたことで、五橋の父上が今度は口を開いた。
「田尾さん、この度のことでお怒りのことは重々わかっております。大変申し訳なかった」
深々と頭を下げられる。
「本来なら、こんな無謀なことは私も止めているが、今回は愚息がどうしてもと鷹宮や、わしら夫婦に連日頭を下げてお願いをするもんで、そこまで本気ならば一緒に泥を被るつもりで来た。鷹宮の、あ、鷹宮というのは妻の弟で今日の本来の見合いの相手で、その、しばらく海外に行っておってなかなか時間が合わずにギリギリになってしまって、当日になってしまった。本当に申し訳ない」
また頭を下げられる。
「遼太郎が私らに頭を下げてお願いをするのは初めてで、ぜひとも願いを叶えてやりたくなった。私もバカな親ではあるが、息子の、、、遼太郎の咲夜さんへの気持ちは本物だと保証する。だから、見合いを続けてもらえんだろうか? このとおりだ」
親御さんや五橋本人も座布団から降りて、深々と頭を下げられてしまい、思わずおろおろとしてしまう。父親同士の会話に果たして割って入っていいんだろうか。
ちらりと母を見ると、小さくうなずいている。これは、行けってことか。こちらもうなずいて、駄目元で割って入ることにする。
「とう様、私もこのお見合いを続けたいです。段取りを無視してしまったことは、結局、私にも責任の一端があると思います。ですから、どうかお願いします」
「あなた、お見合いの主役の咲夜がこう言ってますの。先様もなんども頭を下げていただいてますし、もう落ち着いて進めませんか」
母、ナイス。
「お願いします」
最後に、五橋が額を畳に擦り付けてる。
しばらくの間ののち、しかたないなってというポーズで父が折れる形に収まった。これぞ出来レースか。
「わかりました。五橋さんもどうぞ頭を上げてください。私も言いたいことは言いましたし、理解もしてくれたようなので、仲人さんさえよければこの見合いを続けてもよろしいでしょうか?」
最後は仲人さんへ振り返したぞ。父、あざといな。仲人さんも汗だくになりながらも、引きつった顔でうなずいている。
「ええ、ええ、よろしければどうぞお見合いを続けましょう。私もこのようなことは初めてで驚きましたけれど、遼太郎さんの気持ちがお強いようですし、万事うまくいくのであれば目出度いことですわ」
第一段、クリア。
父の静かな怒りも収まって来たのかどうかは分からないけど、時間も時間なので、食事をすることになった。




